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世田谷邪宗門の歴史
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現在、邪宗門は8店舗を数えますが、チェーン店ではありません。
国立店を中心としたマジシャンの集まりから始まった、 価値観を同じくした個性的な人たちによって、各々経営されています。 |
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全ての「邪宗門」は国立店からはじまりました |
| もう60年近く前のことです。 ある船乗りの男性が陸に上がりました。 その海外生活で培ったコーヒー抽出法と集めていたアンティークを売り物に吉祥寺に喫茶店を開店しました。店名は座右の書であった北原白秋の処女詩集から「邪宗門」としました。 やがて国立の町並みに深い印象を覚えた彼は店をかの地へ移転させることにしました。 彼こそ邪宗門の創業者、「門主」名和孝年さんです。 彼はマジシャンでもあり、その日本人離れした物腰も相まって、彼にあこがれた常連客で店内がいっぱいになるのにもそう時間はかかりませんでした。 |
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| 常連客の中には名和さんに心酔してコーヒーとマジックの熱が高じ、喫茶店を開店する人が出てまいりました。当時百貨店関係のサラリーマンであった世田谷邪宗門門主 作道 明は、そんな人々の中の一人であったのです。世田谷門主は当時デパートの実演販売をしていたまだ無名の初代 引田天功の演技に感激し、押しかけ弟子入りをはたし、仕事の帰りに国立店へ寄っては名和さんにマジックの指南を受け、常連客とは手品談義を熱く交わしたものでした。 手品の熱がピークに達した頃、妻の反対も物ともせず、下北沢から徒歩10分ほど入った所の自宅の改装を始めました。レンガを積み、集めだしたばかりの少しのアンティークを飾って…小さい、でも店名は名和さんの「邪宗門」。そう、邪宗門世田谷店の開店でした。 開店当初、お客様は数える程しかお見えになりませんでした。住宅街の中では目立たなかったのです。 世田谷門主はそれでもかたくなに名和さんのスタイルを踏襲しました。 モカベースにブレンドした豆をネルでドリップし提供する… 興が乗るとマジックを披露して… やがて常連のお客様が一人、二人とふえていき、いつしか森 茉莉さんもその中に加わって下さっていました。あんなに反対した妻もいつしか店には無くてはならない存在となっていました。 そして開店から40年余りの間、守らなくてはならないものは変えず、マジックの精進は怠らずに現在に至ります。 謹告 2008年12月5日 邪宗門総帥、国立邪宗門主、名和孝年さんが死去いたしました。 開店以来50年以上の長きに渡り皆様にご愛顧頂いてまいりました国立店は12月21日をもって閉店いたしました。 門主一同より謹んで皆様にお知らせいたします。 邪宗門オフィシャルページ 国立店 |
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取材にいらしたTAKE2のお二人と門主、ママ |
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邪宗門オフィシャルページ |
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