宮田線跡探訪記
沿革
宮田線は1902-02-19に貝島炭鉱で掘り出された石炭を運ぶことを目的に開業した。
しかし、炭鉱閉山のため昭和57年に貨物営業を停止されたことにより、国鉄再建法による第2次廃止対象線区への指定を受けるかに思われたが、炭鉱のあった丘陵に団地が造成され、乗客の増加が見込まれたため、指定を免れた。しかし、のちに第3次廃止対象線区に指定され、1989-12-22に廃止された。
探訪記
室木線を探訪した後、筑前宮田から延びていた貝島炭鉱専用線のコンクリート橋の橋台と鉄橋の橋脚を見学したのち、筑前宮田駅跡に到着した。

県道をまたいでいた橋の橋台
築堤が宮田方向に続く
専用線の鉄橋跡
橋脚が水道管を渡すための脚として利用されてる
前後には築堤が続く
筑前宮田の旧駅前にはロータリーが残り「筑前宮田」のバス停がある。しかし、駅舎は既に撤去されている。
一方、ホームはほとんどそのまま残っており、広いヤード跡も残っている。ヤードの貝島専用線方向(勝野と逆)にはプレハブの住宅が建っており、人がすんでいる気配だった。

筑前宮田バス停 この後ろに駅舎があった
筑前宮田駅のホームとヤード跡
ここから勝野方面へはしばらく線路が撤去された後の築堤が続いていたが筑前宮田から2つ目の踏切跡から勝野側で路盤が拡張され道路にする工事が始まっていた。
筑前宮田から2つ目の踏切跡から築堤の続く筑前宮田駅方向を望む
この後ろ、勝野方面は道路にする工事が行われていた
道路を迂回して、磯光駅跡に向かうとそこにはホームが残っていた。
続いて勝野を目指すと、途中から進行右方向に築堤が続いているのが見え始め、しばらく並行したあと、道路と宮田線跡が交差する踏切跡があった。この近く、すぐ勝野側に小さな鉄橋があり、これを渡ったりつつ築堤は大きく左カーブし、筑豊本線を右に見つつ漸近しながら勝野駅に入っていく。
勝野駅では3番ホームが宮田線専用ホームだったが線路も既に撤去されている。

小さな鉄橋 向こうの列車は筑豊本線
この後築堤は大きく左カーブを描き、勝野駅へ入る

勝野駅旧3番ホーム 宮田線専用ホームだった
3番ホーム用駅名盤
写真では確認できないが実際は「いそみつ」を消した跡が見える
| 駅名 | 駅の種別 | キロ程 |
| 勝野 | 無人駅 | 0.0km |
| 磯光 | 無人駅 | 2.6km |
| 筑前宮田 | 無人駅 | 5.3km |
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