• 長野原線(現吾妻線)長野原(現長野原草津口)−太子間跡探訪記

     長野原線(現吾妻線)は1945-01-02に渋川−長野原間が鉄鉱石輸送用の貨物専用線として開業し、翌年には旅客営業も開始された。そして1952年には長野原−太子間5.8kmが延長され、鉄鉱石の積み出しも太子駅で行われるようになった。
    その後1967年には渋川−長野原間が電化され、1971-03-07には長野原−大前間が開通し、渋川−大前間、長野原−太子間は吾妻線と改称されたが、長野原−太子間は支線となり、翌々月1971-05-01に廃止された。

     この日はちばの所属してる大学の研究室に企業から来ている研究生の友人と、まもなく廃止される信越本線横川−軽井沢間の碓氷峠の最後の姿を見届けることを主な目的として、横川−軽井沢間を電車で1往復、車で1往復半した。そして、目的を果たした後は、草軽電鉄跡と長野原線太子−長野原間跡を見ながら帰ることにした。
    軽井沢で草軽電鉄新軽井沢駅跡である草軽交通のバスターミナルを見て出発した。草軽電鉄の跡は車でたどるのは困難であったためポイントポイントだけを見学することにした。途中、北軽井沢に立ち寄り、国道との交差を車上から確認しただけで、草津温泉跡についた。ここは小さな公園の片隅にもうしわけなさそうに石碑があるだけだった。
    拍子抜けしつつ、草津温泉を抜け、六合村に入った。
    国道292号線に乗り、野反湖の逆方向、長野原方面へ向けて走っていると、花園大橋を渡ったところにJRバス関東の太子バス停があった。そこに車を止めて、眼下にある集落を見下ろすと、太子駅跡のホッパー、車止めが見えた。
    国道を若干長野原方向に進むと国道から太子の集落への入り口があり、そこを降りるといかにも線路跡を舗装したという感じの道を進み、太子駅跡に着いた。
    ここにはバス停から見えた、ホッパー、車止めの他、駅当時からのトイレがある。草や蔦に覆われたホッパーには「日本鋼管鉄鉱石積出施設 ここから川崎や鶴見へと原石が運び出された」との説明板がある。また、ホッパーの中ガラクタが転がっており、天井には大きな蜂の巣もあったので近づくのには注意が必要である。また、車止めには「太子駅列車止め これより南にホームがあった 太子むらづくり委員会」の説明板があり、トイレには「旧国鉄太子駅便所 ご利用になれます」の説明板がある。
    ここからは長野原方面へ線路跡を舗装した道路を進む。途中小さなトンネルを続けて2つ越えるがなぜかトンネル内とその前後だけ未舗装となっている。さらに進むと国道292号線と交差し、そのさらに先にあるトンネルの入り口には「落石危険のため当分の間交通止」の看板があり、柵で塞がれていた。まぁ、このトンネルはこのまま廃道になるのではないか。その脇にはアメダスかなんかの無人観測装置があった。
    その後、国道292号線に戻り、長野原方向に向かった。国道145号線にぶつかる直前、吾妻線大前方面に向かう白砂川橋梁と並行して、白砂川を渡る太子方面に向かう鉄橋がほとんど当時のまま残っていた。国道292号線からは手前の草木でよく見えなかったが、吾妻線大前方面の列車の車窓からはすぐ上流側によく見えると思う。墓地脇の村営駐車場にはコンクリート製の橋台がありそこに上がってみると、そこには整備すれば歩行者・自転車専用にできそうな橋があった。


    駅名駅の種別キロ程
    長野原旅客駅0.0km
    太子旅客貨物駅5.8km


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