南総食虫植物園 物語 (NIP Garden Story)
越川 幸雄
食虫植物専門の植物園がつくりたい! こう思ったのは昭和20年代未だ学生だった頃でした。その頃食虫植物といえば横浜春及園鈴木吉五郎さんのところでしか見られなかったのです。第2次世界大戦が終わってまだいくらも経ってない、食べるものさえ満足にない時代に食虫植物なんて! それがほとんどの人の考えだったでしょう。『またそんな夢みたいなことを言って』とよく母親に言われたものでした。それでも新聞等に出ている不動産情報を見ては『いったい幾らお金をためたら植物園ができるだろう』と考えたものでした。ちょっと脱線しますがその頃の食虫植物の値段にふれてみましょう。ラ─メンが30円の時代です。一番安いところでナガエモウセンゴケ(インタ─メディア),ヒメムシトリスミレ(ルシタニカ)が50円。ディオネアは350円、サラセニアの紅綾が1,200円でした。土地の値段は東京の国分寺あたりで農園の売り物が坪単価で200円だったのを覚えています。1,000坪買うには2万円いるな!と思ったものでした。まあそんな意気込みも世は猛烈時代となり猛烈サラリ─マンに逆らいながらも時代のおもむくままに中年時代を過ごしたのでした。でも食虫植物に対する夢は去らず土地の売り物を見るたびに心が動いたものでした。さて時代は猛烈からビュウティフルへ、そしてやがて不況時代の兆しがみえてきました。さあこうなるとまたまた虫が騒ぎだします。折から丁度定年年齢となり退職金が入る事になりました。いよいよ虫が騒ぎだしさあ本格的に土地探しです。場所は関東圏、海沿いの暖かいところ、誰が考えても千葉県の茂原、銚子、鴨川、白浜あたりを考えるでしょう。面積は最低でも1000坪は欲しい! 予算は限られている。なかなか見つかりません。銚子、茂原、鴨川は値段が高く手におえません。目標として坪単価10,000円以下が予算なのです。静岡県の御前崎あたりも候補にいれて3年ぐらい探したものでした。
1994年秋一つの情報が入りました。丸山町で農家をやめたい人がいて農地をそっくり売りたいというのです。早速見にいって持ち主とも話をします。まず気に入っていろいろ調べてみました。土地は丸山川に囲まれたいわゆる袋田といわれる地形で水は明らかに豊富です。川の氾濫が一寸心配ですが丸山町の知名度が低いことを除けばまずまずといえます。田んぼが6反、周りに山林が付いていてその外側を丸山川が囲んでいます。合計約4,000坪で坪単価8,000円、少し広すぎるけどこれ以上のものはないだろうと考え決めることになりました。丸山川はやはりそのあと1997年に氾濫し予想は当たったことになります。早速会社を年末で辞め退職金3,000万円を支払らって計画はスタ─トしました。半分が農地ですのでご存じのようにすぐ移転登記は出来ません。農家の資格が必要なのですが、これには最低3年間の実績が必要なのです。即ちここで農家をやってここの地区に溶け込んで周りから農家として認められないと駄目なのです。そうなって初めて農業委員会から許可が出て農家として認められるのです。植物園を作ることより先ず農家になることに重点をおく必要があるのです。先ず、この地区に溶け込むのが第一です。田舎ではどこでもそうですが地区の寄り合い草刈り、溝掃除、道普請、等の作業があります。それらの行事に積極的に出て地区に溶け込むようにします。それより第一にそのようなことに呼んでもらえなければなりませんが、これがなかなか難しいのです。なにしろここ20年ほど人の出入りが全くなかった地区です。どう扱ったらいいか地区の人達にも分からないのです。取り合えず仮入組ということで地区入りを許可してもらえました。現在それから4年経ちましたが努力のかいあって、去年の町議員の選挙では冗談でしょうが『越川さん立候補したらどうか』という声もありました。まあ第1次作戦は成功です。竹藪を刈り、米を栽培し、植物園には一寸の間おさらばです。
せっかく台風が壊してくれたので、このさい古いものを全部とり払っていよいよ植物園の建設です。計画は丁度一年遅れていよいよかねて借入を申し込んであった第一勧業銀行(あえて名前をだします)に具体的に融資の申込みをします。 運用計画書をつくるためマ─ケット調査をかねて観光シ─ズンの最中にあえて房総半島一周旅行を何時もアドバイスをお願いしているTさんUさんとやったのも今思うと随分前のような気がしますが、ほんの昨年のことです。しかしあっという間の銀行倒産旋風で融資当日直前になって断ってきたのには驚かされました。天下の第一勧業銀行もこのざまでは全く頼りにならない! 融資が駄目なら定期預金を解約するといって脅かしてみたけど『仕方ないです』という返事。 即相当額あった定期を目の前で解約して溜飲をさげたものの、この金は生活費なので植物園に投資してしまう訳にはゆきません。あっちこっち融資してくれそうな所を探しましたがいずこも同じ貸し渋り、国民金融公庫の新規開業資金融資が良いという情報があり申し込んでみます。条件は非常によく2000万円以上で2年据え置き8年年賦で利率2.3%と申し分無いのですが、詳細な見積書と工事日程表が必要でその日程表どうりの支出しか許されないという条件が有りこれは一寸問題です。ついでにいいますと銀行保証協会という銀行融資の保証をする団体がありますが、ここの融資先分類の中に植物園という分類が無いのです。また信用金庫などもラ─メン屋などへの融資は基準があってすぐ出来るのですが、流石に植物園というのはやったことがない。計画は先に言いましたように一年遅れになっており、待ったはしたくない。ええい! 自宅を売ってしまえとばかり買い手を探すことになりました。バブルははじけて土地のマ─ケットも冷え込んでいます。価格は下がっているとはいうものの一億円を越す物件はなかなか困難です。また植物の引っ越しを含むので引渡し迄に半年はかかり、これも条件を悪くしています。でも9月引渡しで契約出来たのは3月末でした。しかし考えてみると東京に家があっても所詮二重生活になっしまい大変なだけで、かえって区切りがついて良かったと思います。さあ大変!冗談じゃない本当の引っ越しの始まりです。