マレー半島・熱帯高山性のNepenthes探検記

田辺直樹

第一章 序幕

1.マレーシア再訪に一喜一憂する事。メンバーを集める事。
昨年、私と越川氏、いえきち女史、てろおさ氏の4人でシンガポール、マレーシアへNepenthesの自生地を求めて10日間の探検ツアーを行った。越川さん以外はNepenthesの自生地を見るのは初めてで、私にとっても長年の夢であった。
感動のシンガポール編で、Nepenthesの自生地を初めて見て大感動し、翌日の怒涛のジョホール編ではレンタカーで国境を越えてマレーシアへ入国し、雑草のように生い茂るN.ampullaria、N.rafflesiana N.gracilisを目の当たりにした。その日のうちにシンガポールへUターンしなければならず、まさに怒涛の如くレンタカーを300km近く爆走した。
そして、幻想のゲンチンハイランド編では、霧に包まれる熱帯高山に咲き乱れる蘭の数々と雑草のように生えるN.macfarlanei N.gracillima N.sanguineaとそれらの自然雑種に酔いしれた。最後は魅惑のペナン島編で、マレ−シア独特のイスラム民族と中国系、タイ系の文化が交じり合う複雑な情緒を味わいながらのレンタカーでの島一周のNepenthes調査で、N.albo-mareginataの他、記録にはない、N.mirabilisやN.gracilisの自生まで確認できた。
Nepenthes自生地探検初心者の我々にとってあまりに刺激の強すぎる10日間であった。そして、今年は当初の予定ではボルネオのクチンを拠点として、N.bicalcalaraやN.veitchiiやインドネシアへ越境してN.clipeataを見ようなどと目論んでいた。現地にもChi'en LeeというNepenthes愛好家がいて、越川さんとメールで何度かやり取りをしていた。しかし、南総食虫植物園の開園の準備と植物の引越しに忙しく、今年はキャンセルだ!という事になってしまった。今年はクチンに行くことを楽しみにしていた我々はかなりがっかりしたが、越川さん抜きでNepenthesの探検ツアーは語れない。しかし、私はこう考えた。昨年行った場所なら越川さんがいなくても何とかなる!と、、、昨年行った場所で現地案内人なしで手軽に行ける場所で種類が豊富とくれば、幻想的な景観のゲンチンハイランドしかない。ホテルから歩いて数分で自生地にたどり着ける場所は他にはない。日程も行きと帰りで1日ずつ、中3日を自生地探検にして、3泊5日(機中1泊)の日程を考えた。宿泊は全てゲンチンハイランドの国営カジノがあるゲンチンホテルにゆっくり、たっぷり滞在して、N.macfarlanei N.gracillima N.sanguineaとそれらの交配種をじっくり見学できるし、写真撮影、ビデオ撮影、標本採集、交配種の研究などがじっくり出来ると考えたのである。
越川さんは参加しないが、私といえきちさん、てろおささんの3人は参加決定。リーダーは必然的に私になり、他のメンバーを募ることにした。越川さんは旅行会社との交渉役で日程調整などを全てお願いした。
メンバー募集はパソコン通信のNiftyserveの会議室に掲載した。するとNepenthesと蘭が大好きな狂さん(本名は坂本さん)とえるぶ女史(本名は大坂さん)が参加表明した。えるぶさんは昨年参加する予定でいたが、諸般の事情により参加できなかったので、今年は満を持しての参加である。あと、ゆくゆくは南総食虫植物園で働くことになる森本さんが越川さんの業務命令により参加する事になった。越川さんから依頼された仕事?をする事になるであろう。これで私を含めて6人であり、ちょうど良い人数になった。さらには、浜田山で行われる集会の時に長澤さんというNepenthes大好きな人に声をかけたところ快くOKが出た。あとは会社と奥さんのOKが出れば、との事であったが数日後に正式参加の連絡を受けた。あと、私の知り合いで同じくNepenthes大好き人間の岡さんにも声をかけた。彼も正式に参加表明をいただき、男6名、女2名の合計8名のゲンチンハイランドツアーとなった。同じ頃、旅行会社担当の越川さんから連絡があり、ホテルと飛行機の予約が取れた旨の連絡を受けた。ただし、ゲンチンハイランドに3泊する予定が最後の1日がマレーシアの建国記念日でホテルが全て予約で埋まっており、プレミアムがつくほどであったため、最後の日はキャメロンハイランドに移動する事になった。キャメロンハイランドはN.macfarlanei N.gracillima N.sanguineaが最初に発見された場所であり、うわさによるとゲンチンのものとは多少タイプが異なるようである。ゲンチンからキャメロンへの移動に4時間以上かかるので、あまりゆっくり出来なくなってしまったが、また新たな発見があるかもしれないという期待と、初めての場所で勝手がわからず、不安な気持ちが入り交ざった複雑な気持ちであった。何はともあれ、8月27日から31日までの4泊5日のゲンチンハイランド、キャメロンハイランドへの高山性Nepenthes探検ツアーは実現の運びとなったのである。

2.熱帯マレーシア大湿原に興味津々の事。幻想のゲンチンハイランドに到着の事。
8月26日、つまり出発前夜。私と越川さん、そしてえるぶ女史、いえきち女史の4人で家の近く(JR新検見川駅)の居酒屋<庄屋>で飲み会を行った。実は翌日、越川さんが成田空港まで送ってくれるというのと、越川さんとカラオケをやりたいというのと、いえきちさんが日本酒を飲みたいという希望が重なった結果であった。我が家から成田空港までは高速で約40分で行けるので、とても便利である。朝8時半集合なのだが、夜更かしして飲んでいても安心である。いえきちさんは仕事の都合でハワイに半年以上居た為、日本酒に飢えていた様である。しかし結局、飲みすぎてカラオケに行くのを忘れて、我が家に戻り、缶ビールで乾杯! 寝たのは1時ごろであった。
あまりの暑さに朝、目が覚めると時間は5時半、出発したのは6時過ぎ。渋滞もなく順調に成田空港第2ターミナルへ到着したのは7時ごろ。まだ誰も来ていないようだ。せっかちな私は航空使用料の2,040円の切符を購入し、えるぶさんといえきちさんは海外傷害保険の一番安いやつを契約していた。両替は日本より、現地の方がレートがいいのはお決まりなので、現地の空港で両替する事とする。のんびりくつろいでいると、他のメンバーが続々到着。定刻の8時半には全員集合し、いよいよチェックインになる。喫煙者が多いので喫煙席をリクエストした。海外初体験の森本さんは少々緊張気味、出国に必要な各種書類を真剣に確認していた。出国手続き前に一同記念撮影となり、越川さんに記念のシャッターを押してもらった。そして、いよいよ出国である。手荷物検査とハイジャック防止のためのX線検査である。全員無事にパス。ただし、てろおささんの三脚が昨年に引き続き引っかかった。昨年は小さい箱に入れようとしていたが、今年はさらに小さい封筒を持ってきた。まさか、この封筒に1mはあろうかという三脚が入るわけもない。私が係員に聞いてみた。「まさか、この封筒に三脚入れるんですか??」と。すると係員の女性の人が笑顔で答えた「いや、三脚に巻きつけるだけです」。成田の機内持ちこみはガードが固いようであるが、帰国便のマレーシアでの出国の際は何も言われずに手荷物として持ちこめた。
いえきちさんとえるぶさんは免税店で香水や化粧品を物色。朝飯を食べていない私はサンドイッチとミネラルウォーターを口にした。マレーシア航空MH89便は10:30定刻どおりに成田を離陸。これから7時間かけてNepenthesの宝庫、マレーシアへ向けて旅立ったのであった。 我々は一番後ろのほうの席で、後ろ3列分は空席であった。ベルト装着サインが切れると一斉に移動した。2席分を1人で使う。ファーストクラス気分である。成田を出発して10分ほど、外の景色は房総半島を南下している。もしかしたら南総食虫植物園が見れるかもしれない。越川さんが手を振っているかも??とわけのわからない冗談を言いながら、結構マジで窓の外をみんなで見ていたら、他の客が不思議そうにしていた。

現地時間はマイナス1時間。夕方4時頃、定刻よりも30分ほど早くマレーシアのクアラルンプールに到着。さすが熱帯である。すごく暑い。飛行機とタラップの隙間からの風が生暖かい。数ヶ月前に新しくなったらしく、昨年の空港とは全然違う。でも、道案内は不親切で良くわからず、結構迷った。狂さんらは途中の免税店で蘭や植物の写真集を購入していた。狂さんは英語は苦手らしく、レジのおばさんに「これいくら?」とバリバリ日本語で話し掛けていた。シャトルバスも乗っている距離は成田とは比べ物にならないぐらい距離があり、また、猛スピードで移動する。そして、入国審査。これも、Where are you from?と聞かれWe came from JAPANと言うと、フリーパスであった。日本とマレーシアが仲が良くて良かった。機内預け荷物を受け取り、その傍にある両替所でマレーシアリンギ(ドル)に両替だ。3万円分を両替して、849ドルであった。1ドル35円ぐらいである。成田空港では39円ぐらいであった。やはりこちらで両替したほうがレートは良いのである。到着ロビーに着くと現地の旅行会社の人が迎えにきていた。昨年とは違う人であるが、流暢に日本語を喋るなかなか良さそうな人である。一人10ドルのチップで8人で80ドル。多すぎるかもしれないが、80ドルは約3,000円である。実はゲンチンハイランドからキャメロンハイランドまでの移動の時に、自生地らしきものがあれば、車を止めてもらいたい下心があったので、多少多めに渡したのである。このチップが功を奏したのか、後程紹介するが、新しい自生地を発見することが出来たのである。
さて、全員マイクロバスに乗り込んで、いよいよゲンチンハイランドへ向けて約2時間の移動である。空港から高速道路が直結しており、その道路の回りは一面の大湿地帯である。Drosera大好きの私と森本さんは居ても立ってもいられない。車を止めてほしいのであるが、高速道路では停車できない。と最初に釘を刺されていたため、ただ眺めているしかなかった。ただ、どう見ても何かありそうである。南アフリカに探検にいった宮本さんがクアラルンプール経由で時間があったので付近を調査したそうだが、ノタヌキモを発見したほうである。また、別の情報では紫の花を咲かせるD.spatulataタイプのドロセラがあるようである。今回はグッと涙を堪えて先を急ぐことにする。高速道路の両側の壁にはNepenthesと共存するシダがあちらこちらに群生しており、全員目を凝らしてNepenthes探しを試みるがどうやらなさそうである。時速100kmの高速で移動しながら、目を凝らして探すのは至難の技であり、それだけ動体視力が良ければプロ野球の選手になれるであろう。
高速を外れて山道に入る。昨年はこの当たりから、Nepenthesが点在するはずであるが、今年は見つからない。そうこうしているうちにバスが止まった。ここはケーブルカーの登り口である。昨年はバスで一気に頂上まで移動したが、その道は渋滞しているそうなので、麓からケーブルカーで移動となったようだ。実はこの当たりはN.sanguineaが自生しているそうであるが、時間がなくて散策は出来なかったのが残念である。
ケーブルカーは4人乗りで、私と女性2人とガイドさんとで乗りこんだ。かなりの急勾配を約15分かけて標高にして800mほどを登るのだ。時間は7時を回ろうとしているが熱帯の日没は遅く、ちょうど夕闇の中で見る景色は最高であり、新婚カップルだったらうっとりしてしまいそうな景観である。山頂付近一帯は霧がかかっており、幻想的な風景である。所々に動物やNepenthesのオブジェもあり、ライトアップされている。15分後に山頂に到着。やはりすごく寒い。熱帯マレーシアのイメージには程遠い。上着がなければ風邪を引くであろう。そのまま通路を抜けてエスカレーターを登れば、そこは昨年訪れたゲンチンホテルの玄関(ロビー)であった。なんか、思わず「ただいま!」と言いたくなるぐらい懐かしさと感動で一杯だった。幻想的なこの山にN.macfarlanei、N.sanguinea N.gracillimaが大群生しているのだ。今日はさすがに暗いので見に行けないが、明日が待ちどうしくなる、そんな気持ちである。 ホテルでの為替レートは1ドル約36円、空港よりちょっと悪いが成田よりもマシである。部屋のカギを受け取り、早速部屋に入る。懐かしいが、昨年よりは狭い部屋であり、てろおささんの「風呂場で受身」は無理そうである。部屋は私と森本さん、狂さんとてろおささんの蘭大好きコンビ、長澤さんと岡さんの初体験コンビ、それと女性陣の4部屋である。部屋の天井を良く見ると妙な矢印がかかれている。非常口の方向か? まさか北枕の位置か?などと色々考えたが、後でわかったことだが、お祈りをする西北西の方向を指しているそうだ。ここは人口の半分以上がイスラム圏の人々がいるので、このような矢印があるのであろう。ちょうど狂さんの部屋と長澤さんの部屋が隣同士で中がつながる構造で、広く使えるのでここで宴会する事になった。早速得意のルームサービスで注文するが、今年は結構英語が堪能な岡さんが注文担当。彼はホテルのレストランで勤務しているので一通りの基本的な英語は完璧である。食事の用意が40分以上かかるようなので、てろおささん、狂さん、長澤さん、岡さんの4人は懐中電灯を片手に自生地へ行くと言う。ホテルから歩いても5分ぐらいで自生地へ行けるし、ホテルの脇の土手にまで自生しているのである。私を含めた他のメンバーはビールでも飲んでくつろぐことにした。飛行機7時間、自動車2時間の長旅は結構疲れるものであり、冷えたビールは最高である。部屋の冷蔵庫にもビールがあるが12ドルもするので、1Fのコンビニで5ドルで買えるので、沢山買ってきてしまった。しばらくするとルームサービスの料理が届く。夜中の自生地探検に行った4人はまだ帰ってこないので先に頂くことにした。昨年も散々食べたが、ラムチョップは結構いける。森本さんはケチャップとチリソースを間違えてヒーヒー言っていた。
しばらくするとナイトサファリ組が帰ってきた。黄色い花の咲いた蘭とNepenthesの袋なしを1株だけ発見できたそうだ。まあ、暗いからしょうがないであろう。さあ、いよいよ明日はゲンチンハイランドのNepenthes達と1年ぶりの再会である。

第2章 Nepenthesの楽園との再会
1.雑草の如く生育するNepenthesに狂喜乱舞の事。野犬に襲われるの事。
朝5時半に目覚ましをセットした。これは森本さんのものでドラえもん製である。彼はドラえもんが大好きで、Tシャツもドラえもん。これはパソコンでペイントしたお手製のものである。他にも携帯電話のドラエホンも持っている。1Fのコンビニでドラえもんのコミックを探し当てて買っていた.昨年、いえきちさんも買っていたが、表記が中国語なので漢字の雰囲気で何とかわかりそうで面白い。ここマレーシアでもドラえもんは放送されており,視聴率は何と80%を超えているようだ。 さて、早起きしたはいいが、外は真っ暗である。しかもすごい霧で視界30mといったところであろうか? 窓を明けるとすごく寒い。再び寝ることにしたが、なかなか寝つけないでいた。7時過ぎには朝食を食べに1Fに行く。狂さんたちはすでに来ていたようであるが、その狂さんも私と同じで早起き組みだったようだ。朝食はバイキングであり、早い話が食べ放題。カレーが結構美味くて、てろおささんは朝から3杯もお代わりをしていた。このバイキングを利用して,昼飯を準備するのだ。パンにジャムを塗ってウインナーを数本頂いた。狂さんはおもむろに、堂々とバックに仕舞い込む。日本から弁当箱やラップ持参である。たいした度胸だ。 全員が朝食を終えて、ホテルを出発したのがJust8時だった。まだ、霧が濃いが視界100mぐらいだろうか? 何とかNepenthesは探せそうである。ホテル構内の道に妙な蛾が沢山いる。文面では説明しにくいので是非ビデオを見ていただきたいものである。疲れているようであまり元気はなさそうだ。ホテルの坂を降りるとすぐ左側の壁にNepenthesを発見。N.gracillimaとN.sanguineaの交配種である。はじめてみる自生地に皆、感動しているようであった。
さらに下って、いよいよ昨年訪れたNepenthes自生地ロードへと進む。入ってすぐの場所にN.macfarlaneiの原種及びその交配種が点在する。昨年と様子は変わっていないようだが、原種の数が少ないような気がした。崖や叢に排水溝の溝の脇にと至る所にNepenthesga点在する。まさに雑草状態である。交配種も多種多様で、N,macfarlaneiとN,gracillimaの交配が目立った。特徴はN,macfarlaneiの斑点にN.gracillimaの黒い袋であり、両種の中間型である。さらに進むとN.gracillimaの原種を発見。N.sanguineaの原種も大きな袋をつけて我々を出迎えてくれた。両者の交配種もいくつもあり、見ていて飽きない。俗に黒いN.sanguineaが重みのある袋をつけるが、これはN.gracillimaが掛かっているか、さらにN.sanguineaが掛かる(戻し交配)などで形はほとんどN.sanguineaであるが、袋は真っ黒というもので、いくつもあった。N.gracillimaの原種は昨年よりも数がグンと減っているようで、心配される。大きな株は所々見る事が出来るが、小苗が少ない。N.gracillimaは真っ黒な袋に斑点など一切入らないで、袋の内側が薄緑で美しい。多少斑点の入っているのはN.macfarlaneiがかかった交配種であり、袋が多少ひょうたん型になっているのがN.sanguineaとの交配である。良く目に付いたのはN.macfarlaneiとN.sanguineaの交配種で、両者の中間型のもの、N.macfarlaneiに近い系統、N.gracillimaに近い系統など多種多様であった。ここでは原種が3種類しかないので、交配パター-ンは3種類しかないのであるが、3元、4元の交配種もあり、見ていて飽きの来ない自生ポイントである。 2度目の来訪となると余裕があるのか一人でドンドン先に進んでしまい、振り向くと誰も居なかった。この道は始点から終点まで約2km、道の途中には電話会社の各設備が点在している。要は電話やテレビの通信施設の建設の為に道が造成されたので、削り取られた崖にNepenthesが群生しているのである。道も緩やかなカーブの連続で少し歩くとすぐカーブになってしまう。大体200mに一回はカーブがある。そんな熱帯高山のジャングルに独りぼっちになってしまった。あまりにも寂しくなったので重い荷物や撮影機器を岩陰において、少し戻ってみようと歩いていた。すると草むらからいきなり大きな野犬が3匹、私の前に現れた。2匹はN.gracillimaのような真っ黒な犬、他の1匹はN.sanguineaのような赤茶色の犬である。彼らは私を警戒し、吠えまくった。私はファイティングポーズをとっては見たが、恐怖心がよぎってしまい、慌てて逃げてしまった。当然のように犬も追っかけてくる。小さい頃からマラソンと短距離は大の苦手の私だが、このときばかりは生涯記録の中では最高速度であっただろう。100m以上は逃げただろうか? 振り向くと犬は居なくなった。私は今思うと、どうして奥に逃げてしまったんだろうと後悔した。あの犬がいる以上、私はホテルには帰れないし、狂さん達の一行は恐らくはじめてみるNepenthesや蘭の乱れ咲きで狂喜乱舞して、犬のいる場所までは相当時間がかかると予想される。仮に狂さん達が犬の場所まで来たとしても、犬の威嚇でこれ以上奥に行けなかった場合、私は結局一人ぼっちで犬が居なくなるまでホテルには帰れない。狂さんたちが犬を撃退してくれれば一番良いのだが、、、でも、どうにもならないので煙草に火をつけて一服していたが、ふと、足元にプラスチックの長い2mほどの棒が見つかった。さらに1mほどの鉄の棒も発見。私は本能的に犬に戦いを挑む体制になっていた。2本の棒を両手で持って、いざ、犬ポイント目指して突撃だ! しかし、世の中そんなに甘くなかった。一度逃げた私は犬にとっては完全に下に格付けされているようで、私の姿を見るなり、すごい勢いで3匹同時に私に向かって吠えもせずに追ってきた。私は持っていた2本の棒なんか殴り捨てて世界超最速スピードで再び逃げた。100mほど逃げたところで振り向くとまだ追ってくるではないか? 私は死の恐怖と戦いながら必死に逃げたのである。ちょうど霧が急に濃くなり始め、行く手を霧が阻んでくれたので、犬はそれ以上追っては来なかったようだ。
もう、心臓はバクバク、気は完全に動転していた。どうしよう。でも俺は野犬と戦うためにマレーシアに来たのではない。Nepenthesを見に来たのだ。そう思うと、自然に足は奥へと歩いており、目線もNepenthesが自生する崖に向いていた。この当たりはN.sanguineaが豊富な場所であり、ほとんど原種ばかりである。真っ赤なものもあればオールグリーンの見事な袋も点在する。実生苗も数多く点在し、本当にすばらしいN.sanguineaポイントである。先ほどの野犬の恐怖は忘れかけていた。ホテルを出てから約2km歩くと先が行き止まりでテレコム会社の施設になっている。そばに古びたテントがある。今日はホテルに帰れなければここに寝止まりするか、、などと弱気な事を考えていたその時、テレコム会社の従業員らしき人が車で降りてきた。私は無意識のうちに両手を振って助けを求めていた。従業員の人は驚いた様子であったが私は真剣である。(たかが犬3匹で、、、)必死に分けのわからない英語で説明し、車に乗せてもらい、Please go to hotelと言った。しばらく走るとさっきの犬ポイントまでやってきた。犬は偉そうにしていたが、さすがに車の中にいる私には襲う事は出来ない。私は手を振って彼らに別れを告げた。
そしてしばらく車を走らすと狂さんを発見。従業員にチップを渡して車を降りた。ちなみにチップは50ドルも渡してしまった。私にとっては命の恩人である。50ドルでも安いものだ。ただ、従業員は目を白黒させて驚いていた。狂さんは私の姿を見て驚いていたが、訳を話すと大笑いされてしまった。てろおささんも登場。やっと他のメンバーと再会できた嬉しさで涙が出そうだった。時計を見るとまだ10時過ぎである。てろおささんが先頭きって私の敵を打ちにいってくれた。しばらくするとけたたましく吠え叫ぶ犬の声。襲われたのか??  しばらくしてから犬ポイントに行ってみると犬は一匹もいなかった。てろおささんのすぐそばまで犬が吠えながらやってきたが、てろおささんは口笛を吹いたりボーッとしていたら犬も呆れて逃げて行ったそうだ。彼は例のカメラの三脚(成田の出国時に引っかかった)を持っていたので、犬には凶器に見えたのであろうか? とにかく彼のおかげで道のりは安全になったので,安心してNepenthes探検が出来るというものだ。彼に感謝しつつ先を急ぐが,時計を見るとお昼の時間である。みんなは朝食バイキングでくすねた食糧を出して,思い思いに昼食タイムとなる。岡さんと長澤さんはビール持参である。私は健全にミネラルウォーターを持参。昨年もそうであるが、自生地で食べる飯は最高に美味しいのである。いえきちさんが得意のポフを披露。そのポフで開いた袋の中の水をてろおささんが飲むという絶妙なコンビネーションである。彼曰く、N.sanguineaがトロっとしたただの水で美味しい。N.gracillimaが一番美味しいそうで、N,macfarlaneiはすごく不味いそうである。私もN.gracillimaの袋の水を飲んでみたが、結構美味しい。
昼食後も更に奥へと進む。道の左側が崖で右側が草むらというシュチエーションである。不思議と奥へ行くほどN.sanguineaが多いのはなぜだろうか?交配種のパターンもさまざまで、斑点が入る系統が結構多いのに気がついた。つまりN.macfarlaneiが片親の交配種が多いと言う事で、花粉が多く出来るのであろうか? それにしても昨年もそうであるが花が全然咲いていないのだ。種子はN.macfarlaneiが2房、N,gracillimaが1房見つかった程度である。昨年同様N,sanguineaの花茎は見つからない。彼らの開花の最盛期は何時なのであろうか? それにしても真っ赤で大きなN.sanguineaが沢山自生しており、ご機嫌である。
蘭も多種多様に自生しているようで、欄に詳しい狂さんが狂喜乱舞していた。勿論Nepenthes自生地初体験の方々もあちこちに自生するNepenthesの前でビデオ撮影,写真撮影など、歓声と共に狂喜乱舞状態である。さすがに8人もいると現地の人にとっては異常な集団に見えるかもしれない。工事現場にいた人がNepenthesに詳しいらしく、大きいN.sanguineaのある場所を教えてくれた。さすが地元の人である。すごい大きな袋でビールノ大ジョッキほどあった。 2時ごろになり、そろそろホテルへ帰ることにする。平坦でやや勾配のある2kmほどのNepenthesロードであるが、結構皆疲れている様だ。これで気温が15度から18度ぐらいしかないから驚きであり、日本の高山にいる感じである。日照も午前中のほんの30分ぐらいしかないのである。あとは一日中霧に包まれている状態である。日本でこの環境を作るのは大変である。栽培は困難を極めるであろう。

2.ゲンチンの夜は最高の事。自己紹介で盛りあがるの事。

3時前にホテルに到着し、荷物の整理?をいろいろして、友人や家族宛に購入したお土産は郵便局から日本へ郵送するのである。郵便局は両替の客で結構混んでいたが、私が持参した小包(約10箱)の処理に随分と手間取っており、要領が悪い。オネエチャンの愛想も悪い。昔の日本の郵便局に似ている。でも,1箱約3ドル(約100円)と格安である。日本から逆にマレーシアに郵送したら1000円は下らない。家族思いの狂さんもお土産を箱に詰めてニコニコしながらやってきた。昨年は気がつかなかったがゲンチンホテルにも郵便局があり、朝9時から夕方5時までやっているようである。
家族への義理を果たした後は、今夜の夕食である。昨年からルームサービスしか食べた事がないので、今回はレストランでも行こうという事になり、あちこちを物色するが,結局中華料理ということになった。店の人にHow Many? と聞かれて,狂さんがいきなり「えーとね、8人」とバリバリ日本語で対応。当然通じるわけもなくすぐに狂さんが「エイト!」とこれもバリバリ日本語英語で、全然通じない。でも何とか8名様ご案内となったが,禁煙席に案内されてしまい、ウエイターに頼んで喫煙席に移動。料理もメニューが良くわからないのでコース料理を頼んだ。飲み物は当然ビールで乾杯。飲めない人はミロ(麦芽飲料のMILO)を頼んで飲んでいた。会話はまず、自己紹介から始まった。初めて会う人もいるが,もうNepenthesを散々見て気心も知れてしまったようで、ずっと前からお友達のような気がするから不思議だ。ヒルの話から始まって菌類の話で盛りあがり、年齢や血液型など、どこかの頭の悪い大学同士の合コンのノリの様で面白かったし,なぜか食虫植物の話題はひとつもなかった。料理はお世辞にも美味しいといえるものではなく、まあまあといったところである。店員の態度もあまり良くないし、郵便局の奴らと差ほど変らない。食事終了後はみな自由解散?となった。狂さんと岡さんは仲良くカジノで一儲けとしゃれ込んだ。てろおささんは国際電話を掛けに行った。誰に掛けるんだろう??と余計な事を考えてしまった。
私と森本さん、女性2人と長澤さんは部屋に戻り、缶ビールで乾杯!  やっぱりビールは美味い。酔った勢いでいろいろ話をしているうちに、女性2人が麻雀ができるという。私も自慢ではないが中学の頃から父親に鍛えられた。一丁勝負するか? しかし、麻雀の牌がない。フロントに確認するが「マージャン」では通じなく、「マージョング」でやっと通じた。通じたはいいが、ホテルにはマージャン牌はないそうだ。残念である。しばらくすると狂さんが帰ってきた。何とスーツ風に着替えて蝶ネクタイまで持参したのである。ジーパン姿で一緒に行った岡さんは入場できなかった様である。しかし、狂さんは両替もしないで雰囲気を味わって退散してしまった様だ。 部屋ではあの野犬事件で盛りあがった。情けない話ではあるが、マレーシア観光のガイドブックによると野犬は狂犬病である可能性があるとの事。あらためてあの時逃げてよかったと胸をなでおろしたのである。

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