Zimbabweの冒険記

Fernando Rivadavia Lopes
(訳:間渕 通昭)

  はじめに(訳者)
 ブラジル在住の食虫植物探検家フェルナンド氏のジンバブエ訪問記である。本文ある通り、収穫は今一つで、同時期にザンビアを訪れた宮本誠氏が珍種ドロセラを見つけた話をしたら「そちらに行けばよかった」と悔しがっていた。なお、最近D.sp.Mts.Chimanimaniというドロセラが種子で輸入され出回っているが、これは本文にあるD.natalensisのようだ。これはコモウセンゴケタイプの小型ドロセラだが、花がバラ色で大きい(直径約8mm)。D.natalensisは元々変異が多く、大型のD.coccicaulis, D.venustaもD.natalensisの1種(シノニム)である。

 1997年の8月末から10月初め、私は南アフリカ周辺の自生地探索を行った。その時私は東京大学の学生で、日本からヨハネスバーグに行く途中、クアラルンプールに立ち寄り、ネペンテスの自生を初めて見たり、またそこでニュージーランドの栽培家、Bruce Salmon氏と交流したりもした。
 アフリカでは、いい目にも悪い目にもあった。悪い方はヨハネスブルグにつくなり、所持金一切とカメラなどを盗まれてしまったこと。いい方は現地の栽培家Eric Green氏の案内で、D. cistiflora や D.paucifloraの大群落を見たこと。どれも大きな花で様々な色の花があった! まず、南アフリカの食虫植物研究会で話をしたり近辺の自生地探索をした他は、観光をして過ごした。世界一の111mバンジージャンプもやってみたし、「チキンバス」ツアー(2日で辺りの村を周る)でカメムシのフライを食う機会があったので試したところ、臭い匂い通りの最低の味だった。そして、本稿の主題、ジンバブエとモザンビーク国境のチマニマニChimanimani高地への探索を行ったのである。  チマニマニの第一印象は、驚くほどブラジル食虫植物の自生する山(砂岩高地)と似ているように(地質学的、植物相的)見えたことだ。あいにく、2日しか時間がなかったが、結果的にそれで十分だった。食虫植物がほとんどなかったからだ。ドロセラ、ウトリ、ゲンリセアを期待していたが、D.natalensisとD.burkeanaのみ。これらの自生状況を初めて見ることができたので、まあよしとすべきか。それにしても、食虫植物がありそうな雰囲気もあり、せっかく苦労して来たのだからと、2日間一生懸命探し回ったが、「ことによると冷涼な気候に生える種があるのでは」という淡い期待は見事に裏切られてしまった。そして、チマニマニにもう一つ危険要素があった。内戦の名残の地雷である。このため、観光客は道から外れて歩くなと言われるのだが、探索したいという食虫の虫がうずいて、できる限りのことはした。裸の土を避けて、石や岩のある所をとびとびに歩き回ったのだ。それにもかかわらずチマニマニ山は非常に美しく、ハイキング自体は十分価値があった。
 初日に、全体の大まかな調査をした。はじめに見つけた自生地は、水の染み出る草地でD.natalensisとD.burkeanaの大きな開花株が群生していた。
 D.natalensisは緑がかった赤色の葉を斜上させたロゼット型ドロセラだ。葉柄は長く、先にいくにつれ徐々に広がり楔型の葉につながる。花は明るい桃〜ライラック色。D.dielsianaと類似であり、ごくわずかの(疑わしい)植物相的な違いと種の形状の違いだけで識別される。D.natalensisは葉形の変異が非常に多い。以前栽培していた南アフリカPietermaritzburg産のものはチマニマニのものと大分違う。結局チマニマニでD.natalensisの自生地をいくつか発見したが、たいてい花がなかったので、確実な同定はできなかった。恐らくD.dielsianaもあったのかもしれない。
 D.burkeanaは深いワインレッドの平たいロゼット種である。楔型の葉身、非常に狭い葉柄をもち、花は純白である。私は、過去D.burkeanaのラベルのついた植物を何度か栽培しているが、いずれもD.spatulataまたはD.aliciaeの一形態であった。栽培品で真正のD.burkeanaを一度も見たことがない。本物はとても美しく、栽培しやすいものである。ここでこれを見ることができ非常にうれしかった。残念ながら結果的にD.burkeanaを見つけられたのはそこだけだった。実のところ、この最初の自生地が最もよかった。あとはそれよりもいいところが見つからず、いらいらし通しだった。人間というものは欲が出て、前よりいいものに出会わないと満足できないものである。  二日目、私は、モザンビーク最高(ジンバブエでは2番目)のBinga山(標高2437m)に登ることにした。往復約25kmの長い行程で、ユースホステルの人に日帰り登山は無理と忠告された。が、時間がない。谷は季節的に乾燥していたが山頂は霧、雲で高湿度とみうけられ、ウトリ、ゲンリセア、茎立ちドロセラが見つかるのではと、期待していたのだったが・・・
 乾季にもかかわらず、チマニマニの2日間で多くの雨に逢った。殆どは熱帯の雷雨のようなものでさっと降ってすぐに止んだ。登りはじめは好天の登山日和で、山頂からはモザンビークの反対側インド洋を見られると思っていたが登っていくうちに曇り、風も強くなり、濃霧、雨となった。しまいに頂上に着く頃にはみぞれに変わり、すっかり寒くなった。平坦な山頂手前は急勾配で、狭い難所だった。山頂点を示すプレートに達して息つく間もなく、雷雨が襲ってきた。あまりに危険なので、山頂周辺の食虫植物探索の計画を『緊急事態計画B』(つまり逃げるように下山)に変更! 高山での酸素不足であえぎながら、しもやけになりかけの手と痛い足で山腹をしゃにむに力走した。なぜ大怪我せずにすんだか不明だ!
 途中、道の脇に見慣れた赤いものが目に留まった。ドロセラだ!余裕は殆どなかったが、かろうじて停止して迅速に数株を掘り取ってポケットに詰めた。そしてまた力走。採集したものはD.natalensisの類のようだったが、より高地で自生するといわれているD.dielsianaかもしれない。あいにく、開いている花と種が全然なく、識別不可能だった。
 約1時間後、下から山頂を振りかえると、何と、さっきまで山頂を覆っていた雲は天に昇っている。運悪く、私はその日の最悪時間に山頂に居たのだ!その後、怪我をした足が痛く、それ以上の探索はしなかった。帰りの道沿いあちこちにD.natalensisを見たのみだった。8時間の登下山の末、足を引きずりながらベースキャンプに帰った。
 他の登山者たちはすでにお待ちかねで、小型トラックに乗って、コーヒーやユーカリノキを栽培する農場(プランテーション)を通ってチマニマニの村に帰った。公園と村との間の道路が悪く、たった19kmなのに1時間もかかった。村の「天のロッジ」という楽しいユースホステルでは、熱い風呂、清潔な衣服、旨い夕飯が待っていた!
 翌日、チキンバスに乗ってプレトリアに引き返した。チキンバスの長い長い旅行・・・多くの村に停車するし、バスの中の騒々しい音楽はノンストップだし、許しがたい暑さだし・・・・しかし、帰りはもうあのカメムシフライには手を出さなかった!