Nepenthesの育種
越川幸雄
Nepenthesは、その形の面白さ、奇抜さから人々の興味をそそり、導入の初期の時代からイギリスで盛んに交配が繰り返され、今に残る名品、N.x Mixta N.x Dyeriana N.x Mastersianaなどが残されてます。戦後の交配、改良の舞台は日本に移った感があり、数限りないほどの交配種が作出されております。しかし、そこに前記の3種を抜くようなものが殆ど出来ていないとうのが残念ながらの現状であります。 さて、その理由を考える前に一般的な交配育種の手法というものを考えて見ましょう。植物ではありませんが、犬や猫の改良のことを考えます。恐らく両種とも今の種類のもとになった原種の数は非常に少ないもの、恐らく1種の原種から始まったものと思われます。そのたった1種の原種が近親交配を繰り返され、そして特別な特徴をもった種が現れたのでしょう。その特別な特徴を持った個体を大切にし、それに近似のもの、又は親に戻し交配をして、その特徴を発展させ、保存してきたのです。ですから、その系統以外のものと交配することなどもってのほかで、血統とか血統書とかいうものが大切にされるのはそのせいなのです。
もうひとつ有名な園芸植物にバラがあります。バラの場合は数種の原種を元にして進められてきたようです。先ずオールドティーローズと呼ばれているものの中で選抜が繰り返されたあと、数種の他の原種と交配が行われています。これは恐らくティーローズの交配が非常に古い時代から続けられ、殆ど完成の域まで達していたところへ新たに外国産の新しい原種が導入されたものと思われます。この時持ち込まれた原種の血は非常にうまくティーローズの中に取り入れられ、以後、ハイブリッド系として発達して来て、現代のバラになったのです。
さてここで本題のNepenthesに目を向けてみましょう。初期の時代からNepenthesの交配は原種同士の掛け合わせから始まったようです。一つの原種の中での選別品が名札付きで発売されたのは、N.maxima一種のみの様に思います。これはN.maximaが今見ても実に変化の幅が大きく、色々な形質のものが含まれている事に原因があるのでしょう。Nepenthesの場合、雌雄異株という特徴があり、このためセルフの種子が採りにくいということも、原種同士の交配から始まった要因のひとつでしょう。
またもう一つはNepenthesの栽培が蘭と共通に行われていたので、洋蘭の育種法がそのまま用いられてきたのでしょう。とにかく一代交配種、いわゆるF1の中から良いものを選別する、という手法で初期の育種が始まったのでしょう。
最初にあげた種のうち2種、N.mixtaとN.mastersianaはこの例に当たります。もう1種、N.rafflesianaとN.veitchiiを掛け合わせた名品N.dicksonianaがあるのですが、これは残念ながら現在残ってはいないようです。しかし、再交配が試みられ、なかなか良いものが現れているようです。その他、当時のイギリス作出の種類はすべて一代交配種ですが、あまり目ぼしいものは見当たりません。
さて、次の段階でF1同士の交配による4元交配の品種、N.Dyerianaが現れます。N.DyerianaはN.mixtaとN.Dicksonianaの交配品で、交配された当時はあまり良いものではないと言われていたと聞いてます。しかし、これが交配後相当年数が経ってからすばらしい種類として発表され、キュー植物園園長だったサーウイリアムス・ティルシストン・ダイヤー氏に因んで、N.Dyerianaと名づけられたのです。
この何年間も発表が遅れたということは、私の考えでは、恐らくN.Dyerianaが大器晩成型だったのではなく、4元交配なので、4種類の親からの遺伝子の組み合わせが複雑で、沢山出来た苗の中から本当にうまい組み合わせになったものが何年も経ってからやっと見つかったということではないかと思うのです。N.Dyerianaの発表でイギリスのNepenthes改良は終わりを告げるわけです。世の中は段々厳しい時代に入り、イギリスの王族貴族達も園芸に力を入れていられなくなったのが原因と思われます。
さて、ここで現在Nepenthes栽培で世界的にリードしている日本の現状を見てみましょう。残念ながらはっきり言って最初に申しましたように、前記3種を抜くようなものは見当たりません。交配の傾向が両親の中間を狙っている交配が多く、これではいわゆる雑種を作っているに過ぎないのではないでしょうか?かくゆう私のところでも現状は同じですので、大きなことは言えません。Nepenthes愛好家の皆さんも興味は交配種より原種のほうに傾いているということも、改良が少しも進んでいないということの現れでしょう。ではどうしたらよいか?それを次に考えてみましょう。
最も初心から始めるなら、原種同士の交配を行い、この中からその種の特徴を特に強く発現する個体を探すことです。原種同士といっても違う産地のものや違う系統のものではダメで、出来れば兄弟株同士の交配が良いのです。こうしてゲノムを鈍化して、特定の形質の発現を待つのです。原種同士の交配の中から特に優れた個体を探すのが第一でしょう。これには同じく、交配の兄弟株を数多く育成する事が非常に大切です。そしてその中から雌雄の株を見つけて、更にセルフ交配をしてゆくのです。ここまで戻らないと本当の意味の改良は出来ないでしょう。とにかく原種の雌雄を揃えることが先決でしょう。出来れば同じ両親からの兄弟株がいいでしょう。そのためにも種子からの苗を大量に安定して栽培することが大切です。やはり無菌培地播種の育種法を確立することが急務と考えられます。
原種同士の交配の次に考えられるのは、異なる両親からのF1同士の交配です。これはN.Dyerianaの二番煎じを狙ったもので、これには前にも書いたとおり、4種の原種のゲノムの良い組み合せを引き出すのですから、やはり大量の苗の育成が必要です。4種類の祖父母から出来る4つのゲノムの2つ毎の組み合わせは6通りですので、例えば4種類のゲノムについて考えれば、6の自乗で、36通りあります。このタイプの育種を狙うなら最低100株、できれば1000株以上の育成が必要でしょう。幸いにしてNepenthesの種子の量は充分多いので育種法の確立がやはり必要です。
第3の方法は、イギリスのハイブリッドローズの方法です。バラの場合、白か桃色系の色しかなかったティーローズに黄色の花色を持ち込んだのがこの方法で、或る原種の或る形質を別の品種に持ち込むのが目的です。
N.bicalcarataの2本の牙を他の品種に持ち込もうとして、現在行われているようです。実際には持ち込もうとする原種の形質に目をつけ、これを他の品種に交配した後更に戻し交配を行って、その形質を高めていく方法で、両方のうちどちらに戻すかはケースバイケースです。
第4の方法は、F1同士のセルフを行うことで、これは第1の方法と第2の方法の中間と言える方法で、やはり大量の苗の育成が必要です。2つの両親の形質が中間型ではなく、はっきりと分離して現れたものを作出するのが目的です。例えば、N.Hookeriaan同士の交配から、N.ampullaria型でN.rafflesianaの大きさを持った品種を作ろうというのが目的です。F1同士を掛け合わせてうまいゲノムの組み合わせを見つけるのですから、やはり大量の育苗が必要です。
以上、考えられる育種法を書いてみました。どの方法も必要なのは安定した大量の育苗と同種のものの雌雄株を揃えることです。前にも言いましたが、大量育苗には培地による無菌播種法の確立が絶対必要です。そして、雌雄株を揃えるのに確立したい技術は、幼苗の時代の雌雄判別法の確立です。今の技術を使えば、染色体の検査でも、何か抗体反応ででもすぐに出来そうに思うのですが、どなたか挑戦される方はいらっしゃらないでしょうか?
フラスコによる無菌培養はすぐにでも可能でしょう。この場合は大量に種子を蒔くことが大切で、それからフラスコの中で相当な大きさまで育てることも必要で、途中植え替えなしで5cm以上まで育てたいものです。これは私のところでも現在挑戦中です。
ここで皆さんに一寸お願いがあります。いずれにしてもNepenthesは雌雄異株の植物なので、交配種を作られたときに、雌雄ペアーで保存していただきたいのです。例えばN.DyerianaやN.mastersianaに雌雄が揃っていればどんなにか可能性があったことでしょう。
交配種を作ったときに、良いものを1.2本残して、あとは処分してしまうケースが多いようですが、それでは先が続かないのです。
置き場が無くて処分されるケースも多いのですが、そんなときは南総食虫植物園でいくらでも引き受けますのでお申し出ください。
それからこれは以前から指摘されていたことですが、どうもNepenthesはいわゆる良い種類には雄木が多い様です。良いものだけを残す事は、雄木だけになってしまうことになりがちの様に思います。一寸ご注意願います。