南總食虫植物園を訪れて
伊藤嘉規
2000年最後の行事として南總食虫植物園を訪れました。食虫植物を栽培し始め2年目、なかなか思うようには栽培できず、近くに住む栽培者や植物園を訪れて勉強してきました。そして世界唯一の食虫専門植物園を訪れてこれからの食虫ライフの方向が決まるような啓示を受けてきました。南總植物園は遠かった
訪問は12月30、31日です。20世紀最後の日まで迷惑を顧みずお邪魔しました。このような日になったのは、休みの関係もありますが、家内の実家が千葉県船橋市で、里帰りについていって私だけが足を伸ばそうと考えたからです。29日の夜、仕事が終わって出発の準備をします。午後10時30分に出発し、東名小牧インターチェンジから高速道路に乗り一路東を目指します。浜名湖、富士、海老名のサービスエリアで休憩します。首都高速道路を抜け、京葉道路に入るとすぐ目的地ですが、まだ午前4時なので、サービスエリアで少し仮眠をとります。目が覚めのろのろ出発し、一般道にでるとすぐ目的地に到着です。幸い起きていてくれました。荷物を降ろして朝食をいただき、少し休憩すると1人で出発です。時計を見ると午前8時30分、給油をすませ再度京葉道路に乗ります。千葉市の看板が出てきて、花見川区というのはどこだろうと考えながら運転していると館山道です。館山道の木更津南インターで降り、国道127号線を館山方面に向かいます。途中コンビニでカラーコピーを取ったりしたので時間が結構遅れ気味です。127号から房総スカイライン方面に向かったのが10時30分頃です。ここから先は車が減り、まわりは田園風景です。次第に山道となりスカイラインが近づくとかなり険しい山道となりました。スカイラインの入り口を左手に見て、どんどん真っ直ぐ進むと国道410号になりこれを南下します。ただ、スカイライン入り口から先の国道410号は国道465号と供用する区間であり、標識も465とでるので一瞬間違えたような気になりますが心配ありません。しばらく進めば410号の看板もでてきます。この先は迷うことなく南下します。ここの道は狭い箇所が多く、険しい山道を覚悟しなければなりません。植物園のある丸山町は房総の先っぽなので山のことを考えていませんでしたが、ダムがあったり、深い渓谷があったりで驚きました。千葉県立の牧場が見えてくると山道も終わりで丸山町に入ってきます。田園風景が広がる道を走っていると「市場」という交差点にでます。突然現れたという感じで。あわてて右折して丸山川を越えると雑貨屋さんが出てきます。南總食虫植物園の看板を見つけそれに従い右折します。砂利道を少し行くとたんぼの向こうにビニールハウスやコテージがみえます。やっと到着です。午前11時30分を少しまわったところでしょうか、到着まで13時間でした。
植物園
植物園入口で越川幸雄園長に迎えてもらい入場します。入園料は500円だそうですが、NIP会員となっていたため無料で入ることができました。
南總食虫植物園の展示用ビニールハウスは6棟です。間口6m、奥行き12mの大きさで、それが横に2つつながった連棟が3つです。連棟ハウスの1つがネペンテスの部屋です。ほぼネペン専用ですが、訪れたときはピンギクラやドロセラビナータが少しありました。もう1つの連棟ハウスにはアロエや塊茎のある多肉植物の部屋となっていました。特にアロエには力を入れておられるようで実生からも栽培されていました。この2つのハウスは加温されています。ネペンは当然ですが、多肉植物の部屋にも温風が流れるようになっていました。最後のハウスはハエトリソウやサラセニアが入っています。入園者へ販売するための栽培でした。
食事のいろいろ
園長手打ちの蕎麦とパパイア鍋をごちそうになりました。一緒に煮ると肉が柔らかくなるパパイヤと豚肉を煮込んだものでおいしかったです。コテージで食べるのですが、調理場が遠いので運んでもらって悪いなと思いました。
コテージ
宿泊は独立して建つコテージです。大きさは8畳くらいでしょうか。天井は高く屋根裏部屋があります。暖房はコタツと石油ストーブ、就寝時には電気毛布が威力を発揮します。屋根裏など子供が喜びそうです。
ここで園長とそばを食いながら、ビールを飲みながら長話をしました。
風呂
温泉です。かなり熱いお湯が出ます。足を伸ばして入ることができリラックスできました。
ネペンのハウスの中で
栽培品
原種はアラタ、ベントリコーサといった一般種からトランカータやクリペアータ、ブルケイといった珍種まで十数種が栽培されています。交配種は色形の良い物が多数集められていました。ダイエリアーナをはじめとしマスターシアナ、リグレリアーナといった古典的品種が大切に育てられていました。ラフレシアーナ*ビーチーには、銅版画で残されているディクソニアーナに似た株があり大切に育てられていました。この株については版画を交えて昼食時に特徴を照らし合わせるという愉快な作業ができました。オトクニ(ベントリコーサ*トランカータ)の立派な株があり、大きな袋と襟、赤い色彩に目がいきます。同じ親から生まれた兄弟株もいくつか栽培されていますが、1つ1つに違いがあり、交配のおもしろさが実感できます。この他にもいくつかの組み合わせで兄弟株が栽培されていました。
育種昨今
越川さんは交配種の作出に夢をいだかれています。ダイエリアーナやマスターシアナは未だに多くの栽培家の温室でつくられていますが、これは100年以上昔の品種です。このように古い品種が未だに現役なのは園芸植物では珍しいことです。これら品種が育成された頃は王侯貴族の趣味として、彼らがパトロンとなって様々な植物が持ち込まれ、ネペンもその例外でなっかたわけです。そうした背景から優れた交配種も出てきたのでしょうが、第1次世界大戦後特権階級が没落し、彼らの庇護の下発展してきたネペン栽培も下火となってきます。その後100年、それまで以上の品種はなかなかできず、また、新しい品種も広がらず今に至っています。
ネペンの銅版画
100年前のネペンを知る資料が植物園にありました。多くの種類が銅版画によってその姿が残されていたのです。ディクソニアーナや今はマキシマとされるカーテシー等の図があります。しかし、これはコピーです。銅版画自体は日本にはないそうで世界各地よりコピーを送っていただいたそうです。
国内に実物が無いか探されたものの見つからないそうです。今から100年前というと日本は明治中期にあたります。海外の書物、特に実学に結びつかない植物の書物は導入されていなかったのだろうとお考えを聞かせていただきました。
育種
現在、ネペンの新品種を作ってみえる方がいかに少ないかも教えていただきました。日本は先進地であるそうですが、越川さんを含め10人に満たないのではとおっしゃられています。海外ではオーストラリアに1人、ドイツはメリクロンが盛んではあるが育種はなされていない、アメリカも同様のことを言ってみえます。
交配自体もたまたま咲いた花をかけあわせることが主体です。馬や犬など新品種を作り出すときは近親交配を繰り返し、ある程度の純系をつくり固定していきます。そういった作業がなされていないそうです。南総食虫植物園にはいくつかの交配種の種子由来の兄弟株が数株づつ栽培されています。いずれ雄株と雌株が開花すれば種子をとって純系づくりと優良系統の選抜に取りかかられるようです。栽培しやすいネペンテスが大量に生まれる時代がくることと思います。
無菌播種
ハウスの中にはオトクニと同じ親から得られた種子より栽培される株がたくさんありました。それも2群あって1つは越川さんが播種されたもの、もうひとつは無菌で播種培養され外に出されたものです。その生育差は著しく、無菌培養されたものが大きく育っていました。同じ時期の播種とは思えないほどです。越川さんいわくドーピングされていると。生育の遅い発芽直後を環境のよいフラスコの中で過ごしたのですから差は大きく出ると思われます。それにしても差が大きかったので、是非とも無菌培養の技術を覚えたいものだと思いました。なお、このドーピング苗はNIP会員には特価で販売されており、私もおみやげに購入してきました。
写真撮影
31日午前中は朝食を食べた後ネペンの写真を撮らさせていただきました。あいにくの曇り空でしたが、ゆっくりとカメラを構えさせていただきました。今手元に何枚かの写真がありますが、つくづく変わった植物だと感じ入る次第です。
もちろん撮影中も越川さんのお話を聞かせていただきました。
これで南総食虫植物園を訪れたときの話はおしまいです。ほかにも写真を見せていただいたり、千葉の気質にとまどった話を伺いましたが直接現地で聞いたほうが楽しいので、そちらに譲ることにします。
最後になりましたが年末の忙しい時期にお邪魔してご迷惑をおかけしたことをお詫びするとともに有意義なお話しを聞かせていただきありがとうございます。特に交配によって新しい品種を作り出す楽しさを教えていただき、今後の食虫ライフに取り入れたいと思います。今度は暖かい時期にお邪魔して越川園長のお話と植物を見せてください。