やさしいTC

光田 重幸

  はじめに
  TC(Tissue Culture…組織培養)とは、もともと植物体から組織を無菌的に取り出 して(外植体といいます)、栄養分を含んだ培地で増殖させることをいいます。広い意味では、種子などからの無菌栽培も含みます。ここでは、もっともやさしい種子からの培養を取 り上げてみましょう。

  A どんな種子がよいか
  種子を無菌化する過程で植物にとって有害な塩素系の薬剤を使うことが多いので、種 皮のしっかりしているもの、つまり完熟または完熟に近い種子であることが、第一の条件です。ところが、完熟種子には休眠性があったり、水分が浸透しにくいものがあったりします。 場合によっては前処理でこれらの難発芽性を打破しておくことも必要です。
  種皮の表面についた雑菌は殺菌によって取り除けますが、内部に侵入したものは完全に殺菌することは不可能に近いので、つぶれている種子がないかルーペなどでよく観察し、あれば濡らした針先などにくっつけて、ていねいに取り除きます。とくにカビている種子の場合は、要注意です。ドロセラのようなごく小さい種子はつぶれていることは少ないですが、ハエトリソウやサラセニアのような比較的大きな種子ではていねいにチェックして下さい。

  B 必要な器具と薬剤

  殺菌過程
   B1 かならず必要なもの
 耐熱性の培養器(100度C以上、できれば120度C以上)、同じ条件のフタまたはゴム栓、 管ビン、アルミホイル、無菌箱またはそれに準じるもの(B*)、塩素系殺菌剤(ブリーチ など)、消毒用エタノール、アルコールランプまたはガスバーナー、殺菌器具(圧力鍋が望ましい)、霧吹き。

   B2 あれば便利なもの
 クリーンベンチ(B**),無菌手袋または薄手のゴム手袋、滅菌水、油性マーカー、白 金耳(B***)

  B*  中〜大型のガラス水槽を横に倒して代用できる。前面にビニールカーテンを垂らすこと。
  B**  ポータブル・クリーンベンチは8〜10万円で、組み立て式のものは6〜7万円で入手可能
  B*** 柄をつけたニクロム線や針金で代用できる。

  培養関係
   B3 かならず必要なもの
 ハイポネックスなど(粉末が良い。液体でも可)、砂糖(グラニュー糖)、ゲル化剤(精 製粉末寒天やゲランガムなど)。

   B4 あれば便利なもの
 MSビタミン液(またはココナツ水)、アミノ酸エキス、ルチン(B*4),pH試験紙(精度の良いもの)、レモン汁またはクエン酸(B*5)。

  B*4 発芽初期にカルス化するのを防ぐ働きがある。とくに球根ドロセラ系では使用が望ましい。
  B*5 B4のものを使った場合に、pHを正しく5.0〜5.5とする。

  C 無菌培地の作製
   C1 基本培地(1リットルあたり)
    ハイポネックス  1.0  グラム   砂糖(グラニュー糖) 2〜10グラム
    粉末寒天    8〜11 グラム    水道水   1 リットル
     (pH 5.0〜5.7)

粉末ハイポネックスの代わりに液体原液を使う場合は、原液を1ccとする。
粉末寒天の代わりにゲランガム(ゲルライト)を使う場合は、1.8〜2.5グラムとする。 酸性度が高まるに応じて、使用量を増やすこと。
ゲランガムはカチオン(金属性陽イオン)が不足すると固まらない。蒸留水を使う場合は、要注意。また、ダマになりやすく、入門者には使いにくい。
寒天、ゲランガムともに、酸性度が増すと固まりにくくなります。上記の処方だと自動的にpH5.前後に納まるので、とくにpHを調整する必要はありません。

   C2 改良培地
    必要に応じてB4の薬剤を加える。量は専門書を見てください。この場合にはpHの調整が必要です(酸性液)。

 [ひとこと]培養器に無菌透過フィルターをつけて通気性を充分に持たせれば、砂糖を 省くことも出来ます。そのほうが一般に発根が良好です。しかし、光量不足だと徒長がひどくなったり、生育が遅れたりします。

   C3 培地無菌化の手順
  寒天以外の基本培地の調合が終わったら、ゆっくりと煮溶かしてから、寒天をくわえます。 沸騰させないように注意しながら、液体が透明になるまで煮ます。
  培養器の口に上の液をつけないよう気をつけながら、深さ2〜3センチ注ぎます。ジョウゴなどを使うと良いでしょう。もし液がついてしまったら、柔らかい紙で拭き取ります。
  すぐにフタまたはゴム栓をします。ゴム栓の場合は穴をあけて綿(フトン綿。脱脂綿は駄目)をきつく詰めるか無菌透過シールを貼って通気性を確保しておかないと、蒸気滅菌中に栓が飛んでしまいます。つぎに、口の部分にアルミホイルをかけてシールします。
  滅菌は100度Cでは一日おきに30分を2〜3回、120度C (圧力鍋)では15分を一回です。60度C以下になれば取り出して冷却させます。そのまま鍋に入れておくと、固まらないことがあります。数時間あれば充分に冷却・固化しますが、4〜7日放置して雑菌の発生がないか確かめるほうが良いでしょう。
  手早い方法として電子レンジで滅菌するというのがありますが、アルミホイルでシー ルすると火花が飛んで危険です。また、時間を間違えると吹きこぼれてしまうことも多く、 あまり勧められません。

  D 種子の殺菌と播種
   D1 前準備
  殺菌や播種に使う道具類は、あらかじめ蒸気で滅菌しておくことをお薦めします。ガラスビンや管ビンは、口の部分をアルミホイルでシールしてから、さらに全体をアルミホイルで包み、滅菌します。管ビンのシールは口の部分を二重にすること。これは万一アルミホイルに穴が開いても雑菌が入らないようにするためで、かなり大切なポイントです。
  殺菌剤を薄める水は水道水でも良いのですが、滅菌水または蒸留水(薬局にある)を使うほうが安全。

   D2 殺菌液を作る(無菌箱内で行なうのが望ましい)
  殺菌剤には塩素系、酸素系、有機酸系がありますが、酸素系や有機酸系は全ての菌を完全に殺すことは難しく、塩素系を使うのが一般的。ブリーチなどの次亜塩素酸ナトリウム液剤は10〜30倍に薄めて使います。もっと薄めても使えますが、期限切れに注意して下さい。また、薄めたものも室温では徐々に塩素が飛びますから、作り置きはできません。
  薄めた液に微量の中性洗剤または展着剤ダインなどを微量(1リットルあたり一滴以内)加えると、殺菌液が種子表面に浸透しやすく好成績ですが、濃いと発芽した植物の生長を極端に阻害します。
  殺菌液は静かに振って、均一にしておきます。
   [ひとこと] 塩素剤の使用濃度は、種子の種類と状態によって変えます。モウセンゴケ類の種子は塩素に耐性があるものが多いので10倍に薄めた程度でかまいませんが、ムシトリスミレ類は塩素が濃いと種子自体が死滅するおそれがあります。また、半完熟種子は完熟よりも濃度を薄くしてください。未熟種子は塩素耐性を持たないものが多いようです。これらは未裂開の果実ごと殺菌するという方法がありますが、小さい果実が多いので、実用は難しいでしょう。

   D3 殺菌(以下の行程からは、かならず無菌箱の中でおこなう)
  無菌箱内は、あらかじめ消毒用エタノールまたは薄めたオスバン液(塩化ベンザルコニウム液、逆性石けん液ともいう。薬局にあり)を霧吹きで吹いておきます。また、無菌箱に持ち込むものは、あらかじめ同様に霧を吹いておいてください。   肘から先はシャツをまくり上げて、消毒用エタノールでていねいに拭き、無菌手袋などがあれば着用します。なければ指を(とくに爪の中を)充分にエタノールで消毒してください。
  まず、滅菌しておいた管ビンの口のアルミホイルを、上方を持って静かにはずし、汚染されていないものの上に置きます。滅菌したシャーレなどがあると理想的ですが、管ビンを包んでいたアルミホイルの裏面を使っても良いです。
  つぎに、種子の包みを静かにあけ、種子を管ビンの中に入れます。この時、種子を管ビンの口縁にできるだけ付けないようにしてください。管ビンの1/3〜1/2まで殺菌液を加え、先程は ずしたアルミホイルのフタでていねいに管ビンを覆いなおします。このとき、アルミホイルの下端に触れないように注意してください。
  管ビンの頭部を親指と人指し指で輪を作ってしっかりと握り持ち、30〜60秒間激しく上下左右に振ります。これは種子と殺菌液をなじませ、遊離塩素イオンの発生を促すためです。その後3〜8分間静置します。
  殺菌は3分あれば完了します。堅い種子は時間を長くすると、 種皮が軟化して発芽しやすくなります。塩素に弱い種子や半完熟種子は、時間を短くします。
  中性洗剤などを殺菌液に加えた場合、はげしく泡立って、種子がどこにあるのか解らなくなることがありますが、そのままで結構です。

   D4 播種
  殺菌完了後、用意しておいた無菌培地に播くことになりますが、殺菌液ごと播く場合と、殺菌液を静かに捨てた後1〜2回滅菌水で洗浄してから播く場合とがあります。塩素は植物に有害ですから、理想としては洗浄したほうが良いのです。
  モウセンゴケ属の場合、発芽までに二週間以上かかります。その間に塩素はほとんど抜けてしまいますから、殺菌液ごと播いてもあまり問題はありません(ただし、容器に充分な通気性がある場合)。ただ、中性洗剤を多めに加えた場合には、明らかな障害が出ます。
  ムシトリスミレ属のように塩素に弱いと見られる種子は、滅菌水で洗浄したほうが安全です。しかし種子は微小であり、流失させないよう細心の注意が必要です。この危険を避 けるため、無菌培地自体を液体培地にする方法も考えられます。今後の課題です。

  具体的手順に移ります。
  無菌培地の容器の口の部分を火でまんべんなく熱し、やや冷めてから静かに口を開け ます。次に管ビンのアルミホイルを取り(先に取っておいても良い)、静かに振って種子を拡散させてから、一気に培地上に流し込みます。もし二ビン以上に分けたいのであれば、流 し込む量で調節します。
  流し込まれた種子は殺菌液とともに培地上に拡がりますが、ビンを傾けて培地全体に 行き渡るようにしてやります。流し込む液量が多いと種子は液体中に沈みますが、問題ありません。もしうまく拡がらない場合は、火で滅菌した白金耳を使って全体に拡げてやります。
  微小な種子だと培地の底にもぐりこむこともあります。発芽してしばらくは問題ありませんが、満足な苗にはなりませんので、移植が必要になります。
  次に培地の容器にフタをし、口をかたく閉じます。再び火炎で口の部分を軽く焼き、容器にマーカー等で播種データを記して完了です。

   E 培養環境
    E1 温度
  最高・最低温度は播いた種類にもよりますが、あまり温度変化が激しいのは好ましくありません。容器内の空気が膨張・収縮をくりかえし、空気の流入によって雑菌が侵入しやすくなるからです。15〜25度の範囲で、できれば22度前後に保つのが理想です(後述の蛍光 灯の熱で、容器内は24度前後になります。ただ、温度変化は発芽を促すこともあり、球根ドロセラのように低温発芽性のものは20度以下に置かないと発芽がうまく進みません。

    E2 湿度
  培養器内の湿度は100%に保たれています。室内はできるだけ低湿度に保ってください。高湿度下におくと、容器内にカビが侵入しやすくなります。

    E3 照度
  培地に砂糖を加えた場合、光は弱くてかまいません。光源は蛍光灯が最適です。植物育成灯が望ましいですが、白色灯でもかまいません。培養器の頭から20センチほど離して設置します。近付けすぎるとビン内が高温になり、苗が煮えてしまいます。

   F 移植
  培地は一年ほど持ちますが、発芽後4ヶ月を過ぎると生育がにぶり、苗が老化しはじめます。理想的には発芽後4〜6ヶ月以内に、苗の大きさを揃えて新しい培地に無菌的に移植します。しかしこの操作は完全な無菌箱やクリーンベンチがないと困難です。とくにわずかしか生えなかった場合は、移植のさいの雑菌混入を避けるために、移植を遅らすほうが賢明です。
  発芽はするものの、満足に育たない場合もあります。培地上に洗剤成分や塩素が残留しているのが原因と思われます。この場合は、大きさにかかわらず移植しなければなりません。手順はD4と同じです。白金耳に苗をひっかけて、そっと新しい培地の上においてやります。