住宅の耐震改修支援、日本共産党の提案で拡充
耐震改修工事について、 45万円を上限に工事費の二分の一を助成、あわせて通常15万円程度かかる耐震改修計画費用も14万円まで助成します。耐震改修工事費は100戸分、耐震改修計画費用は200戸分予算計上しました。希望が多ければ募集枠を増やします。 市の助成は、宮城県が今年度から導入する 30万円の補助制度に15万円上乗せして実施します。対象になるのは、1981年5月以前に建てられた在来工法の戸建て木造住宅で、市が行う耐震診断の総合評点が1・0未満のすべての住宅です。所得制限などはありません。宮城県をはじめ同様の耐震改修支援制度をもっている他都市の多くが、助成基準を総合評点0・7未満としているのと比べても対象をひろく拡大しているのが特長です。 なお、宮城県はこの制度を2年間の予定としていますが、市側は県の助成が打ち切られたとしても継続する意思を明らかにしています。
仙台市は、都市型地震の宮城県沖地震( 1978年)を経験しており、阪神・淡路大震災を目の当たりにして、地震対策が市政の重点課題になり、党市議団は、積極的に震災対策の充実を追求してきました。全部の小中学校の耐震診断をおこない耐震化を促進。行政庁舎、市民利用施設も耐震化を視野に入れて、耐震診断、耐震改修計画をすすめています。 阪神・淡路大震災では、亡くなった方の大半が戸建て木造住宅の倒壊による圧死でした。党市議団は、国の地震調査委員会が 2000年に、『20年以内に80%の確率で宮城県沖地震』の再来を予測したのを受けて、2001年2月の市議会で住宅改修支援制度の導入を提案しました。ついで、2002年9月の議会では、「木造住宅耐震改修費助成条例」を議員提案しました。 党市議団の提案は、他都市の制度を研究した上、横浜市の制度を例に所得の少ない人には助成金額を増やし、不足分は市の独自融資をするというものです。 「個人住宅への支援制度」は、党市議団の提案によってはじめて行政課題になりました。市当局は当初、「個人財産への税金投入はなじまない」と難色を示し、耐震診断への助成 (費用の九割)に限定する姿勢を示していました。 そのため、党市議団の条例提案は、市政与党の自民、公明、民主、社民各党の反対で否決されました。しかし、昨年5月三陸南地震が仙台市を襲った直後に、藤井黎市長が「支援制度を検討したい」と発言したのをきっかけに局面が一変しました。 市の担当部局が支援制度の本格検討に入ることになりましたが、7月には宮城県北部連続地震がおきて大きな被害を出し、9月には十勝沖地震が発生、県内を大きく揺り動かしました。文字通り大きな地震に見舞われる中で、消極的だった行政側が姿勢を変え、今回の予算計上につながりました。
党市議団は、市議会での論戦や条例提案をすすめる一方で、市民との運動を続けてきました。小泉政権の構造改革で不況が深刻化するなかで、自治体の「仕事おこし」政策を重視。東京都内や埼玉県下で広がっている「住宅リブオームヘの自治体助成制度」を学んで、仙台市でも実施できるように民商や設計士、工務店関係者と「住宅改修支援懇談会」をつくって運動をすすめてきました。 2002年7月には、東京土建江戸川支部役員を招いて、「住宅改修支援、仕事おこしセミナー」を開催。「住宅リフォーム助成」「バリアフリー改修支援」「木造住宅耐震改修支援」を三点セットにして取り組んできました。 議会では否決されても、工務店や大工など職人さんへの働きかけを強めるなかで、保守系議員から「住宅リフォーム助成制度を実らせたい」という声や、住宅のバリアフリー化をすすめる工務店関係者から運動への共感が寄せられるようになりました。今回の予算計上を知った関係者からは、「よくやった。いい仕事をして市民に喜ばれたい」という声が上がっています。 党市議団は、行政側が「個人財産の形成には税金をつかわない」という姿勢をくり返したことへの反論を重視してきました。耐震改修は、「資産形成」を目的にしたものでなく、住宅の倒壊によって命をなくすことをふせぐものであること、震災から市民の住む住宅や家財を守るためであることを強調して、それらに「税金をつかって何がわるいのか」とくり返し反論してきました。 国が設置した「被災者の住宅再建支援の在り方に関する検討委員会」が、その報告書 (2000年12月)で、『事前に耐震性の補強がなされていれば、阪神・淡路大震災の場合でも、これだけ多くの住宅の倒壊を生じさせることもなく、事後的に多額の支援経費がかかることもなかったのではないかと考えられる』とのべると同時に、それまでかたくなに拒んでいた住宅再建支援に踏み込んだことが、この論戦を大きく有利にしてきました。 国が「住宅の公共性」を認めるようになった背景には、鳥取大地震の後に鳥取県が住宅再建への直接支援を決断、実行したこと、全国知事会が国への働きかけを強めてきたことなど、地方が国を動かしてきた事実があります。 この流れのなかで、市政での論戦がつづきました。市長が耐震改修への支援を決断してからは、表向き「資産形成」論をかかげての異論を唱える向きは少なくなりました。しかし、与党議員からは、「個人財産に税金はつかわないという姿勢をいつ変えたのか」などというつぶやきが今でもきこえてきます。 予算計上された
2004年2月の議会では、県補助に上乗せ実施することに「県内自治体に逆格差をつけるもので、良策とはいえない」(与党派議員)とその積極性を否定する議論まで飛び出しています。これも市民的論議のなかで克服していく必要があります。 仙台市内には、建築基準法よる耐震基準が強化された 1981年以前の住宅が8万戸以上残っています。毎年3000戸近くが減るとされていますが、地震での被害を考えれば、その耐震化が急務になっています。しかし、居住者には高齢者世帯が多く、資金確保が最大の問題です。 市側は、住宅金融公庫融資との併用をすすめていますが、党市議団は、多くの市民に活用される制度になるように、「手持ち資金がない人でも耐震改修が行えるように」市独自の融資制度を導入するように求めています。 耐震改修の前提になる「耐震診断」は、費用のうち一割 (3150円)を市民負担にしています。初年度の2002年度は200戸で実施、2003年度は400戸の募集枠に希望が殺到し300戸追加して700戸で行われました。新年度は1000戸分予算計上されていますが、追加枠も検討されています。 この制度が多くの市民に利用され、震災被害を防ぐ役割をはたせるようにしなければなりません。制度実現に果たした党市議団と運動の役割を正面から訴えて、政治革新の事業でも大きな前進ができるように奮闘していく決意です。 (了) |
|
|