花田仁の“この一冊”

#72

中国は民主主義に向かう 共産党幹部学者の提言

兪可平(Yu Keping)

かもがわ出版

「中国の将来について悲観論を強調する専門家が多くいる。しかし、これらの専門家が指摘するよりも中国自身ははるかに自分の問題を正確に理解し、乗り越えるための努力をしている」ことを紹介する3冊目は、中国の民主主義の発展についてです。

この面では、農業問題、持続可能な成長という課題に比べて、ここ数年単位での大きな変化はないようです。中国共産党中央編訳局副局長、中央編訳局比較政治経済研究センター主任などを務めている著者は「中国の民主主義の発展はある種の“増量式”増加である」「増量式民主主義の論理によると、中国の政治的発展は総体的にみて漸進的である」としています。

増量式増加の中身としては、党と国家の分離、民間組織の数や種類の増加や独立性の強化(主に6章)、直接選挙と地方自治の範囲の拡大(主に5章)、行政事務の公開の推進(主に3、4章)などをあげ、その具体的取組と現時点での問題点を述べています。

中国人学者が中国の民主主義の問題点を国内外で発信できるようになったこと自体が、中国の民主主義の増量式発展の証明となるかもしれません。山崎豊子氏の「『大地の子』と私」(文藝春秋社)では、80年代の中国において、小説「大地の子」を書くための取材がまともにできないので一時は執筆を断念することも考えたことが述べられています。80年代の中国では、自国の都合の悪いことは徹底的に隠そうとしていたのです。

この本の中で私が最も注目したところは、かつて中国では社会主義の国づくりと民主主義とが対立的にとらえられていたものが、人間の自由で全面的発展こそマルクス主義の目的であり民主主義を不断に発展させるべきというように、認識が発展していることです。

「人権の思想もまた、ブルジョアジーの権利意識やイデオロギーとして我々が拒否し、かつ長期にわたって政治的批判を受けてきたものである。

人権思想に対する批判は実践上、人権に対する市民の軽視そのものに直接導いた。人々をもっとも驚かせたのは、10年間にわたる文化大革命のなかで起きた重大な人権蹂躙だった。一般の住民の人権が守られなかったのはもちろん、国家主席や共和国元帥の基本的人権さえ同じように守られなかったのだ。……20世紀80年代の中期以降、幾人かの理論的活動家は人権をアピールし、マルクス主義の人権観をも積極的に研究し、西側の人権理論を研究し始めた。しかし、このような努力はたちまち従来の理論家勢力の激しい妨害を受けた。ある場合にはマルクス主義人権論の提唱者でさえ「ブルジョア自由主義者」とみなされた。……20世紀90年代以後、人権を重視する「マルクス主義人権論」が広く伝わり、主流のイデオロギーにも影響を与えた。……2003年末に、中国共産党中央は正式に「市民の人権保護」を国家の憲法に明記した。2004年3月の全国人民代表大会では中国共産党の提案が高い賛成率で採択され、この条項はとどこおりなく憲法の条文となった。これは人権に対する考え方が人権を擁護する法律と政策となったもっともよい例である」(50〜51P)

「2007年初めに胡錦濤書記は、マルクスの根本的観点を改めて確認し、『各人の自由で全面的な発展』を人類の理想社会の本質的な目標とみなした」(50P)

「各個人の自由で全面的な発展を適切に促進することは、マルクス主義と科学的社会主義の最高の価値の追求であるとともに、中国の特色ある社会主義の実践的要求でもある。今日我々がマルクスと『共産党宣言』にちなんで考えるべきは、引き続き思想を解放し、マルクス主義に対する教条的理解を大きく打ち破り、マルクス主義の名のもとに付け加えられた各種の誤った観点を極力一掃することである。……それは民主主義の発展に努力することであり、改革と徹底した選挙、政策決定や監督の制度を通じて人民が確実に国の主人公になることを保障し、人民の自由権、参政権、平等権を不断に拡大し、自由、平等の、調和のとれた寛容な社会に変えることである」(46・47P)

かつて中国では社会主義の国づくりと民主主義とが対立的にとらえられていたことは、民主主義を進めるうえので障害になっていたと思います。民主主義に対する認識が大きく発展したことで、今後の中国の民主主義の前進は、80年代から現在までの20年余りより加速していくのではないかと思います。

「中国返還後の香港 『小さな冷戦』と一国二制度の展開」の書評で紹介したように、香港では、中国批判が売りの「蘋果日報」紙など、メディアの発行は自由であり、政治的な検閲も存在しません。2007年12月には、2017年の行政長官選挙を普通選挙で行うことと、2020年の立法会議員選挙を全面普通選挙化すること(現在普通選挙枠30、職能別選挙枠30。普通選挙は比例代表制)を可とする決定が行われています。

香港の行政長官選挙や立法会議員選挙が、予定通り実施されるかどうかはわかりません。しかし香港で実際に普通選挙が実施されたならば、中国各地で議会制民主主義が導入され、やがて中国全土に広がるのではないか、例のグーグル問題などの事例はなくなっていくのではないか、そういう可能性は高いように私は思います。

この本の著者の理論活動や中国の民主主義の認識の発展について日本共産党もいくらかの貢献をしているように思います。

日本共産党と中国共産党は、05年12月、06年5月、09年4月に理論会談を行っています。05年12月の理論会議で不破氏は、中国がめざしている社会主義の優位性が広範な国民の理解になっていくことが必要と指摘したうえで、以下のように問題提起しました。

「中国の現状には、この国が社会主義をめざす道に立っているが故に、大きな成果をあげた実際の経験がいろいろあるのに、その成果が、そういうものとして、国民の多数に理解されていないし、その理解を具体的に推進する手立ても講じられていないように見えます。

……中国は、貧困の解消の問題で、世界銀行の総裁やイギリスの新聞がほめちぎるような、世界でも抜群の成果をあげました。では、この成果が、そういうものとして、国民に知らされ、理解されているだろうか」(「激動の世界はどこに向かうか」新日本出版 231P)

この点では、この本の著者は「わが国の貧困人口は3億人余から、現在の1500万人以下に減った。圧倒的多数の人民大衆は、温飽(*衣食にこと欠かない)問題を解決しただけでなく、小康(*いくらかゆとりのある)生活ができるようになった。……改革開放の30年余、我々がこのような巨大な成果をあげることができたのは、結局のところ、中国の特色ある社会主義現在化の道を歩んできたからである」(43P)と述べています。

また人間の自由が発展する社会ということが社会主義、共産主義のなによりの特徴づけであることを胡錦濤書記が改めて確認したのが2007年初めとのことですから、この点についても、その前の2回の理論会談や日本共産党の文献研究などで、なんらかの示唆を受けたのかなとも思います。

そうだとすると大変うれしく思います。

2010年10月1日記

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