全国大会(東京)を関東ブロックでもりあげよう
山梨県で関東ブロック会議、40余名が参加(10月号)

9月27日・28日、山梨県石和温泉の「かんぽの宿」で今年度の関東ブロック会議が開催されました。地元山梨県支部からは21名、その他の支部からは16名、協会本部から4名の41名が参加しました。栃木県支部からは、代表と副代表の2名が参加しました。
本部からは、久保田副会長、福井常任理事、岡田関東ブロック担当理事、田所事務局長が参加し、ジェネリック医薬品、年金申請の診断書問題、署名活動、全国大会(東京)、協会の現状等について、それぞれの理事から報告がありました。
対行政の活動としては、9月12日に、障害年金・診断書様式の改訂に関する要望書、障害者自立支援法の見直しにむけた要望書、請願・採択事項の具現化にむけた要望書なども準備し、関係省庁で会長以下5名が要望行動を行ったことが報告されました。会長などの役員がそろって要請行動を行うのは画期的なことであり、てんかんの障害特性について理解は、協会が動かなければ変わらないという強い協会の意志を示したものと言えます。第35回全国大会(東京)については、黒柳徹子さんの記念講演などの大会の魅力が紹介され、関東ブロックの各支部からは350名以上の参加を目標に全力でがんばろうと、熱い決意が表明されました。
その後、各支部の活動報告、分科会での熱心な討論が行われ、夜は久しぶりのあった仲間の交流で盛り上がり、2日目は分科会(前日の続き)と全体会(まとめ)が行われました。他県支部の活動としては、福祉施設などへの出前講座による理解促進(山梨)、男の料理を楽しむ会という楽しそうな行事(埼玉)、都県行政への要望活動(茨城、東京)など、興味深い活動が印象に残りました。来年度は群馬県支部が担当です。
てんかんのある人とその家族の実状を伝え
日本てんかん協会が厚労大臣と文科大臣へ要望書を提出
障害年金、障害者自立支援法、請願項目の具体化など(10月号)
9月12日、日本てんかん協会は、会長はじめ副会長、常務理事、理事などの執行部が各省を訪問し、てんかんのある人の実状を伝え、舛添要一厚生労働大臣と鈴木恒夫文部科学大臣あてに要望書を提出しました。
- 障害年金・診断書様式の改訂に関する要望書(厚労大臣あて)
てんかんの診療は精神科、小児科、脳神経外科、神経内科などで行われているが、障害年金を申請・更新する際の診断書は精神保健指定医または精神科医となっているため、受診した科によっては申請すら受け付けられなかったという事例があるので、対象となるてんかんのある人が適切に申請・審査を受けられるよう、現状にあわせ改訂して欲しい。
- 障害者自立支援法の見直しにむけた要望書(厚労大臣あて)
障害者自立支援法の施行3年後の見直しが行われているが、障害程度区分などさまざまな問題で「てんかんの障害特性」がきちんと評価されるべきである。
- 請願・採択事項の具現化にむけた要望書(厚労大臣あて、文科大臣あて)
今年の第169回通常国会において協会が提出した「てんかんのある人とその家族の生活を支える請願書」が衆参両院で採択され、内閣送付となったので、採択事項の具現化に向けた積極的な取り組みを行って欲しい。
愛媛県や鳥取県から会長や常務理事が参加し、これだけ多くの理事がそろって要望行動を行うことは滅多にありませんでした。協会の取り組む意欲が感じられます。くわしくは、
日本てんかん協会の新着ニュースをご覧ください。
親たちはのんびりと、子どもたちはのびのびと
県北で第24回サマーキャンプ(9月号)

8月9日・10日のサマーキャンプに37名が参加しました。11年ぶりに大田原市にある「ふれあいの丘」を訪れました。宿泊施設の「シャトー・エスポワール」のまわりに陶芸館、天文館、自然観察館、茶室などができ、施設の充実に目を見張るものがありました。1日目は、山上げ会館、手びねり陶芸、天文館、昆虫展、室内レクレーション、懇談会、2日目は、那須どうぶつ王国で動物と遊んだりバーベキューを楽しみました。
子どもが寝た後の懇談会では、本人や親たちが自分の状況を発表しました。自治医大小児科から参加してくださった2名のドクターは、親や本人の抗てんかん薬などの知識にびっくりしたようでした。
入浴、移動、車いすの積み降ろし、食事、レクレーションなどで、ボランティアさんは大活躍。親たちはのんびりと食事や見物を楽しむことができました。今年は、5年ぶりに菊地ファミリー全員が勢揃い、去年まで福祉バスの運転手としてお世話になった藤野さんがボランティアとして参加してくださいました。
≪≪≪ 参 加 者 の 感 想 ≫≫≫
《本人・M》
今年は一人での参加でしたが、ボランティアの方たちのおかげで、楽しく過ごすことができました。陶芸をやったり、動物王国ではアルパカに草をかけられそうになったけれど楽しかったです。
《母親・Y》
サマーキャンプ 今年も大変お世話になりました!盛りだくさんのスケジュールで、どれも楽しく参加できて 子ども達も私の両親も私も満足な感動の多い旅でした。ボランティアでついてくださった菊地家の皆様、松尾君、良子さんには大変お世話になり、とても助かりましたm(_ _)m

菊地パパにはカブトムシを採りに行く体験をさせていただき、なんとつがいで採集できるなんて、さらに凄い経験でした。カブトムシが手に入ることよりも、採集に付き合ってくれる人がいたことが何より嬉しかったようで、みんなに自慢しています(^O^) 松尾君にも夜二回も付き合ってもらったりして、何よりの経験でした!帰宅して早速カブトムシを飼育箱に入れ、絵日記を書きました!私も子ども達を見習って、感動の熱い内に感想を…と思いました。

育未は動物王国では苦手な動物に触ることができ、これも純くんが優しく育未に寄り添って下さったからだと思います。匠吾は天文館がお気に入りで、プラネタリウムが超苦手だったのに自分から進んで入り、ずっと興味深く話を聞いていまのは驚きでした!正直うしろ姿見ながら、ウルウルしてしまいました。バスの中では騒がしくてスミマセンでした!純くん、いろいろごめんなさい。薬を飲ませていたけど、かなり興奮状態で、食事が進まなかったり、夜熟睡できなかったりしました。でもやたらとパニックをおこさないで、コントロールできることも増え、成長を感じました!良子さんが匠吾に上手く付き合ってくださり感謝しています。
詩織は体調が心配でしたが 結局とても元気でホッとしました。トイレが近くてご迷惑おかけしましたが、おかげ様で失敗なく過ごせました。どこに行っても興味をもつものが少ない娘ですが 今日は娘が夢中で見つめるものがありました。動物王国のリスざるです。詩織がず〜っと座り込んでリスざるの動きを釘付けで見ていたら、なんと、ガラス越しに一匹のリスざるが詩織をじ〜っと見つめてきました。「リスざるがし〜ちゃんを見にきたよ」と優ちゃんと笑ってしまいました。キチンと歩いてくれない娘と手をつないで、優ちゃんが腱鞘炎にならないかと心配です。娘は 優しく寄り添ってくれる優ちゃんと手をつないで歩きたくて、母はすっかり嫌われていました。でもお風呂は2人きりで貸切状態でゆっくり入ることができ、嬉しかったです!
今年は、私自身なんだか ゆっくりいろんな事を楽しめる余裕があったなぁ〜と実感しています!毎年さんざんボラさんにお世話になりっぱなしなのですが、去年までは気ぜわしさがあり充分楽しいのだけど、気持ちのゆとりがありませんでした。今年、少しゆとりを感じたことが私には一番の嬉しい発見でした!私の両親も「栃木県内でも行ったことがない所にこういうツアーでいろいろな所に行けるのは、本当にありがたい。山あげ会館が意外に面白かった。ふれあいの丘もいろいろな体験が出来てとても良かった。動物王国も珍しい動物がたくさんいて楽しかった。」と感激の連続でした。
私の両親と手のかかる子ども達と、総勢6人が毎年お世話になり、夏の恒例の楽しみとなっています。サマーキャンプの企画の皆様、本当にありがとうございました!お世話になりっぱなしで申し訳ありません!今後ともどうぞよろしくお願いしま〜すm(_ _)m
《本人・K》

2日間お疲れです。展望台はなんか目がまわりブルーになり、粘土もあまりうまくいかず、なーんか気分乗んなかったけど、朝松本さんと会話楽しみ。でも、事情知ってればいろんな面で力になれる話題できた…と悔やまれます。いつも夜花火とかしてたのが円高なのか。懇談会が早いような気がしました、「海猿」みたかった(><)
今回の情報ふまえまた1から考えなおし9月に話します。でも初めてあんなにしゃべったけど、アルコールのせいかも…。
でもあの自治医大からきてる方と余り喋る機会なっかたので残念です。動物王国では、動物にツバかけらそうになったのがいい思い出です。
《父親・S》
菊地ファミリーをはじめボランティアさんの細かい気配りで、楽しいのんびりとしたサマーキャンプを過ごすことができました。ボランティアさんに任せっぱなしで、わが子の介助などに毎日追われているお母さん達がのんびりと食事をする姿や、ボランティアさんに手を引かれたどうぶつ王国を歩き回るお子さんの姿をみて、「親はどこへ行った?」と冗談を言いたくなるほどでした。ありがとうございました。
毎年参加する子どもがいろいろ話をしてくれるようになったことに感激しました。その反面、難しい年齢に達した子が壁にぶち当たった話も出てきて暗い気持ちになりました。懇談会の後、なかなか話せない「親なきあと」(母親なきあと、父親なきあと、親として十分動けなくなったあと)について父親だけで話し合いました。つらい話もあったけれど、また1年がんばるエネルギーをもらいました。
自治大小児科からお二人のドクター、菊地ファミリー、ボランティアの皆さんが参加してくださり、食事、入浴、レクレーション、移動、早朝からのカブトムシ探しなど、子どもは預けっぱなしで親はのんびり、元気をいっぱいいただきました。子ども抜きで参加された親も数人。入浴やカブトムシ探しなどで活躍していただきました。
【自治医大小児科医師・I&T】
キャンプに参加させていただき本当にありがとうございました。
あっという間に時間が過ぎてしまいましたが、レクレーションや動物園で心から笑ったり、一瞬戸惑ったりするみなさんの素顔をたくさん見ることができ、医療関係者と患者さんという関係をふりほどくことができた気がしました。
何から何までお世話になり迷惑ばかりかけてしまいすみませんでした。非常に貴重な時間を一緒に過ごせて楽しかったです。
また、機会がございましたらどうぞよろしくお願いいたします。
【菊地パパ】

帰宅して爆睡していたパパです。やっと目が覚めました。
昨日から4時半に起きなければ、オニ虫を捕らなければとプレッシャーでした。(自分が渓流釣りに行くときは何時でも起きられるのですが)
朝、四時半に育ちゃんを起こしたらすぐ目を覚まし、楽しみに動き出しました。(なかなか見つからず少々焦り気味)でもやっとゲットできてホッとしました。これで今日のボランティアは終わりー(なんて思いました 笑)
今年も、子どもたちが、みんな成長し、できるようになったことがたくさんあるなーと思いました。(その分、自分のやることが少なくなってきました)
そろそろ引退かなと思いましたが、藤野さんの様子を見ながら、まだまだ現役ボランティアとして活躍しなければと強く思いました。
メタボパパですが来年も皆様のいろいろな希望に応じたいと思います。来年も皆様と一緒に楽しい思い出をつくるため、また1年間仕事に励みたいと思います。何かありましたらいつでも駆けつけますのでぜひ声をかけてください。
【菊地ママ】

みなさんと一年ぶりの再会でした。
2日間一緒に過ごし、みなさんからたくさんのあたたかさと優しさをもらいました。
今年も夜のレクリェーションを担当させていただきましたが、みなさんの笑顔と、笑い声が、何より嬉しかったです。
「今年のレクは、みんなの心が一つになっていて盛り上がった・・・」という感想を山崎さんからいただきましたが、私も、「集まれ、34人組!」をして参加者全員が手を繋いで一つの輪になった時、みんなが「一つのなかまになれた!」と感じました。そして、こうしたなかまの輪がこれからさらに広がっていけたら良いなぁと思いました。
2日間お世話になりました。 また、来年・・・
【菊地 純】
ボランティアとして参加させていただきましたが、久しぶりの参加ということもあり勝手が掴めなかった部分も多くありました。

まだまだ勉強しなければならない点もありますが、自分のはたらきかけで他の方が楽しめたのであれば、嬉しい限りです。
今後も、縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
【菊地 愛】
暑い中、みんなが体調を崩すことなく、元気に2日間過ごせて良かったです。私の拙いフルートを聞いていただきありがとうございました。
【菊地 優】
2日間ありがとうございました。皆さんのお役に立てたか心配ですが、私自身とても楽しませていただきました。
今年はBGM担当として影ながら頑張りましたがいかがだったでしょうか?来年は表舞台で活躍したいと思います!
そして、この2日間で子ども達の成長を見ることができて嬉しかったです。また来年も皆さんに会えることを楽しみにしています。
第2回てんかんと向き合う家族の会
『とちぎ高次脳機能障害友の会』と交流(8月号)
7月13日、「高次脳機能障害とは」をテーマに、『とちぎ高次脳機能障害友の会』から坂田マチ子会長ご夫妻と副会長のご家族の5名の方が参加してくださいました。参加者はあわせて20名、全員が発言という進め方の「家族の会」では、これ以上参加者がいたら時間が足りなくなるところで、あっという間に2時間が過ぎてしまいました。
高次脳機能障害とは、今までふつうの暮らしをしていた人が、外傷性の脳損傷などの後遺症として、記憶障害、注意障害、社会的行動障害などを起こすもので、外見上その障害がわかりにくく、周囲から理解が得にくい障害です。散歩に出たら家に帰れなくなったり、約束をすっぽかしたり、やろうとしていた仕事などを忘れてしまったり、仕事に集中できなくなったりなど、さまざまな生活上の経験を紹介してくださいました。もう一人の方は後遺症としてのてんかん(症候性てんかん)もあるそうでした。リハビリにより障害が改善される人もいれば、なかなか改善が見られず苦労されている方もあるそうです。
坂田会長さんのご家族の場合は、主治医でない医師が入院中に廊下での不審な行動から障害を疑ったのがきっかけで気づいたそうです。多くの方が“専門医”探しに苦労しているようです。てんかんも脳に起因する障害であり、転倒するような発作でなければ気がつかず発見が遅れることがあるように、家族など周囲の人が異常に気づき特徴を把握してサポートすること、現れる症状は人により千差万別であることなど、てんかんと共通することがあるように思いました。
発達障害、高次脳機能障害などは、障害者自立支援法の見直しの検討部会や与党プロジェクトチーム等でも話題になっていますが、てんかんは精神保健福祉で十分対応できていると関係者が考えているようで、「障害の谷間」に置いて行かれそうな不安を感じることがあります。そういうことからも、高次脳機能障害の本人や家族と意見交換ができたことは有意義であったと思います。(S)
子どもの急な病気の75%、緊急受診は必要なし
小児救急電話相談「#8000」を利用しよう(7月号)
夜間などに子どもが急な病気にかかった際、保護者からの電話相談に応じる
小児救急電話相談事業があります。全国統一の短縮番号「#8000」をプッシュすると、在住する県の相談窓口(栃木県では、携帯電話でも短縮ボタン可)に自動転送され、医療機関を受診する必要があるかどうかの判断や受診先の医療機関、症状への対処法などに関するアドバイスを受けることができます。(短縮ボタンが使えない電話機では028-600-0099)実施時間帯は、栃木県は午後7時〜午後11時(平日・休日、看護師が対応)ですが、都道府県により異なり、翌朝8時までや休日は昼間も実施している都府県もあります。
6月27日の下野新聞によると、2007年度の相談件数は、2006年度の約1.5倍の4,241件あり、年齢別では、3歳児未満が66.0%を占め、次いで3歳以上就学前の23.4%、小学生8.6%の順。相談内容は、発熱などの急病が最も多く70.3%で、けがなどの事故が20.3%だったそうです。 対応の結果、緊急な受診が必要なかったのは75.2%。このうち、様子を見て何かあれば医療機関へ行くよう勧めたのが49.7%、応急処置方法などのアドバイスが25.5%、医療機関に行くよう勧めたのは13.3%、119番を勧めたのは2件だけで1%に満たなかったそうです。
患者や家族の不安解消、救急車の出動、救急センター本来の機能発揮のためにも「#8000」が期待されます。また、翌朝まで時間帯拡張も検討していただきたいと思います。
広島県支部機関紙「ゆい ひろしま」から転載(6月号)
障害者自立支援法の施行3年後の見直し(抜本的な見直し)が、社会福祉審議会障害者部会で開始されました。検討課題の一つに「障害の範囲」が上げられ、高次脳機能障害、難病、発達障害などは検討対象になりそうですが、てんかんについては、また「障害者の谷間」に置かれそうな気配です。この問題について、全国の仲間にインターネットで提起したところ、広島県支部岩崎代表から支部機関紙を送っていただきましたので、転載します。
広島県支部機関紙「ゆい ひろしま」4月号
なぜ「障害者」になれないのか?
代表 岩崎 學
私は、この2年間地元の自治体の障害程度区分判定審査会の委員をしているが、今まで何百人もの審査をしてきたのに、「難治てんかん」が主な「障害」である人の審査を1件もしていないことに気がついた。「統合失調症」や「うつ病」など精神障害のケースは知的障害や身体障害と同じくらいの件数があるのにである。ということは、別の言い方をすれば、難治てんかんがあっても、障害者自立支援法の「恩恵」には全くあずかっていないということになる。
それでは、障害者自立支援法はてんかんとは無縁かというと、決してそんなことはない。以前、広島県支部の機関紙「ゆい ひろしま」に書いたように、難治てんかんと闘っていた前事務局長のKさんが、アパートで孤独死して何日も発見されなかったような悲劇を繰り返さないためには、ケア・ホームの利用ができなければならない。ジョブ・コーチなどによるサポートを得て、就労に結びつけるサービスは多くの難治てんかんをもつ人々に絶対に必要なことである。ケア・ホームを利用したり、それ以上に、就労という「てんかんにとっての永遠の難題?」の解決のため、就労移行支援事業の利用につなげるためには、障害程度区分認定を受ける必要がある。
にもかかわらず、難治てんかんをもつ人々に障害程度区分判定を受けることを躊躇させている理由は何であろう?私の「てんかん外来」に通院している患者さんを考えても、精神保健福祉手帳を所持している人は決して少なくないし、障害年金をもらっている難治てんかんの方々もかなりの数にのぼる。
先日、私が所属する社会福祉法人の採用試験の面接で、「障害者という呼称が施設の名称に入っているが『障害者』ではなくて、『障がい者』とすべきではないか」と質問する受験者がいた。私は、それに答えて、「障害者という呼称の問題だとは思わない」、「中には『障碍者』と書く人もいるが、文字の表記の問題だろうか?」と逆に訊き返した。そこで私はその受験者に、「『障害』とは、個人に属するものではなくて、個人と社会の『間に横たわる』ものである」と説いた。私は大学時代に少しの間馬術部に属していたが、障害飛越という種目があって、行く手を阻むバーや垣根を人馬一体で飛び越えるものであった。
すなわち、「障害者」とは、「障害のために一般的な方法での社会への参加を阻まれているか、より困難にされている者」なのである。従って、私は「障害者自立支援法」の最大の問題はその名称にもあって、「障害者社会参加促進法」とすべきであったと思っている。経済的に自分が生活できるだけの所得を就労によっては得られない重度の障害がある人でも社会に参加できなければいけない。個人と社会の間に横たわる「障害」は、個人の側だけにそれを飛び越える責任があるのではない。
しかし、小泉改革の狙いはそうではなかった。「自立支援」という言葉が何を示しているかは、生活保護を受けている人が「自立支援」の名の下に、「働かざる者食うべからず」とでも言うほどの圧迫を受けていることに明らかである。それと同じ概念で「自立支援」を進められることは、あたかも税金を払えというように「一定の費用を負担せよ」と追い立てられることではあっても、社会参加を可能にするという観点からの支援ではないからである。
障害者自立支援法は、少しずつはその問題点の修正が行われている。しかし、その本質は今でもなんら変わってはいない。障害者自立支援法が、「障害」を個人に帰するものではなくて、社会との間に横たわる「取り除くべきもの」という視点から根本的に改変されるということがない限り、難治てんかんをもつ患者は、障害者自立支援法が言う「障害者」になりきれないでいるのだ。
難治てんかんが主要な「障害」である人でも利用しやすいケア・ホームを作ったり、雇い主に対する「てんかん相談」をもわれわれが担当するなどして、てんかんの就労を容易にする大きな潮流を作り出すことなど、福祉や医療を担当するわれわれには、「自立支援法のコペルニクス的転回」を起こしていくための早急な努力課題があると、とみに思う昨今である。
(この文章は、先日鳥取の渡部理事に依頼されて執筆したもので、広島県支部の皆さんにも読んでいただきたいと転載させていただくものです。)
支部活動者会議・全国総会に参加して(6月号、未定稿)
5月24日・25日に、第25回全国支部活動者会議(てんかん運動リーダー・セミナー)が東京で開催され、各支部から75名が参加しました。栃木県支部からは、代表、副代表、世話人の3名が参加しました。先ず、福井常務理事から情勢報告があり、次いで、厚生労働省の北富雄氏(精神・障害保健課、障害保健対策指導官)、文部科学省の丹羽登氏(特別支援教育課、特別支援教育調査官/病・虚弱担当)から行政報告がありました。その後、@(若い)親たちのために、A当事者グループのために、B事務局を担う人のために、の3分科会に分かれて話し合いました。各分科会の報告を聞いて、栃木県支部で足りないものとして、若い母親グループの活動(第1分科会)、本人グループの活動(第2分科会)、県内全域をカバーする地区別活動(第3分科会)などがあることを改めて考えさせられました。いずれにしても、活動の中心となる世話人(役員)がいないことが多くの支部で共通する課題でした。
2日目午後の第31回全国総会では、活発な議論が行われました。一言で言えば、協会の財政改善や会員拡大の難しさが相変わらず大きな問題で、それにどう取り組むかの議論でした。今回で、8年間奔走された常務理事の福井典子さんが退任し理事(常任理事)となり、新しい常務理事には渡部恵子さんが選ばれました。また、秋元先生が亡くなられて空席になっていた監事に栃木県支部の鈴木副代表が選ばれました。
第2分科会(当事者グループのために)
当日は全体会のあとに分科会が行われ、私は「当事者グループ」の分科会に参加しました。分科会では、主に“本人活動を展開していく上での問題ならびに解決法”と“就労”に関する問題の2点について話し合われたのですが、今回は本人活動を展開していく上での問題と解決法についての報告をしたいと思います。
まず、本人活動を困難にさせている要因として、以下の4点が挙げられました。
1:世話人のなり手がなかなか見つからない。
2:本人行事をやりたくても事務局や親の理解がなかなか得られない。
3:それ以前に行事の“ネタ”が思いつかない(とくにレクリエーション系)。
4:いざ企画しても参加者が少ない。
また、積極的な本人活動を展開している支部からは、それぞれの問題についてどのようにクリアしたかという話も出ました。
・すべての役割を世話人が引き受けるのではなく、参加者全員に何らかの役割を引き受けてもらい、あわよくば世話人になってもらえばよい。(世話人のなり手がいない)
・本人行事でも親の参加も大歓迎!にしたり、同じ会場で本人と親の行事をそれぞれ行う。そしてお互いに腹を割って話をすることで、歩み寄れる部分が出てくるのでは?(事務局や親の理解がなかなか得られない)
・例会や本人行事などでリクエストを募ってみたり、他の支部や他のグループの人にも積極的に声をかけてみる。また一緒に行事をサポートしてくれるボランティアを募集するのもいいのでは?
・参加者数にこだわるよりも“行事を続けていくこと”が大切。行事を続けてさえいれば、きっと必ず参加者は増え、さらに多様な活動ができるようになる。(以上:行事のネタが思いつかない、参加者が少ない)
この他にも、レクリエーションを行う際のマニュアルづくり、様々なニーズを把握した上で“新たな問題(親亡き後など)”への積極的な取り組み、ピアサポート(ピアカウンセリングを含めた)に対応できる人材を多く育てることが、今後の課題として提言されました。
「そろそろ栃木の本人活動も復活させなきゃなぁ…」と思いつつも、何から始めればいいか悩んでいます。もし何かいいアイデアがあれば、支部事務局か職場(ハートピアきつれ川)まで連絡下さい。お待ちしています☆ (望月真理子)
第3分科会(事務局を担う人のために)

事務局がきちんとしていてさまざまな支部行事を行っている支部、世話人のなり手が少なく事務局の維持が厳しく活動が停滞している支部、それぞれの支部で現在抱えている悩みや問題は多少違いますが、やはり、今後の支部活動の継続に必要な後継者問題は共通する悩みでした。事前のアンケート結果の資料でも多くの支部が抱えている問題であることがわかります。「親の会」での最も大きな問題が『親なき後』であり、「今は親として元気にがんばっているが、将来を考えると不安」に似ています。私も、今は大丈夫だけれど・・・・をいつも感じています。
事務局長や代表の個人宅に支部事務局を置いている支部がほとんどですが、どうしても事務局を担う人に負担がかかるようです。神奈川県支部や大阪府支部などでは公的な施設に事務局を置き、電話相談をはじめ役割分担が比較的スムーズにできているように感じました。それでも、担当者間の連絡を把握する事務局やリーダーの役割が不十分な場合もあるようにみえましたが、個人宅でない所に事務局があればいいなと思いました。
悩みの解決につながる活動、楽しい活動、やりがいのある活動など、魅力ある支部活動がなければ新しい世話人があらわれない、行動力のある世話人が育たないと支部活動は発展しない。この辺をぐるぐる回っているような分科会でした。 (鈴木勇二)
第45回てんかん市民講座(5月号)
それぞれの立場で経験を語り、会場からも積極的な発言

4月20日(日)に第45回てんかん市民講座が開催され、「てんかんと共に生きる−てんかんと向き合う人々−」(パート2)というテーマで、4人のパネラーに話題提供していただきました。このようなシンポジウムは一昨年の第42回でも行いましたので、「パート2」となっています。いつもの「医療講演会」と比べると参加者は約40人と比較的少なかったですが、参加者の関心は高く、話題提供後には会場から積極的は発言が続きました。
パネラーの方々には、15〜20分間ほどで発表していただきました。くわしい背景や細かいニュアンスなどが伝わらないのが残念ですが、短く要約しました。
・娘が外科手術を受けるまで(30代の娘の母親Yさん)
札幌市で正常分娩で生まれ、半年くらいで発作が出始めたが、主治医は診断できず、北大小児科に移り点頭てんかんと診断された。知的障害など予後が悪いと聞き愕然としたが、これで治療が進むという安堵感も感じた。ACTH療法で2ヵ月入院、発作が治まり、順調に運動機能などの成長がみられたが、1才10ヵ月で再発した。
3才のとき黒磯市(現那須塩原市)に移ってきた。弟をおんぶして娘の手を引いて電車で自治医大小児科に通院。多動なため病院中を歩き回り、いない間に呼ばれたかどうか毎回確認していた。ふつうの幼稚園に通ったが知的遅れが目立つようになり、小学校は特殊学級、中学・高校は養護学校に通った。小学校時代は発作は週1回程度、ひらがなが読める程度で文章や数は苦手だった。自転車、縄跳び、バドミントンなどができ、近所の子どもとよく遊んだ。そのため、かえって知的障害があることが理解されず、何でもわかる子と思われ誤解されることがあった。
養護学校では聞き分けのよい子であったが、祖母と私には反抗的な態度だった。弟は間に入って仲を取り持つ存在であった。養護学校時代は2〜3回/週の発作があったがけがはなかった。卒業後は保育園の台所の手伝いをしたが、職員が退職して替わっていくにつれうまくいかなくなり5年で辞めた。
祖母が親戚の家に移り、夫は多忙で帰宅が遅く、弟は東京に就職し、一日中二人の生活が続き、双方ともストレスがたまり、深刻な状況になり親子分離のため入所した。しばらくして夫の仕事に余裕が出てきたので家で引き取った。発作時のけがも増え、多動で外へ出て行ってしまうことが多いため、私は洋服を着て寝るようになった。
やがて、点頭てんかんも外科手術が可能と知り、清水弘之先生の所に3週間検査入院し、6ヵ月後に脳梁離断手術を受けた。1回の手術では発作が治まらないので近いうちに検査入院して再検討する予定である。それまで外科手術について主治医からは言われたこともなく、もっと早く知ることができればと残念に思っている。現在34才、作業所に通いゆったりとした生活ができている。なんとか親が元気なうちに発作が治まり、明るい未来がみえ、行きたかった温泉にのんびり入れる日が来ることを願っている。
・てんかんのある兄とともに(弟のSさん)
生後3ヵ月で脳梁欠損、その2ヵ月後にてんかんと診断、5才のとき重積発作で入院し、半身麻痺となり、話す力も失ったと聞いている。私が生まれたときのはすでにそういう兄が存在し、重積発作の前には話ができたということは知らない。私が3、4才の頃の話なのでので全く記憶にない。私はよく自家中毒症状で吐いたりしたそうで、兄にばかり気を取られていたことによる寂しさからのストレスが原因だと母は言っていた。それを境に、母からの愛情を我慢することを覚えたようだ。しかし、私にとっては口がきけない手足の不自由な兄しか存在せず、それが当たり前のことだと思っていた。
小学4年のとき、まわりの変化に気づいた。兄と買物に行くと、兄を避けるおとな、近づいてはいけないとしかられる子ども。何か兄が悪いことをしたのかと子どもながらに考えた。「おまえの兄貴はどんな兄貴?」と聞かれて、「ふつうの兄貴だよ」となかなか言えなかった。障害があることを堂々と言えず、そのため、友達を自宅に呼ぶことができず、友達の家にばかり遊びに行っていた。これが原因でいじめにもあった。それでも中学になってある友人を家に呼び兄のことも紹介したが、その友人は特別視しなかった。それがきっかけで、兄のことを言えるようになった。
兄の発作に私が初めて出会ったのは高校のときである。兄が大好きな「サザエさん」のビデオを兄専用のテレビで見ている場に居合わせ、何をしてよいかわからず、兄の頭を膝に乗せ、無我夢中で母を呼んだ。
小学校の頃は兄の足を治す医師になりたかったが、高校卒業後の進路として福祉を選び千葉にある大学に進んだ。講義は退屈だったが、施設での現場実習はとても魅力があった。女性とつきあうと将来兄の面倒をみてくれる相手かと考えることもあった。卒業後は福祉関係に進み、今の妻と知り合い結婚した。妻もダウン症の弟がいる。兄の障害も理解してくれる人である。私にとっての「ふつう」とは「障害のある兄がいる」ことである。親が老いたら兄の面倒をみるつもりだが、兄がそれを望んでいるのかどうかはわからない。でもやっていくつもりだ。兄によって私は変わり、兄によってつくられたのかも知れない。
・患者や家族に望むこと(獨協医大脳神経外科てんかん担当医荻野雅宏先生)
発作があり小児科、精神科、神経内科などを受診し、長年治療をしたが薬で止まらないとか副作用がひどい等の理由で外科を訪れるのが一般的である。外科手術を検討するには、第一に発作の様子を知ることである。脳波検査やMRI画像はあくまでも参考情報で、ビデオや携帯電話のムービーなどに撮っておいて欲しい。また、最近直接発作をみた人にいっしょに来て欲しい。母親は発作をみることが多いようだ。しかし、母親はわが子の発作を治すことに熱くなりすぎていることもあり、ときには兄弟などほうが適度に距離を置いた冷静な目でみているので有効な情報源のこともある。
診断は急がないことである。数回の診察で決まるという認識は改めて欲しい。発作の三大引き金は、深酒、寝不足、ストレスである。発作にあった薬でも服用が規則正しくないと発作は出るし、規則正しくということで毎食後服用するように習慣づけても1日3回の薬を8時間おきに飲むわけではないので、服薬時刻を主治医に伝えるべきで、血中濃度を一定に保つためには3等分ではなく微妙な調整が必要なときもある。主治医も努力するが、薬の選択には長年様子を見てきた親の記録や記憶のほうが役立つこともある。できるだけ記録をつけておいて欲しい。現状に満足せず、玉石混淆であるがインターネットなどの情報はどん欲に収集して欲しい。
外科手術は、診断を明確につけることから始まる。そのためには今までの経過を整理することである。主治医に内緒で来る人もいるが、外科手術をしたとしても術後のフォローのために主治医に戻すこともよくあるので、今までの主治医の手紙をもってきて欲しい。外科手術の方法は、関係する脳の部分を徹底的に切除・離断すれば発作をとめるためにはよくても、後遺症への配慮からどこかで妥協する必要がある。
最後に、今日の本題とは少しずれるが、「医療崩壊」の現状を知って欲しい。勤務医の過重勤務、医療費削減、医療訴訟などから、救急医などはすでに破綻していると言っても過言ではない。てんかんをもつご本人だけでなく、支える家族も含め、医者にかかる必要のない健康な体であるように努力して欲しい。
・てんかんと私(30代の本人のYさん)
足が速く運動神経がよく成績もよかったのが自慢だった。そして将来はアニメ関係の仕事がしたいと考えていた。高校2年になる頃、登校中に意識を失い、気がついたら保健室で寝ていた。その間のことは何も覚えていなかった。数ヶ月後、めまいや立ちくらみがひどいので病院に行ったら貧血といわれて安心したが、その後も意識が途絶え倒れる症状が悪化していった。ついに得意で大好きな体育の授業を休むことになったときはとても悔しかった。そのうち、教室に行っても級友がそっぽを向いたり、電話しても出てくれなくなるなど、私を避けるようになった。
卒業が近くなり、進路としては専門学校を志望していた。「貧血」のような症状の改善がみられず、この頃になって主治医からは「てんかんかも知れない」といわれたが、「てんかんってなーに?」という受け止め方だった。さらに静岡のてんかんセンター(現・静岡てんかん・神経医療センター)でもてんかんと診断され、抗てんかん薬を飲み始めた。
「となりのトトロ」の制作現場を見学したことでアニメ分野で働きたいという気持ちが強くなり、アニメの勉強をしているときに、ようやく入院通知が来て静岡に入院し本格的に薬物治療を開始した。半年くらい入院しても発作はなく、帰宅すると発作が出る状態であった。外科手術も検討したが、脳の両側に焦点があるため手術は断念せざるを得なかった。
自宅でぶらぶらしている生活が空しかった。そんなとき励ましてくれる友人に出会い、次第に病気のことを話せるようになったことはありがたかった。今まで就職しても発作が理由で失職することがしばしばあった。もっとてんかんのことをわかってくれる人が多くなれば住みやすくなると感じている。また、薬代や通院の費用などの負担もつらかったが、現在は治験薬を使っているので費用が保障され経済的に楽になった。しかし、治験が終わり正規の薬として認められるとまた負担が増えることになるので心配である。たばこの煙が発作を誘発するようなので、たばこが大嫌いである。たばこがない環境になることを心から願っている。
≪参加者の感想≫
- ありがとうございました。ご無礼の段おゆるしください。恩、感謝。(本人)
- 途中から参加させていただいて、ご迷惑をおかけしました。(息子が高3で小6からてんかん発作を起こしました。)ご本人様のお話をお聞きして、悩んでいらっしゃることとか気づかされない部分を知ることができ参考になりました。ご本人の立場からお話してくださることは勇気が必要だと思います。ありがとうございました。全体を通して生の声を聞かせていただきありがたく感じています。(親)
- 皆さんの大変な生活を知ることで自分たちの家庭生活をガンバラねばと反省しました。(親)
- 大変勉強になりました。(福祉関係職員)
- 発病して日が浅いので、これからいろいろ勉強していきたいと思います。この会にもお世話になることと思います。本人さんの声がとてもよかったです。
- 貴重な体験の話を聞き大変心強く感じました。今回参加させていただきまして改めて認識することができました。心から感謝申し上げます。(親)
- 実に中身の濃い内容の講座でした。医師や専門職からの視点のみならず。ご本人、ご家族からの視点からの意見、お話が聞けただけでも有意義でした。非常に考えさせられるものでした。(福祉関係職員)
- 質問しづらい人も事前に質問用紙を配り無記名による質問を回収していたらいいなと思いました。(親)
- それぞれのシンポジストの人達の話、非常によかったです。(親)
- 兄弟本人の立場からの話に、改めてこれでよかったのだろうかと考えることが多々ありました。そして、結婚もしたと聞き、心温まる思いになりました。(親)
- 本人達の話を聞き、役に立ったと思います。(親)
-
とても勉強になり参加してよかったです。私は家族の立場で本人はまだ幼児なのでいろんな意味で参考になりました。ありがとうございました。(親)
-
ご本人、ご家族、お医者様、それぞれの立場からのお話が聞けてとても参考になりました。(福祉関係職員)
国会請願署名活動を終了しました(3月号)
署名は支部事務局まで まだ間に合います
国会請願署名は2月末で終了しました。今年も大勢の方々にご協力いただきました。会員の中には個人で100名を超す署名を集めてくださった方もいらっしゃれば、やっと家族の署名だけは集めた方まで、いろいろいらっしゃいます。みなさんの熱い願いの結晶であるこの署名は、5月25日の全国総会の翌日に国会議員会館で紹介議員の方々にお渡しする予定です。もし送り忘れて手元に残っていましたら、まだ間に合いますので、支部事務局まで送ってください。
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署名活動の集計報告
《Mさんからいただいた手紙》
署名、おそくなってすみません。
今年は少し輪を広げたいなと思って、愛媛の親せきや子どもの友人の親御さん、ご近所の方にも声をかけてみました。
少しずつ何かが変わり、理解してくれる方が増えるとよいですね。
本格的な春が待ち遠しいですね。
募金は愛媛のおじとおばが送ってくれました。我が家の分と合わせて、少しですが・・・。
お役にたてばと思い、気持ちだけですが、送らせてもらいます。
またお会いできる日を楽しみに・・・。
お体、ご自愛くださいませ。
国会請願署名活動、まもなく終了
2月末までに支部事務局へ(2月号)
そろそろ4月からの新年度行事を考える時期になりました。今年度は支部設立20周年を記念して、「やさしいてんかんハンドブック」をつくり、保育園、幼稚園、学校、消防署、病院ハローワークなど県内に広く配布し、てんかんの理解啓発活動を繰り広げました。当初の予定の2倍以上も増刷するうれしい誤算がありました。来年度もこの勢いでがんばりたいと思います。
国会請願の署名活動も、てんかんを広く社会に知ってもらう重要な活動です。栃木県支部では毎年4,000名を超える方々から署名に協力していただいています。現在約1700名で、今年度の署名活動もあと1ヵ月で終わります。県内の様々な団体や会員の皆さんから続々と署名が集まっています。署名集計状況は
こちらをご覧ください。
【会員からの手紙】
(K さん)
あけましておめでとうございます。いつも大変お世話になっております。
普段、何もお手伝いすることができず、心苦しく思います。私なりに、今ご協力できることをさせていただきたいと思います。遅くなりましたが、署名と青い鳥のハガキを同封いたします。
今年は久しぶりに行事に参加させていただきたいなと思っていますので、その時はよろしくお願いいたします。みなさんの元気な顔に会いたいな・・・と楽しみにしています。
(I さん)
署名、遅くなりました。
昨年11月7日、都立神経病院にて清水弘之先生の脳梁離断の手術を受け12月8日退院しました。術後脳波はとてもきれいになりましたが、発作はなくなりませんでした。60〜70%は軽減するとのことでしたが、少なくはなりましたが、やはり前に倒れる発作はあります。ただ以前より表情が豊かになり笑顔も多く穏やかです。今は元気に作業所に通っています。
5月に術後の検査があるので、それによってまた手術ということもあるかもしれません。なんとか保護帽のない生活を願っています。今は独協医科大脳外科の荻野先生が月1回大田原日赤病院に来ていますので、日赤病院に通院しています。
今年も雪はまだ少なく暖冬なのでしょうか。灯油が高いので暖冬はありがたいですが・・・。
今年もよろしくお願いします。
(T さん)
先日、20年間同居した義母がなくなりました。通院、入退院が続き、常に付き添い、私自身長男の嫁としての責任は足せたこと心から満足しております。まわりの皆さんが一様に声をかけてくれます。「今度は自分のために生きて」と。息子も年末に施設より帰省し、主人が病院に連れて来てくれ会うことができました。今後も波の会の皆さんとはずっと長いお付き合いをしていくつもりでおりますので、よろしくお願いします。今年の目標は「健康第一に」と「ダイエット5キロ」です。果たして達成できるか?全く自信ありません。
新年会、今年も元気でがんばろう
ボーリング大会と食事会(2月号)
1月6日、今年もインターパークプラスワンとサンアビリティーで、ボーリング大会と食事会による新年会を開き、30人が集まりました。父親の参加が5人(うち2人は初参加)もありました。滅多にないことです。先ずはボーリング、それぞれのスタイルで汗をかき、サンアビリティーに移動して、持ち寄った寿司、赤飯、ケーキなどを食べながら、ワイワイガヤガヤと楽しいひとときを過ごしました。
【参加者のひとこと】
- ボーリング大会楽しかったです。和気あいあいとした雰囲気でよかったですね。なお時間がなく食事会まで参加できず、あまりゆっくりお話できず残念です。近いうちに定例会にも参加してみなさんとお話したいです。(M)
- 昨年はけがを2回してしまい、非常に嫌な思いしたつらい年でした。自分では気をつけているのですが、その場の状況によって変わるものだと思いました。今年は気をつけてよい年であってほしいと思っています。(S)
- 昨年は「健康が第一」をしみじみ感じた年でした。家族そろって元気に今年もいろいろなことに挑戦してみたいと思います。(T)
- 去年は発作がないっていうのは、山崎さんの娘さんに相談に乗ってもらったせいです。どうもありがとうございました。1年間全然発作がなく過ごせました。また今年も発作なしでがんばりたいと思います。母は本当かと信じてくれません。どうしたらよいでしょうか?(S)
- 家族みんな元気で無事に過ごせることが一番の目標です。楽しく過ごせたら最高です。(Yファミリー)
- まずは、精神保健福祉士国家試験合格。当事者の強さを生かし、一味もふた味もちがうPSWを目指します。(M)
- 体によいこと、親子で見つけたいと思います。(Y&I)
- 今年も上手に薬と付き合って、家族で余暇を楽しみたいと思います。(U)
- 健康で楽しい1年にしたいと思います。(U)
- 昨年は家族の健康でちょっと悩まされ、「みんな健康で」をしみじみ感じさせられました。今年も健康に気をつけ、「やさしいてんかんハンドブック」の県内配布にがんばります。サマーキャンプを楽しみにしています。今年は全国大会が東京で開かれますので、栃木県支部としても関東ブロックの一員として協力していきたいと思います。(Y)
「やさしいてんかんハンドブック」を活用して
てんかんの理解を広げよう(1月号)
先月号で2000部を増刷し4000部発行と報告しました。下野新聞の記事のおかげで、問い合わせが多く、またてんかん市民講座の参加者も多かったことなどのため、12月20日現在で少なくとも約3000部を配りました。そのためさらに1000部を増刷し合計5000部を準備しました。県外へは協会本部などに120部は送りましたが、それ以外はすべて県内です。
主なところとしては、養護学校、知的障害や身体障害などの障害者団体、社会福祉協議会、障害福祉施設、幼稚園・保育園、医療機関、健康福祉センター、消防署などです。てんかんのある人の職場での理解を深めていただくために就労関係にもっと配りたいのですが、今のところ栃木障害者職業センター、県労政課、一部のハローワークだけです。
幼稚園と保育園は県全域配布の手配ができました。しかし、小学校から事務局に問い合わせをいただき教員の人数分だけ送ったとか個人的に渡した例はありますが、小中学校(591校)への配布はほとんど進んでいません。県教育委員会によると各市町教育委員会を通さないとまとめて配れないようです。各学校にメール便で送ると5万円近い費用が必要です。どうやってすべての教育委員会を訪問するか検討中です。
皆さんも何冊かいつも持ち歩いて、機会を見つけて配っていただければ幸いです。必要部数を支部事務局までお知らせください。メール便だと10冊でも80円で送れることを今回知りました。とても助かっています。電話で注文してくださった会員以外の方にも無料でお送りしています。そのうち3割の方はお礼に切手を送ってくださったり、協力をお願いした国会請願署名を送ってくださる方がいらっしゃいます。(S)
第44回てんかん市民講座は盛況(1月号)

12月9日、とちぎ福祉プラザで第44回てんかん市民講座が開かれました。昨年の12月の第42回市民講座のように今回も講演と個別相談の同時進行で行われました。
下野新聞の「やさしいてんかんハンドブック」紹介記事の反響で、会場はほぼ満員、約90名の参加者がありました。講演は自治医科大学脳外科学の渡辺英寿先生の「てんかんの基礎知識−外科手術を中心に」で、発作の動画もあり、わかりやすい内容であったと好評でした。また、個別相談はいつも行事でお世話になっている吉野良寿先生にお願いしたところ、ていねいに相談にのっていただき予約のあった人数で時間いっぱいという状態でした。
参加者の74%の方がアンケートに答えてくださいましたが、初めての参加が72%、会員以外が92%で、20年経っても波の会の活動は知られていない現状を改めて知りました。てんかんへの理解推進や会員拡大にとっては有意義な講座ですが、会員の参加が少なく会員のニーズを知る工夫が必要ではないかと思いました。
《参加者の感想》
- てんかんの治療の新しいことを知ることができて、はりあいになります。
- 今までてんかんの正しい知識がなかったため、発作が起こったときいつも焦って対応してしまった。資料を見せていただいたり、先生のご講演により、今後焦って対応することがなくなると思います。もっとてんかんを理解し正しい知識でじっくりと対応していきたい。
- 27年前にてんかんの母親を亡くしました。(風呂で溺死、火傷)その当時は"てんかん”について全然認知度が悪くて・・・もっといろいろと知識があれば死なせなくて済んだのではないかこの講義に参加して後悔しています。
- 今日は成人向けということだったので。小児てんかんの話があるときにまた参加したいと思います。、身近にてんかんのある人がいないので、家族だけでは不安があるので、こういう場でいろいろな話を聞いて自分たちも参考にしたいと思います。初めて今回参加してとてもよかったと思います。
- 手術の内容はよく理解できましたが、もっと多角的な内容を聞きたかった。
とても良い講座でした。今後、外科的処置以外の対処や知的障害を伴う場合の対処を進行抑制薬、さまざまなてんかんに対する対応法等の講座を行ってほしいと思います。
- 専門の先生の話はよかったが、今回は手術の話だったので、やはり私は田舎の考えなのでしょうか。まだ、こうしようと考えることができません。
- 外科的治療の話は初めてでしたので、難しかったですが、またぜひお話をお聞きし、理解していきたいと思いました。てんかんと脳波のつながりがわかりませんでした。
- 少々手術のことも考えてみましたが、ある程度自分の生活にさしつかいないようなら努めていきたい。自分を弱い立場で考えず、受け入れて・・・。そして押し出して・・・。(病)
- 大変勉強になった。次回は小児てんかんについて勉強させていただきたい。
- 手術について分かりやすく教えていただきありがとうございました。個人的には、てんかんについての基礎知識も少し教えていただけたら嬉しかったです。
- 初めて参加しましたが、とても参考になりました。また機会がありましたら参加させていただきたいと思います。
- スパイクバスターブログ、本、インターネットで予習していたので、もうちょっと突っ込んだ内容のほうが良かったが、一般の方に理解を深めてもらおうという意味では納得。脳波と発作時の連動して映像が見れてよかった。私は患者本人なので、自分が発作を起こした時の状態を目にしたことがなかったので。
- 先生の説明はとてもわかりやすく、これから私も手術をする上で詳しく説明されたので安心しました。
- よく理解できました。ありがとうございました。
- てんかんのおこる仕組み、検査、治療の方法等、今回の講座で知ることができよかったです。発作はどんな人にも起こる恐れがあることも初めて知り、少し驚きました。今後、施設で働くうえで、役立てていきたいと思います。
- 波の会の活動になかなか参加できず、申し訳なく存じております。各役員の皆様のご苦労ありがたく思っております。今後ともよろしくお願いいたします。
- このような集会があることを今まで知らなかったので、今回出席できて本当によかったと思います。
- 大変参考になりました。特に、てんかんの外科手術が行われているのを知らなかったので。
- 那須塩原や大田原にもこのような所を設けてほしいです。
- 初めて参加しました。大変勉強になり、またこのような機会があったら参加したいと思います。発作で悩む家族の一人として、身近にたくさんの患者さんがいることを知りました。
(アンケート結果より、回答者50人)