高麗神社(こまじんじゃ)

所在地  埼玉県日高市新堀833
駐車場  参道脇に150台位

高麗神社案内板より
 日高市に中心を置いたと考えられる高麗郡の始まりについて、続日本紀に「霊亀2年(716)
5月、甲斐、駿河、相模、上総、下総、常陸、下野7ヶ国から高句麗人1,799人を武蔵国に移
し、高麗郡を創建した」と記されています。この時、高麗郡の長となったと考えられているのが
高麗神社の祭神で、高句麗からの渡来人であった高麗王若光でした。その後裔で、代々
高麗神社の宮司を努める高麗氏系図には「若光が没すると郡民はその威徳を讃え、御殿の
後山に霊廟を建て神霊を祀り高麗神社と称した」と当社の創建を伝えてます。
 日高市内には8世紀前半以降の集落跡や女影廃寺、大寺廃寺、聖天院の前進と考えられて
いる高岡廃寺などの古代寺院跡や須恵器の窯跡といった高麗郡建郡以降の遺跡が数多く
存在し、古代高麗郡の栄華を窺い知る事が出来ます。
 高麗神社には12世紀(鎌倉時代)の「大般若経羅密多経」(国指定重要文化財)をはじめ、
高麗神社本殿(県指定文化財)徳川将軍家社領寄進状(市指定文化財)といった有形文化財
のほか、10月19日の例大祭に氏子によって奉納される獅子舞(市指定文化財)も伝えられて
います。また、高麗氏所蔵の文化財として17世紀の建築と言われる高麗家住宅(国指定重要
文化財)
高麗氏系図(市指定文化財)があります。
    平成14年5月
                                              日高市



本殿           2002年9月25日撮影

一の鳥居 
2002年1月3日撮影

二の鳥居
2002年1月3日撮影

こま犬 昭和16年に寄進された。私と同じ年・・・?
2002年9月25日撮影

駐車場とトーテンポール

出世明神の由来(案内板より)

 当社は遠く奈良時代元正天皇の御代高麗郡を統治した高麗王若光(こまのこきしじゃっこう)を
お祀りした社で、創建より1,300年を数える関東有数の古社である。
古来、霊験あらたかをもって知られ、高麗郡総鎮守として郡民崇敬を受けてきた当社は、
近代に入り水野錬太郎氏・若槻禮次郎氏・浜口雄幸氏・斎藤実氏・鳩山一郎氏等の
著名な政治家が参拝し、その後相次いで総理大臣に就任したことから、出世開運の神として
信仰されるようになった。近年では、政界・官界・財界を始め、各界人士の参拝が相次ぎ、
特に法曹界では石田和外氏が最高裁判所長官、吉永祐介・北島敬介両氏が検事総長に就任した。

     桜まつり   4月第二日曜日
     例大祭   10月19日
     菊花展   11月3日
                                        高麗神社社務所



日高市指定民俗文化財(無形民俗文化財)
  高麗神社の獅子舞
            所在地 日高市大字新堀833
            昭和57年12月8日  指定

 高麗神社は奈良時代に創建された由緒ある古社で、
当社に伝承される獅子舞は古記録を失い、何時の頃より
はじめられたのか定かでないが、享保12年(1,727)
獅子頭再興の寄進連名板が保存されている。
 獅子は三頭だてで、宮参り、雌獅子がくし、竿がかりの
三場と氏子崇敬者の祈願をこめた願獅子の場からなり、
毎年10月19日の例大祭当日氏子により奉納されてきた。
 哀調をおびた笛の音、素朴な獅子の舞は、古代への
ロマンをかきたてる。坂口安吾の著書「高麗神社の祭りの笛」
のほか、釈迢空も
「山かげに獅子笛おこるしし笛は高麗の昔を思えとぞひびく」
の歌を残し、また、加倉井秋をの
「引獅子や 昏れをうながす 笛と風」
の句碑も建っている。
 この神事祭礼の民俗行事を知るうえ、貴重な無形民俗文化財である。

            昭和58年3月
            日高市教育委員会


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獅子頭

獅子舞一同 記念写真  2002年10月19日 撮影

獅子舞行列

先導役

獅子舞行列

獅子舞奉納

獅子舞奉納

山の中に消えていきました。