野々宮神社 (ののみやじんじゃ)

所在地  埼玉県日高市野々宮146
駐車場  臨時駐車場10台くらい(ゲートボール場)

表通りからの鳥居

参道の途中 まつり幡と本殿

本殿    2003年10月5日 撮影

入り口の案内板より
 野々宮神社は、祭神に天照大神(あまてらすおおみかみ)、瓊々杵尊(ににぎのみこと)、猿田彦命(さるだひこのみこと)、
倭姫命(やまとひめのみこと)を祀っている。創立年代は不詳であるが、社家の古文書によると大宝3年(703)社殿修築
という記述があって、口碑、伝説などから推察するとかなりの古社と考えられる。慶安2年(1649)徳川家光から賜った
社領四石五斗の安堵状なども保存されている。野々宮神社は関東地方では珍しく、狭山市に一社あるほかは近隣にはない。
祭神や高麗川のほとりにあることや、拝殿内の絵馬に「奉献太祓一万度」(ほうけんおおばらいいちまんたび)とあることなどから、
潔斎の宮、お祓いの神であり、京都嵯峨か紫野の野宮の分祠と考えられる。
 例大祭は、毎年十月九日で、この際奉納される獅子舞は近隣のものに比べて勇壮で美しく、特に蛇をのむくだりは、他に例を
見ないものである。
   昭和57年3月

                                          日高市

野々宮神社奉納相撲場 付関係資料 
 この土俵は、天保2年江戸相撲歳寄行司兼木村庄之助正武により
「土俵故実作法」にのっとって作られた物である。相撲場は、土壇の上
につくられ。六メートル四方、高さ四五センチメートルで、形状は旧態を
維持し、保存状態も良好な有形民俗文化財である。
 社家に「嘉永二巳酉年、林鐘十月一日、於当社興業」とある相撲番付
が保存されてあり古くから奉納相撲が行われていたと推定される。
関係資料として木村庄之助の「一札之事」と江戸相撲興業時の文書、
番付二枚(木製墨書)、力石三個があり、この相撲場の往時の姿を伝え
ている。
  平成四年三月
                               日高市教育委員会

相撲場の土俵

野々宮神社の獅子舞

花すり

笹掛かり(蛇を呑む)

竿掛かり

棒使い
獅子頭

貝吹き・おかめ・天狗

ささら

蝿追い

日高市指定民俗文化財(無形民俗文化財)
野々宮神社の獅子舞
   昭和57年12月8日 指定
 野々宮神社の創立は詳かではない。大宝3年(703)に社殿を修築したとの伝承があり、
京都の野宮神社の分流と推定される。
 古来より近郷の信仰厚く、当時の大和朝廷との交流や東国の中世の歴史を考究する上
でも重要な役割を持つものと考えられる。それに連なる獅子舞はその形態の整ったものと
して一般に注目されてきた。
 社前に〆笹を立て、これにからませた蛇を雌獅子を争う二頭の雄獅子が呑む場面がある。
これは近隣の獅子舞にはないもので極めて勇壮、前段の竿懸りと共に祭りのクライマックス
を構成する。笛の音曲もまた格段である。
 日高市の神事祭礼の奉納舞として民俗行事を知るうえ、貴重な無形民俗文化財である。
    昭和58年 8月
                             日高市教育委員会

※観戦記
 2003年10月5日午後1:00より打上花火の合図で獅子舞が始まりました。
社務所前を出発した一行は表通りに出て、鳥居をくぐって入場します。
最初は社殿を一回する「宮参り」その後、休憩をはさんで「竿掛かり」
「願獅子・笹掛かり」「花すり」と続きます。最後にささらの笠に付いていた
花を護符として観客に授けて午後4:00に終了となりました。
 例大祭は10月の3日から9日までの間の日曜日に行う様です。

宮参り

竿掛かり

竿掛かり

花すり

花すり

笹掛かり

笹掛かり