高麗山 聖天院(こまさんせいてんいん)

所在地  埼玉県日高市新堀990
駐車場  門前に30台くらい pm5:00まで
拝観料  大人 300円 小人 150円

聖天院の由来

 続日本紀によれば、今から1300年前高句麗滅亡によってわが国に渡来した高句麗人
のうち甲斐、駿河、相模、上総、下総、常陸、下野7ヶ国の高句麗人1,799人を716年
(霊亀2年)に武蔵国に移し、高麗郡を置きました。
現在の日高市は、高麗郡の中心をなした地域と考えられ、1889年(明治29年)まで
高麗郡でした。
 高麗王若光は高麗郡の長として、広野を開き産業を興し民生を安定し大いに治績を
治めました。
 勝楽寺は若光が亡くなったあと、侍念僧勝楽が若光の菩提を祈る為に751年(天平
勝宝3年)に建立しました。若光の三男聖雲と孫の弘仁が勝楽の遺志を継ぎ、若光の
守護仏聖天尊(歓喜天)を本尊としました。その後開山以来の法相宗を真言宗に改め、
1580年(天正8年)には本尊を不動明王にしました。当代まで実に1,250年間絶える
ことなく継承されています。
 2000年(平成12年)には、山腹に新本堂を建立し、同時期に在日韓民族無縁の
慰霊塔を建立されました。
                          平成14年5月        日高市



正面より見た山門 石像は私が住んでいた頃は
有りませんでした。両側が駐車場です。
                    2002年9月20日撮影

若光王の石像

若光生の墓

墓は2頭の羊に守られ
てました。

新本堂

入口の日本庭園

新本堂脇の自然石庭園

山門

山門は仁王様でなく 右が風神 左が雷神でした。

慰霊塔 案内文より抜粋

 この由緒ある聖天の山腹にそびえ立つ慰霊塔は、第二次大戦の不幸な歴史の中で亡くなられた沢山の無縁の同胞達に、
昔渡来した高句麗の同胞達と共に永遠の安眠を与え供養したいと願う、在日同胞篤信者の真心により建立されました。
塔は日本との関係36年間を象徴とする36段階で高さ16m、石塔としては日本最大、下部に納骨堂が備わっています。
その周囲には無縁仏が生前白衣民族であったことを忘れぬよう、壇君をはじめ、広開土大王・太宗武烈王・鄭夢周・王仁博士
・甲師任堂等祖国の自尊心を高めた偉人達の石像が配されています。慰霊塔左手に建つ八角亭は3・1独立宣言書を初めて
朗読したソウルパゴダ公園内の八角亭を縮小建設したもので、祖国同胞により祖国の建材を使用して施工されたものです。
                                                          2000年1月吉日

桜が咲き始めました。
2003年4月1日 撮影