| ウィーンの生家 |
1886年、フリシュは、ウイーン市8号区ヨゼフ街17番地の生家で、大学教授の父アントン、母マリーの4番目の男の子として誕生します。生家へは、2005年6月に訪問することができました。
ウイーンの中心部のリンクに面する市庁舎と国会議事堂の間を抜け、西へのびる通り(Josefstadter Strasse)を歩くと 300mほどで17番地がありました。2階建ての家の壁にここがフリシュの生まれた家であるというプレートがはめ込まれていました。通りに面して左に家具屋さん右にお花屋さんです。中央の入口には、この建物に住む4家族の名前と呼び鈴がありました。その二つ目になんとフリシュの名前があったのです。今でも、フリシュの子息の誰かが住んでいるのです。
ウィーン市8号区 ヨゼフ街17番地の生家 生家の壁にあるプレート フリシュの名があるインターホン 生家の入り口 自伝には中庭には、木が植えられていると書かれています。今では外は、大都市ウイーンの中心ですが、中には庭がある様子が垣間見れました。それにしてもフリッシュの誕生から120年、生家がそのままの姿で残っていたのには感激しました。
フリッシュは、この家から近くのビアリスト修道院に小学校の最終学年だけ通ったことが、自伝に書かれています。家から本通りをそれるとJosefstadt 劇場があり、その先にビアトリス教会があり今も教会の左右が学校になっていました。
ビアトリス協会