ウィーン大学
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 「未知の事柄に対する畏敬の念が私の心に生じるようになり、この気持ちを具体化することが、人生の強固な足場を築くことにもなり、さらに成功のみちにも通ずるものとおもわれた。」という信念をギムナジウム時代に形成したフリシュは、1905年ウイーン大学医学部の学生になります。二年間医学部の講義を受けますが、医者にはならず動物学研究に進むのです。自伝には、この二年間に受けた講義が、後の研究に多大な影響を与えたと記載されています。当時の大学での講義は、医学部で行われた講義のほうが動物学専攻の講義よりはるかに進んでいたからです。動物学専攻の道を選んだフリシュは、ミュンヘン大学のヘルトヴィヒ教授のもとへ行き、研究をスタートさせます。
 ウイーンの中心、リンクに面して大学は存在しました。フリシュの生家からそれでも歩いて30分以内の距離です。大学の正面玄関はあいにく工事中(2005.6)でした。

    ウィーン大学 正面玄関

 入口を入ると広い回廊と中庭があり、歴代の教授の胸像が沢山飾られていました。この庭も工事が進行していて、ゆっくり胸像を見ることが出来ませんでしたが、フリシュの母親の一番兄、アドルフ・エクスナー(ウイーン大学教授(法学))の胸像を発見することができました。

 大学はリンクに面した部分だけではなく、多くの建物が後ろに広がっています。リンクから2ブロック先の建物の中にあるメンザ(食堂)に行きました。入口が開いた常に動くエレベーターで6階へ、そしてもう1階階段で上がり7階にメンザはありました。まだ11時ということで学生は少なかったけれど、肉を煮込んだ料理とソーセージのサラダとスープとビールでウィーン大学の学生になった気分で昼食を取りました。

  アドルフ・エクスナーの胸像  ウィーン大学食堂での昼食

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