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| 葬儀と結婚式について教えてください。 |
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十貫坂教会の葬儀と結婚式は、原則としてキリスト教徒を対象に行っています。
しかし、礼拝に定期的に出席され、キリスト教の儀式の意義を十分理解してくださった場合には、キリスト教徒でなくとも、葬儀や結婚式を執り行うこともあります。
死や結婚は、人生の危機と関わる通過点です。わたしたちが、自分自身を振り返り、将来を考えて、悩み、苦しむ時でもあります。ですから、古来人間は、宗教儀礼によって、死や結婚という危機を乗り越えました。葬儀や結婚式は、私たちの人生観や死生観、家族のあり方などともっとも深く関係します。キリスト教の葬儀や結婚についての考え方は、長い歴史の中で変遷を重ねてきました。しかし、その根底にあるキリスト教の死生観や家族や結婚についての考え方は、現代の私たちにも示唆を与えてくれるものです。キリスト教の葬儀や結婚式に出席された方々は、本当に良い式だったと感想を語ってくださいます。
葬儀や結婚式について詳しく知りたい方は、ぜひ教会においで下さり、牧師にご相談ください |
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| キリスト教の葬儀 |
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キリスト教の葬儀は、神さまの前で礼拝の形で行われます。聖書が読まれ、主イエス・キリストの十字架と復活の出来事から、私たちの罪の赦しと終わりの日の肉体の復活の希望を与えられ、死がわたしたちの存在の終わりではないという慰めの言葉が説教されます。またかけがえのない命と生涯を導いてくださった主なる神へ感謝と讃美がささげられます。
主イエスが死から復活されたことによって、私たちは、「死は勝利にのみ込まれた。死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか」(コリントの信徒への手紙(一)15章54〜55節)とパウロとともに叫びます。
キリスト教の葬儀が、死者を葬る悲しみとともに、慰めと感謝に満ちているのも、このためです。
死者の復活とは、肉体が滅んでも、魂が永遠に生きるということではありません。主イエス・キリストが、本当に死んで、墓に葬られたにもかかわらず、父なる神の力によって、死からよみがえらされた奇跡の出来事です。私たちもまた、キリストと同じように、肉体を朽ち果てさせていく死の現実から、新しい身体に全人格的に、終わりの日に復活し、互いに再びまみえるものとされます。
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| キリスト教の結婚式 |
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葬儀に比べ、キリスト教の結婚式は、日本社会にも定着してきました。多くの若いカップルは、ホテルのチャペルで結婚式をキリスト教式で挙げることが一般的となっています。
しかし、私は、にわか仕立ての「キリスト教っぽい結婚式」に出て失望することが多くあります。なぜなら、そこでは、キリスト教的スタイルはあっても、本当のキリスト教の結婚式はないからです。
キリスト教の結婚式は、葬儀と同じように、神さまの前で、神さまを礼拝する形で行います。聖書が読まれ、説教がなされ、賛美歌が歌われます。神さまの前で男女が互いに愛することを誓い、健やかな時も、病める時も、ともに手をとりあって生涯の伴侶となることを誓約します。キリスト教の結婚式で一番大切なこととは、式の主人公が、結婚する男女ではなくて、神さまであるということです。神さまの前に、結婚する男女が、両親を離れ、家を離れ、新しい家族という共同体を形作ることを、自らの責任で誓いあうのです。しかも、男女の出会いは、偶然ではなくて、神さまのご計画のうちにあることを信じて、互いに愛し、いたわり合いながら歩むことを約束します。この神さまが、誰であるかを学び、知り、そこからキリスト教の結婚式へと導かれるならば、スタイルだけに終わらない、本当のキリスト教式結婚式となるでしょう。
十貫坂教会では、若い男女のために、結婚の講座を不定期ですが行っています。本物のキリスト教の結婚式を挙げたいと考えているカップルは、ぜひ礼拝にお出でください。そして牧師にご相談ください。 |