明石駅周辺の神社めぐり

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明石小学校や神大附属明石中学校など明石公園東側の学校が集まるエリアの北側にこの神社がある。 神社というよりは、お寺っぽい雰囲気がするぞ。 |
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楼門の窓は釣り鐘のような形をしている。 禅宗様の花頭窓だ。 神仏習合のなごりか。 |
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明石の市街からそう遠くないところに、こんな所があるとは思いもよらなかった。 雰囲気がとてもいい。 雰囲気はいいんだけど、破損がひどい。 |
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明石城主松平氏がその祖徳川家康および家祖結城秀康の第7子直良と明石藩祖である直良の子直明の霊を城内に祀ったのが起源である。 |
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拝殿の中には太鼓が置いてある。 この太鼓は明石城築城以来太鼓門で時刻を知らせてきた太鼓であるという。 明石市指定文化財だ。 |
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プレゼントをもらう、子供のような表情がいい! しかし台座と狛犬がずれている。 吽形の方もずれていた。 拝殿やら、他の各部もかなり傷んでいる。 これが、地震によるものなのか、それとも心ない者によるものなのか・・・ |
・腕塚神社(天文町1丁目)
寿永3年(1184)一ノ谷の合戦に敗れた平忠度は海岸沿いに西へ逃れた。
しかし源氏の将岡部忠澄に明石の両馬川で追いつかれ、二人は一騎打ちとなる。
忠度が忠澄を取り押さえ、首をかこうとした時だった。
忠澄の部下が、主の一大事とかけつけ、忠度の右腕を切り落とした。
忠度はもはやこれまでと念仏を唱え討たれたが、敵も味方も「武芸、歌道にもすぐれた人を・・・」と涙したという。
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山電人丸前駅の西側すこし歩いたところにある。 かつてこの地は右手塚町(うでづかちょう)と称していた。 |
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国道2号線沿いにあるダイエー明石店の西の方にこの神社がある。 もしかして、この神社の前を通り過ぎたことがない明石市民は一人もいないのではないだろうか。 |
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せいでん明石店北側の道を西に入るとこの神社がみつかる。 ご神木(?)の根本に2つの祠がある。 右が大姫大明神で、左が玉姫大明神だ。 |
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明石市役所の北側にある。 |
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白雲の桜は、明石城外堀に面した武家屋敷の一角にあった枝垂れ桜の大木で、当時江戸からも、この白雲になびくような美しい桜を見物に来たという。 現在の桜は5代目である。 時の城主、松平直明は、次の句を残している。 幾千枝の 柳の兄や 絲(いと)桜 また、白雲の桜という名は、歌聖柿本人麻呂の歌から名付けたものという。 しら雲の 色の千種に見えつるは このもかのもの さくらなりけり |
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白雲社のやや西にある、怪しげなカラーリングの神社だ。 この煉瓦の壁はいつ頃のものだろうか? 先代おきつね様(左下)は、前足がなくなって、なにやらカラスのようになってしまっている。 一方、現在のおきつね様(右下)は、一度もげてしまった首をコンクリートでくっつけ直したのか、みたらし団子みたいになってしまっている。 |
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工事中でした。 改装なった暁には、もう一度調査に来ましょう。 ・・・・・・・・・・・・ てなわけで、いつの間にやら改装されていました。 扉には鍵がかかっていて、普段は中に入れませんが、中の様子を観察することはなんとかできました。 おきつね様がおられたので、この神様、お稲荷様でしょうか。 |
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魚の棚の商店街を歩いていたら・・・・・・なんだこれ?神社があるの?? 通路の奥に進んでいくと、ありました。 うーーん、こんなところにもあるのか。 びっくりです。 |
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