稲爪神社と熊野皇神社

推古天皇の頃、朝鮮半島から鉄人を大将にした約8000人もの大軍がこの日本に攻め込んできた。強力な軍隊になすすべもなく九州への上陸を許し、その後大軍は都を目指し進軍していきました。連敗の続く中、天皇は勇猛で知られる伊予国の越智益躬(おちのますみ)を討伐に差し向けました。
越智益躬は降参し、道案内をする振りをして鉄人を油断させ、明石までやってきました。するとにわかに空が曇り、稲妻がし雷鳴がとどろき伊予国の三島大明神が姿を現しました。これに鉄人がおののいた一瞬に越智益躬は矢を放ち、鉄人を射殺しました。
越智益躬が鉄人を倒したのが大蔵谷と言われています。越智益躬は三島大明神に感謝し、この地に社を建て稲妻大明神とあがめました。
これが稲爪神社であると言われています。


・稲爪神社(大蔵本町)

立派な楼門が出迎えてくれる。

この楼門をくぐり、振り返ると・・・
郷土が産んだ(文禄3年(1594)和坂で生まれた)名工、左甚五郎の手による、素戔嗚尊の八岐大蛇退治。
躍動感あふれる作品。

正面の額の裏にも甚五郎の作品があるというが、見ることができない。
近代的拝殿は、阪神大震災でもゆるがなかった。
何が彼をこれほど笑わせるのだろう?
おおっと!謎の動物発見!!
宮司さんに聞いてみても、これが何かよくわからなかった。
境内には稲爪濱恵比須神社もある。


信長の播州への進撃における、高山右近の大蔵谷城攻略にさいし、天正6年(1578)稲爪神社は全焼し、祠を一時権現山にたてまつった。
その後寛永14年(1637)稲爪神社が再建、お移りになり、この地に残る祠に時の明石城主松平光重が紀州熊野三社権現を勧請した。
それが熊野皇大神社である。


・熊野皇大神社(東人丸町)

県道有瀬大蔵線沿いJR神戸線のすぐ北側にひっそりとたたずむ。
階段をのぼりきると拝殿がある。
狛犬はわりと近代的な様子。
境内には白龍大神が。
江戸時代末期の白蛇のたたりの伝説において、人々はたたりをおそれて神社を立てたというが、もしかしてこれか?
笑い声が聞こえそうなお顔。