・柿本神社(人丸町)

この柿本神社は、明石市で最も有名な神社のひとつであろう。

祭神はその名からもわかるとおり、柿本人麻呂。

弘仁2年(811)、弘法大師が各地を巡っていた折に明石を訪れた。
この時、赤松塚(のちの明石城本丸跡で人丸塚とも)に月照寺(柿本神社の隣にあります)を建立した。
その後、寺僧覚証は和歌を好んだが、人麻呂の霊がこの地にとどまっておられると感じ、寺の背後に小さい祠を建てたのが仁和3年(878)。
これが柿本神社の始まりと言われている。

では、柿本神社を探検しよう!


有名な明石市立天文科学館の、すぐ北側に人丸山柿本神社がある。

入試合格祈願受付中の立て看板が見える。

灯籠は寛政元年(1789)の作だ。

見慣れた八幡系鳥居にはとても細い注連縄が。
鳥居をくぐり、階段をのぼりきると、何やらいろんな形の灯籠が並んでいるぞ。
一番手前が、天保3年(1832)で、一番奥が元禄16年(1703)。
それぞれ作られた年代が異なるためか、その大きさ、高さや、笠、火袋の形がさまざまでとても興味深い。
コンクリート製の楼門はあまり面白くないので、随身像だけ楽しむ。

手前は日時計。いかにも子午線の街、明石らしい。

楼門の前には、芭蕉の句碑もある。この地が芭蕉の旅の西の果てだった。
「蛸壺や はかなき夢を 夏の月」
手水舎をのぞいてみると・・・
な、な、な、なんだこりゃ?

なんて言う動物なんだろうか?
やっぱり、亀かなあ。

しかし、なんともユーモラスだ。
おおっ!!
怪しげな動物はここにも!!

境内の西側の亀碑とも呼ばれる巨大な「播州明石浦柿本太夫祠堂碑」で、寛文4年(1664)、ときの明石藩主松平信之が和歌の隆盛を願って建てたものだ。

ほんとに、これ、何なんでしょうか?

手水舎のより、ちょっと精悍なお顔をしておられる。
早春の境内には、舟形につくられた美しい梅が。
八房梅と呼ばれるこの梅は赤穂浪士間瀬久太夫が主君の仇討ちを祈って植えたと伝えられている。
拝殿の手前左右にいる狛犬は、明石市指定文化財で参道を挟んで向き合うように「お座り」の姿勢で座っており、首だけを入り口の方へ向けている。

この狛犬は、54対ある明石市内の石造りの狛犬の中でも最も古いものであり、吽形の狛犬にのみ角がある。阿形には牙もある。

阿形、吽形ともに、表情がとても迫力があり、またユーモラスだ。

台座に宝暦4年(1754)の銘があった。
では、いよいよ拝殿を見てみよう。

この日、拝殿内では結婚式が厳かに執り行われていた。
花嫁さんは、とってもきれいでした。
本殿のほうは、何やら工事をしていて、近寄れません。残念。
境内にはいろいろな句碑がある。

雰囲気を楽しもう。
柿本神社にはもう一つ西側にも入り口がある。

名水・亀の水で有名といえば明石市民にはおなじみだろう。
毎日、大勢の人たちがポリタンクやペットボトルを持参して水をくみに来ている。

この日もおいしい水を求めてひっきりなしに来ていた。
これが亀の水と言われる所以の亀だが、西の入り口が出来たのが元禄12年(1699)であり、その折りに水を引いたというから、境内の亀の碑よりも新しいことになる。
従ってこの亀は境内の亀の碑にちなんで寄進されたものであろう。
この亀は手水鉢とほぼ同時期に寄進されたものだろうと言われている。