神戸市北区の神社めぐり−その3−
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道の駅「淡河」でひと息ついていると、建物の背後に何やらあるのを見つけた。 何々・・・「淡河城趾?・・・これは行ってみねばなるまい」 城跡は神社になっているかも・・・ |
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てくてくと登ってみると、やはりありました。 白星大明神というお稲荷さん。 境内には淡河城趾と刻まれた石碑があった。 神社そのものには見るべき所はないが、淡河城趾は研究してみるべきである。 |
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石碑に記された淡河城の歴史を読む。 淡河城の創建は文治元年(1185)であり、以後、淡河氏はその時々に応じ赤松氏、山名氏など周囲の強者に属していた。 最終的には別所氏に属しており、天正7年(1579)、淡河城は四方を羽柴秀吉勢に囲まれたが、敵勢の中に牝馬を放ち、秀吉勢を敗走せしめた。 同年、秀吉の三木城攻めに際し、淡河氏は別所長治の三木城に入ったが、秀吉に敗れ淡河氏は滅亡した。 |
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白星大明神は淡河城天守台跡にあり、その北側に本丸跡が、南側と西側に本丸・天守台を取り囲むように壕の遺構残っていた。 南側の壕の向こうは二の丸跡であり、ここに淡河氏代々の墓碑が残っている。 左の写真は天守台跡(つまり白星大明神のある丘)を西側から見ている。天守台跡の周囲に壕の遺構が見える。 写真左下が本丸跡で、下の写真が二の丸跡に残る淡河氏代々の墓碑が残っているところ。 墓碑は石造遺跡としてぜひ確認しておこう。 |
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