菅原道真、太宰府への旅−その1−
菅原道真は宇多天皇に重用され、右大臣までのぼりつめたが、延喜元年(901)天皇の廃位をはかったとして九州太宰府権師に左遷された。
左遷され太宰府へと向かう道中に立ち寄ったとされる場所の伝説は各地に残っているが、ここ明石も例外ではない。
その足跡をたどってみよう。
ここには、山陽道の駅家(うまや)があり、ここの駅長は、すでに道真と面識があった。
太宰府へと向かう道真を出迎えた駅長が、道真を慰めると、道真は
「駅長勿驚時変改 一栄一落是春秋」
という詩を書きつけ、駅長に与えたという。
2年後駅長のもとへ、九州で道真が亡くなったという連絡が届いた。
駅長は道真をしのび、道真が腰掛けた石を御神体としておまつりしたという。
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国道2号線沿いにこの神社はある。 道真が休憩した地であることから別名「休天神(やすみてんじん)」とも呼ばれる。 |
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鳥居をくぐってすぐ右を見ると道真(菅公)を迎えた駅長宅跡を示す石碑が。 |
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拝殿、本殿とも見ごたえあり。 |
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狛犬は、割と新しい。 |
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縁起牛もいるぞ。 |
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境内にはもうひとつ鳥居が。 元禄11年(1698)と刻まれているのが読みとれる。 海につながる参道の途中にあったものだという。 なるほど、表面がかなりデコボコになっていて、長年の浸食がうかがえる。 |
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お正月には拝殿内のお供え物の左右に焼き物(?)の狛犬が飾られていた。 要チェックだ! |
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本殿の脇には「菅公踞石」という石碑と、腰掛けたといわれる石がある。 普段は拝殿の両側の柵に阻まれて、近寄れないが、お正月などに社務所でお願いすると、扉を開けていただけることがある。 更に季節のよっては、本殿脇のみかんやら柿やらがいただけたりするかも・・・ |
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柵の中には昔の狛犬がいた。 コンクリートなどで補修されており、昔の表情は読みとれない。 しかし、この表情もなかなかいいゾ! |
・君貢神社(二見町東二見)
君貢神社は、道真が太宰府への途上、お参りし、このあたりを一夜の宿としたと伝えられており、「菅公仮寝の岡」と呼ばれている。そこに手植えした松を「仮寝の松」と呼ぶ。
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二見漁港のかたわらにある君貢神社。 |
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境内には「菅公仮寝の松」と刻まれた石碑がある。 初代の松はすでに枯死したという。 下の写真の松は何代目なのか? 脇に「仮寝の松」の由緒を記した立て札がある。 |
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