菅原道真、太宰府への旅−その2−


・御厨神社(二見町東二見)

君貢神社へ立ち寄った菅原道真の所縁により寛和年中(985〜987)に天満宮を君貢神社からこの御厨神社に移した。
菅公が休憩したのは実はこの御厨神社だという説もあり、かつて鳥居の脇に「菅公腰掛けの松」というものがあったという。

通称浜国沿いにある。参道はまっすぐ二見漁港に続いている。

この二つの鳥居のうち一方は、かつてもっと浜手にあったが、クレーン車が度々引っかけてしまうという事故が発生し、ここに移された。

楼門の中にはカラフルな木像(?)の狛犬があった。
チェックしましょう。
見事な楼門をくぐると、「菅公仮寝の松」の碑がある。
拝殿も立派である。
裏手の本殿も素晴らしい。
仏頂面の狛犬。
二見の浜から引き上げられたという砲弾が平和を祈念して忠魂碑の脇に奉納されていた。
拝殿には、砲弾が貫いたという鉄板が掲示されている。

日露戦争の記念のものであることが、かすれた文字からわかる。
二見では、忘れてはならないのが三義人。

宝暦13年(1763)、林村との漁業権の争いの末、窮地に陥った東二見村のなかで3人の男が安永2年(1773)江戸へ陳情に出かけ、江戸城から下ってきた老中松平右近のかごに命をがけで訴状を差し出し、おかげで5年後事件はようやく解決し、東二見の漁師は漁ができるようになり村は救われた。
境内には三義人をたたえた石碑がある。