神戸市西区の神社めぐり−その2−
天和2年(1682)明石藩主松平直明は、当時大きな原野であったこの地で新田を開拓し、新しい村を作ったという。この時、大きな岩が見つかり、これを神として崇めた。そのうち、村民達は神出神社から素盞嗚尊(牛頭天王)を勧請、天ヶ岡神社と称したのが始まりといわれる。享保6年(1721)開拓の恩人直明が亡くなり、この神社に合祀した。
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訪れると、まず、鳥居の向こうに続く長〜い参道に驚くのだ。 |
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狛犬の表情が面白い。 |
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広い境内には土俵もある。 この石灯籠は天保13年(1842)と刻まれていた。 |
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本殿、拝殿の屋根には、牛頭天王の紋の「祇園木爪」と直明の「三つ葉葵」の紋がある。 |
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真新しい手水鉢には亀が。 |
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岩岡神社のすぐ近くにこの神社がある。 見どころは、何と言っても表情がユニークな狛犬達だ。 この底抜けに明るい笑顔を見よ。 |
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枝吉の吉田郷土館の隣に、この神社はあります。 |
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狛犬は威嚇するような表情で出迎えます。 |
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拝殿の裏にまわれば、本殿の造りが楽しめる。 |
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このあたりには、古墳時代から弥生時代にかけての複合遺跡がみつかっています。 これは家形石棺。なんと、最近まで神本神社の手水鉢として使われていたという。 |
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神本神社の背後の丘は、枝吉城跡である。 15世紀中頃、明石氏により築かれた。 天正13年(1585)キリシタン大名高山右近がこの地に移され、右近は翌年船上城の普請に取りかかった。 |