小川山記
H12N8/11-15

8月11日  6時前出発。関越上信越ともに渋滞なし。
10時前に小川山到着。
テント異様に少ない。天場探しも余裕である。先々週あたりはすさまじい混みようであったらしいが、これはいったいどうしたことか。
 テント3張り張り放題。場所取り完了。
 午後からガマスラブへ遊びに行く。岳も元も(!)終了点まですんなり登る。なかなかである。
なぜか人工壁でもっとも動きの鋭い大は全くダメである。人工壁の弊害か?

12日   朝。大日広場を散策するも、まだだれも到着していないようだ。
      テントで朝飯ラーメン作成。子供達のくいが悪い。くつろいでいると、尚子班到着。
  ちょうどいい、残飯ラーメン整理をさせる。白子班もちょうど到着となる。
あらかじめ前夜に天場を教えといたのですんなりわかったようだ。テント5張の一大テント村となる。
 早速和歌山班と斉藤班は兄岩方面へ出陣となる。尚子班は昼ね。
 川の渡渉に斉藤班手間取る。水量多く子供向けではない。子連れで兄岩方面は無謀だ。
 大がずぶぬれ敗退。大元と母は天場に戻る。あとから父は兄岩へ向かうも、なぜか弟岩、母岩あたりを
徘徊後到着。大迂回だ。
  下部スラブで2本足慣らししたあと、仁=アルパイン少女マミへ。11d。その昔Sモトは抜いてたな。
  事実上のオンサイトねらいを目論んでいたのだが・・・       あえなく敗退。
ボルト遠い。ムーブ悪い。できない。カラビナ残置。
  白子は順番待ちを辛抱強くこなし、みごと’森の緑’11bを決めたようだ。
  夜は大バーべキュー大会となる。尚子大家班におんぶに抱っこ状態ではあるが。
  何しろ2人パーティーというもっとも少ない人数にもかかわらず装備食料などはもっとも重装備なのだ。
10kオーバーのクーラーBox×2=全部酒。しかもこいつら1泊だけでかえった。       

13日   朝から雨。台風接近のようだ。午前中ビクターへ行って遊ぶ。裏側はすぐにずぶぬれ。
      正面ハングトラバース。子供のできそうなとこはない。退屈して三々五々かえってゆく。
      大人は込み合ってて15人くらいか。トライするは7-8人が代わる代わる。
      昼頃尚子班撤収。ビールやら酒は残置。岳大仁金峰山荘の風呂へ。白子班は温泉へ。

14日
   晴れ。2峰南面へ。
      白子班4人衆7時半ころ出発。さすが山や。異様に早い。
      それでも斉藤班も9時前には出発。今日のアプローチはなんとかok。
 家族5人無事2峰南面到着。白子班がすぐ上のテラスにいる。なんだまだそんなとこか。
 セレクション2ピッチ上のテラスだろう。会話ができる。
 取り付きのスラブ(3−4級)で子供をあそばせる。やはり大がダメである。
 セレクション一ピッチ目にトップロープ。左5.7右5.8なのだが、右のクラックのほうが遊べるようだ。
 そのうちN根H高が8人くらいつれてどやどやとおしよせる。例の如くすばらしいエンタティナーぶりである。
 一気に混みあうセレクション1ピッチめ。(J・N根のザックからはなぜか電動ドリルが・・)
 右クラック5.8にトップロープ。岳はテンションまじりながらも上まで抜けた。
 どうやらクラックにちょっと面白みを見出したか。
 白子たちがおりてきてから隣のPTA 11bでトップロープ。白子は果敢にリードトライ。
 こらこら、ガクをだしにひとの靴を持ってくんじゃない。しかもそれでスラブでぶりぶり落ちやがって。
 そのうちM崎氏がやはり初心者づれで現る。我々は一足さきに退散する。
   この日、白子たちは天場帰着後撤収して帰路に着く。
   夕方、大と仁はキャンプ場〜林の中のボルダーへ。
しょうじさんがいるはずのボルダーではすぐ隣にテント張ってる見ず知らずの子連れクライマーがわざわざシートをしいてくれる。     しょうじさんはいない。      
 片っ端からトライ。大はスラブの練習。大はボルダーのほうが好きなようだ。
   林の中はどこもかしこもボルダラーでいっぱいだ。もう暗くなろうとしてるというのに, まだまだどこからともなく集まってくる。エイハブ船長(1級)をトライしてると4,5人が集まってきた。
  以前とれた最後のガバまでは問題なくこなせる。そこからのイグジットができない。
何回もそこで 落ちる。次回は必ず登れる!?(だろう)
  もうちとやりたかったが、(あと3.4トライすればきっと登れるような気が・・)大が自分の楽しい課題       をなかなかみつけられないので、帰りたいモードに突入してしまったのだ。
  まあ、しかたあるまい。天場ではガクたちがたきぎを集めて焚き火の用意をしてるだろうし、ビールも       飲まねばならない。
      エイハブは逃げない。
  それにしても後半は他人のボルダーマットが2枚も敷き詰めてあったにもかかわらず、
イグジット=出口から飛ぶとかなりダメージを受ける。(高いのだ、これがけっこう)
  ランディングは森のふかふかの地面というシチュエーションにもかかわらず、右足首が捻挫したよな違和感が。

15日   朝からまたも雨。昨晩から降り続いている。ボルダーを偵察するも、どこもかしこも不可である。       やることない。ヒマなので残った食材でいろいろ作る。まずチャーハン、つぎに擬似ピラフを作る。       使えそうな野菜でスープを作成。そのスープで米を炊く。さらに昨日のミートソースが残ってるので、       それをコンソメでのばし、ケチャップで味を調え残ってるスパゲティを茹でる。
昼近く、ようやく小ぶりになり小康状態。ふと、思い立ち、小川山レイバックを見に行く。テントからジャスト10分。
やはりやることないのか見学クライマーに会う。
しかし、レイバックは思ったとおりなんとかできる状態。
上にひさしがついてる形状と、岩質が粒子荒いため、問題ない。即天場に戻り用意する。
11時半出発。小川山レイバック見学パーティーがまた来た。ぞろぞろひきつれ衆目のギャラリーの中リード。
トップロープセットしてガクトライ。 (母ビレー後即帰天。元がテントでお留守番なのだ。((ヘソまげて動かん)))       よっぽどやることないんだろう。ギャラリーはひとりも帰らない。
  ガクがトライし始めると突然の土砂降り雨。レイバックの1m左は滝と化し、ひさし状のハングからもしずくが・・  レイバックのクラックと、その周囲わずか1m四方だけが雨のあたらない聖地だ。
 安定したテラスも水溜りに・・      ギアやらザックやら靴もずぶぬれである。
  大も次にちょっとトライ。すぐあきらめる。
  もう終わりかな、とガクをみるともう一度やるという。  出だし垂直部分をやはり押し上げてやる。
フットジャムが効くとこまでゆけばなんとか自力で上がってゆける。
  途中2/3ぐらいにあるレッジのレスティングポイントまでは、こんどはほぼ自力で登った。
  この土砂降りのなか例のギャラリーはまだ帰る様子がない。いったいなにを・・    
 テラス後方に、親指岩に隣接する大岩があり、その下が岩小屋状になってる。そこからまだ観戦してた。
 ガクがジャムのコツを覚えたのか、今度は一手、一足、ごと着実に自分で登ってる。
 その度に後方のギャラリーが、「おおっ、」とか、「うぉーッ、がんばっっ。」とか、
 さらには「いけるいけるっ!」などとまるでコンペのような声援が飛ぶ始末。
   2時過ぎ帰天。即刻全員で金峰山荘の風呂へ。
        父母の会話=ガク、こんどはカサブランカってゆうクラックもいいぞ。10aだ。                でもねー、ガクは一生小川山レイバックのオンサイトを逃したんだよ。                カサブランカやったらカサブランカのオンサイトもできなくなる。                親のせいで★★★のオンサイトルートがどんどんなくなる!!!
               これって、とっても不幸?!

15日  夜。夕飯後しょうじさんのテントを探しにゆく。
     14日、白子たちが帰る時、いれかわりに小川山に入山。
 ネット上でのやりとりしかなかったのだが、白子を介して初対面となったのだ。
 キャンプ場ボルダーの脇にはってるハズなのだが、昨日からそれらしき テントが見当たらない。
  やはりボルダー脇にはっている、例のマットをわざわざ貸してくれた人に 聞いてみる。
が、それらしき人は知らないという。
   5歳と7歳ぐらいの女の子2人連れのその家族もご夫婦ともクライマーのようだ。
 仲間というか、関係者というか、そういう人達が三々五々現れる。
   こっちもあてがなくなったのでしゃがみこんで話を聞いてたら、こっちに来てまあ、座れと席をあてがわれた。
ずうずうしくもおじゃまして持参の焼酎を飲み始めたのだが、その御仁もそうとう酒好きらしい。泡盛をふるまわれた。かなりこなれているらしく相当口当たりがよかったのだが、即、腰がたたなくなった。
    次から次へいろんなクライマーが訪れる。      スゴイ人だ・・ 
    早々に、(否、あまり遅くならないうちに、=と、本人は思ってるが。 既に2度ほどイスごところげている。
エライ迷惑、、)退散。            よろよろしながら帰テン。


以上