【資料2:第一次国保裁判(東京地裁)】

0.解説
 オーバーステイの外国人を一律に国民保険から閉め出した法務省通達は、国民皆保険制度を前提としたシステム全体に軋みを与えている。日本社会に医療のアクセスをたたれたグループを生み出したばかりではない。本来あるはずのない診療拒否がどうどうとなされ、良心的な病院にこそ不良債権が積み重なり経営を圧迫。自治体は事実上過去の遺物となっていた「行旅病人法」の運用を復活させたり、病院の不良債権を補填する制度を作ったりして場当たり的な処置をするにいたっていた。
   この訴訟は、日本人の子の養育を理由に入管に特別在留許可の審査を受けているフィリピン人母が、足立区に国民健康保険証の交付を申請したところ、先の通達を理由に拒否されたことを発端にしている。入管の審査に関しては他の事案と比較する限り在留資格をえる蓋然性は極めて高いといえる。
 争点は、国民健康保険法にある加入資格の唯一の要件である「住所」を彼女は有しているかどうかに置かれることになった。従来この「住所」は1)現在生活の拠点があること、2)将来に渡って拠点とする本人の意思、が基準とされる民法で定義される「住所」と同じという理解が順当に思われる。しかし判決では国保法の性質に鑑み「共同体」を構成しているかどうかも考慮すべきだという珍説で、新たな見解を示し、原告の主張を退けた。
 法理的には極めて説得力に乏しい判決といえるが、それだけに、法理以外の世論や偏見といった圧力の大きさを想起させるものではないだろうか。
 この判決後に原告は在留資格を得ており、訴えの利益が消え裁判そのものはここで中断し終わる。98年7月には 同様の事案で逆の判決(第二次国保訴訟判決) が同じ東京地裁で下っている。安定した判例の形勢はこれからともいえる。
 (98.10.20、渋谷次郎)

平成六年(行ウ)第三九号 国民健康保険被保険証不公布処分取消請求事件

判決

原告:Aさん(東京都足立区在住)
被告:東京都足立区

主 文


一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事 実


第一、 当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨
1、被告が原告に対し平成五年五月一二日付けでした国民健康保険被保険者証を交付しない旨の処分を取り消す。
2、訴訟費用は被告の負担とする。
二、請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨

第二、 当事者の主張

一、請求原因

1、原告の身上関係等
 原告は、一九六六年五月二〇日生まれのフィリピン国籍を有する女性であり、平成元年三月九日成田空港からわが国に上陸したが、同年九月ごろ以降、入管法所定の在留資格を有しないままわが国に在留している。
 原告は、平成三年一〇月九日、日本人であるBと婚姻し、同年一二月四日、Bとの間に長女Cが生まれたが、Bは平成五年三月四日に死亡した。
 原告肩書地は、原告の外国人登録における居住地であり、原告を事実上の世帯主とする住民票上の住所である。

2、原告の国民健康保険の被保険者資格
(一)国民健康保険法五条は、市町村又は特別区(以下「市町村」という)の区域内に住所を有する者は、当該市町村が行なう国民健康保険の被保険者とする旨規定し、同法施行規則の改正によって昭和六一年四月一日以降日本国籍を有しない者にも国民健康保険の適用があることとされたから、外国人であっても、右にいう「住所」を有するものは当然に国民健康保険の被保険者となる。

(二) 原告は、平成二年五月Bと知り合い、同年一〇月から東京都足立区…で同居していたが、Bと婚姻するにあたって日本に永住することを決意し、平成三年六月一八日、Bが購入した原告肩書地所在の家屋(Bが同月八日その敷地とともに購入したものである。)に転居して、以後ここをBとの夫婦生活を営む生活の本拠として暮らしていたところ、Bの死亡により、右家屋とその敷地をCと共同相続し、その後も、右家屋でCと寝食を共にして、日々の生活を営んでいるものであって、原告の生活の本拠は右家屋所在地であり国保法五条にいう「住所」が東京都足立区内にあることは明らかであるから、原告は被告の行なう国民健康保険の被保険者である。

3 本件処分およびその後の不服申立て

 そこで、原告は、平成五年五月一〇日、国保法九条二項に基づき、被告に対し、原告に係る国民健康保険被保険者証の交付を申請したところ、被告は、同月一二日、原告には在留資格がなく国民健康保険の適用対象外であるとして、右被保険者証を交付しない旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。
 原告は、平成五年六月一五日、本件処分を不服として、東京都国民健康保険審査会に対し審査請求をしたが、その請求は同年一〇月二五日付けで棄却された。

4、  しかしながら、本件処分は、国保法第五条の「住所」の解釈適用を誤った違法があり、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約九条等にも違反するものであるから、原告はその取消を求める。

二 請求原因に対する認否及び被告の反論
(認否)
1、請求原因1の事実は認める。
2、同2(一)の事実は認めるが、同(二)の事実は知らない。
3、同3の事実は認める。
4、同4は争う。

(被告の反論)
1、国民健康保険が国民の福祉と保険の向上に寄与することを目的とする相扶共済の社会保障制度であることに照らせば、その被保険者は、それが日本人であると外国人であるとを問わず、わが国社会のなかで相扶共済の立場に立つ社会構成員であることが予定されていると解されるから、その被保険者資格を画する国保法五条の「住所」とは、「相扶共済の立場にある社会構成員の生活の本拠」、すなわち一定の住所で継続的・安定的に居住している者の生活の本拠でなければならない。そして、わが国に在留する外国人が右のような意味での「住所」を有するというためには、当該外国人が相当の期間、継続的・安定的にわが国に在留し売る在留資格・在留期間を許可されている必要があるというべきである。
 しかし、在留資格のない外国人は、退去強制の対象者であり、居住の継続性・安定性に欠けることは明らかであるから、相扶共済の立場にある社会構成員となりえず、国保法五条の「住所」を有するものとはいえない。

2、原告は、平成三月九日、「AGUSTIN MICHELLE S(フィリピン国籍・一九六五年五月五日生)」名義の偽造旅券を入国審査官に提示し、平成元年法律第七九号による改正前の入管法四条一項九号に該当する者としての在留資格(在留期間六〇日)で上陸許可を受けて成田空港からわが国に入国し、同年四月二八日川崎市内を居住地とする外国人登録をし、同年四月二八日付けで同年七月七日までの、同年七月六日付けで同年九月五日までの、各在留期間更新許可を受けたが、その後は在留期間更新許可を受けないまま、わが国に在留していた。しかし、右不法入国の事実が発覚したため、平成五年八月一八日付けで、右上陸許可及び二回の在留期間更新許可をいずれも取り消された。

3、したがって、原告は、相当の期間にわたりわが国に継続的・安定的に居住するために必要な在留資格・在留期間を許可されたものではなく、東京都足立区内に国保法五条の「住所」があるということはできないから、本件処分は適法である。また、原告主張の経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約は、在留資格のない外国人が国民健康保険の被保険者になるか否かという問題とは直接関係がなく、本件処分が右規定に違反するということもない。

三、原告の再反論

1、国保法五条にいう「住所」は、民法二一条にいう「各人の生活の本拠」を意味し、これがどこにあるかは、その者の寝食が行なわれる場所はどこか、その者の寝食が行なわれる場所はどこか、その者の使用する家財道具屋ーや日常用品がどこに保管されているか、その場所が一般通念条日常生活を営む場所といえるかなどの諸要素を勘案し、客観的な居住の事実によって把握すべきものであるから、外国人について右「住所」の有無を判断する場合であっても、その者に対する入国の許可の有無や在留資格の如何はその判断を左右する要素となるものではない。

 また、在留資格を有しないでわが国に在留する外国人も、その不法在留の事実が発覚したからといってただちにわが国から退去を強制されるわけではなく、違反事実の調査を経て実際に退去強制がされるまでは日時を要するし、入管法五〇条一項によって、在留を特別に許可される場合もある(日本人のCを扶養する母である原告についてはその許可がされる可能性が高い。)から、相当の期間にわたって居住を継続し生活の本拠を築くことは可能であり、不法在留の外国人が居住の継続性・安定性に欠けるとの被告の立論も誤りである。

2、国民健康保険は、被用者以外の地域住民全員の参加により、地域社会の保険の向上を目的とする社会保険制度であるから、その目的を達成するためには、不法残留外国人を含め地域社会に住む者すべてを被保険者とし、それらの者が適切な時期に医療サービスを受けることができるようにする必要があり、国保法五条の「住所」をその文言よりも狭く解することによって不法在留外国人をその制度の外に置こうとする被告の扱いは制度の趣旨に反する。

3、また、在留資格のない外国人を国民健康保険の被保険者でないと扱うことは、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約第九条に規定する社会保障に関する権利につき国民的出身による差別をするものである点で同規約九条、二条二項に、「到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利」を害する点で同規約一二条にそれぞれ反し、ひいては憲法九八条二項に違反するものである。

第三 証拠

本件記録中の証書目録に記載のとおりであるからこれを引用する。

    理      由
一、請求原因1、2(一)及び3の事実はいずれも当事者間に争いがない。  右争いのない事実と、成立に争いのない甲第四、第五号証、…(証拠番号の列挙を略)…並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1、 原告は、平成元年三月九日、成田空港において、左記のとおりの記載がある他人名義の県を入国審査官提示し、わが国絵の上陸許可を申請した。

氏名(略)
生年月日(略)
出生地(略)
職業 芸能人
旅券番号 (略)
発行年月日 (略)
 同日、右申請に対して、平成元年法律第七九号による改正前の入管法四条一項九号に該当する者として在留期間を六〇日とする在留資格が付与されて上陸許可がされ、これにより、原告は、わが国に不法入国した。その後、原告は、平成元年四月二八日付けで同年七月七日までの、同年七月六日付けで同年九月五日までの、各在留期間更新許可を受けたが、同年九月六日以降は在留期間更新許可を受けることなく、わが国に滞在していた。

2、原告は、勤務先のスナック店に客として来たBと知り合い、平成三年一〇月九日Bと婚姻し、同年一二月四日Bとの間に長女Cが生れたが、Bは平成五年三月四日死亡した。
3、原告は、平成元年四月二八日、川崎市川崎区において前記他人名義の旅券の氏名、生年月日、出生地で外国人登録をしていたが、平成四年四月一三日に至り、足立区長に対し、外国人登録上の居住地を「足立区…」(移転日・平成二年七月○日)とする旨の申請を行うとともに、旅券が偽造である旨の原告の陳述書、旅行宣誓供述書を提出して、登録上の威名、生年月日、出生地の記載の訂正を申し出、同年一〇月一日、その旨登録事項の訂正がされた。なお、右申出(ママ)があったことから、原告の不法入国の事実が発覚することとなり、原告に対する前期上陸許可及びその地上の家屋(木造亜鉛メッキ鋼板葺三階建店舗・居宅)を購入したが、同人の死亡(平成五年三月四日)により、原告とCが右土地及び家屋を共同相続した。

五、Cについては、平成五年四月二三日に住民登録の変更の届出があり、これによれば、同女は同年三月四日に従前の「足立区…」から原告肩書地に転居したものとされ、また、原告の外国人登録について平成五年四月二三日にされた居住地の変更の届出によれば、原告は同月一五日に従前の「足立区…」から原告肩書地に転居したものとされており、原告の肩書地での居住開始の正確な時期は必ずしも定かでないが(…号証中には、原告が平成三年六月一八日から原告肩書地に居住していた旨の記載部分があるが、これを裏付ける資料はなく、右外国人登録等の届出内容に照らし、直ちに採用することができない。)、Bの死亡後は、原告とCの二人が原告肩書地の前記家屋に居住しており、本件処分当時は、原告がその一階店舗部分で居酒屋を経営していた。
 なお、原告は、平成六年中に右店舗部分を他人に賃貸し、自らはパートに出て、現在は、その賃料収入と給与によって生計を立て、Cを養育している。
以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二、そこで、本件処分当時、原告が被告の行う国民健康保険の被保険者資格を取得していたかどうかについて検討する。

1、市町村が行う国民健康保険は、当該市町村の区域内に住所を有する者(健康保険の被保険者など一定の適用除外事由に該当する者を除く。)を被保険者として(国保法五条)強制的に保険に加入させ、被保険者の負担する保険料(同法七五条)、国の負担金(同法六九条、七〇条)、都道府県の補助金(同法七五条)などを財源として、被保険者の疾病や負傷等に関して医療その他の保険給付を行うものであり、被保険者は、当該市町村の区域内に住所を有するに至った日から、その資格を当然に所得するものとされている(同法七条)。
 そして、国保法には、右「住所」につき特段の定義規定がおかれてはいないから、同法にいう「住所」は、人の生活の本拠(民法二一条)、すなわちその者の生活全般の活動の中心となる本拠を意味するものと解するのが相当である。

2、前記に認定したとおり、原告は、不法入国後、日本人のBと婚姻して子どもをもうけ、夫との死別後はその子どもと一緒に亡き夫が遺した家屋に居住して生活しているものであり、その住居の事実状態だけに着目すれば、原告肩書地が原告の生活の本拠であり住所であるとする原告の主張も理解しえないではないといえるが、しかし、翻って考えるに、原告は他人名義の旅券を用いてわが国に不法入国したものであり、本来、わが国への入国それ自体が許されない違法なものだったのであるから、当然、その後のわが国での滞在ないし居住も法律上容認されたものではないのであって、かかる不法入国者は、もともとわが国内に生活全般の活動の中心となる本拠を置くこと自体が容認されていない立場にあることからすると、このような原告について、単にその違法な入国を基礎として作られた居住の事実状態だけをとらえて、そこに「住所を有する」と評価することには躊躇を感じざるをえないといわなければならない。
 なぜなら、日本人が自由にわが国に居住し生活できるのとは異なり、外国人の場合は、当然にはわが国の主権に基づく許可を受けその許可の範囲内でのみわが国に入国し、居住することができるに過ぎないのであるから、外国人がわが国内において社会生活を営み活動することができるためには、その前提として、適法にわが国に入国したものでなければならないことは当然であって、不法入国者のように、わが国への入国が許されず国内に留まることができない立場にある者が、わが国において、適法に生活全般の活動の中心となる場を持つことができると解することは困難だからである。


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