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帰るクニのない父・日本に将来を求める高校生
オーバーステイ国保裁判(第三次訴訟)の素顔
みしゅっく
98.11(予定稿)
「ただただ、私はここにお集まりの皆さんにお礼を言うことしかできません」
原告の少年の父である李さんは、わずかに震える手を両腿に添えながら、まず深々と頭を下げてから話し始めました。提訴から4か月。いよいよ審議が始まる10月に横浜駅前の公共施設で開かれた支援者の集会会場には、平日の夜でありながら100人以上の人が集まっていました。
会の始まる直前まで、お父さんの李さんは受付のテーブルの脇に立ち、ペットボトルから飲み物を紙コップに注いでは一人一人に差し出していたのですが、彼が原告の父親であると気付いていた人はほとんどいなかったでしょう。職場では帰化していることになっているというのもうなずけるほど流暢な日本語で、30分以上、トツトツと少年と家族のこれまでを話してくれました。
李さんは現在50歳。19歳で来日してから現在まで、東京や横浜で中華料理のコックとして、ときには一軒のお店を任されたりしながら生計を立て暮らしてきました。台湾出身の奥さんとは彼女が留学生だったときに日本で知り合い、今は高校1年生の男の子と中学生の女の子のと4人の家族。その年齢よりやや老けて見えました。
もともと李さんは韓国に住んでいた華僑の1人でした。日本に向けて出国したときに韓国の再入国許可を取らなかったせいで韓国の永住権を失い、かといって中国の国籍も取得していなかったので、帰るべき国を失ったままオーバーステイの状態に。それから21年の歳月が流れていました。母子は台湾と行き来をしながらビザを維持していましたが、それも84年には続かなくなり、以来14年間はビザのないまま日本で暮らすことになります。 これまで自費扱いだった医療費の重さについては次のように話してくれました。
「経験から最低でも診療所に行けば8千円。大きな病院なら1万5千円は毎回かかると分かっていたので、病気や怪我をしないようにうるさく言っていました。自転車に乗るのも危ないと反対したものです。
今は申し訳ないと思っているのですが、子どもが風邪になると叱っていました。それでもやはり病気になるものですから本当に病院のためにお金を貯め、貯めたお金をまた病院に払うという感じでした。それでも何とかやってきたのですが、よくウチのと二人で『私かあなたが大きな病気になったら終わりだね』と話していました…」
今回の大病が発見されたとき、原告の少年はようやく念願の公立高校に入ったばかりのときでした。公立高校への入学は、少年には特別な意味がありました。ここで弁護団の三木さんの話をご紹介しましょう。
「少年は在留資格を問われない東京の中国系民族学校、中華学院へ通っていましたが、日本では民族学校の卒業資格が認められないことを知りました。日本以外での生活はとても想像できなかったので、両親にどうして公立の高校はダメなのかと迫るわけです。そこで初めて両親からオーバーステイだからだと打ち明けられることになりました。お父さんの李さんもなんとかしようと、相談し出かけたり、教育委員会に働きかけたりして、ようやく県立高校を受験できることになったのです。進学が決まったとき『これで自分もまともになれると思った』と少年は話しています」
少年にとって、ようやく希望が見えてきたところなのに、入学から1年も経たないうちに脳腫瘍という大病にかかっていることが判明。新たな困難を抱えることになりました。 「病院から電話をもらったときには、とにかく大変な病気ということで40〜50万ぐらいで納まればいいなと思いながら家を出ました。ところが何百万もかかると分かって…。
いろんなところに一晩中、電話で相談したのですがなんともならず、翌日病院の先生に頼んだんです。治療を待ってくださいませんかって。そしたら先生は怒ったんですね。『なぜだ! とにかくまず治療が先だから』と…」
お父さんの李さんは裁判に臨む心境を最後に語り終わりました。
「悪かったのは私です。でも、ここまで熱心に治療してくれた先生や病院に迷惑かけたら申し訳ないですよ。少しづつ払ってはいますけれど、もうそれでは追いつかなくなってしまっているんです」
現在でも少年の様態は一進一退を続け、治療が続いています。治療が始まった春に申請した国民健康保険は「ビザがなければ住民ではない」と拒否されてしまっています。6月の提訴のときには約400万円であった治療費は、すでに1500万円を越えてしまいました。現在横浜入国管理局では李さん家族の特別在留許可の審査が、異例の急ピッチで進んでいます。たとえ今後ビザが出ても、これまでかかった医療費はすべて李さん一家の借金として残ることになります。
この家族は、日本人と国際結婚してビザの発給を待つ人と同様に、この国での将来を目指しています。そして病気になる可能性は誰にでもあるのです。大病を克服しようとしている高校生とその家族を、通達にしがみつく方々が理解できないのはなぜでしょうか。
取材協力:三木恵美子(弁護団:横浜法律事務所)
外国人国保裁判を支える会
【関連資料】
国保裁判第一次訴訟判決(95年9月東京地裁)
国保裁判第二次訴訟判決(98年7月東京地裁)
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