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外国人119ネットワーク・ニュースレター99年6月号(予定稿)
<報告の概要>
この事業は、昨年度(97年6月)の総会から提起されていた「医療については予防的な事業も」という課題を、いよいよ具体化したものである。98年5月31日に最初の健康診断を、2月21日には2回目の健康診断が実施された。いずれも川口保健所で行われたが、形式的には、初回は同保健所との共催で、2回目は保健所の単独主催でと変化している。2回目については当ネットワークは名目にこだわらず、実質的にバックアップするという形となった。ただし、実質的な役割は双方ともかわらない。参加者への情報提供と参加者のとりまとめ、さらにより外国人に近い立場から保健所と共同で具体的な計画立案し、ボランティアスタッフの集約、そして参加者負担を低減させるさめの資金を募り提供するという役割を果たした。 合計で196人が検診を受けたが、いずれも健康診断や医療サービスへのニーズは高く、とくに医師への真剣な相談が相次ぎ、結果として長時間列をなして待つという光景が印象的であった。検査項目から結核と、糖尿をはじめとする成人病に力点がおかれ、各医療機関への紹介や一部付き添いも行なった。 通訳体勢とニーズのズレや、診断結果から実際の通院・治療といったアフターケア、さらに参加者の募集方法等に課題は残る。ただし、この事業には少なからず非メンバーの参加を得ることができたし、むしろ彼らの活躍によってこそ、実現することができたといえよう。このメンバーが実質的には新しいグループの形成へと動きだしている。また、川口保健所も継続に意欲を見せているほか、他地区の保健所にも立案に向けた動きがある。 初年度は119ネットワークのいわば特別プロジェクトとして実施されたこの事業も、99年度はこの新グループに継承するかたちで行われるのが自然であろう。119ネットワークは、このグループを側面からバックアップする形で、市民サイド、外国人コミュティー、行政サイドの動きをにらみながら、99年度も当ネットワークが果たすべき役割を探りたい。 (1)経緯 まず年度当初までの経緯をまとめると以下のようになる。 97年 05月 群馬県桐生市でボランティアグループが行った健康診断を見学。 06月 119総会で「医療に関しては問題が発生してから対処するだけでなく、予防 的な観点から119にできることはないだろうか」と提起。 09月 勉強会「埼玉で健康診断をするには」が始まる。初回はシェアの医師に講師 を依頼する。以後月一回浦和YMCAでこの勉強会が継続される。 10〜11月 結核予防法に基づき県衛生局に予算化を打診し、だめ。 並行して実施場所等の検討に入る。川口保健所が候補のひとつになる。 12月 アンドレ代表と小塚・渋谷(運営委員)が川口保健所に挨拶に。協力関係を 申し出る。 98年 03月〜04月 実施のための概要を固める。寄付金の要請。このころからコミュニ ティリーダーに参加要請。 04月〜05月 参加者募集をする。がすぐ満杯に。集める作業は断る作業になる。 05月31日 「川口健康相談会」実施 06月28日 結果報告会実施 ●手探りで決まっていく企画 そもそもの始まりは、群馬で行われていた外国人向けの健康診断を見学したことであった。当時神奈川や東京で始まっていた動きに触発されたのである。群馬には失礼であるが「群馬でできたのなら埼玉でも…」という意識も働いていた。 そこで、まずは関東地区で大きな役割を果たしている医療関係者のNGOシェア(国際保健協力市民の会)のメンバーから経験談を聞くことから、勉強会が始まった。この勉強会には、119のメンバーばかりでなく、たびたびケースワークでお世話になっている県の精神保健センターの職員や、テーマに関心を持った保健所の職員が個人として参加。勉強会の呼びかけ役になっていた。 会場については当初から、フィリピンを始め多くの外国人信徒が集う浦和カトリック教会と川口保健所の2カ所が有力な候補となっていた。できるだけ多くのコミュニティーに参加を呼びかけたかったことと、施設も整っており、検査記録の保存という課題も用意にクリアできるということから同保健所を選択した。神奈川では港町診療所が検査記録の保存にあたっているが、残念ながら地元の医療機関に、そこまでの協力をお願いすることができなかった。 また、検査項目は対象となるのが20代〜40代の成人であると予測できたため、成人病を、また、感染症である結核に重点を置いた。結核については119のケースワークでもたびたび事例があった。一方、地域保健という観点からすると、ここ数年のトピックとして、注目度が高く事業の客観的な評価につなげ易いこと、在留資格にかかわらず公的な制度の利用が進んでいて発見後の治療に問題が少ないことも考慮された。さらに戦略的な観点からは、他地区では検査に公的な予算が利用されている事例が多く、今後の予算獲得に有利に働くと思われることも優先項目とした理由として意識されていた。 検査料については、当初から無料あるいは低額で提供したいという意見と、2〜3000円なら高額というわけでもなく、本人が負担すべきだという対立した意見があった。外国人であるコミュニティーリーダー間でも本人負担を支持する声すらあったぐらいだ。どちらももっともな意見ではあるが、無料ではなく低額にかつ予算的に余裕がもてる範囲ということで、1人2500円のうち1500円を119側が負担することにした。 また、あらかじめアンドレ代表が加わる修道会「カリタス浦和」と、休日のお祭りに各国料理や民族物産の屋台を出す活動をし、浦和市内の接骨医が代表者となっていた「アラスネットワーク」に寄付の提供をお願いした。 ●コミュニティベース 公的な機関である保健所を会場にすることは検査の面では好都合だが、外国籍市民の参加を募るという点で不安があった。教会やお祭りのように日頃から参加者が通い慣れた場所でないうえに、「政府機関」に出かけて大丈夫だろうかと心配をするのも無理のないことである。そこで、参加者の募集にあたり「コミュニティーベース」という考え方が重視されることになった。というと大げさだが、同じ国の出身者のグループで、世話役的な人に健康診断を説明し、この「コミュニティーリーダー」にさらに参加者を集めて集約してもらおうというものである。 さいわい、119ネットワークや春日部のロプノールなどNGO側は日頃の活動を通して、数グループと信頼関係を培ってきている。勉強会には彼らを招き、健康診断について意見を聞いたことは、立案段階で大いに役立つことになった。どんな病気が心配されているのか、自己負担金はどう設定すべきか、来場時間は早い方が好都合か遅い方が好都合か、リーダー同士で意見が対立することもあったが、単に自己のグループの利益にとらわれずお互いを調整するシーンもあった。 いよいよ募集という時期になると、各リーダーの見込む参加者数が予想以上に多かった。このため、当日の医師や検査スタッフのキャパシティーを最大限に利用するため、コミュニティーごとの来場時間をずらして定め、空いている時間帯と混んでいる時間帯の差を最小限に減らすことにした。また、それぞれのリーダーには最大参加者の人数が割り当てられた。 リーダーの役割は、それぞれの状況が許す限り大きくする方針であった。というと聞こえはいいが、とにかく日本人スタッフにはできないことすべてを、彼らが積極的に引き受けていったというのが現実だったかもしれない。立案段階への参加だけでなく、彼らの役割は他に以下の役割があった。 1、書類の翻訳作業 当日に必要な案内や、アンケート用紙、通知の翻訳。とくにタガロ グ語やペルシャ語については、リーダーの協力を得て作ることになった。 2、参加者の募集と集約 内のメンバーに呼びかけ、参加者を絞ったうえで、予約リストを作成 した。集まりやすいところにいったん集合してから、予定された時間に合わ せて会場に案内するという案配だ。昼食会を開いて、その終了後にすし詰め のワゴン車を仕立てたフィリピンのリーダー。さばよんで、1時間も早い時 間を申し渡したペルーのリーダー。お国柄であろう時間感覚を調整する工夫 は見事だった。 また参加者の絞り込み方については、「具合の悪い人は優先させる」 という申し合わせの他は、リーダーに一任した。負担金の集め方について も、とにかく当日に人数×1000円のお金をリーダーが会計係に渡してくれ れば良いことにした。 3、結果通知とフォローのパイプ役 個別の住所への郵送と、リーダーを通じた手渡しルートと複線の通知 方法を利用して、本人に結果が通知された。これは、手書きの住所の解読が 難しいうえに不完全なものも多く威力を発揮した。また、通院治療が必要な ケースでは、通院を勧めたり病院に付き添いといったフォローが、完全とは いえないまでもできた。通院のフォローについては、しっかりと組織だった コミュニティとそうでないコミュニティの実力差がそのまま出てしまった感 がある。 ●様々なスタッフが集まる。 5/31の健康相談会と6/14日の結果報告会を支えたスタッフは、医師10人、通訳14人を含め、総勢70人を超えた。主に医療に関連するスタッフは、シェアのスタッフと、保健所関連のスタッフ。通訳やその他のスタッフはロプノールと精神衛生保健センターの通訳講習会の卒業生、そして119というルートから集まった。 (2)反省点 当日にやや滞りを見せたのは、受付と医師への相談だった。受付の滞りは半分は予想されたことでもあった。ただし、予想外に予約リストと当日の来場者が入れ替わったり、予約リストにあるのが、たいてい不完全な氏名であるか通称名だったりして、予約との照合にてまどった。通称や略称でやるのか、バッチリ本名でやるのか、今後の記録の照合にも影響を与えることもあり、ギクシャクすることになった。氏名以外にも、住所と郵送先/連絡先の用途を、急造スタッフ編成であることもあり、十分理解が行き渡らなかったことも反省点として、挙げられよう。 医師への相談の前に長い行列ができたのはもっとも印象的な風景であった。会場の廊下の長椅子に皆が座っている姿は、たとえが悪いが、入管の帰国手続きのセクションの前の廊下にも似ていた。原因は、長年の不安をすべて一度に相談しようとするため、1人の相談に10〜20分かかってしまうことだ。ここまで頼りにされる医師をうらやましいと思ったのは僕だけだろうか。医師達は昼食を取る間もない事態となってしまい、申し訳ない思いで一杯になった。 また、反省すべきこととして、通訳のニーズが事前の読みと違っていたことが挙げられるだろう。単純に人数比で考えていたのだが、多くの医師は英語のやりとりが可能なこと、日本人に混じって働いていることが多い、イランの人たちはかなり日本語会話が上手いことなどでかなり実際のニーズに差があった。またコミュニティーごとに時間を指定してあったこともあり、一時的に極端に忙しくなってしまった通訳と、朝からお呼びしているのにほとんど活躍の機会のなかったスタッフに2分され、結果としてどちらにも不快な思いをさせてしまうことになった。 これらの反省点は、経験を積む中で解消していきたい。 (3)第2回健康相談会での変化 第1回の後のミーティングで話題に上ったのは、コミュニティベースという方法に対する修正であった。というのは、コミュニティという形で把握できない外国籍市民こそ、医療が必要なのに医療へのアクセスをたたれているのではないかという疑問である。 前回は、リーダーによる口コミ以外、ほとんど広報らしい広報をしていないうえに、原則的にはリーダー経由でない一般の申込に対する用意はなかった。一方で、いったいどうやって広報するのか、あるいは、「最も医療を必要とする」人々に届く広報なるものが実際に可能なのかという疑問もある。 そこで、前回のやり方を踏襲しながらも、一般枠を用意してとりあえず保健所からという形で周辺自治体に協力を要請することにした。今回は難しくとも将来的な「芽」として一般枠を準備しようということだ。結果的にこのルートはほとんど機能しなかった。 コミュニティーリーダーの顔ぶれは、ほぼ前回と同じだが、ここ1〜2年蕨周辺で増加しているクルド系トルコ人と前回は定員オーバーで断ったバングラディッシュの人たちが加わった。通訳の当てが全くなく、リーダー自らが通訳にあったった。プライバシーの観点からは問題があるものの、当面他に方法がない。コミュニティーを活用することは、いわば町内会との連携と同じことで、個人のプライバシーという点ではマイナスの効果がある。そこで通訳スタッフはコミュニティー外の人が望ましいのではあるが…。 もうひとつの変化は、僕の関心からするときわめて重大な変化であるが、1回目よりもリーダーの参加度が薄まってしまったことである。1回目よりも2回目にさらにという期待は、現実的には逆になった。もっとも慎重だった1回目に比べて2回目の準備は極めてシンプルに行われたこともある。事前のミーティングの回数も少なかった。さらに、リーダーのモチベーションの維持の難しさもあろう。「最初のイベント」から「継続的な活動」への移行にあたって、初回に得た協力関係も変化が予想される。 以上、思いつくままに振り返って見たが、けっきょくのところ僕も外国人119ネットワークも医療や予防に特段のノウハウを持っているわけではない。それでも、多くの方に協力をお願いして回り、相互をつなぐまさに「ネットワーク」を担うことができたのではないだろうか。といえば自画自賛に過ぎるかな。 |