疾走するラーガ、夢幻のグルーヴ

 8月のマドラスは、すでにジャヤラリター(注1)巨大肖像も片づけられたあとだった。その代わりに目立ったのが『INDIAN』(注2)100日間ロングランを知らせるポスター。製作者、監督、主演俳優、そして音楽監督A.R.ラフマーン(注3)4人が並んで立っている。『GENTLEMAN』『KAADHALAN』(注4)をヒットさせたシャンカル監督の第3作である。

 映画の物語は、かつてインド独立のために戦ったフリーダム・ファイターのお爺さんが、現代インドにはびこる腐敗した官僚制に怒り、インディアンを名乗ってカラリパヤットゥを武器に悪い奴らを成敗するというもの。見どころはウルミラー・マトーンドカル、マニーシャ・コイララの2人を迎えてのダンス・シーン。それに正義のお爺さんとその息子の悪徳公務員を演じる主演カマラハーサンの一人二役だろう。お爺さんの特殊メイクはハリウッドから招かれたスタッフが担当。他にもチャンドラ・ボースの記録フィルムにカマラハーサンが現れたり、特撮の出来は見事という他ない。全体としては反権力風味の筋立て、スタントマンが死んでてもおかしくない激烈なアクション、空を飛び交う自動車と大爆発、そして後味の悪い結末にいたるまで、前二作のあらゆる要素を増幅した内容といえる。  夕方6時からの上映。Ultra Stereo DTS Digital 6 Channel Soundなる奇怪な6チャンネル・ステレオから流れる大音量に包まれながら、僕はニタニタ笑っていた。もちろん『INDIAN』という映画が面白くて仕方なかったからだが、昼間の幸福な出来事のせいでもあった。映画が始まる2時間ほど前、僕はその耳をつんざく大音量の作者、A.R.ラフマーンに会っていたのだ。

 自宅の一部にある事務所。目の前では、ジーンズ姿の若い女性プレイバック・シンガーが、今日歌った分の給料を支払われている。パーカッショニストのシヴァマニ氏が話し相手になってくれた。インド・ジャズ・ソサエティ推薦のフュージョン・バンドSILKのメンバー。尺八のCDが欲しいと頼まれる。そういえば『KAADHALAN』でも能囃子が使われていた。ラフマーンの音楽は彼のような意欲ある若手ミュージシャンが支えているのだろう(写真左からラフマーン、シヴァマニ)。

 ようやくラフマーンが現れる。ついさっきまでレコーディングに没頭しており相当疲れた様子。しかし日本から来た珍奇な客を笑顔で迎えようとも努力していた。新作はマニ・ラトナム監督の『BOMBAY』(注5)続く『IRUVAR』。元ミス・ワールド、アイシュワリヤ・ライを迎えた話題作だ。実はラフマーンはその作品の件で、この後すぐ監督とボンベイに行く予定になっている。

 ラフマーンの案内で自宅に併設されたスタジオを見学させてもらう。置いてある機材はヤマハのもの。ふと思い出した。「あなたのお父さんは、シンセサイザーを買いに日本にいらっしゃったそうですね?」
「そう。父はインド初のシンセサイザー奏者なんだ。でもどうしてそれを知ってるの?」
 フィルムフェア誌のインタビューに載っていたからだが、その話をするラフマーンはとても誇らしげだった。ちなみにその時二人の日本人が話題になった。黒澤明と坂本龍一である。聞きたいことは山ほどあったが、あとは写真撮影の時間しかない。しかし彼の甲高い声を聞く、たったそれだけのことが僕には音楽的高揚に似た体験だった。何しろ『KAADHALAN』の「Urvasi urvasi」を歌った声そのものなのだ!

 A.R.ラフマーンは1967年1月生まれ。父親のR.K.シェーカルはマラヤーラム映画の音楽監督だった。しかしラフマーン9歳の時、癌とも黒魔術とも言われる死因で、大変苦しんで亡くなったという(そのことがラフマーンが後にイスラームに改宗する遠因となったようだ)。11歳でギターとキーボードを学びはじめ、やがてイライヤラージャーなど有名な音楽監督の演奏を務めるまでになる。ところがスタジオ・ミュージシャンがつまらなくなり、広告のジングル作曲家に転身。マニ・ラトナムと出会うのは、広告業界で3年が過ぎ自らのスタジオを作った頃だった。ラフマーンの音楽を聞いたマニは一緒に仕事をすることを約束。それが後に全インドで大ヒットする『ROJA』である。その処女作でナショナル・アワードを獲得したラフマーンは、その後も次々と話題作の音楽を担当、ヒンディー映画界にも進出して圧倒的な支持を集めることになる。

 ラフマーンの音楽はとにかく新鮮だった。まず歌が違う。もちろん歌手の情感で聞かせる曲もあるが、音としての声が全体の中に構成されるような曲が存在する。訓練されてない子供や老人の声を好んで使うのも、声の音色を追求するゆえだろう。また最近の彼のミュージック・テープには「ハーモニー」担当として多数の歌手名がメインの歌手と別に列挙されている。インド音楽世界での「ハーモニー」という語の選択には決定的な意思表明がある。もちろん今までも映画ソングは西洋音楽を借用してきたが、ラフマーンの音楽は本質的な変化を感じさせる。

 その一方で彼の音楽への態度は極めてインド的でもある。あらゆる要素を混ぜるのだ。あるインタビューではバッハ、モーツァルト、ベートーベンとカルナータカ音楽が好きで、それらとロックやフュージョンを融合させたいと答えている。イスラームに改宗した彼は存在そのものがクロスオーヴァーだが、考えてみれば『BOMBAY』のサウンドトラックが極めつきの出来だったのは理由のあることだった。なぜならその映画自体、イスラームとヒンドゥーの、農村と都会の、タミルとヒンディーの、男と女の、対立あるいは対比を描きながら、最後にそれを止揚して見せようとした試みだったからである。

 自ら歌う疾走感溢れるロック、安っぽいほどキャッチーなダンス・ナンバー、従来のフィルム・ソングに比べ格段にスローなバラード、想像力をかき立てるアイデアに満ちたBGM。どれもが魅力的だが、重要なのは単に彼の音楽が面白いだけではなく、それに刺激を受けながら新しい映像表現を目指すシャンカル、マニ・ラトナム、ラーム・ゴーパル・ヴァルマーなどの監督たちが存在していること。そしてそれらの監督の意欲作は、ラフマーンにとっても新しい音楽の実験の場となっていることだ。どんな音楽×映像が飛び出してくるか、ラフマーンを中心とするインド映画音楽の新しい潮流は、いま文字通り目が離せない。マドラスの映画館でニタニタ笑い続けながら、改めてそのことを確信していた。

(注1)映画スターにして州首相だったM.G.ラーマチャンドラン(MGR)は88年に亡くなる。その跡目を未亡人ジャーナキと争い、91年州首相になるのがジャヤラリター。MGRのヒロイン女優であり実生活でも愛人だったという。ところが今年の選挙で大敗、今や在職中の不正支出で逮捕も近いとの噂で、雑誌の表紙ではワニに食べられつつあった(その後逮捕された)。
 それでもMGRの人気は衰えない。マドラス市内のMGR記念館には、一日6000人の入館者があるという。夥しい数のトロフィー、ペットだったライオンの剥製や再現された書斎、往年の映画のスチルや、隣のアーンドラ・プラデーシュで昨年、マハーバーラタよろしく骨肉の政変を演じたあげくドラマのように亡くなった元首相N.T.ラーマ=ラーオ(NTR)との比較対照表など、人々は熱心に眺めていた。
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(注2)ヒンディー版は『HINDUSTANI』。サニー・デーオルが『INDIAN』という映画を別に用意しているためだろう。混乱を招く例は他にもあり、マニ・ラトナムの奥さんスハーシニの監督デビュー『INDIRA』は北では『PRIYANKA』だが、レーヴァティ主演の『PRIYANKA』という作品がタミルにもあり、こちらはヒンディー『DAMINI』のリメイクということだ。戻る

(注3)ラフマーン(Rahman)はレヘマーン(Rehman)とも。周囲のスタッフはレヘマーンと呼んでいたが恐らくどちらでもよい。以下はフィルモグラフィーの一部。大ざっぱな公開順。他にテルグ語作品がある。(H)ヒンディー(M)マラヤーラムで、未記入はタミルだが、吹き替え・リメイクなどでマルチ・リンガル公開された作品も多い。

Roja
Pudhiya mugam
Uzhavan
Kizhakku seemayilae
Gentleman
Karuthamma
Vandicholai chinraasu
Thiruda Thiruda/(H)Chor Chor
May madham
Pavithra
Duet
Kaadhalan/(H)Humse Hai Muqabla
(M)Yodha
Bombay
(H)Rangeela
Indira/(H)Priyanka
Muthu
Love Birds
Indian/(H)Hindustani
Kadhal Desam
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(注4)この2作を製作したK.T.クンジュモンは、自らの会社をGentleman Film Internationalと改称。トレード・マークにも『GENTLEMAN』(タミル版)のラストに現れた生々しい心臓を採用している。その最新作は、カティール監督『KADHAL DESAM』。タブーをヒロインに迎え、カレッジを舞台にシャンカル的大アクションとラフマーンの傑作音楽で三角関係を描く。戻る

(注5)『ボンベイ&インディラ』の2本の傑作サントラをいっぺんに聞けるCDが日本で入手できる。オルター・ポップ(INPCD-612)。訳詞がとんでもなく素晴らしい。また『インディラ』は97年、一般に公開予定。必見!戻る


(『インド通信』連載の「印度活動写真館(8)」より転載)



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