日本の漢方薬の不幸(続)(虚証、実証の定義の問題)

 別項には日本の漢方薬の歴史的問題点と、あやふやな適応症の問題を取り上げましたが、今回は本来の漢方理論が、湾曲されて伝えられている問題点を取り上げて見たいと思います。

 漢方理論の基本に八綱というものがあります。漢方薬を処方する者は、患者の病気の成り立ちを、最初にこの八綱に照らして考えます。(八綱弁証という。)すなわち表裏、陰陽、虚実、寒熱です。(いずれも現代医学的に解説することは困難であるし、理論体系が異なるので、解説すること自体が無意味でもありますが・・・・。)

 今回は無意味を承知で、この中の「虚実」を敢えて問題とします。一般向けの漢方の本には、よく「虚証」とか「実証」とかいう言葉が出てきます。この漢方用語が、本来の漢方理論とはかけ離れて曲解されて流布されているのです。別項に書いた「理論体系が異なる医学を同じ尺度で規定しようとした時の矛盾」が、尾を引いているようです。

 別項に書いた医療用漢方薬、小柴胡湯の「効能または効果」にある、「体力中程度で・・・」と記された部分が典型例ですが、「虚証」をあたかも「体力がない」と規定し、逆に「実証」をあたかも「体力があり」と規定しているようなのです。そして 「体力が中程度」の場合は、「虚証でもなく実証でもない」という意味なのか 「虚実中間証」という、とんでもない「造語」を使っています。(あとで書きますが「虚実」の「中間」はあり得ないのです。)

 八綱の中でも特に大切な「虚実」を、このように「誤解」して、漢方薬を処方したならば、大変な「誤診」をしてしまうことになりかねません。

 本来の漢方理論では、「虚是指正気虚、実是指邪気実」と定義しています。
すなわち、「虚」とは「正気虚」のことを言い、本来体に備わっていなければならない、「陰、陽、気、血」が「不足している」状態を定義し、一方「実」とは「邪気実」のことを言い、体の中に「あってはならない」何らかの「邪」(風、寒、暑、湿、燥、火の六つの邪、六淫と言う)が「存在している」状態を定義します。

 したがって「虚証」と言う場合には、体の中のどの部分、どこの内臓に本来あるべき「陰、陽、気、血」の中の、何が、どの程度「不足している」のか、一方「実証」と言う場合には、体の中のどの部分、どこの内臓に、どんな「邪」が、どの程度「存在する」のかを弁証しなければならないのです。

 ひとつ例を示しましょう。よく皮膚病などに使われる「温清飲」という処方があります。これは「血」(「けつ」と読む)の「虚」を補う(補と言う)「四物湯」という処方と、「熱」の「邪」を除く(瀉と言う)「黄連解毒湯」という処方が組み合わされた処方です。患者の体に、どの程度の「血虚」があり、その程度の「熱邪」が存在するかを弁証して、二つの処方の比率を考えて合せ(合方と言う)ます。(普通の製品は等量合方されています。)

 このように一般に病気と言うものは「虚」だけで生まれるものでもなく、「邪」だけで生まれるものでもなく、たいていの病気には「虚実」が混ざって存在するものです。(虚実挟雑と言う。)したがって多くの漢方処方は「補の生薬」と 「瀉の生薬」が組み合わされて作られています。

 以上で日本の「漢方薬の適応証」や「漢方の本」の中の「虚証」、「実証」の意味と、本来の「虚実」の意味との大きな違いがおわかり戴けたと思いますし、まして「虚実中間証」などというものがあり得ないことも理解いただけたと思います。

 ただ「陰、陽、気、血」や「風、寒、暑、湿、燥、火」についても解説しなければならないのですが、正直言って大変なので今回は書きません。すみません。

「病気を治す」という「本当の」意味を理解出来れば「治った」も同然です。

 アトピーを始めとするアレルギー疾患、糖尿病を始めとする成人病、若い方にも増えてきている自律神経失調症等の相談を受けていると、非常に「うまく行く」方と、「なかなか快方に向かわない」方の「はっきりした区分」があるようです。

 特に「良くなった」方のご紹介で相談に見えた方(ある程度「自然治癒力」のことを教えてもらってから相談に見える)、病気の初期に相談に見えた方には、前者の例が多いようです。逆に「効いてこない」からと、「短期間」にあちこちの病院を「はしご」してから相談に見え、「自然治癒力」の理解を「ないがしろ」にする方には、後者の例が多いようです。

 「うまく行く」前者の方は、「自然治癒力」を痛みつける、多種類の「効く薬」の洗礼を受けていないことも原因と思いますが、それ以上に「なかなか快方に向かわない」後者の方は、「治すという本当の意味」を知らされていないことが、もっともっと大きな原因ではないかと考えています。

 それは「治すという本当の意味」を知っている医者が少ないか、善意に解釈して「知っていても患者に知らせる時間的余裕がない」医者が多すぎるのが原因ではないでしょうか。逆に医者側を擁護すれば、「もっと早く効く薬を」と要求する患者側の責任かもしれませんし、つきつめれば医療行政の問題になってくるのですが・・。

 では「治すという本当の意味」とは何でしょうか。それは非常に単純な事実です。すなわち

1:病気を治すのは医者でもなく薬でもない。治す力はただ一つ「自然治癒力」だけである。

2:それを支えるのは免疫トライアングルといわれる、免疫システム、自律神経システム、内分泌システムと、さらにこれらを支える治癒システムである。

3:したがってこれらシステムの低下と乱れを修復することが、自然治癒力そのものを高め、「本当に病気を治す」唯一の手段である。

4:現代社会は、これらシステムの低下と乱れを引き起こすものに、満ち満ちている。

 言われてみれば、「なーんだそんなことか」と言われるかもしれませんが、これを「本当に」理解出来ている方は意外と少ないのです。

 病気を治すには「本当の」理解力(そんな「大げさ」なことではなく発想の転換が出来る「頭の柔軟さ」と言っても良いでしょうか)が必要なのです。

熱が出たら「熱さまし」を飲んだ方が良いという誤解

 おおよそ40才以上の日本人の場合、熱が出た時には「熱さまし」(解熱剤)を飲んだし、子供にも飲ませることが「常識」でありました。現在でも薬局の店頭には、乳幼児から大人用まで解熱剤や、解熱剤を含んだ「かぜ薬」が、たくさん並べられています。

 数年前外国で解熱剤、アスピリンによる「ライ症候群」(脳症の一種)が報告され、(インフルエンザにかかった子供に起こる脳症の原因が、解熱剤にあるという説が有力になってきています。)以来安易な解熱剤の使用を控える動きが、小児科医の間で広まってきました。ただ一部の小児科医は「親の強い要求」からか、まだ日常的に使っているし、薬局にも「子供が熱を出したから熱さましを下さい」と言ってくる親が絶えません。たしかに子供が高熱を出して苦しんでいるのを見れば、誰でも「熱を下げたく」なるのは人情でしょう。

 ヒトを含め免疫システムを獲得した「温血動物」にとって、発熱という現象が生体にとって「不利」なものなのでしょうか。進化というものは普通、その生体にとって「有利」な方向に進むものです。そう考えると細菌やウイルスに感染した場合の発熱とは、その生体にとって「有利」なものの筈です。

 このような生物進化学上の「定理」が人間の場合、感情(人情)によって「ねじ曲げられて」しまったのが、「発熱には熱さまし」という、間違った治療手段だったのです。(漢方医学には「直接熱を下げる薬物や概念」がないので、西洋医学が導入された明治時代から最近まで、これが続いたことになります。)

 1970年代から急速に発展を遂げた免疫学、特に免疫システムに働く多くの生理活性物質(サイトカインと総称される)の研究から、発熱現象が重要な「生体防御反応」であることがわかってきました。一つの例を示すと「かぜ」が流行すると、多くの老人施設で肺炎による死亡者が出るのは、老化により免疫システムが低下し「熱が出にくくなり」肺炎菌を殺せなくなるためなのです。

 発熱による生体防御反応の一つは、「熱による殺菌」という直接作用です。多くの細菌、ウイルスは体温が39度になると増殖が抑制されます。また発熱により、T細胞が活性化し、B細胞からの抗体産生が高まる等、免疫システムがより強く働き(免疫応答が高まると言う。)細菌、ウイルスの排除力がより強力になります。

 では乳幼児が高熱を出した時はどうしたら良いのか、小児科に連れて行くのが先決であることは、言うまでもありませんが、どうしても連れて行けない事情がある場合には、安易に「熱さまし」を与えずに「様子を見る」というのも、選択肢に入れても良いのではないでしょうか。41度以上が長時間続かなければ、発熱そのものが脳に障害を与えることはないと言われています。安静、睡眠(特に大切)、水分摂取、放熱の促進(薄着、頭を冷やす)等の看護が大切であることも言うまでもありません。

 ただし先天的に心臓が弱い子供など、熱による負担が大きくなると危険な場合など例外もありますから、事情が許すようになり次第、小児科に連れてゆくべきです。

 よく「自分は熱を出さないから丈夫だ」と自慢している方がいらっしゃいますが、こういう方は逆に「要注意」なのです。こういう方でも、免疫システム、治癒システムを修復していると、熱が出るようになり、今まで「かぜが長引く」体質だったのが、「すぐ治る」体質に変わることを度々経験します。

 熱が出ることが「良いことである」という常識が定着し、「熱さまし」という言葉が辞書から消えることを念願します。 

欝(うつ)は糖尿病の原因にもなるのか

 糖尿病には先天的で若い頃からインシュリンの注射が必要なT型と、成人になってから発病する(免疫システム異常が主な原因とされている)U型の2種類があります。U型にはさらに、インシュリンが出にくいタイプと、インシュリンが出ていても、うまく利用出来ないタイプ(インシュリン抵抗性と言う)があります。
 最近、このU型糖尿病と、今まではまったく関係がないと思われていた、精神疾患である欝(うつ)の間に、奇妙な関係があることが報告され注目されてきました。糖尿病患者が欝症状を示しやすいことは、糖尿病専門医の間では良く知られていましたし、米国などでは既に報告されていました。

 岡山大学の川上教授は3000人を対象に8年にわたる追跡調査から、欝のレベルが中程度ないし重度の人は、正常者に較べU型糖尿病の発症率が2.3倍も高い事を報告しました。これは米国のデーターとほぼ同じレベルでした。

 さらに東北大学本郷教授は、欝の患者では空腹時血糖が正常でも、糖負荷試験では糖尿病型が24%、境界型が14%と高頻度に出現すること、また耐糖能異常の程度にかかわらず、血中インシュリン濃度も高かったこと、そしてこのようなインシュリン抵抗性が認められる中程度の患者に、欝の治療を実施したところ、インシュリン抵抗性が改善されたことを報告しています。そして欝がインシュリン抵抗性を引き起こしている可能性が高いと結論づけています。

 共同研究者である同大学鈴木講師は、何と欝とインシュリン抵抗性の両方に関与する遺伝子座を特定しました。

 これからこのような研究が進むと、今まで全く関係がないとされていた複数の病気が、共通の遺伝子のスイッチオン(それら複数の病気共通の蛋白質の生成)から始まるということは、次々と発見されてくるものと思われます。

 このスイッチオンは家系、年齢、生活環境などさまざまな要因で起こるわけですが、これを起こさせないためにも、特に糖尿病の家系がある方の場合には、若い頃から、遅くも30代になったら、治癒システム、免疫システムを常日頃から正常に維持する努力は絶対に必要でしょう。