「脳を取り出し、脳みそを水で洗いたい」という症状

 40年近く自律神経失調症の相談を受けていると、色々な「訴え」に遭遇します。最近表題のような症状を訴える方がいらっしゃいました。最初「めまいみたいな」と言っていたのですが、普通のめまいとは違うようでした。いろいろ問診をしていると、どうも「頭重」に相当するようなのです。ところが「頭が重い感じですか」とお聞きしても、「そうでもない」とおっしゃいます。なんとか私に説明したいと考えているうちに、表題の訴えが出てきたのでした。

 非常に「説得力のある表現」だと感心し、私にも感覚的に理解できました。今までもこの症状を多くの人に訴えていたのでしょうか。「めまい」だとか「頭重」では、表現できない「頭のもやもや」を、この表現に込めて訴えてくれたのです。

 このように自律神経失調症の方は、独特の工夫をして症状を訴えます。それだけ症状は複雑、微妙で多岐にわたり、健康な人には理解しにくいのです。

 もう一つ例を挙げてみましょう。娘さんが母親と一緒に相談に見えました。娘さんののどには「ひえぴた」と言うのでしょうか、冷却シップが貼られていました。訴える症状から、別項に書いた咽中炙臠だとわかりましたが、その訴えの表現が「異常」でした。普通この症状では「のどのいらいらとか異物感」程度の表現なのですが、彼女の場合は「のどをもぎ取りたい」というのです。

 つまり「のどのいらいらとか異物感」では到底表現しつくせない程度の、「極めて強い症状だ」というのを訴えたいのです。

 その他、胸部が「さわさわする」という表現、脇が「ぐしぐしする」という表現などは、なかなか理解することが難しい症状です。一般には「違和感」という言葉で表現され、我々はそのまま理解してしまうのですが、自律神経失調症の方には、「そんな単純な表現」ではなく、「この言葉以外には表現できない微妙な症状」なのです。

 これら以外にも、「足のすねの1点だけが冷える」、「車を運転している時以外、常にめまいがしている」、「半径1キロ以上遠くに、歩いては行けないが自転車なら行ける」、「鈍行電車は乗れるが、急行電車には乗れない」、「デパートなど奥行きのある建物に入れない」などなど、常識では考えられない訴えを経験します。

 これらは普通の人にとっては、単なる「変なこと」なのですが、本人にとっては日常生活にも支障をきたす「症状」なのです。単に「思い込みの強さ」が原因なのですが、これらも自律神経の乱れが引き起こす特異な症状のひとつです。

自律神経失調症と「スポーツ」、「旅行」

 自律神経失調症の相談を重ねてくると、症状だけではなく、日常生活にも他の方には見られない特徴を見出すことが出来ます。そのひとつに「戸外活動が嫌い」という特徴があります。その行き着くところが「引きこもり」です。

 人間も「動物(動く物)」ですから、動かない状態が続くと不調になります。漢方で言う「気血水」も動きが止まれば、「気滞」「血滞」「水滞」が生じ、「気滞」が自律神経失調症そのものであることは、書いてきた通りです。

 現代文明は、農耕という最大の戸外労働を消滅させ、日常生活でも交通機関、家庭電化製品、テレビ、パソコンの発達は、すべての年代の人間から「運動」を消滅させつつあります。その「代理」として生まれたのが「スポーツ」であり「旅行」なのでしょう。(ちなみにsportという単語は、disport(気晴らしをする)という単語から「頭音消失」したものです。)

 「運動の消滅(激減)」に加え、現代文明は「ストレス社会」という一撃を、「奇形なまでに肥大した大脳の持ち主」(別項参照)に加えたのです。

 私は自律神経失調症の方には、「気滞の発散」のために「非日常」、特に運動(スポーツ)と旅行をすすめています。これを日常生活の一部に取り入れることによって、回復が早まることをたくさん体験しています。

 ところが「スポーツ」と「旅行」の中で、自律神経失調症の方が「好むもの」と「好まないもの」があることに気付きました。散歩、ジョギングなど「一人で行うスポーツ」や「一人旅行」を好み、「団体で行うスポーツ」、「団体旅行」を好まないようなのです。ストレスの中でも、対人関係が一番大きなウエイトを占めている現代では、単にスポーツと旅行を推奨するだけではなく、スポーツと旅行の種類まで考えなくてはならないのです。

 そこで一人でジョギングするより、「走ろう会」などに入って仲間と走る、単独旅行より、「旅仲間」を募ったツアーに参加するなどの「工夫」も加えるようにお話ししています。

 スポーツや旅行ではないのですが、私が「発散方法」として最もおすすめしていることが、「ボランティア活動」です。その中でも市町村などが定期的に行っている「戸外ボランティア」です。自律神経失調症の方の「悪い面」のひとつに、「自分勝手」、「ひとりよがり」があります。自分のボランティア活動によって「喜んでくれる人々がいる」、「自分の行動が人の役に立っている」ということを体験することは、何物にも変えがたい「発散手段」だと確信します。

「○○病の専門医とは、○○病を治せる医者だ」という誤解

 一般の方が病院や医者を選ぶ時には、「専門病院」または「専門医」という看板とか評判とかを「優先的選択基準」にして選んでいるようです。「専門家なら自分の病気をより確実に治してくれるだろう」という期待があるのでしょう。しかしそれを期待するならば、この「選択基準」は、考え直す必要があるのではないでしょうか。

 2002年4月から、「専門分野の広告規制の緩和」により、公に「専門医」の広告ができるようになりました。これが「正式な専門医」なのですが、この認定をめぐる色々な経緯や問題点は次項に書く予定です。

 今回は「正式な専門医」ではなく、従来から「評判」として「地域に定着している」、いわば「評判としての専門医、専門病院」の話題だとお考え下さい。

 国家試験に合格して医師になると、従来は卒業した大学に残り、医局という象牙の塔の主人である教授の元に、「お礼奉公」としてタダ同然の手当てで勤務します。この時に「お前は何々を専門に勉強せよ」という指示で、希望する科とは関係ない「専門科目」が決定されます。そしてその科目のエキスパートになり、博士号を取るべく猛烈な勉強を強いられ、最終的には教授の息がかかった病院に就職させられます。(最近では、この過程に大きな変化があるのですが、これも「新しい研修医制度の問題点」として別項に書く予定です。)

 肝臓専門医なら肝臓、糖尿病専門医なら糖尿病のことを熟知していることは、専門医として当然ですが、「専門以外」の分野に関しては、「知らなくて当然」というのが許されるのです。色々な症状、病気を持つ患者が、「それは専門外だから」と「たらい回し」されるのが、その良い例です。

 これだけ細分化された医学の「全分野」を「熟知」することは、どんな優秀な医者といえども無理であることは理解できます。そこで「狭く深く」勉強することが、医者の卵たちに求められたのです。これが戦後の医師不足を、「質より量」で量産してきたドイツ流医学としての「講座制」や「医局」であったわけで、一定の成果を挙げてきたことも事実です。

 指導医のもとで専門知識を深めるために、膨大な文献を読み、数多くの患者の臨床を行い、外科医なら数多くの手術を重ね、数多くの論文を書く。目標は当然「博士号」です。(ただしこの目標にも最近大きな変化が始まりました。)そうして一人前の「専門医」が誕生するわけです。

 問題の一つは、「人体は部品の組み合わせではない」ということです。内臓ひとつひとつの働きを理解しても、それらの相互の「連携した働き」を理解しない限り、人体を理解することはできないのです。病気と言うのは、何も一つの独立した病気ではなく、いくつかの病気が関係しあって「病人」を作っているのです。ほとんどの専門医には、「病気を見るのではなく、病人を診る」という視点が欠けてしまっているのです。

 例えばある肥満傾向な方が、高血圧、肝臓病、糖尿病、高脂血症、心筋梗塞、脳梗塞を持ち、専門医に診てもらいたかったら、内科専門医、糖尿病専門医、肝臓専門医、循環器専門医、脳神経外科専門医など、多くの専門医を「たらいまわし」にされ、10種類もの薬を飲まされ、結局は「一生涯通院」のはめになります。幸運にも年季を積み、「病気ではなく病人を診れる医者」にめぐり合えたら、「肥満」そのものを解消する治療や指導で、全ての病気を一掃することが出来るはずです。

 さらに大きな問題は、モルモットにされる可能性があるということです。専門病院(専門医)には、新薬メーカー、健康食品メーカーから、たくさんの「治験依頼」が来ます。これを受ければ、病院にとっては「謝礼」が、専門医にとっては「謝礼と論文用データ作成」という「大きな利益」が舞い込んでくるのです。

 専門医にとって、認められる(すなわち出世)ためには、(特に大学病院では教授になるため)たくさんの論文が要求されます。よほど献身的な医者でないかぎり、「患者優先よりデータ集め優先」ということになりかねません。

 またメーカーにとっても「より少ない経費」で「治験」が取れるメリットがあります。といいますのも、最近はネット上でも「高報酬」をエサに「治験アルバイト募集」が行われています。(1日当たり2万円程度の報酬で、名前は何と「創薬ボランティア」というらしい)。外出禁止、泊り込みで、食事も管理され、「投薬」、「採血」、「採尿」が行われるのです。(恐ろしいことに「楽で高報酬のアルバイト」と若者には好評とのこと。一昔前の「売血アルバイト」を思い出します。)

 しかし大学病院の「治験データ」の方が、「自社データ」より「信用」がありますから、メーカーは専門病院(専門医)に「お百度参り」をするのです。

 少し脱線しますが、新薬が生まれるまでの臨床試験を簡単に書いてみます。動物試験で「安全性」が確認された、「新薬の卵」は、次の4つの(発売までは3つの)ステージで臨床試験が行われ、そのデータを厚生労働省に提出し、審査され合格してはじめて薬になります(最低数年かかる)。

 第一相試験(フェーズ1):
   安全性の確認のための試験。主に健康な成人男性が試験台となる。
 第二相試験(フェーズ2):
   患者を対象に「用法・用量」を決める目的。
 第三相試験(フェーズ3):
   多数の患者、多数の施設を使い、規模の大きな試験。
 第四試験(フェーズ4):
   発売後に発見される副作用などをチェックする目的。

 もうひとつ気になることは、専門医といえども薬のことをあまり知っていないということです。これは薬剤師だから気付くことでもあるのですが、医師は「薬理学」等の薬の勉強を、あまりしていないという事実です(3年生の時に2-3単位程度)。現代医学は「治療」の最大部分を「薬」に頼っています。それなのに薬の勉強は「添え物といった程度」しか学んでいません。時々薬剤師なら当然知っていることを、知らない医者がいることに驚きます。

 それならどこから薬の知識を得るかというと、製薬メーカーの医薬情報担当者(MR:MedicalRepresentativeと呼ばれるています。約20%が薬剤師)から得るのです。その他所属学会の研究会で得たり(ほとんどの講師には、製薬メーカーの息がかかっている)、内外の学術書や文献から得たりすることもありますが、基本的にはメーカーからの情報が頼りなのです。

 MRの宣伝文句を鵜呑みにして、メーカーのため、医者本人の論文作りのための治験が、患者を使って堂々と行われているのです。(良い薬を作るための必要悪とも言えますが、治ると思って服用する患者は気の毒です。)

 色々書いてきましたが、現在の専門医、専門病院の現状は、この程度なのです。こんなことを考えると、大学病院を含め、専門病院、専門医ではなく、年季を積んだ「町の家庭医」に診てもらうのも「賢い選択肢」なのです。

 検査データだけを見て、患者の顔も見ない医者ばかりになり、聴診器を使い、触診するといった「昔ながらの医者」が少なくなったのは寂しいかぎりですね。

公認された「専門医資格」と「専門医資格の広告規制緩和」のあやしさ

 2002年から2004年にかけて、医療の分野で大きな変化が始まりました。まだまだ報道でもあまり取り上げられていないので、知らない方も多いと思いますが、医療改革の最初の1歩なので、2回に分けて書いてみたいと思います。今回は「専門医資格」です。次回には「新しい研修医制度の問題点」を予定しています。

 2002年4月から、そろりそろりと始まった「専門分野の広告規制の緩和」で、少しづつ○○専門医の広告を見るようになりました。

 欧米の専門医制度は、学会、医師会、有識者で構成する第三者機関がチェックを行い、法律のもとできちんと制度化されており、医師の研修や卒後教育の一環として,社会的に責任を担っています。

 ところが日本では、「医師ならば何科を標榜してもかまわない(麻酔科を除く)」とか、「免許取りたての医者の卵でも、ベテラン医師でも治療代は同じ」という前時代的医療制度や、「医師の間に格差は作らない」という医師会の大方針があって、「医者選びの基準が欲しい」という国民の声は、無視され続けてきました。

 1997年、やっと旧厚生省が重い腰をあげ、「専門医広告の許可」をインセンティブとして学会、医師会を後押して、制度化の機運がやっと出てきたのです。簡単に経緯を書いてみます。

 まず1962年,日本で最初の専門医制度と言える麻酔科の「指導医制度」が,国の後押しを受けて誕生しました。その後,いくつかの学会が専門医制度を立ち上げました。これらが「学会認定医制協議会」で、各学会が独自の制度をつくりましたが、独自性が強くてバラバラでした。その調整機関として1986年に日本医学会,日本医師会と協議会で「三者懇談会」が発足しました。

 さらに1997年、医師の専門分野を明示できるように広告規制を緩和する方向が示唆され,同時に専門医の認定基準の統一化と明確化を図ることが求められました。そして2001年に,協議会の名称を「専門医認定制協議会」に変更,さらに法人格の取得に伴い,2003年からは名称が「有限責任中間法人日本専門医認定制機構」となり現在にいたっています。

 そして2002年4月からは、医業および歯科医業または病院に関して広告できる事項は緩和され,これまで認められなかった専門医資格の広告が可能となりました。
(なお「1医師・1診療科・1専門医」ということで、一人で2つ以上の専門医資格をとることはできません。)

 ところが医療機関が「専門医資格」を広告できるのは,その専門医資格を認定している学会等の団体が,(1)一定の基準を満たしており,かつ(2)厚生労働大臣に専門医資格認定団体としての届出を行ない,(3)その届出が厚生労働省の審査を経て受理された場合に限られます。

 一定の基準とは次の通りです。

専門医資格を認定する団体の基準
(厚生労働省告示第159号より)
・ 学術団体として法人格を有していること
・ 会員数が1000人以上で,かつ,その8割が医師または歯科医師であること
・ 最近5年間相当の活動実績を有し,かつその内容を公表していること
・ 外部からの問合せに対応できる体制が整備されていること
・ 専門性に関する資格の取得条件を公表していること
・ 資格の認定に際して5年以上の研修の受講を条件としていること
・ 資格の認定に際して適正な試験を実施していること
・ 資格を定期的に更新する制度を設けていること
・ 会員および資格を認定した医師または歯科医師の名簿が公表されていること

 ところが大きな問題点も指摘されています。すなわち,上記の「外形基準」は満たしていても内容に問題がある専門医制度を持つ学会が、見受けられるということです。例えば,専門医の試験はあっても合格率が100%に近い学会もあります。また,「高い受験料が学会の財源になっている」という批判を受けている団体もあるようです。

 2005年8月9日現在以下の42の「専門医資格」の広告が許されています。

整形外科専門医
皮膚科専門医
麻酔科専門医
放射線科専門医
眼科専門医
産婦人科専門医
耳鼻咽喉科専門医
泌尿器科専門医
形成外科専門医
病理専門医
内科専門医
外科専門医
糖尿病専門医
肝臓専門医
感染症専門医
救急科専門医
血液専門医
循環器専門医
呼吸器専門医
消化器病専門医
腎臓専門医
小児科専門医
口腔外科専門医
内分泌代謝科専門医
消化器外科専門医
超音波専門医
細胞診専門医
透析専門医
脳神経外科専門医
リハビリテーション科専門医
老年病専門医
心臓血管外科専門医
呼吸器外科専門医
消化器内視鏡専門医
小児外科専門医
神経内科専門医
リウマチ専門医
歯周病専門医
乳腺専門医
臨床遺伝専門医
漢方専門医
レーザー専門医

 従来から各学会は「認定医」などという名称で一般の会員と区分していましたが、今回からは「法律に基づく名称」のため、ホームページ上等で公表することが義務付けられました。

 「専門医」の合計数が出ている学会のいくつかを書きますが、各学会のホームページを見れば、都道府県別の医師名を見ることができます。(複数の学会に加盟している医師が多く、「1医師・1診療科・1専門医」という制限から、現在は「何の専門医資格を取れば良いのかを考慮中」という段階だと思います。)

 内科学会:8138名(2005.8現在)
 皮膚科学会:4867名(2005.6現在)
 整形外科学会:15350名(2005.8現在)
 眼科学会:9050名(2005.6現在)

 従来の「認定医」の場合(合格率は、ほとんど100%に近い)と同じで、申請すればよほど「学会の成績基準」より低くない限り、「合格」させるのが通例だと思います。「有限責任中間法人日本専門医認定制機構」のホームぺージを見ると、各学会の「専門医合格率」を見ることができます。参考までに2003年度の合格率は、内科:74.1%、整形外科:90.1%、産婦人科:91.9%、眼科:78.6%等です。(学会とは「会費を払っている仲良しクラブ」でもあるわけですから。)

  まだ具体化はされていないようですが、将来は「専門医であるか否か」で保険点数でも「差」がつけられるようですし、前項に書いたような「患者の専門医への思いこみ」もあり、臨床を行っている医師なら、ほとんどが何らかの「専門医資格」を取得すると思います。

 ようするに患者から見れば、従来の「評判としての専門医」と「法律で決められた専門医」の区別は、「あまり意味がない」と思われます。ただ欧米のように、第三者のチェックが入り、各学会の「仲良しクラブ」的基準ではなく、国民が納得のゆく「専門医制度」になれば、評価も変わってくると思います。しかし本当に国民の欲する「医者選びの基準」は、「専門医」などという「形式的基準」ではなく、医師としての正確な知識・技量(試験が必須)、臨床経験(年齢)などを総合した基準(更新制であるべき)なのです。(ネットで見られる「良い病院ランク表」などは問題外。)

 そのためには「学会まかせ」ではない、第三者機関などの「社会的に責任を担うことが出来る機構」を作ることが求められます。

新しい研修医制度の問題点

 まず始めに2004年4月からスタートしたこの制度がどんなものであるか、概略をつかむために、2005.8.15付けの毎日新聞の記事を引用します。

<臨床研修医>大学病院に大半戻らず 博士号よりも専門資格

 昨年度から必修化された臨床研修を受けている研修医の大半が、研修修了後も自らの出身大学に戻るつもりのないことが、民間の医師派遣会社の調査で分かった。結果は先月末に開かれた日本医学教育学会で発表され、専門家は「若い医師は症例数が多い都市部の大病院などに集中し、地方の大学病院や民間病院の医師不足は続く」と指摘している。

 ◇地方の医師不足、慢性化も

 調査は7月初め、この派遣会社に研修修了後の勤務先のあっせんを受けるために登録している研修医1168人にアンケートを送付、152人から回答を得た。

 現在、出身大学やほかの大学の付属病院に勤務している研修医は29人(19%)で、残りの123人(81%)は国公立病院や民間病院に勤めていた。3年目以降に勤務したい医療機関を尋ねたところ、最も多かった回答は「未定」で58人(38%)だったが、「現在の勤務先」が22人(14%)と続き、「出身大学の病院」はわずか13人(9%)だった。残りは国公立病院や民間病院と答えた。

 さらに、「3年目以降に何を望むか」を聞いたところ、各学会が診療技術などを認定する「専門医資格の取得」を挙げた人が139人(91%)を占めた。従来一般的だった「博士号の取得」は8人(5%)に過ぎなかった。

 臨床研修必修化は大学病院の医師不足を招いた。「全国医学部長病院長会議」は6月、「地域の病院に医師を派遣してきた大学病院の医師不足は地域医療の危機」として制度の見直しを求める要望書を国に提出している。

 日本医学教育学会理事の北村聖(きよし)東京大教授は「研修医は、大学で取る博士号より専門医を重視する傾向がはっきりした。都市部の大病院や、研修プログラムが充実した一部の有名病院に医師が集まる傾向は今後も続くだろう。地方の医師不足解消には何らかの制度が必要だ」と話している。【山本建】

 【ことば】臨床研修制度 04年4月から医師法で義務付けられた。医師免許取得後の2年間、内科や外科、小児科、産婦人科などを回り、全般的な診療技術を学ぶ。全国の病院が制度に参加したため、若手医師の大半が自分の卒業大学に残っていたこれまでに比べ、大学に残る医師は半分程度に減った。人手不足に陥った大学病院が、医師を派遣している地域の中核病院から医師を引き揚げる事態も起きている。
(毎日新聞) - 8月15日7時55分更新

 最初に新しい研修医制度と今までの研修医制度の違いを示します。(大きな変更点のみ。)

 1:2年間の研修が「努力目標」ではなく「義務化」された。
 2:基本研修として内科(6月以上)、外科、救急部門を1年。必須研修として、小児科、産婦人科、精神科、地域医療を少なくとも各1月以上が要求された。
 3:給与の支給と引き替えにアルバイトの禁止。(病院の雇用契約の中に「アルバイト禁止」の条項がないと、補助金が支給されない。)
 4:医療事故での責任がなくなる。(指導医が責任。)

 プライマリー治療(初期治療)の知識技術を身に着けさせようとの、制度変更でしたが、最初の1年で大きな問題も出始めています。

 従来は卒業した大学に残り、専門分野だけの研修をしていたのが、色々な科を研修する必要が出てきたため、研修医が卒業した大学には残らず、都市部の大病院に集中するようになりました。その結果、「地域医療の崩壊」という事態が、起こりつつあります。

 すなわち従来卒業生の研修医(ほとんど無給)により支えられて来た大学病院が、医師不足に陥り、派遣していた地域の病院から一斉に医者を引きあげつつあります。(民間病院では、医師の「貸し剥がし」と訴えています。)すでに僻地では産科、小児科の廃止が進んでいます。

 研修医の不満も高まって来ています。意欲の消失です。まず自分の目指す専門分野の勉強が、さらに2年間先に伸ばされてしまったこと。従来は医師免許を取ると同時に医局で責任を持った治療に参加出来たのに、各科数ヶ月だけの「こまぎれ」で、しかも単なる「見学」(事故責任がなくなったので、病院も治療に参加させなくなった)だけの2年間になってしまった等等。(ネット上では研修医が厚生労働省に不満をぶつける掲示板を、いくつか見ることができます。)

 この制度には、最後に「検討規定」という項目があり、5年以内に「実態及び状況をみて検討を行い、必要な措置を講ずること」としています。何らかの修正または廃止は避けられないのではないでしょうか。

 さらに上の新聞記事にもあるように、研修医の間に「博士号より専門医資格」という風潮が顕著になってきました。すでに一般の方から見捨てられた、名ばかりの「博士号」から、「公認された専門医資格」へという流れです。

 しかし前項で書いたように、今のままの「専門医制度」が続くとしたら、「専門医資格」も「博士号」と同じ運命をたどることになります。