| 自律神経失調症の漢方薬治療がうまくゆく人 |
多くの自律神経失調症の方の相談から、漢方治療がうまくゆく人とゆかない人には、意欲、理解力、性格などいくつかの違いがあることを経験しました。今回は「うまくゆく人」の例を書いて、これから始めようとする方の参考にして頂きたいと思います。大変うまくいった人(仮にAさんと呼びます)の例を、この半年のメールのやりとりから書いてみます。(「」内はメールからの引用です)。
Aさんがはじめてメールを下さったのは昨年(2006年)9月でした。きっかけは次の通りです。これは最近下さったメールからの引用です。
「そうそう私に「デパス」を処方した医者も「私もコレを飲んでますよ〜。効きますよ〜。安いし」とニコニコしながら言ってました。一瞬信じかけたのですが、30日分(!)も処方され、どうにも怪しいのでインターネットで調べたら脳に直接作用する薬であることが判って恐ろしくて飲まなかったというわけです。デパスを調べる過程で実方さんのHPにたどりついたので、まぁデパスには半分感謝してますが(笑)」(2007年3月8日)
向神経薬を自ら飲んでいる「おばかさん医者」が多いことは、他の方からも聞いてはいたのですが、こんなに安易な気持ちで患者に出していることには脅威を感じます。Aさんは「怪しい」と直感し、調べて「恐ろしくて飲まなかった」ということでした。この判断が出来る聡明さが第一のポイントでしょう。別項「どんな軽い精神安定剤でも「脳」に作用する薬の常用には注意が必要」参照。
別項「自律神経失調症に向神経薬と漢方薬を併用するという愚」参照
店頭に来られた方にも、メールで相談された方にも共通して言えることですが、1回目ないし2回目の相談時に「うまくゆく人」なのか「うまくゆかない人」なのかが、大体判断できます。すこし長いのですがAさんの最初のメールを引用します。
「○○県在住の○○(29才)と申します。お世話になります。先月21日の朝、出勤途中に車を運転中、突然激しいめまい(ぐるぐる回る)と激しい動悸が起き、その後ひどい水様性の下痢になり自宅で2日ほど寝込んでしまいました。下痢は1日でおさまったのですが吐き気、船に乗ってるようなふわふわしためまい、食欲不振が続いたので病院へ行き、血液検査、胃カメラ、腹部エコー、頭部CT検査を行いましたが異常がありませんでした。
肩凝りがひどく、頭が熱っぽいことを告げたところ葛根湯とデパスが処方されました。葛根湯は12日ほど飲み続けておりますがデパスは怖くて飲んでおりません。寝込む以前までは仕事が忙しく残業が月に100時間程度で、休日も家にいるときもほとんど仕事をしておりました。また、仕事がパソコンを使用するため、肩凝りがひどかったです。最近では会社を定時で上がるようにして、家の外に出て散歩をしたりキャッチボールなどの軽い運動をしたり、部屋で体操したりするようにしてます。
現在の症状は以下の通りです。
・軽いめまい(ふわふわするようなめまい)
・食欲不振(腹が減ってるのに食べられないこともあります)
・軽い吐き気(1日2〜3回、1時間ほど我慢していれば良くなります)
・睡眠時、怖い夢を見て朝4時くらいに目が覚めてしまう(ほぼ毎日)
・時々不安感にかられる
・口の中がねばねばする
・口の周りの吹き出物がひどい
仕事量を減らして、運動をするようになってだいぶ症状が軽減されて来たように思いますが、より治癒を手助けしてくれる漢方薬はございませんでしょうか?何卒よろしくお願いいたします。」(9月11日)
これを読んだ時、「この方はきっとうまくゆく」という気がしました。非常に要領よく、過不足なく、的確に状況が把握出来るメールでした。ここにもAさんの聡明さが現れています。特に最後の部分で、「病気は自分で治すもの、薬は手助けにすぎない」という「最も重要なこと」を最初から理解して下さっていることに注目して下さい。(ただしこの情報だけで使う薬が決められたわけではなく、その後数回のメールのやりとりの「漢方的弁証」で決めたことは、申すまでもありません)。
のみ始めて1週間後(2回目)のメールの一部です。
「以前は深夜勤務が嫌で嫌で仕方がなかったのですが今週からは思い切って「夜勤を楽しんでしまおう」と考え方を180度変えました。日中の勤務とは周囲の環境が違うため、ある意味「非日常」であり、いい気分転換になりそうです。」(9月19日)
このような「考え方を180度変える」という発想の転換こそ、自律神経失調症を治す第二のポイントです。このメールには7項目にわたり「その後の変化」を的確に書いて下さいました。
3回目のメールでは、「好転反応」のことを次の言葉で表して下さいました。
「最近の体調ですが前回のメールでおっしゃられていた「戻り」が結構あります。朝通勤で車を運転していると「車酔い」をしそうな感覚が起きます。病気が最後の抵抗でもしてるんだろうとあまり気にしないようにしてます。」(9月28日)
いやな症状が出ても前向きな姿勢を、ユーモアのある表現で書いて下さいました。
4回目には大分症状がよくなり次のメールを下さいました。
「あの最初の「ぐるぐるめまい」と「動悸」(今思うとパニック発作だった?)が無ければ自分の健康のことなど考えもしなかったと思うので、自律神経失調症になったことに、今では不思議と感謝しています。あれだけめまい等に苦しめられたのにこんな心境になるとはおかしなものです。良い人生の転機となりました。」(10月10日)
「病気に感謝し人生の転機になった」という言葉はなかなか出ないものと思います。
翌日のメール「自己暗示で脳細胞の早期再生を促す努力をします(要するに自分は健康だ。大丈夫なんだと思いこむこと)。」(10月11日)
では「自己暗示」という、自律神経失調症の治療に一番大切なことを始めて下さいました。
自律神経失調症の方は、とかく悪い方、悪い方へと考えがちで、気持ちに余裕のない生活を送っている場合が多いのですが、Aさんのユーモラスな一面をあらわす、二つのメールを紹介しましょう。自律神経失調症の治療には、こうした「気持ちの余裕」も大切ですね。
「ここ4〜5日ほど戻りが続いてました。どこかの国のゲリラ並のしぶとさでしたが何とか乗り切りました。また1歩前進した感じです」(10月19日)。
「まぁそれでもたまに「ふわっ」とゲリラが来襲しますが、マシンガン→ピストルに武器が変わったようで、以前ほどの勢いは無くなって来たようです。」(11月10日)
このメールには私自信が大変嬉しくなり、以後結婚式の写真を添付して頂いたり、Aさんとのメールのやりとりが楽しくなりました。Aさんこそ別項「自律神経失調症・・・漢方治療の難易度を決めるもの」に書いた項目すべてをクリアする「優等生」ではないでしょうか。
半年後の現在、春という自律神経失調症の方には「嫌な季節」も、順調な回復ぶりを示していて、こんなメールを下さいました。
「体調は相変わらず順調です。ふわっと感も(おそらくたまにはしてるんでしょうが)完全に気にならなくなりました。やはりこの病気は「気」の持ちようでどうにでもなってしまう(良くもなるし悪くもなる)のではないかと感じます。「病気」という言葉をつけた人はすごいなと改めて思いました。病気という言葉をつけた人も実は自律神経失調症だったりして・・・・・。」(3月8日)。
なおAさんにはこの原稿を見ていただき、サイトに掲載することのお許しを頂きました。「これで一人でも多くの自律神経失調症の方を、快方へ導く舵取りができればいいなぁと思います。」とのメールをいただきました。Aさんありがとうございました。
| 自律神経失調症の方は「打ち込めるもの」を持って欲しい |
多くの自律神経失調症の方の相談を受けていると、この「病気でない病気」にかかりやすい方には、いくつかの共通項があることに気づきます。その中では、職場環境、家庭環境、性格などなかなか「変えられないこと」と、自分の意志で「変えられること」があります。
今回はその中でも自分の意志で変えることが出来る一つの「秘訣」を書いてみます。
多くの自律神経失調症の方の生活を見ていると、毎日を「惰性」で過ごしているように見えてなりません。朝起きてから寝るまで、ほとんど同じ「時間割」で生活しているのです。6時に起床、7時に家を出る、5時に帰宅、6時に夕食、7時に風呂、11時の就寝までテレビなどなど。ほとんど「分単位」でワンパターンの生活をしています。たまには映画を見たり、友人とお茶をしたり、会社帰りに一杯やるといった、「ハメをはずす」ことが一切ないのです。
一方、仕事、運動、趣味、育児など、それ一筋に「生き生きと目を輝かせて」打ち込んでいる方は、自律神経失調症とは無縁のようです。この違いは一体何なのでしょうか。つきつめるとこれは「生きがい」の問題だと思うのです。
少し脱線しますが、私の年代は「最後の戦中派」ですし、戦後の「生きるだけで精一杯」の体験をしています。この時代にはこんな病気はほとんどありませんでした。「生きること」そのものが「生きがい」だったからです。「今日は体調が悪いから休んでいよう」などといったことは、許されなかったのです。ようするに現代は「余裕があり過ぎる」のです。
そこで提案ですが、「余裕を生きがいに変える」生活を「自分の意志」で転換してみたらどうでしょうか。「グタグタと体調を考える時間」を、思い切り「何かに打ち込む時間」に変えるのです。たしかに体調が悪い時に「日常と違うこと」をするのは、疲れるし気が重いと思います。何も考えることなく同じパターンの生活を続けた方がとても楽です。しかしこの病気を克服するためには、この「転換」は大変有効な手段なのです。
ではどういうものに打ち込めば良いのでしょうか。選択肢はたくさんあります。今までの人生の中で、一番「楽しくやりがいがあった」と思ったことで良いのです。まわりにも「一つのことに生き生きと楽しそうに打ち込んでいる人」をたくさん見受けると思います。その中で「自分もやってみたいなあ」と思うことでも良いのです。
ポピュラーなものでは、「運動系」の旅行、ウォーキング、ハイキング、登山や、「趣味系」の音楽、美術、映画、写真、パソコン、囲碁将棋などなど。しかしネット時代の現在では、運動や趣味の世界も、昔に比べ非常に多様化しています。最近気づいたのですが、NHKの趣味番組でも、大人向けの「鉄道模型講座」があるのには驚きました。子供の時には出来なかったことを、大人になってから再挑戦しているようです。さらに趣味の世界は、旅行でも「秘境めぐり」だとか、海外の「オーケストラ演奏を聴く」だけといったツアーなど極めてニッチなものにも広がっています。このようなお金がかかるものばかりではなく、国内旅行でも「鉄道廃線を訪ねる旅」などに、夢中になっている人もいるようです。
ただ自律神経失調症という病名は、漢方では「肝鬱気滞」と言うように、「気の滞り」の病気ですから、滞りを動かすために「戸外での運動系」をおすすめします。自律神経失調症に使う漢方薬は、滞りを動かすために「発散剤」と呼ばれる生薬が配合されますが、運動することはその効果を大変高めます。
さらにボランティア活動もおすすめのひとつです。自律神経失調症の方は、体調の具合から、「友人との交流が少ない」、とかく「自分中心に考えがち」なところがあります。「他人のためになる」というボランティア活動は、自分の体調の回復と、「人間の輪」を広げる楽しみを経験することが出来る「一挙両得の行為」になります。私のまわりにも定年後に、地域の行政が行っている、「史跡案内」とか、「パソコン教室の講師」など、余暇の有効利用に打ち込んでいる方がいます。
ほんの一例を挙げただけですが、人それぞれ「好き嫌い」とか「得意不得意」がありますが、必ず「打ち込めるもの」をもっている筈ですし、これからやろうと思えば、いくらでも見つけることが出来る筈です。最初のキッカケを乗り越えさえすれば、きっと新しい世界が開けると思います。いつまでも「自分だけの殻」に閉じこもらず、飛び出して行く「勇気」を持って下さい。
参考:
総務省が毎年行っている「社会生活基本調査」(政府指定統計114号)の「調査票A」の(4ページ目)20番目に、ボランティア活動、21番目にスポーツ、22番目に趣味娯楽という項目がありますが、それぞれ10項目(細分類では34項目)、22項目、34項目が掲載されています。
| 健康(運動)器具の「顛末記」 |
サプリ、エステ等と共に健康器具がブームだそうです。いずれも問題を含んでいるブームですが、今回は健康器具を俎上にのせてみましょう。(15年前の私のにがい失敗談です)。
過去にも色々な健康器具が生まれては消えていきました。大昔からダンベルのような定番の健康器具はあったのですが、ブームと呼ばれるようなものは「ぶらさがり健康器」が「はしり」ではないかと思います。実は私も買ってしまいました(^^ゞ)。畳半分も占める大きさで置き場所にも困りましが、多少右肩下がりの姿勢を治そうと使い始めました。しかし腕の力がなかったため、とても長時間ぶらさがっていることが出来ず、早々にあきらめてしまいました。その後は「洗濯物干し」として余生を送っていました。
次の失敗は「自転車こぎマシーン」でした。当時ジョギングにこっていたのですが、雨の日にもトレーニングしようと、脈拍連動の「高級機種」を奮発しました。ぶらさがり健康器どころではなく、小さい部屋を独占する大きさでしたが、部屋に余裕があったので家内の反対をおしきって購入しました。30分もこぐと汗だくになり、それなりの満足が得られたのですが、部屋の中で30分も、もくもくと自転車をこぐことに飽きてしまいました。さわやかな風にふかれてのサイクリングとはまったく異質な、「楽しくない」運動でした。
次の失敗は「マッサージ機」でした。肩こりには無縁ですが、もともと背中がこりやすい体質で、背中に乗ってもらったり、指圧をしてもらうのが大好きでした。「この背中のこりが解消されるなら安いものだ」ということで、寝転んで使えるベット型のモノを買い込んでしまいました。たしかに寝転んでマッサージしていると楽にはなるのですが、背中のこり解消されるのではなく、「その時だけの効果」(当たり前ですが)に失望して、だんだん使うのが遠のいてしまいました。
さらに続けての失敗は「ふくらはぎ伸ばし器」(ストレッチマシン)でした。これは2種類あり、斜めの足台に立って前屈するタイプ(これは設置面積は小さい)と、つま先を強制的にそらせて座り、多少勢いをつけて前屈するタイプがあり、後者は「ランニング雑誌」の「ストレッチが大切」という宣伝につられて買ってしまいました。これも相当な設置面積が必要でしたが、「ひまな時にでもやろう」と店内に置きました。足を閉じて前屈すると、指先が床につかないくらいでしたが、数日で手のひらがつくくらいにストレッチの効果がありました。しかししばらく休むと元に戻ってしまい、これもまた「楽しくない」運動でしたので飽きてしまいました。(家内はなにもしなくても手のひらが床につきます。体のやわらかさは、生まれつきかなあとも思います)。
大きな失敗はこの5つでしたが、つくづく「健康器具は根気強い人向きだなあ」と、以後は買わないことに決めました。ただ問題が発生しました。というのは、いよいよモノで埋まってきた家に、これらの巨大な器具を置いておくスペースがなくなってきてしまったのです。マッサージ機は物置き台がわりに今も置いてありますが、残りの4台の処分が大変でした。4番目のプラスチック製のストレッチ器具以外は、いずれも鉄製の頑丈なモノです。「燃えないゴミ」として出すわけにはいきません。分解しても長さが市のゴミの規定より長くてだめです。また「ふくらはぎ伸ばし器」は、さび付いて分解が出来なくなってしまいました。結局「自転車こぎマシーン」、「ぶらさがり健康器」と「ふくらはぎ伸ばし器」は、有料の「粗大ゴミ」として処分しました。高価だった「自転車こぎマシーン」はリサイクルしようとしましたが、業者に「最近はこの手の出物が多く二束三文ですよ」と言われてしまいました。
いずれも15年以上前購入したモノの失敗談ですが、私が「買わない」と宣言した後も、「椅子式マッサージ機」、「金魚運動マシン」、「乗馬運動マシン」、「ウォーキングマシン」、「足踏みマシン」、「バイブレーションマシン」、「ランニングマシン」などなど、「よくもまあ考えつくものだ」と思う位、続々と新しい健康器具が登場してきました。いずれも最新のテクノロジーを駆使した、高額かつ設置面積が必要なものばかりです。しかも最近の健康器具の中には、「問題あり」のモノもあるのではないかと思います。「飽きて使わなくなり処分が困る」といった問題ではなく、短期間に効果をあげようと、運動量が強すぎたり、普通には行わないような無理な運動で、骨格がゆがんだり、内臓に無理な負荷がかかったりしてしまうことも考えられます。宣伝文句に惑わされずに、処分のことも考えて購入するか否かを決断することをおすすめし、失敗談として書きました。
人類は4足歩行から2足歩行という重力に逆らって進化してきた関係で、骨格、筋肉、内臓には無理な負荷がかかり続け、「疲労」という現象を生み、それを運動という動作で負荷から逃れています。ですから人類が生まれてから延々と続けてきた運動が、最適であることは言うまでもありません。それが室内ではなく(健康器具最大の欠陥)、戸外で「歩く」「走る」「手足を動かす」といった基本動作です。いたずらに高価な、後始末に困る健康器具に頼るのではなく、「歩く」「軽く走る」「ラジオ体操」といった、昔ながらの戸外での運動が一番「疲労回復」になるのではないでしょうか。
最後に私が30年来愛用している「安価」な健康器具を紹介しましょう。(宣伝ではありませんが)「中山式快癒器」というモノです。親指を模した4つの突起がついた板状の器具で、背骨の両側が指圧できるような位置に置き、その上に15分ほど仰向けに寝ます。背中がこった時に、「気軽に使える」というのがミソで、海外旅行にも持参するほど気に入っています。本当は30年前の「木製」のモノが良いのですが、最近では作れる職人がいなくなったのか、プラスチック台でステンレスの「親指」になってしまったのが残念です。(私の愛用品は貴重な「木製」で、海外旅行の時もX線検査に引っかからないという利点もあります)。
| 病院通いをやめるのも選択肢のひとつです・・・・常識を疑ってみよう |
先日、「医療財政と不必要な治療」という題のブログを書きました。(ブログ参照)。今回はこの問題をもう少し考えてみたいと思います。いろいろなメディアで報道されているように、現在は医療財政の赤字、地方病院の産科診療廃止等々、医療制度の崩壊寸前という非常事態です。すでに小手先の改革案ではどうしようもない段階になっていると考えなければなりません。したがってこれから提案することは、「緊急避難的対応」と考えていただきたいと思います。しかし本音を言えば「緊急避難的対応」どころか、医療制度を救う唯一の方法ではないかとも考えています。
それは、「現在行われている治療の中には不必要な治療もある」、「生活習慣病(成人病)など慢性の病気(自律神経失調症を含む)は、治療だけでは治せないもの」という二つの前提で医療問題を考えようという提案です。
一つ目の前提では、「不必要な治療などあり得ない」、「必要か不必要かは誰が判断するのか」などといった反論が出てくるのは当然です。しかし「自分が行っている治療はすべてが必要だ」、「必要か不必要かは確実に判断できる」と断言できる医師は本当にいるのでしょうか。「必要か不必要かは断言できないが、やっておいた方が良いのでは・・・(もう少し本音を言えば、薬をたくさん出せば収入も増えるし・・・)」程度の判断で治療が行われていると考えた方が、実情に近いのではないでしょうか。
もうひとつの前提も「病気は治療すれば治る」という常識と多少かけ離れていますので、反論があるとは思いますがあえて提案します。治療とは、治せてはじめて「必要な治療」であって、治せない治療を本当に「必要な治療」と言えるのでしょうか。現在の医療制度では、生活習慣病(成人病)など慢性の病気の場合、一旦病院通いを始めると、なぜか(場合によっては一生)通院をやめられなくなってしまいます。すなわち現在の医療は、「治せない治療」のオンパレードなのです。しかも「医者は治せないのを知っているのに、患者は治してもらえると誤解している」という「相互認識の違い」という問題をかかえています。
医者だって「病気は薬では治らない、治せるのは患者の治す力(自然治癒力)だけ」ということは、知っているはずです。しかし患者にはめったに「本当のこと」は言いません。なぜでしょうか。本当に「必要な治療」である「自然治癒力を高める食事指導や生活指導」などをやっていたら、殺到する患者数をこなせないし、収入にもつながりません。そこで手っ取り早く患者数をこなし、収入をかせげる、「たくさんの薬の投与」という「患者も満足する次善の策(これが私の言う「不必要な治療」)をとってしまうのです。これが保険医療制度の最大の欠陥なのです。
国民はもっと賢くならなければいけないのです。体調が悪くなったら「すぐ病院にかけこむこと」が最善の道ではなく、少し休息をとったり、食事や生活を改めて「様子を見る」という余裕を持ちたいのです。慢性の病気の場合には、たとえ少し治療開始が遅れたとしても、病気が急に悪化することはめったにありません。様子を見ている間に、その人が持っている「自然治癒力」で回復してしまう病気もたくさんあるのです。また自律神経失調症の場合、現代医学の病院(医者)に行けば、ほぼ確実に向神経薬が出されるということを知らなくてはなりません。
病院通いを続けている方も、「今続けている治療は、本当に必要な治療なのだろうか?」、「逆に病気を悪化させているのではないか?」、「本当に通院を続けていれば治るんだろうか?」、一度立ち止まって考える必要があるのではないでしょうか。思い切って「通院を中断してみよう」という勇気も必要かもしれません。特に自律神経失調症などで、向神経薬などを続けていた場合など、やめただけですっきりしてしまう場合さえあるのです。
ただし、すでに長期間たくさんの薬を飲み続けている場合には、多少の注意が必要でしょう。たとえば降圧剤、抗糖尿病薬を服用している場合には、突然の服薬中止は避けなければなりません。すでに血圧や血糖を調整する能力が、「瀕死状態」ですから、一気に反動がくる恐れがあります。こういう場合、別の医者に相談しても返ってくる答えは同じで、「危険だから服用を続けなさい」ということになります。
最近は今の医療制度に疑問を感じている医者も増えてきています。その中には「統合医療」を目指している一部の医者のグループもあります。こういう医者の中には、本を書いたりネットを使ったり、積極的に発言している方もいます。こういう医者の門をたたくことも選択肢の一つでしょう。
今回は多少「現在の医療の常識」に合っていないことも提案してみました。しかし現在の医療は何らかの「ブレークスルー」が不可欠なまでに制度疲弊状態なのです。大切なのは、このような実態を国民が知ることなのですが、なぜか医療の場や教育の場でも「くさいものにはフタ」のようですし、マスメディアもまったく報道しようとしていません。最悪なのが「病気のことは医者に相談しなさい」という「責任逃れ」の報道姿勢です。
多くのメディアが協力して、「必要な治療と不必要な治療」といった討論を期待しています。