「自律神経失調症になること」には意味がある

 自律神経失調症で相談にいらっしゃった方は、いろいろな症状をお話して下さると同時に、「何で自分がこんな病気になってしまったのか」を訴えます。ですから標題のようなことを言うと、「何で?」ということになります。

 別項「自律神経失調症の漢方薬治療がうまくゆく人」に書いた、Aさんの4回目のメールを再び引用します。

 「あの最初の「ぐるぐるめまい」と「動悸」(今思うとパニック発作だった?)が無ければ自分の健康のことなど考えもしなかったと思うので、自律神経失調症になったことに、今では不思議と感謝しています。あれだけめまい等に苦しめられたのにこんな心境になるとはおかしなものです。良い人生の転機となりました。」(2006年10月10日)

 Aさんは、「自律神経失調症になったことに感謝しています」とまでおっしゃっています。Aさん以外にも、「あんな辛いストレスが続いていたのに、もし自律神経失調症の症状が出なかったら、どうなっていたのでしょうか?」という「鋭い質問」をする方もいらっしゃいます。これらの言葉は、この病気の本質をついたものだと思います。

 そうです、自律神経失調症(の症状)こそが、生体防御システムそのものなのです。

 苦痛や不快感を伴う症状は、どうしても「悪い反応」と思われてしまいますが、多くは「体全体を守るための生体防御システム」なのです。もう一つ例を示します。

 別項「痛みなどの「炎症」とは、細胞(組織)が受けた損傷部分の「体積計算過程」であり、治癒反応だから、強引に鎮痛消炎剤などで抑えることは、治癒を遅らせます」に、痛みや炎症が「局所を犠牲にして全身を守る反応」だということを書いています。局所の細胞が損傷を受けても、痛みなどの「信号」が現れなければ、治癒システムは作動せず、損傷はどんどん全身に及んでしまい、最終的には全身の細胞の損傷(すなわち死)につながってしまいます。

 自律神経失調症に話を戻します。

 ストレスが続いているのに、もし何の症状も出なかったら、ストレスをストレスとは思わずに突っ走ってしまいます。最終的には死んでしまうでしょう。そういう意味で、自律神経失調症は、頑張り屋さんを「死から守るイエローカード」なのです。即ち自律神経失調症になることは、正常な生体防御システムが作動する「正常人間の証拠」なのです。

 現在、ほとんどの神経科医はこの本質を理解していません。すなわち「向神経薬を使って症状を一時的に消してしまうことが危険なことだ」という認識を持っていないのです。

 このイエローカードが出る時には二つの場合があります。肉体的ストレスと精神的ストレスです。

 肉体的ストレスは、動物でも赤ちゃんでも受けます。例えば、「走り続けたので疲れた」、「睡眠不足で眠い」等が、肉体的ストレスへのイエローカードです。肉体的ストレスは比較的単純です。体を休めたり、ゆっくり睡眠をとれば解決します。

 一方精神的ストレスは、大脳が発達した人間(の大人)だけが受けるストレスです。肉体的ストレスに比べると、途方もなく複雑ですから、簡単に解決は出来ません。でも言葉で表せば簡単です。「逃げる」か「発散する」ことです。ストレスを感じ始めた段階では、「逃げる」ことですし、すでにストレスを受けてから日時が経過してしまっていたら、「発散」することです。

 言葉で表せば簡単なこの二つのことを、いかに実行するかが、本人の自覚であり、家族や周囲のサポートです。最近「不登校」への対策に、「学校に行かせない」ことが、一つの解決策と言われています。すなわち「逃げる」という解決策です。学校での場合には、何とかこの方法がとれますが、職場や家庭ではなかなか難しいことです。

 しかし「逃げる」ことが出来ないと、傷が深まるばかりです。配置転換が望めない場合には、思い切った転職、退職も考慮に入れる必要があるかもしれません。家庭内の問題であれば、「一時的別居」といった「緊急避難」を考えることも必要でしょう。

 他に「立ち向かう」という手もありますが、これは本人に強い信念、自信が必要ですので、誰にでもおすすめする方法ではありません。

 「発散」はどうしたら良いでしょうか。これは私が今までに書いてきた項目を読んでいただければ、いくつかのヒントを見つけることが出来ると思います。言葉で表すと、「少し汗をかく程度の運動」と「趣味などに打ち込むこと」で「滞った気」を動かすことです。(「肝の気が滞る」という意味の、「肝気滞」が自律神経失調症の漢方病名)。それと「開き直りが出来るかどうか」が決め手になると思います。

 もうひとつ大切なことがあります。ストレスが続くと自律神経の中枢である視床下部に「キズ」が出来るということです。
(別項「自律神経失調症とリンパ球比率」参照)。漢方薬の助けを借りて、ストレスを上手に「発散」し症状が軽快したとしても、この「キズ」はまだ十分修復されていません。したがって再度ストレスを受ければ「ぶり返す」ことになります。最終的にはこの治癒システムの修復が決め手になります。

 自律神経失調症やその症状を忌み嫌うのではなく、「生体防御システムが正常に作動している正常な体」であることを再確認し、いろいろな症状も「神様がくださったイエローカード」だと思い、上手に「逃げ」、「発散し」て欲しいと思います。

100年後にも自分の子供を作れる!?

 2007年11月20日という日は、後世の歴史に刻まれる日になりそうです。京都大学再生医科学研究所の山中伸弥教授と、米ウィスコンシン大学マディソン校ジェームズ・トムソン博士の研究グループが、同時にアメリカの科学誌電子版(山中伸弥教授は「セル」に、トムソン博士は「サイエンス」に発表)に、「36歳女性の顔の皮膚から(アメリカでは新生児の包皮細胞から)人工多機能幹細胞(i PS細胞)という万能細胞を作ることに成功した」と発表しました。将来ノーベル賞が「間違いない」と言われる研究です。

 今までもES細胞という万能細胞の作成は完成していたのですが、これは受精卵から作るので、「せっかく生まれた生命を殺す」という倫理上の問題があり、自分以外の細胞から作られるので、「異物排除」という免疫システムが働き、拒絶反応のため、出来た細胞を移植することが難しく、「再生医療」に使うことは困難でした。

 そもそも万能細胞とは何なのでしょうか。胚性幹細胞(ES細胞)は、卵子と精子が合体して出来た受精卵を壊して作ります。受精卵は細胞分裂を繰り返し体細胞になりますが、分裂の途中で例えば、皮膚の細胞とか神経の細胞という風に、「なるべき細胞」は決まってしまいます。出来上がった細胞は、培養しても「もとのままの細胞」が増えるだけです。

 
 ところが胚性幹細胞(ES細胞)は、特定の処理をすれば目的の体細胞に成長させることが出来るのです。そこで体細胞を「リセット」して胚性幹細胞(ES細胞)に戻す研究が進められているのです。この研究は再生医療には欠かせない皮膚とか神経を作ることが目的です。いままでの胚性幹細胞(ES細胞)では、上に書いたような問題から、研究が行きづまっていました。

 人工多機能幹細胞(i PS細胞)はどうやって作るのでしょうか。皮膚などの体細胞に4個の遺伝子(Oct3/4,Sox2,KLF4,c-Myc)を組み込みます(これらは転写遺伝子、すなわち他の遺伝子の発現を制御する遺伝子です)。この操作で細胞は、「あらゆる細胞に分化できる」細胞にリセットされます。遺伝子を細胞に組み込むことは、非常に難しいので、ウイルスの力を借ります。インフルエンザウイルスでわかるように、ウイルスには「細胞に感染する能力」があります。この「感染力」を「遺伝子の運び屋」として利用したわけです。

 そこで二つの問題も生まれましたが、これらはまだ未解決なため今後の課題なのです。

 一つはc-Mycという「がん関連遺伝子」を使うということ、もうひとつは「運び屋ウイルスの遺伝子」も一緒に組み込まれてしまうことです。しかしこれらの問題は近いうちに解決されるだろうと期待されています。

 これからが「ロマン(怪奇ロマン?)」の話になります。

 現在この技術はもっぱら「再生医療」のためと考えられています。ところが「どんな細胞にも作り変えられる」としたら、男なら自分の精子も、女なら自分の卵子を作ってもらえるわけです。

 もうお分かりですね。

 夫婦の皮膚細胞から、それぞれ精子細胞、卵子細胞を作ってもらい、それを人口受精させます。受精細胞は冷凍保存が出来ますから、100年後にも(子孫の)誰かが、それを若い女性の子宮に移し成長させます。アメリカでは日常行われている「借り腹」です。そうすれば100後にも「死んでしまった夫婦」の子供を作ることが出来るわけです。(遺産相続が複雑になる?)

 もっと奇抜なことも考えられます。夫婦のそれぞれが「理想とする男女」の細胞を手に入れます。髪の毛なら美容院などから容易に手に入れることが出来ます。それを同じように処理し、妻の子宮で育てれば、夫婦の理想とする子供を授かることが出来ます。遺伝子検査さえしなければ、「実子」として戸籍に入れることも可能です。

 そうなれば「家族とは」などの概念は完全に消滅してしまいます。

 ロマンというより恐怖の話ですね。

やる気を失いつつある医者

 医療崩壊が言われる中、今医療現場で起こっている様々な事態に危機感が募っています。多くはマスメディアからの報道ですから、いわば消費者側から見た実態です。一方、医師である本田宏さんの著書「誰が日本の医療を殺すのか」(洋泉社新書)を読むと、医療側から見た実態がわかります。

 この本では絶対的医師不足の実態が詳しく書かれているのですが、もっと深い所に問題があるように思うのです。最近、彼がテレビに出演していたのを偶然見ましたが、患者から「土下座しろ!」と罵倒された医者が身近にいたことを嘆いていました。この本の83ページにも書かれていましたので、この「事件」は、彼には極めて大きなショックだったようです。

 最近、長年にわたり家族が世話になっている医者と話す機会がありました。非常に研究熱心で多くの研鑽を重ね、最新の治療も積極的に取り入れ、信頼を勝ち得た医者でした。ところがこの2-3年で急速に「やる気」を失ってきたのです。「もう収入はどうでもいいのです。せっかく良かれと思う治療をしても、保険の支払い側から請求を拒否されたり、患者から文句ばかり言われたりで、一生懸命治療することが嫌になってきました」と。
 
 一番の問題は、医者と患者との信頼関係が崩壊しつつあることです。事実、近年告訴される医者が急激に増えています。また医療問題に限らず、教育現場でも父兄との信頼関係が崩壊しつつあることも報じられています。権利意識が悪い方向に進んでしまったのでしょうか。この二つの崩壊には、共通した原因があるように思います。それは「仕事量の激増」と、それに伴う「対話不足」です。

 患者数の激増により、一人の患者の診察にさける時間は年々少なくなってきています。それを補うための「検査技術」は、どんどん進歩しています。「検査数値さえ見れば、患者の顔も見ず、一言も問診しなくても診断できる」と豪語する医者も出てきました。「対話」という、信頼関係を作る上に大切な時間が失われてきたのです。

 医療問題に関しては、多くの報道がなされていますので、ここでは触れませんが、意外な「盲点」があるように思われます。それは義務教育を含めて、「健康に関する教育」が、皆無だということです。手洗いなどの衛生教育、体の構造や働き、伝染病の予防などの「病気に関する教育」はあっても、「なぜ病気は治るのか」といった「人間の治癒力」のすばらしさを教えていないのです。これはマスメディアの報道にも言えます。私には「責任回避」としか考えられませんが、「体に異常を感じたら、何が何でも医者に行く」という「常識」を作ってしまったのです。

 たしかに乳幼児の死亡率減少、感染性病気の激減、救急医療、外科手術の進歩、これらによる寿命の延長など、現代医学の人間への貢献は、計り知れません。しかし老化や不健康な生活習慣による、「人間の治癒力」の低下で起こる高血圧、糖尿病、循環器疾患等の「成人病」に関して、現代医学は、ほとんどの場合無力です。それを知ってか知らずか、「治ると思い込んで」、何年にもわたり病院通いを続けている人々がいかに多いことか。私はこの「あまり意味があるとは思えない通院」が、患者数を増やし、医者の「やる気を起こさせない治療」という仕事量増大の元凶だと思うのです。

 使命感に燃えて医者になり、研鑽を積み重ねた医者が、今や「過激かつ意味があるとは思えない仕事」にやる気を失い、燃え尽きようとしています。

 「もう治りましたから、通わなくてもいいですよ」、「ありがとうございました。本当にお世話になりました」という会話が、医者の喜びのはずです。

子供にも自律神経失調症が?

 年齢とともに生体防御システムは発達します。10歳前後になると、急激な身体的、精神的発達と共に、自律神経システム、免疫システムも完成に近づきます。子供の自律神経失調症は丁度この10歳前後に始まることが多いようです。ただしこの年齢だと、特別な場合を除き、ストレスとはあまり関係ない原因で始まります。中学生になると内分泌システムも発達しますし、学校や家庭で色々なストレスが始まり、大人の自律神経失調症に近づいてきます。ここでは10歳前後の「半大人」の自律神経失調症?について書いてみます。

 性格的には幼児の頃から「感受性が強く神経質な子供」がなりやすいのですが、多くは運動が好きで、物事をよく考える「頭の良い子」に多いような気がします。不安、いらいら、不眠、動悸といった神経症状、循環器症状ではなく、何となく疲れる、横になりたい、顔がほてる、微熱、食欲減退、吐き気、下痢便秘といった、疲労が関係する症状、消化器症状が現れやすいようです。そして起床してすぐに始まるのが特徴です。しかし回復はすばやく、一日中続くといったことはありません。もともと「運動好き」の子供に多いので、気滞も大したことがなく、少し体を動かせば、すぐ回復するのでしょう。もう一つの特徴は、秋に始まることは少なく、圧倒的に春に始まります。

 それは対人関係の様なストレスから始まるのではないことが原因です。何が原因なのでしょうか?

 春に始まることが多いということから考えられることなのですが、一番の原因は「冬の運動不足」だと考えると納得がゆきます。特に最近は親の過保護やセキュリティーの点で、「外で遊ばせる」ことが少なくなったことが挙げられます。テレビゲーム、テレビを長時間続けることも、大きな原因の一つだと思います。

 2008年2月19日の日経 KEN platzに掲載された記事を引用します。

 京都大学大学院工学研究科の宗本順三教授らは、放課後に天気がよくても屋外で遊ばない小学生が約64%に上るという調査結果を、このほど発表した。 宗本教授らは2007年5月から6月にかけて、滋賀県長浜市の小学生458人の1日の行動を、それぞれGPSで追跡調査した。放課後に15分以上屋外で遊んだ子は約36%(167人)にとどまった。宗本教授は、「過ごしやすい季節の晴れの日に調査したにもかかわらず、屋外で遊んだ子がこれほど少ないとは意外だった」とコメントしている。(以上引用終わり)

 老練な小児科の医者は、年齢と症状からすぐ気づきますから、風邪のチェックや腹部の触診だけで、「大したことはないから登校もOK」ということになります。

 症状が出始めた日には、いつもは元気で学校に行く子も、行きたくない素振りを見せますから、無理には登校させずに、しばらく様子を見て、元気が出てきたら「遅刻登校」させれば良いと思います。胃腸症状があったら、無理に給食は食べさせないことも教師に伝えておいた方が良いでしょう。

 この時の注意は、「病人扱いをしないこと」と、もう理屈がわかる年齢ですから、今の症状の説明を丁寧にすることです。例えばこんな話をしてあげて下さい。

 「君の体の中には目には見えないけれど”元気の気”が、いつも体の中をぐるぐる動き回っているんだ。そして体も”元気の気”のおかげで調子よく動いているんだ。体と”元気の気”は、二人三脚で動くんだ。この冬は寒かったから、あまり外で遊ばなかったね。外で運動しない日が続くと、体の動きも少なくなると同時に、”元気の気”も動きが鈍くなってしまうんだ。でも最近寒さが少なくなり外で遊ぶようになったね。体は少しは動き出したけれど、”元気の気”はまだ寝ぼけていて動きが鈍いままだ。二人三脚がちょっともつれているんだね。だから体の動きも本調子ではないんだ。しばらくテレビゲームは少しにして、なるべく外で遊ぼう。体を動かして、二人三脚で”元気の気”を動かせば調子はすぐよくなるよ」。

 早ければ数日で回復する場合が多いようです。この年齢ですと、治癒システムがうまく働いているためなのですが、運悪く未熟な医者に連れて行ってしまい、対症療法の薬のために、かえって治癒システムをいため、回復が遅れてしまう場合があります。特に大切なことは、中学生以後の「大人の自律神経失調症」にさせないことです。

「ストレス善玉論」という本

 この本(中沢正夫著 岩波現代文庫)は、現在60歳代の精神科医が、1987年(40歳代)に出版した本を、20年後の2007年に文庫本として再び世に出したものです。「文庫版の読者へ」という書き出しの部分を引用します。

 この本の中で私はストレスにのたうち回る「40歳代の自分」の姿を書きました。ストレスを治す役割の精神科医のストレスをさらけ出すことにより、読者に「ほっとしてほしい」という狙いもありました。何よりも、悪玉視され、ストレスを語ることは弱音を吐くみっともないこと、という風潮をやわらげたいと思いました。ストレスは本来生きていくうえで誰にでもあり、悪玉でもあり善玉でもあるのです。人を成長させる糧でもあるのです。(以上引用終わり)。

 ストレスとか自律神経失調症に関する本の多くは、お説教じみたハウツー本です。ところがこの本は、精神科医である著者の、「のたうち回る」体験が中心なのです。特に「神経性下痢」のために、毎朝通勤電車で起こる「便意」との戦いの13ぺージにもわたる描写は、失礼ながら大変面白い。

 このような自身の体験や、患者さんとの対話の中で、「ストレスを受けて症状を呈する方が正常なのだ」ということを列挙し、「読むと安心するストレスの本」を目指しています。

 著者は20年後の「再出版」にあたり、「職場の同僚が潰れたとき、復帰してくるとき」という章を補遺として付け加えています。20年前にくらべて明らかにストレスの量や種類が変わってきていることへの思いからでしょう。もう一つはストレスに悩む方の「低年齢化」を感じたからでしょう。

 ストレスとか自律神経失調症という言葉は、とかく「悪玉」ととらえがちなのですが、このように「善玉」ととらえたり、私が別項(「自律神経失調症になることには意味がある」)に書いたように、自律神経失調症になることは、「異常ではなく、かえって正常なのだ」という考え方が大切になってきた時代だと思います。

 最後に「読者への五つの追伸」という項と、「安心のための十か条」という項があります。十か条の第一に、「逃げられるだけ逃げよ」と書いていますが、私がおすすめしていることとも一致していて、「考えることは同じだなあ」と思いました。

 十か条の最後に、「もう既にストレス症状がでている人のために」という項目があります。その一に「長期戦だと覚悟すること」の次に、「どんなに早くても半年、長ければ半年ぐらいと思っておけば、あせらずにすむ。そして症状の三分の一くらいは、一生道連れになるだろうくらいに計算しておくほうが賢明である」と結んでいます。

 ただ不満に思う部分もあります。それは向神経薬を完全には否定していないことです。「薬はつかうもので、溺れるものではない」とは言っていますが・・・・。