
米のみを原料として人吉球磨の地下水で仕込んだもろみを
人吉球磨で蒸留し、びん詰めしたものです。

球磨焼酎のふるさとは、九州山地の懐深く幽玄な趣を秘めた山々に囲まれた盆地にあります。
その美しい山々から良質の水が流れ出し、その水がつくりだす日本三大急流のひとつである清流球磨川。
盆地特有の寒暖の差が激しい気候と風土が育む豊かな大地が、県下でも有数の米どころをつくり、極上の「球磨焼酎」を
育てあげています。

文献に焼酎が始めて登場するのは1546年です。ポルトガル商人がフランシスコザビエルに報告した
「日本報告」の中に「米から作るオーラカ」つまり米焼酎が飲まれていたと記述があります。
また、1559年、当時相良藩が治めていた鹿児島県大口市の八幡神社から見つかった落書きには、「施主がケチで、工事の
間一度も焼酎を飲ませてくれなかった。なんとも迷惑である。」という内容が書かれており、日本最古の「焼酎」の文字が
見られます。すでにこの頃球磨焼酎が広く庶民の間で飲まれていたことがうかがえます。
戦国時代に大陸から人吉へと伝わった焼酎とその製法は五百年のあいだ変わらず受け継がれ、由緒と伝統を守っています。
銘柄の味を大きく左右する造り手“杜氏”達は、先人から受け継いだ味を守り、新しいものを模索する。
その職人の一徹な思いによって「球磨焼酎」は日々磨かれ、今も進化し続けています。

ウィスキーやスコッチ、ワインのボルドーやシャブリ、ブランデーのコニャックのように、球磨焼酎は
地名を冠することを世界的に認められている数少ないブランドです。
|