サイパン島運用記

BCLにはあまり関係ありませんが、アマチュア無線機を持ってでサイパン島での運用を
記したものです。

  出発
  成田を出発したのは日もとっくに暮れた2045JST。会社の慰安旅行のためか安ツア
ーであった訳で、4日の工程の2日間は移動に費やされてしまう。飛行機はもちろんエコ
ノミークラスであり、また驚くべき事が起こったのである。
  0120JST、うとうとしていた私はたたき起こされ、なんとついたのはサイパンではなく
グアム島であった、この飛行機はサイパンを通り越して観光客の多いグアム島行きだっ
たのである。そこからサイパンへ行く人はグアム島の飛行場ロビーで待つ事1時間、や
っと国内線の小さな、まるでバスみたいな飛行機に乗りこんだ。
そんな中、私は運良く窓際に座る事が出来た。
  その窓から外を見ると丁度荷物を運び込んでいるおじさんが見えた。その荷物はまさ
に我々のものである、その係りの人は何と一人でかなりの荷物を入れていたが、かなり
の量である。そのためか乱暴な扱いこの上ない、すべての荷物はぶん投げられ、スポー
ツバックなどまるでごみの日に出される東京都指定のごみ袋のようであった。そんな中
に私の大切なリグの入ったバックがあるのだ、確認は出来なかったが心配である。一
応、成田では取り扱い注意の荷札を取り付けてはもらったものの、そんなのその人が見
ているとは思えない。私のバック外装は硬質プラスチックであり、中はリグを中心に周り
には発砲スチロールの代用に着替えの服などを詰め込んでいるため一応は安心してい
るが、何らかの拍子にディスプレーパネルなど割れてしまうのではないかとも、思ってし
まう。
  飛行機は出発して約一時間、ようやくサイパン空港に到着した、これまた小さなビル
で、と言うよりも駅のようである。入国審査、そして税関である。入国審査は日本人観光
客は歓迎されているようで、さほどうるさくはなく、すんなりと通してくれるが、運悪く私の
前に他国人ファミリーがいたお陰で相当時間がかかっていた。そのあとの税関は何にも
無く、ただゴム印を押すだけなのである。
  外に出ると、今回の観光ツアーのバスが待っていたので、それに乗り込みすぐには出
発しないのでどうしたものかと思ったら、一人足りないとのことである、また待たされる事
30分、ツアーガイドもしびれを切らしく、ようやく出発となった。結局最後の1人は来なか
ったようだ。
  ホテルは一応高級なハイアット・リージェンシーである。ハワイのそれとは違い多少ラン
クは落ちるようであったがそれなりである。ホテルに着いてからが又、大変。普通はボー
イが荷物を運んで部屋に案内するものだが、荷物運びは17人全員の荷物を一つの台
車に乗せてまとめて運び、その係りの人は1人である、その上、部屋番号を告げずに荷
物だけ預けてしまった人がいるものだから、その係りの人も1時間位、うろうろしていた
ようだ。私の荷物は部屋番号を言ってあったのですぐに来たが、荷物がこなくて着替えも
出来ない人が数名いたようである。自業自得である。 部屋はかなり広くゆったりしてい
る。バスルームもかなりの広さであり、バスタブにはなんとカーテンがない、その代わりに
シャワー室がついていた。又、水道の蛇口はお湯と水があり、日本と違うところが、片方
の回し方が逆になっていた。部屋はクーラーがかなりきいていて寒いくらいであるが、温
度の設定は出来ず、風の強さだけの調整だけなもであまりFBではい。寒いくらいであ
る。
  サイパンはもっと暑いのかと思ったが、意外にそれほどむし暑くはなく、私には丁度良
かったほどだ。又、これだけ温かければ、日本で考える夏に相当するが、不思議に虫が
いないである! 多少のハエはいたが、街路灯に群がる蛾やその他の昆虫、蚊や蜂な
どはまったくと言っていいほど見掛けないのである。空港の街路灯にも全くいなかっ
た。
ここはとてもすごしやすいところなのか。・・・
  2日目
  2日目の朝は、前日の行動からすると信じられない位早く起きて朝食をとり、市内観光
に出かけた。私としては不本意ではあるが会社の皆さんが行くので仕方なく同行した。面
白くも無い観光スポットに連れて行かれ、これが太平洋戦争の爪跡で、悲惨な歴史があ
ります。と言れても、「ああ、そうですか。」としか返す言葉はなかった程だ。それよりも早
く自由時間にならないものかと思っていた。
  1145JST、ついにその時は訪れ、準備開始、アンテナを設置すること約10分、リグ
をテーブルに置きアンテナコネクターを接続、安定化電源からの線をつなぐやいなやす
ぐさまバンドワッチに入った、その間約3分と言った所だろうか、何と素早い行動か、前
日のほとんど睡眠をとっていない人間のやれる芸当とは思えない自分でも信じられない
パワーを感じていた。
  ファーストコンタクトは北海道、2文字コールのOMであった。一番最初につないでもら
ったお礼を込めて少し長めのQSOをした、もっともサイパン当たりではそれ程珍局では
ない事と、この時に呼んだのがこの局だけであった事、またここであせっても誰かが次に
呼んでくる保証はないし、この局を利用してここは一つ技を使った。
「北海道は雪なんか多いのですか、こちらはとても蒸し暑く今では、クーラーを使っていま
す。」と言った会話をおり込みながら、誰かがワッチを始めたときに、あれ、この季節にク
ーラーを使っているとは何処からの交信だろうかと、興味も抱かせる内容の話をし、北
海道の局に返すときには、必ずこちらのコール(KH0/)を付けて返し、他のワッチ局に
サイパン移動をそれとなく教えると言ったQSOにしたのである。このことによりむやみに
CQを出すよりもスマートで、CQ以上の効果を発揮出来るものと考えたのである。いわ
ゆる釣りのまき餌のようなものである。その北海道とのQSOの後QRZを送信したところ
案の定。たくさん呼んで来たのでしめたもの、まき餌終了。すぐさまショートQSOに切り
替えパイルをさばく戦闘体制に入った。
  3mHのGPにベアフットの100W機では色々と技も使っていかなくては多くの局との交
信は不可能。CWの未熟な私ではSSBに頼るしかないが23年間鍛え上げられた小技
を駆使してのサイパン移動の幕開けとなった。
  その後、多くの局に呼ばれ続け、伝播状態の良い状態の続く限りのサービスとなった。
今月のCQ誌予測では1500JSTまでとあったが、この日は予測を裏切りなんと2240J
STまでパイルは続いた。途中QRTをよぎなくされたが旅行の主旨が会社の慰安旅行な
ので仕方なく飲み会に出かけ、(私はこちらも楽しんだ)また会社の同僚の誰も誘わない
のに一人で名物のマッサージにも行ったりした。後に多少アルコール変調となったが十
分楽しめた。
  その後、さすがに私の体力も限界が来たようで深い眠りに入った事は言うまでもない。
明日はほとんど自由行動なのでQSOが出来る、大変楽しみである。
  3日目
  朝8時まで寝ていた私はようやく起きだし、同室の人と一緒にホテルの食事に出かけ
た。ここは結構いいホテルで朝食は外の各テーブルに付けられている大きな傘の下で取
ると言ったなんとも優雅なものであった。私はミールクーポンなるものを持っていたので
朝から食べ放題のビュッフェスタイルである。
  ゆっくり食事を取ったあとはQSOの時間であるが、ここであわててはいけない、何しろ
昨日の疲れが残っているし、今日は前日以上にやがて来る大パイルを受けるのである。
9時まではゆっくりしていようと思っていた、と言うのも訳がある。疲れをなるべく取ること
の他に、時間調整である。現地の時間で9時と言うことは、日本ではまだ8時である。よ
うやく名だたるJA−DXerは起き出し食事を取っているころであろう、こんな時間に慌て
てCQを出してもたいして呼んでこないのである。これは私が数多い国内移動運用の経
験から導き出した結論と言えよう。パイルの山は1300JSTとみてそれに備えた臨戦態
勢をひこうと思っていた。
  同室の人は海に潜りに出かけるとのことであるので、「行ってらっしゃい、私は留守番
をしています。」と見送り、さあ、始まりである。昨日とほぼ同じ周波数当たりにした。
21.300MHz附近である。もう少し下の方がいいと思われがちだが、それは素人考え
である、21.295MHzには世界の珍局が出て来る知る人ぞ知る、スポットなのである
が、まさかドンピシャリ、そこに出る訳にはいかないので少し離して陣取った。また、今回
使用したGPはSWRが一番低いところもそれより少し上だったのでこの、21.300MH
z附近とした。昨日すでに近所のスーパーで購入しておいたパンと水2リットルをリグの隣
におき準備完了。
  いざCQを出すと今日は日曜日、昨日とはその様相は一変した、最初から多くの局に
呼ばれたのである。入れ食い状態であった。 私は興奮した、こんな感動は開局以来め
ったに無い。しかし、このような時こそ冷静にならなくてはいけない、声がうわずるような
恥ずかしい真似だけはしたくなかった。しかし、こんな時に自分でも誉めてやりたいくらい
妙に落ち着いていた、多くの局に呼ばれていても、ホネチックコードさえ使ってくれれば、
コールは一発で100%コピーできる自信があった。
  本来、なるべく遠い局、弱い局、QRP、モービルなどを先に取りたいのだが、残念なが
らそのようなことを言っていたのではこなせなくなってしまうので、とにかくコピーできる局
を取っていかないと間に合わない、もたもたしていると次第にパイルの山が大きくなり、
もっと裁きずらくなってくるので、山が大きくならないうちに切り崩すことが大切である。
名オペレータになるとかえってパイルにならない様にこなしてしまう。本来はそれがうまい
人なのである。
  順調にQSOは進んで行ったが、今度はいつ食事を取ろうかと考えてしまう、昨日のよ
うに飯抜きでもかまわないが、出来ればせっかく買ってきたパンを食べたいものだと思っ
ていた。
  1250JST、嵐の前の静けさか突然誰も呼ばなくなった、空白の時間である。伝播状
態が悪くなったのか、たまたま誰もワッチしていなかったのか、この際理由はどうでもい
い、今がチャンスとばかりに買っておいたパンを多急ぎで口の中に押し込んだ。随分大
きなパンでシナモンのきいたかなりうまいのものだった。日本では食べたことのない、い
けるパンだ。それを交信最中もたびたび飲んでいたこれまた聞いたこともない銘柄のミ
ネラルウオーターで、無理矢理流し込んだ。一瞬息がつまるかとも思えたが、何度かち
ぎっては食べ、結局全部たいらげてしまった。
  お昼休みはたったの10分もかからなかった、再び交信開始、運良くまた呼ばれ続け、
自分でも予想していた大パイルの時間に突入する、そしてついにその怪物は姿を現し
た。もの凄い数の局が呼んできてさすがの私も取りきれない時があった程だった、いわ
ゆる「ドック・パイル」である。多いときは一分間に3〜4局と交信した。
私もコールをコピーするのと、メータをかろうじて見るのがやっとであった。最近はあまり
使いたくなくて使っていなかったが、いわゆる「耳S」と言うやつで、メータを見ずに聞いた
感じでSの判定をしてしまうやり方である。勿論違法ではないが、あまりやりたくない。ど
うしようもないときは何度か使ってしまった。シグナル強度の正確さが失われてしまうか
らである。
  なんとかパイルは切り抜け、午後4時になった、ここでひとまずQRTである。会社の人
とクルージングに行くので惜しまれつつも、またあとで。との言葉を残して電源を切った。
室内での運用にも係らず、IC706は相当熱くなっていた。私と共にパイルに参戦した同
士である。リグを休め、後ろ髪を引かれつつも私は部屋を後にした。
  クルージングはかなり盛り上がり、船の中ではディスコの様な感じであった、地元の若
い踊り子さんも乗っていて、ポリネシアンショーを見ながらビールを飲んで、油っこいつま
みを気持ちの悪くなる位たくさん食った。気持ちの悪くなったのは、酒酔いのせいなの
か、船酔いのせいなのか、本当に油っこいせいなのか、QSOの疲れのせいなのかは定
かではないが、全てが係っている様な気がしていた。
  結局、クルージングが終わってからホテルに帰り、また、リグにスイッチを入れてはみ
たが、ワッチ状態は昼のそれとは全く様相が違い、誰も他に出ていない、QRNが多くな
っていたが、最後のCQを試みた。かろうじて1局だけとは交信できたが、それまで20分
CQを出したが1局ではと思い、今回の運用は全てQRTとした。
  総トータル515局、こんなNGな設備で良くこれだけ出来た物だと感心した。
  最後に、沢山の呼んでくださった局には感謝の気持ちを込めて、記念QSLをカラー写
真で発行することにした。 END。

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