市民農園の紹介
| 歴史 |
| ドイツのクラインガルテンの歴史は、旧東ドイツのライプチヒ市の市議会議員ゼーブルク博士が、1832年に失業対策事業を兼ねて市民の手で開墾させた農園から始まるとされている。それ以前にイギリスでは、労働者の救貧対策としてアロットメント(分区園)が行われていたことから、大元はイギリスから伝わったものと考えられる。 現在のクラインガルテンの形態になったのは、シュレーバー博士の功績が大きい。ライプチヒ市の医師であった彼は、産業革命の影響による都市化に伴う生活環境の悪化から、子供達の健康のために遊び場の必要性を唱え、クラインガルテンの概念を固めた。彼の死後、弟子のハウシルドがこの思想を受け継ぎシュレーバー協会を設立し、1865年に子供の遊び場を持った菜園が造られた。このことから、クラインガルテンは、シュレーバー・ガルテンという愛称でも呼ばれている。 その後、普仏戦争(1870〜1871年)や第1次世界大戦(1914〜1917年)の際には、食糧自給政策の中に組み込まれもしたが、戦後は都市政策として認められて、ワイマール共和制期の1919年にクラインガルテン法が制定された。これは、クラインガルテンの計画が既に都市計画の重要なテーマになっていたにもかかわらず、クラインガルテンの契約関係が不備で、悪徳地主による不当な賃貸料金の値上げ等で利用者が苦しめられている状況にあり、非営利的な市民利用を保護するためと、長期契約(25年)を保障する内容である。第2次世界大戦に突入しても、食糧自給の目的もあり、1944年に解約保護法が制定され、多くのクラインガルテンが市町村有として永久的緑地となった。 大戦終了後の1949年にドイツは、東西に分裂し1990年の合併までそれぞれ国が異なった道を歩みだした。東ドイツでは、3戸に1戸がクラインガルテンを所有し、施設的には西ドイツより劣っているが、クラインガルテンの利用者は生産物を供出し、それが都市で消費される野菜や果物の3〜4割を占めるにまで社会に定着していた。 一方西ドイツでは、高度な経済発展に伴う都市化によりクラインガルテンが一時減少したが、高齢化社会を見越した市民達がクラインガルテンの運動を活性化させ、1980年には60万区画台になるまで戻った。そして1983年には、クラインガルテンの大改正が行われ現行法が制定された。さらに、1986年に建設法典が制定され、クラインガルテンは、Fプラン(土地利用計画)とBプラン(地区詳細計画)に表示されることとなり、市民生活のみならず都市政策にも明確に位置づけられることとなった。 1990年の東西統合により、ドイツ国内のクラインガルテンは110万区画以上となったが、旧東地域のインフラ整備に多額の費用が必要となり、新しいクラインガルテンの開設や老朽化したクラインガルテンの再整備等は後回しとなった。かつ旧東地域における農業生産や市民所得の向上、野菜流通の整備などが進み、食べるためにクラインガルテンを所有する人達のクラインガルテン離れが起り、2002年には110万区画弱となり、減少傾向が続いている。しかし、旧西地域のミュンヘン市などの大都市では、僅かながら増加傾向となっている。東西統合からEU統合と社会情勢が激動するなかクラインガルテンは、21世紀もドイツ市民に対し新たな役割を果たしつつ、地域社会になくてはならないものとして機能していくであろう。 |
| ドイツのクラインガルテン |
| クラインガルテンの特徴 |
| クラインガルテンの特徴として、大きく次の10項目を挙げることができる。 @区画が大きい:1区画の面積が平均約300uもあり、野菜を作るだけでなく果樹や花卉、芝生など庭的利用がなされている。 A小屋がある:区画内に屋根投影面積24u以下で平屋の小屋(ラウベ)が建つ。このラウベには、簡単なキッチンと休憩できるリビング等が完備されており、利用者(クラインガルテナー)が自分達で建設することになっている。原則として宿泊は禁じられており、電気や電話は配備されていない。その理由は、クラインガルテンは緑地であり、リゾート施設でないという位置付けによる。 Bクラブハウスが附帯する:敷地内にクラインガルテナーおよび一般市民が利用できるクラブハウスが建ち、このクラブハウスは、原則としてクラインガルテナーが共同で建設する。 C長い利用契約:賃貸期間が25年あるいは無期限となっているが、配偶者以外にその権利は譲渡できない。 D利用者による管理運営:個人が借りている区画だけでなく、園路や共有地を含めて全てをクラインガルテナー全員で自主管理し運営も行う。 E公共の場がある:子供の広場や緑地広場が必ず中央付近にあり、園路と共に一般市民に開放されている。 F安価な利用料金:利用料金が年間3万円前後(都市によって変動あり)と安く、人々が利用し易い料金となっている。(ラウベは個人資産) G利用者の制限:クラインガルテンを利用することができるのは、集合住宅の二階以上に住む人に限定されている。庭を所有する集合住宅の一階住民や戸建の住民は利用できない。 H居住地に立地:クラインガルテンの利用を希望する人は、居住する行政区クラインガルテナー協会が管理するクラインガルテンしか利用できない。 I環境に配慮:都市内の緑地であることから、農薬や肥料の使用が制限されており、実の成る潅木などビオトープの整備、雨水利用や堆肥等による循環が行われている。 |
| クラインガルテナー協会 |
| クラインガルテンは、土地の確保と造成工事などを自治体が行い、クラブハウスや個々のラウベを利用者が建設し、運営管理をその地区の利用者組織であるクラインガルテナー協会が行っている。このクラインガルテナー協会は、100〜200単位の区画で1つのクラインガルテン地区を形成し、その地区に1つの協会を持つことになっている。この協会の組織活動は、クラインガルテン法にも明記してあり、クラインガルテンを社会制度の一つとして位置付けていくためには、その構成員による組織が社会規範にのっとって運営しなくてはならないとされている。 このクラインガルテン協会が、自治体単位でまとまって一つの市協会を形づくり、その市協会が集まり州の協会、全州の協会が集まり連邦(国)クラインガルテン協会とピラミッド形の組織形態となっている。 協会の役員は、ほとんどが無報酬で、州の協会の3人程度の専従スタッフだけが有給となっている。地区協会もほとんどが無報酬で、役員もクラブハウスで働く人々もボランティアで行われている。 協会の役割としては、適正なクラインガルテンの利用管理は勿論、借地料の低減化、環境保全、汚染防止等について機関紙や本の出版等を通して指導を行うほか、クラインガルテナーが比較的高齢化していることから、子供達を対象とした園芸教室やキャンプなどの催しを開催し、クラインガルテンへの関心と啓発を行っている。 クラインガルテンには、罰則規定も設けており、区画内のラウベの大きさや土地利用の制限、管理の徹底などがあり、協会が年に2〜3回チェックを行い、数度の警告後にも改善が認められない場合は、利用契約の解約まで行うことができる。 協会の自治体に対する役割としては、クラインガルテンの建設要望や交渉、提案、既存クラインガルテンの保護、何らかの状況からクラインガルテンが廃止される場合の代替地や補償等の折衝などを、市協会は市と、州協会と州政府と、連邦協会は連邦政府と折衝している。 |
| 写真で紹介 | |
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| 三世代で憩うクラインガルテン(ミュンヘン市) | ラウベ内は趣味を活かして(ミュンヘン市) |
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| 所変わればラウベも変わる(ハノーバー市) | クラブハウスでビールを一杯(ハノーバー市) |