Plan-B定期上映会


 次回上映

plan B定期上映会
映画「山谷─やられたらやりかえせ」上映会&講演
監督 佐藤満夫・山岡強一 ドキュメンタリー/16mm/カラー/1時間50分

■日時:2011年11月5日【土】 映画上映19:00、講演21:00頃より
■場所:プランB(地下鉄丸ノ内線中野富士見町5分、中野区弥生町4−26−20−B1
 03−3384−2051
■予約・チラシ持参1000円/当日1200円(講演のみは無料)
■予約・問合せ090-1836-3430(池内) Eメール:
komi-ko3@jc.ejnet.ne.jp(小見)

「非在」の言葉を明るみへ――
大場ひろみ(ちんどん屋・『チンドン―聞き書きちんどん屋物語』著者)


 何故ちんどん屋が「山谷」の上映の場で語るのか、私にも必然性を強調できるような言葉はないのですが、これだけは言えるなと思うのは、ちんどん屋を始めた人々が、どうでもいい瑣末な存在として見られて、いろいろな歴史や文化、芸能、職業検証の文脈でまったく省みられなかったことです。庶民芸能、民俗学の対象からも零れ落ち、片手で足りるほどの僅かなルポライターや民間研究者が書き残したに過ぎませんでした。
 たまさか私がちんどん屋の世界に入り、諸先輩の聞き書きを始めてすぐに気がついたのは、彼らが言葉を残せないがゆえに、まるで「無い者」かのように扱われ、無視されているすべての人々のうちの一人であることでした。「山谷」の人々と同様に、彼らの言葉に耳を傾ければ焙り出されてくる、支配者の側でない歴史、生活、今の日本の状況へと繋がる点と線が見えてきます。
 私の本も「山谷」の映画のように、見えなくさせられているものを見える場所へ置き換え、そのような人々を繋げる役割まで果たせたらいいなと思い、今回お話しすることにしました。



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映画「山谷─やられたらやりかえせ」上映会&講演
監督 佐藤満夫・山岡強一 ドキュメンタリー/16mm/カラー/1時間50分

■日時:2011年9月3日【土】 映画上映19:00、講演21:00頃より
■場所:プランB(地下鉄丸ノ内線中野富士見町5分、中野区弥生町4−26−20−B1
 03−3384−2051
■予約・チラシ持参1000円/当日1200円(講演のみは無料)
■予約・問合せ090-1836-3430(池内) Eメール:
komi-ko3@jc.ejnet.ne.jp(小見)

●みんなの公園――野宿者排除と「公共」のアクティヴィズム
浜邦彦(早稲田大学教員/ストリート研究会)


 2007年10月、野宿者が暮らしている国道246号線渋谷駅 。ガード下に、野宿者への「移動のお願い」が掲示された。「お願い」の主は「渋谷アートギャラリー246」と記されており、なるほど、ガード下と地下道一帯の壁には、いかにも稚拙な「アート」の装飾がほどこされていた。2009年8月,渋谷区はナイキジャパン社と、区立宮下公園の名称を「宮下NIKEパーク」に変更し、有料スポーツ公園への全面改修工事を依頼する基本協定を結んで,宮下公園の野宿者排除に乗り出した。
 こうした動きに、いち早く反応したのはアーチストたちである。かれらは「アート」の名において野宿者が排除されることに危機感を覚え、誰もが利用できるはずの公園が私企業の管理する空間へと変貌することに抗議の声を上げた。「246表現者会議」から「宮下公園アーチスト・イン・レジデンス」に至るアーチストたちの闘いは、さまざまな賛同者を集め、野宿者支援の運動とともに、宮下公園の「ナイキ化」を阻止する1年半以上の劇的な活動に結実した。
 1980年代の山谷の闘いと、2000年代の渋谷の闘い、その連続と断絶を、「公共」というキーワードから考えてみたい。



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映画「山谷─やられたらやりかえせ」上映会&講演
監督 佐藤満夫・山岡強一 ドキュメンタリー/16mm/カラー/1時間50分

日時:2011年6月25日【土】 映画上映19:00、講演21:00頃より
■場所:プランB(地下鉄丸ノ内線中野富士見町5分、中野区弥生町4−26−20−B1
 03−3384−2051
■予約・チラシ持参1000円/当日1200円(講演のみは無料)
■予約・問合せ090-1836-3430(池内)


山谷から震災・原発危機状況の福島へ
中村光男(日雇全協・山谷争議団)


 現在続けている被災地支援の内容と、原発および被曝労働者を巡る問題を、中村光男さんが得ている最新の情報をもとに、山谷と関連づけてお話しいただきます。
 原発労働が土建と同じ重層的下請労働で行われている問題と、声を出せなくされている状況について。山谷の差別抑圧構造が世間から伏せられたまま経済成長が語られていたことと、被曝労働者の現実を隠蔽しながらエネルギー像が語られ大量のエネルギー消費が進められてきたことについて。そして、今の取り組みとしての被曝労働自己防衛マニュアルを用いた被曝労働者への取り組みについて、それぞれお話しいただきます。



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映画「山谷─やられたらやりかえせ」上映会&講演
監督 佐藤満夫・山岡強一 ドキュメンタリー/16mm/カラー/1時間50分

■日時:2011年3月26日【土】 映画上映19:00、講演21:00頃より
■場所:プランB(地下鉄丸ノ内線中野富士見町5分、中野区弥生町4−26−20−B1

 
03−3384−2051
予約・チラシ持参1000円/当日1200円(講演のみは無料)
予約・問合せ090-1836-3430(池内)

● 実録・山谷「現場闘争」を語る――山谷争議団三十年の闘い
 三枝明夫(山谷争議団結成メンバー)&荒木剛(現・山谷争議団)
 司会・キムチ(金町戦元行動隊長)


 1981年10月4日、山谷争議団が結成されてからはや三十年を迎えようとしている。
 映画は、83年秋からのヤクザ金町一家と争議団・日雇全協の、山谷を舞台にした攻防の只中で撮影されていった。撮影の中で二人の監督を亡くしたが、画面に登場する日雇全協派遣団や争議団のメンバーも、その後十名以上が他界している。生き残った者たちも老人化し、きつい肉体労働に体がついて行かなくなり、土建現場からの撤退を余儀なくされつつある。
 今回は、そのオヤジたちの重い口を開けさせたいと思う。彼らが何を伝えたいのか、さあ、ご期待というところだが、現場の闘いから離れ「活動家」を引退したものが、過去のこととは言え、皆の前で語ることは、恥の上塗りになるかもしれない。誇れる(?)ものは十数回に及ぶ逮捕歴しかない者達だが、そのこと自体が失敗や敗北の経験の多さでしかない。しかしそこから豊富な教訓も引き出せる可能性もあるということだ。
 司会は対金町戦元行動隊長のキムチ。弁士は、山谷争議団と日雇全協の結成メンバーで、止めた後、二十数年ぶりにこういった場に顔を出すようになった三枝明夫、今も現役として争議団を守り抜く荒木剛の二人。
 話したいことは山程あっても短い時間の中で、今回は映画の中でも出てくる「現場闘争」について焦点を当て、オヤジたちの「昔はこうだった」という戯言の中に、今に繋がるヒントが、何か一つでも隠れていればと祈るような気持ちで、しかし、一世を風靡した、少し古いが大川橋蔵や中村錦之助、あるいはもっと古ければ、ハンフリー・ボガードやゲイリー・クーパーにも劣らぬ顔ぶれを気負って、登場しようと目論んでいる次第です。乞うご期待。



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映画「山谷─やられたらやりかえせ」上映会&講演
監督 佐藤満夫・山岡強一 ドキュメンタリー/16mm/カラー/1時間50分

■日時:2011年1月22日【土】 映画上映19:00、講演21:00頃より
■場所:プランB(地下鉄丸ノ内線中野富士見町5分、中野区弥生町4−26−20−B1
 
03−3384−2051
予約・チラシ持参1000円/当日1200円(講演のみは無料)
予約・問合せ090-1836-3430(池内)

「流動する集団身体」
講演者:東琢磨(音楽批評)


 今、『山谷-やられたらやりかせ』をフィルム上映で見るとはどのような意義があることなのか。1964年生まれの私がこの映画を初めて見たのは、この作品が完成直後、四谷の公会堂でものものしい空気のなか、労働者と機動隊が入口で対峙しているなかだったように記憶している。その後、2005年から広島に帰ったあとも、何度か広島での上映会をお願いしたり立ち会ったりして新たな発見がその度にあった。広島で一緒に見た中国人の友人は「まさにこの映画は、今の中国だ」とも感想を述べてくれた。
 そして、日本ではどうだろう。毎月のように東京、関西、福岡に深夜バスで出かけるようになり、多くの若い女性たちが移動していることに驚いた。新幹線とはあきらかにジェンダー/階級が異なる。さらに、深夜バスが休憩で止まるSAや、青春18キップで東京に向かう途中の大阪から「関西本線」を経由して浜松辺りまで、ブラジル人やさまざまな外国人にも出会う。仮にも肉体が集合することが可能であった山谷と、個で分断され個室(郊外住宅の一室、ワンルームマンション、ネットカフェ…)に押し込まれている(零落したブルジョアとして自死するか、最後に誤爆のテロルによってのみ「社会化」が可能となる)、過酷な労働を渡り歩く諸身体、高速バスで移動しながら都市での「ケア労働」(狭義のケア労働/性風俗産業を含む広義のケア労働)に従事する諸身体…。
 移動しながら、流動ちゅうの集合身体とでもいうべきだろうか。『山谷』を見ることで、これらの諸身体を、ヴァルター・ベンヤミンが、「新しい野蛮人」の「集合身体」としてとらえ、稼働させていく回路と技芸を考えてみる、ということに挑んでみたい。また、ベンヤミンがそうした技術の戦場のひとつとして映画を見ていたとしたら、今は、高速道路とネットの網の目をどのように攪乱し接続しなおす=直結させるということなのかもしれないかも、と考えている。



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映画「山谷─やられたらやりかえせ」上映会&講演
監督 佐藤満夫・山岡強一 ドキュメンタリー/16mm/カラー/1時間50分

■日時:11月13日【土】 映画上映19:00、講演21:00より
■場所:プランB(地下鉄丸ノ内線中野富士見町5分、中野区弥生町4−26−20−B1
 03−3384−2051
■予約・チラシ持参1000円/当日1200円(講演のみは無料)
■予約・問合せ090-1836-3430(池内)

北京郊外「農民工」居住区・皮村――北京テント芝居の旗揚げ公演と映画「山谷」上映会
講演者:桜井大造(中国「北京・臨テント劇社」・日本「野戦之月海筆子」・台湾「海筆子」所属)


2007年9月日本の「野戦之月海筆子」と台湾の「台湾海筆子」は共同して、北京の2カ所にテントを建て、「変幻カサブタ城」という芝居を同一台本・同一舞台の日本語版と中国語版にて日替わり公演した。
1カ所は北京の中心部、朝陽文化館とマクドナルド朝陽店の前の五輪広場で、無許可での公演であった。もう1カ所は北京の飛行場そばにある「皮村」という農民工(打工)の集住地区であり、こちらも無許可ではあったが、農民工の芸術団体が活動する打工博物館の前庭での公演であった。
 今年の8月、3年前に北京のテント公演を企画制作した北京メンバーが中心となって、中国では初のテント演劇グループが旗揚げした。 テントが建ったのは3年前と同じ農民工の街「皮村」である。皮村は3年前より農民工の数も増え(現在2万人ほど)、いたるところから子供たちの歓声が聞こえる活気に満ちた場所となっていた。しかし、この街はもうすぐ跡形もなく消えていくのだ――。
 今年夏の皮村のテント演劇と、翌月9月に行われた「農民工芸術祭」の「山谷」上映の件について報告します。



plan B定期上映会
映画「山谷─やられたらやりかえせ」上映会&講演

監督 佐藤満夫・山岡強一 ドキュメンタリー/16mm/カラー/1時間50分

日時:8月7日【土】 映画上映19:00より
上映後ミニトーク 21:00頃より 中川孝志(元・山谷悪質業者追放現場闘争委員会)をお迎えして「監獄(刑務所)のことも考えて下さい、とりわけ「医療」について」と題したお話をうかがいます。
■場所:プランB(地下鉄丸ノ内線中野富士見町5分、中野区弥生町4−26−20−B1
 03−3384−2051
■予約・チラシ持参1000円/当日1200円(講演のみは無料)
■予約・問合せ090-1836-3430(池内) e-mail:komi-ko3@jc.ejnet.ne.jp(小見)

監獄(刑務所)のことも考えて下さい、とりわけ「医療」について
中川孝志(元・山谷悪質業者追放現場闘争委員会)


 1711人。この数字は、2008年段階の「無期刑受刑者」の人数です。この中で、1999年から2008年の10年間で、「仮釈放」になった「無期刑受刑者」は68人、そして同じ期間「獄死」は121人です。2005年の刑法改正により「有期刑」の上限が30年に引き上げられました。その意味するところは、「無期刑受刑者」の仮釈放は、30年以上の受刑後でなければ、対象にすらならない、ということです。現にこの数年間、「仮釈放」になった「無期囚」は3〜4人なのです。
 考えてみてください。たとえば、35歳で受刑生活に入った「無期囚」が65歳以降でなければ、仮釈放の対象にすらならない。「仮釈放」の条件には、「悔悛の情」に加え、住居や仕事が確保されることがあります。30年を経て、こういった条件を満たすことができる人が、はたしてどれだけいるでしょうか。
 加えて過酷なのは「監獄の医療問題」です。2007年の「徳島刑務所暴動」を覚えているでしょうか。その発端は、「医療問題」なのです。
 その具体例として、旭川刑務所の磯江洋一さんと宮城刑務所の丸岡修さんの現状について話したいと思います。


plan B映像週間第1弾「NDUの軌跡」&『山谷やられたらやりかえせ』

NDU(日本ドキュメンタリストユニオン)は、「早大150日間ストライキ」を担った早大中退者を中心に1968年に結成された映像集団である。その映画づくりは小川プロ、土本典昭らと同時代にあって学生運動高揚期から長期にわたって闘争の現場を撮り続けてきた。その視線は労働者・学生運動とベトナム反戦でもりあがる新宿から、沖縄―先島諸島―台湾―朝鮮半島へと歩を進め、国境をまたいで流浪する労働者の姿を追い続け、「“アジア”への視点」を独特の地平から切り開いていった。

■日時:6月1日(火)〜6月6日(日)PM7:00〜(上映後、ゲストのトーク)
6/1【火】「出草之歌 台湾原住民の吶喊 背山一戦」(2005年/112分)
ゲスト:桜井大造(野戦之月海筆子)
6/2【水】「鬼ッ子 闘う青年労働者の記録」(1969年/78分)
「倭奴へ・在韓被爆者無告の二十六年」(1971年/52分)
ゲスト:土屋トカチ(映像作家『フツーの仕事がしたい』監督)
6/3【木】「沖縄エロス外伝・モトシンカカランヌー」(1971年/87分)
ゲスト:小野沢稔彦(映像作家・批評家)
6/4【金】「アジアはひとつ」(1973年/100分)
ゲスト:平井玄(音楽批評)
6/5【土】〈特別上映〉「山谷─やられたらやりかえせ」監督 佐藤満夫・山岡強一(1985年/110分)
ゲスト:丸川哲史(台湾文学・東アジア文化論)
6/6【日】「出草之歌 台湾原住民の吶喊 背山一戦」(2005年/112分)
ゲスト:井上修(NDU)
■場所:plan−B:地下鉄方南町線(丸の内線)中野富士見町駅下車5分
東京都中野区弥生町4−26−20モナーク中野(地下1階) 03−3384−2051
■『山谷─やられたらやりかえせ』(監督:佐藤満夫・山岡強一)以外の5作品は企画・制作/NDU
■料金:1日券1000円、通し券3000円
■Eメール: space.plan.b@gmail.com (西原、井田、石原)



日時:2010年4月3日(土)上映開始19:00(開場18:30)
上映後ミニトーク 21:00頃から 「フォークの吟遊詩人高田渡と、詩人高田豊」 『高田渡と父・豊の「生活の柄」』(社会評論社)の著者・本間健彦さんをお迎えして
■場所:プランB(地下鉄丸ノ内線中野富士見町5分、中野区弥生町4−26−20−B1 Tel03−3384−2051
■予約・チラシ持参1000円/当日1200円
■予約・問合せ090-1836-3430(池内) e-mail:komi-ko3@jc.ejnet.ne.jp(小見

なおPlan-Bの連続上映会は、4月3日(土)の後に6月5日(土)、8月7日(土)とおこなわれる予定です。いずれも19:00時よりの上映開始となります。詳細が決まり次第掲載します。

『山谷−やられたらやりかえせ』沖縄上映会

特集『闘う労働者たちの記録 '85→'08』
『山谷 やられたらやりかえせ』 『フツーの仕事がしたい』
■3/6(土)〜3/12(金)  13時ごろより、2作品を上映。(入れ替え制)
■2作通し券:一般2,200円 会1,800円
■会場 桜坂劇場ホールC
■住所:〒900-0013 沖縄県那覇市牧志3-6-10
電話番号:098-860-9555(劇場窓口)
桜坂劇場のホームページはこちら
「高度経済成長を終えた80年代、山谷にあふれた労働者とその搾取の構造を追い、二人の中心人物を惨殺されると言う、文字通り命をかけた映画作りの果てに生れた名作『山谷やられたらやりかえせ』。そして現代のトラック運転手の過酷な労働状況をフツーの目線で捕え、フツーがフツーに手に入らないものだという現実を提示し、海外の映画祭でも話題を呼んだ『フツーの仕事がしたい』。いづれも特定の職業を描いた作品ながら、現代の我々に繋がる物をもっており、単独で見ても見応えのある作品です。しかし、四半世紀近く離れた二つの時代のドキュメンタリーを並べ、類似点と相違点を見比べることで、我々自身の現在から未来を考えるヒントが見えてきます。(桜坂劇場 真喜屋力)」
初日には両作品の関係者も来場し、詳しくお話をお聞きするトークショーも開催。
<初日トークショー>
時間 15:00ごろ(『山谷』上映終了後)
ゲスト:映画『山谷』上映委員会より、中山幸雄氏
    土屋トカチ監督(『フツーの仕事がしたい』監督)
※上記2作品を鑑賞どちらかを鑑賞、または2回券をお持ちのお客様はトークショーをご覧になれます。
※トークショーは『山谷』上映後、『フツーの仕事がしたい』の上映前の時間に行いますので、『山谷』の話題を中心に進行しつつ、『フツー?』の前フリをする形になる予定です。



2009年12月12日(土曜日) PM 6時30分開場 PM 7時より上映
予約・チラシ持参1,000円、当日1,200円(講演のみは無料)
Plan−B 中野区弥生町4−26−20−B1
電話:03−3384−2051
地下鉄丸ノ内線中野富士見町駅から徒歩5分
予約・問合せ:090-1836-3430(池内)

講演「ドキュメンタリーに監督・作家はいらない、勿論、編集だって不要だ?!」

井上 修(NDU/『出草之歌』撮影・編集)
「ドキュメンタリー」はなりよりもまず、素敵な対象に巡り会うことだ。多くの場合、彼らは過酷で困難な状況に置かれているだろう。しかし状況がどんなに困難であっても、いやだからこそ彼らが果敢にそれに立ち向い、状況を切り開いていこうとする姿を、多くの人に知ってもらい、感動を持って欲しい。それが私にとっての「ドキュメンタリー」であると思っている。だから「ドキュメンタリー」に所謂「作家、監督、ディレクターなどなど」はいらない。必要なのは映像と音声を的確に収録して、それらを順番に並べていく(これは断じて編集じゃない)ことができるスタッフだけだ。でも残念ながら、日本の「ドキュメンタリー」の主流はどうやらそうではないらしい。たとえば、NDU日本ドキュメンタリストユニオンの最新作『出草之歌 台湾原住民の吶喊 背山一戦』では……おっと、この先のお楽しみ(?)は、会場で!


「無期囚磯江洋一さん 山谷6・9決起30年 問われ続ける、山谷・監獄・貧困...」
2009年6月6日(土) 午後2時〜
日暮里区民事務所ひろば館(301洋室) 東京都荒川区東日暮里6−17−6 (JR日暮里駅北口東側出口・日暮里中央通り沿い徒歩10分)
≪第1部≫午後2時〜
『山谷─やられたらやりかえせ』DVD上映(1時間50分)
≪第2部≫午後4時30分〜
発題:6・9闘争と寄せ場の闘い(松沢哲成)/磯江さんを支えて30年(丸山康男)/6・9以降の山谷の闘い(荒木剛)/無期囚の終身刑化について(山際永三)/獄中の処遇、医療について(永井迅)/「貧困」とはなにか(加名義英逸)/山谷からの報告(山谷労働者会館)他
磯江さんからのメッセージ
≪第3部≫
討論(全員)     
資料費/1,000円
連絡先:090-1836-3430(「山谷」制作上映委員会)
集会の趣旨と磯江洋一さんの略歴など

2009年5月9日(土曜日) PM 6時30分開場 PM 7時より上映
予約・チラシ持参1,000円、当日1,200円(講演のみは無料)
Plan−B 中野区弥生町4−26−20−B1
電話:03−3384−2051
地下鉄丸ノ内線中野富士見町駅から徒歩5分
予約・問合せ:090-1836-3430(池内)

上映後21時頃から<ミニトーク>-------
講演 働く権利から見たパレスチナ問題
講師 田浪亜央江(大学非常勤講師)

難民であることによって居住国での職業選択が制限され、働く場を求めて国境を超えることもままならないパレスチナ人。イスラエルで日雇いとして差別的に使われた揚句に労働市場から締め出され、今や被占領地のなかで就ける仕事などほとんどないパレスチナ人。イスラエル国内で市民権をもつパレスチナ人がまずぶつかる壁も、彼らの働ける場がユダヤ人に比べて極めて限られていることだ。ユダヤ人が働き自立する場として作られた国家は、労働においてこそ非ユダヤ人を差別し、分断する社会となった。労働を通じて自立し他者と対等な関係をもつという理想と、労働のなかで他者と支配/被支配関係が作られ、自らの人間性を失っていく現実。日本社会の中から、今こそパレスチナ問題がより切実に見え始めている。


国際基督教大学( ICU )上映会(4回上映)
【日時/会場】
2月4日(水)・5日(木)
両日とも 午後1時〜(大学本館367号教室)/午後7時〜(ハーバーホール:ICU教会幼児園)
〜午後3時頃より話+ディスカッションあり〜
(話:4日=池内文平〔上映委〕/5日=濱村篤〔上映委・日本寄せ場学会〕)
【料金】
一般 1,000円/学生 500円
【問い合わせ】
0422−33−3323(国際基督教大学・宗務部)
 (三鷹市大沢3−10−2)


2008年11月29日(土曜日) PM 6時30分開場 PM 7時上映
予約・チラシ持参1,000円、当日1,200円(講演のみは無料)
Plan−B 中野区弥生町4−26−20−B1
電話:03−3384−2051
地下鉄丸ノ内線中野富士見町駅から徒歩5分

上映後PM 9時頃よりミニトーク
講演:「都市のこわれかたA──68−08/新宿」
講師:平井玄(音楽批評)
* * * * *
「1968年」について、みんなが何か言えという。
―困ったことだ。だって私は、あの年の春に高校に入ったばかりの16歳。正確にいえば15歳と11か月で、小田実を「おだみのる」と読んで、新しくできた友達に鼻で笑われるような少年だったからだ。そのマシュルーム・カット(初期ビートルズのあの髪型)のY君は、そのころ筑摩書房から出ていた『展望』という雑誌の編集長の三男坊だった。
そこから「怒濤のような3年間」が始まった―ような気も確かにするけど、そんな訳はない。うろうろ、ごそごそと、後ろからついていっただけ。いつも何かに「後ろ髪」を引かれ続けていたのだった。だから私の「68年」は、実は1972年に始まる。前川國男の新宿紀伊國屋本店から2丁目の薄暗い路地裏へ。
聞き飽きた「世代の物語」を超えて、40年後に何を語ることができるのだろうか?
* * * * *


 2008年10月5日(日)
反貧困プロジェクト『山谷−やられたらやりかえせ』札幌上映会
「「山谷−やられたらやりかえせ」は1985年に発表されたドキュメンタリーです。東京の一角にある寄せ場と呼ばれる日雇い労働者の街の生活実態や悪徳事業者に対する闘いが記録されています。日雇い派遣・フリーターなど非正規雇用者が増加し、日本社会全体の寄せ場化が進んでいるといわれる今、この映画が映し出す底辺におかれた労働者の状況と、それを支える資本や国家、搾取や暴力の構造について知り、現在の私たちの状況とどう結びつくのか、状況を覆すにはどうしたらいいのか考えます。」
10月5日(日)14:00開場 14:30〜1回目上映
16:40〜「山谷」制作上映委員会のメンバーによるトーク
18:00〜2回目上映
会場:北海道大学学術交流会館(札幌市北区北8西5)
主催:NPO法人 さっぽろ自由学校「遊」

 2008年9月29日(月)
ドキュメンタリー・ドリーム・ショー−山形in東京2008
「山谷は日雇い労働者が集住する東京の「寄せ場」。右翼やヤクザに搾取され、雇用者の言いなりの彼らは、組合を組織して労働条件を改善しようと激しい争議を始める。監督佐藤満夫が撮影11日目に刺殺される。制作上映委員会が使命を引き継ぎ、全国の労働者の生き様を描く映画を完成。"派遣労働"が切り捨てられる今と照らし合わせても興味深い。」
9月29日(月) 21:00〜 ポレポレ東中野

 2008年9月15日(月・祝日)・16日(火)
カナザワ映画祭フィルマゲドン
「労働者の町 山谷での日雇い労働者と、天皇主義右翼を名乗って労働者を暴力的に支配・統合しようとする暴力団との闘いを記録。佐藤監督はこの作品の撮影中に、その遺志を継いだ山岡監督はこの作品の完成後に暴力団が放った殺し屋により殺害された。佐藤監督が襲撃され命を奪われる瞬間からこの作品が始まる。」
9月15日(月・祝日) 12:20〜  金沢21世紀美術館シアター21
9月16日(火) 18:15〜  シネモンド

 2008年7月6日(日曜日)
予約・チラシ持参1,000円、当日1,200円(講演のみは無料)
Plan−B 中野区弥生町4−26−20−B1
電話:03−3384−2051
地下鉄丸ノ内線中野富士見町駅から徒歩5分

フリーターって、誰?
山口 素明(フリーター全般労働組合)

 フリーター。もうずいぶん前からよく使われている言葉だが、この自由人(?)たちの「自由」は、そんなにロマンチックなものでもない。
そう、──「なるほど諸君は自由だ。ただしその自由は飢える自由だ」──そういう類いの「自由」にちがいない。「フリーター」という言葉の周りには「非正規雇用」「ワーキング・プア」という語がまとわりついている。これは「不安定」「貧困」と直接に結びつく意味あいがあるだろう。するとフリーターとは、飢えに至る貧困という不安定な自由を持ったひと、ということになる。
 けれどもその「貧困」はフリーターひとりの生活状態というものではなく、人ひとりを「飢え」に至らしめる社会全体の「貧困さ」なのではないか?
 今回のミニ・トークは、「フリーター」とともにこの社会の「ありかた」を鋭く問うているフリーター労組の山口素明さんに語っていただきす。──<サミット>前夜に。

 2008年3月15日(土曜日)
PM6:00開場 PM7:00上映
予約1000円 当日1200円

上映後の講演:都市のこわれかた──@北京 「農民工」のなかから
講師:孫 歌(sun ge : 探求者)

『山谷』の視線から学んだこと
 激しく発展している中国をどう見るか。中国の打工者をどう思うか。格差、安い賃金、厳しい労働条件、都市の市民権が得られない「二等国民」…… そしてこのような打工者は、国境を越えて日本にも進出して日本労働者との競争に強いられているのだ。
 その一方、中国では、ひどい汚染を伴う大量な「違法産業」、農地の廃置や食料安全の破壊など、いわば近代過程のつき物も後を絶たせない。
 今日の世界は、資本の論理で作られている。国家権力、警察システム、法律の「中立」は、いずれもその論理を免れない。暴力団の暴行はどの社会においてもこのようなシステムの本質を象徴している。
 『山谷』は、このような矛盾を濃縮して見せてくれた。鮮烈な形で差別の構造を顕にしたこの傑作は、日本社会に内在している病を暴露することに止まらず、グローバル化の中で、先進国の日本と途上国の中国の間、すでに現れている新たな差別構造をも暗示しているのだ。
 そしてわれわれは、山谷の労働者から、佐藤、山岡両監督のまなざしから、いったい何が得られるのであろうか。 

 2007年11月2日(日曜日)

上映後の講演:僕が山谷に関わったのは二十歳のときだった…
講師:宇賀神寿一

 僕が山谷に関わったのは、二十歳のときにひょんなことからだった。武装闘争に関心があった僕は、京都大学で行われたリッダ闘争戦士追悼集会に行った。その集会後に釜ヶ崎の闘いを支援するための会議にたまたま参加し、そこで船本洲治たちに出会ったのが、日雇労働者の闘いに僕を結びつけたキッカケだった。帰京した僕は、その秋には、第一回山谷越冬闘争の準備会に参加して、あれよあれよという間に、日雇労働者の闘いを非公然に支援する部隊のメンバーとなっていった。当時、「武装闘争」に一番マッチしていたのが、暴動闘争中の山谷?釜ヶ崎だったから。なるほどナッ!の運命とでも言うべきかもしれない。
 その後に敗北があり、指名手配の逃亡者となり、逮捕・受刑者となり、21年経って出所しても、僕の闘いは、まだ続いている。当分続きそうである。エライコッチャ!それもこれも山谷との関わりがあればこそ。映画『山谷』を観る時、僕は懐かしい顔をいつも探している。

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