暑い!
オレは寝ながらうなされていた。たまりかねて跳ね起きる。
「こんな暑くて寝てられるか」
既に暑くなっていたのも有り体が温まっていてすぐに動いた。
「つっ」
胸元がぷるんと揺れる。この寝汗。当然ながら女になっていたのか。
昨日まで知らなかったこの胸の揺れる感触。痛いものとは思わなかった。
ましてや先端が男物の硬い生地のパジャマにあたって痛いと言うか変な感じ。
汗をかいたらと言うより毛穴が開いていると女になるらしいから、未だにその状態なんだ。
そりゃそうだ。暖房が入っている。
「おっかしいなぁ」
もう切り替えたと思ったのに。半起きから完全に立ちあがろうとして気がついた。
妹が水玉模様のパジャマ姿ですやすやと寝息を立てていた。
「……おい」
軽く妹を揺さぶるとこの暑さでかすぐに目覚めた。
「……あ。お姉ちゃんおはよう」
たぶん寝ぼけている。こいつはオレのことは「いおりお姉ちゃん」と呼ぶことにしたらしい。
だから単に「お姉ちゃん」と言う時はオレの姉でもある早織姉さんのことだ。その区別。
しかし間違えるのも無理はない。茶髪がオレ。黒髪が姉さんと言うだけの違い。
顔立ちは双子で通りそうなくらい似ていた。
「寝ぼけるな。ばか。オレだ」
「あ…いおりお姉ちゃん。そうだった。そうだった」
照れ隠しで頭をかきながら体を起こす。
どうやら単に寝ぼけてもぐりこんだワケじゃなさそうだな。
「香織。なんでお前がここで寝ている?」
「えへへー。お兄ちゃんをお姉ちゃんにしようと思って夜明け前にもぐりこんだの」
くっ。侵入に気がつかないとは眠りの深いときに入ってきたらしい。
「お前な…」
どっと疲れが出た。
考えて見れば性別が変わっているのだ。身体に掛かる負担は少なくない。
ましてやオレの場合、汗をかくのが変身のキー。
汗をかくと言うことはとにかく消耗しているケース。
つまり本当に疲れている。もちろん精神的な意味でも。
なんで姉と妹。そろってオレを女にしたがるんだ?
余計なことをされたおかげでひと手間増えた。朝からシャワーで汗をながしている。
「汗まみれで学校いけるか!」なんていうほど神経質じゃないけど汗の匂いが女の物。
さすがに走りでもしないと汗をかくまでには至らない今朝の気温。つまり男のまま。
それで登校するときに体から女の匂いさせていたらどんな遊び人かと思われる。
だから流す必要があった。
めんどくさいけど朝のシャワーはやっぱり気持ちいい。
今まではどうせ汗かくからとやんなかったけど、今度からやろうかな?
しかしひと手間の代償があった。
余計に時間取られて遅刻寸前。
香織は中学。姉さんは元々朝の早い日で先に出た。
オレ一人で焦っている。ヤバイ。走らないと。
全力疾走で校門を駆け抜けた。ほっ。なんとか間に合った。
走ってかいた滴る汗をぬぐうと…滴る汗?
「わああああっ」
オレは黄色い声で悲鳴を上げた。胸が見事に膨らんでいる。
せっかくシャワーで落としたのに汗が甘い香りを放っている。
長い茶髪がむき出しの腕に張り付く。
オレは走って汗をかいたせいで女になっていた。
それもクラスメイト以外の生徒が見ている前でだ。
男子の制服を着た美少女…自分で言うのもなんだけどそっくりな姉さんが美人だからこのくらいはいっても許されそう。
とにかくそれだけでも充分に珍しい存在。まさに珍獣状態。
恥ずかしくなったオレは逆上して叫ぶ。
「見世物じゃないんだぞ。ばーかばーかばーか」
どこかの引きこもりお嬢さまのようなことを口走ったらその場から逃げて自分の教室に駆け込んだ。
教室ではやたらに歓迎された。
オレが女できたことがそんなに嬉しいか?
直後にホームルームの時間になる。
担任(40代。男性。妻子あり)はオレを見るなり驚いた表情をしていたが「ああ。そうだった」と変身体質を思い出してくれたらしい。
数分後、汗が引いてオレは男に戻る。その際にクラス中から「おおーっ」と歓声が上がる。
ったく。本当に見世物じゃないぞ。
授業が進む。幸い昨日やったのもあり今日は体育はない。
それどころか教室の移動もない。気温も普通にしていれば汗のでないような感じで、オレは落ち着いて授業を受けられた。
あまりに平穏で自分の体質を忘れてしまうほどだった。
昼休み。昼食を済ませると誘われて校庭に。
バレーボールでトスを続けるあれに興じる。
ただトスをあげてそれを続けていくだけのあれ。単純だが結構はまる。
オレは夢中になってボールを追いかけた。
夢中になり過ぎて貧血でも起こしたか?
なんか体がふらふらする。バランスがおかしい。
みんながオレに注目している気がする。そんなに変な動きか?
確かに胸が揺れるし髪がまとわりついて…ええっ?
ボールが落下するのも構わずオレは全身をまさぐる。
髪が伸びてる。胸も膨らんでいる。むき出しの腕にうっすらと汗。
しまった。夢中になっているうちに汗かいてたのか?
なんて厄介な体質だ。すっかり忘れていた。
「ああっ」
女になったのを自覚して驚いて動きが止まる。
「キレイ…」
女子の一人がつぶやくと女たちが一斉にうなずく。
「お、おまえらなぁ。女にとっては『キレイ』『可愛い』は誉め言葉でも男には意味ないぞ!」
さんざん女顔をからかわれて来たオレにとってはむしろ屈辱。
もっとも今は顔どころか全部女だが。
「それじゃ『色っぽい』『セクシー』はどうだ?」
男子の一人が言うとこっちは『いやらしい笑み』が浮かぶ。
セクシー? なに言ってんだ? 裸で胸をさらしているわけでもないのに…胸?
「はっ」
オレは自分がノーブラなのに気がついた。いや。そりゃ男なんだからつけないけどさ。
その状態で巨乳になって動き回っていたと言うことは…
「いやぁ。堪能した」
「ほんと。大迫力」
「あんなに揺れるものなんだな」
自分の頬が熱く、そして赤くなるのがわかる。
確かにこれは恥ずかしい。こんなの目の当たりにしたら健康な男なら…ってオイ。
「てめー。何しゃがみこんでんだよ?」
男子の一人が屈んでいた。しかも後ろ向き。その背中から怒鳴りつけてやった。
「なにって…お前も男ならわかるだろ。あんなアバレおっぱい見てりゃこうなるよ」
オレはますます赤くなる。よりによってオレの体で男をそう言う興奮に。く…屈辱。
「あ。今は女だからわかんないか」
そいつのその一言できれた。しゃがんだそいつを踏みつけてやる。
「ああっ。これはこれで悪くないけど『女の子』がそんな乱暴じゃ嫁の貰い手がないぞ」
「誰が女の子でどこに嫁に行くだと? うるさいうるさいうるさい」
気のせいかうらやむ視線を感じながらもオレはストンピングをやめなかった。
翌日。三時間目までは何もなかったがこの日は体育がある。
昼休みの遊びでこの有様である。
体育となるとなおさらである。
何しろ最初の変身からして体育の授業中だったし。
授業内容はこの前と同じサッカー。
これがソフトボールとかなら攻撃中は打者ないし走者でない限りベンチ。
守備も止まっている場面が多くなんとかなるがサッカーは絶えず動いている。
いやまて。ひとつだけなんとかなるポジションがあった。
「じゃオレ、キーパーやるよ」
少なくともフィールドの連中よりは走らないで済む。
「まぁ仕方ないか」
みんなも納得してくれたのだが…無意味だった。
既に汗ばむ陽気。準備運動の時点で汗が出た。
「つっ」
突然大きくなった胸でバランスを崩す。
「きゃん」
ついに倒れた。その際に声が出たがなんでこんな女っぽい?
意図してやるものじゃなくて女なら自動的にこんな悲鳴が出るのか?
しゃがみこんで自問自答しているオレをみんなも動きを止めて見ている。
「どうする?」
質問の意味はわかっている。
「……もうどこでもいいよ」
準備運動程度で女になっちゃうのだ。どこでも同じ。
結局は前の方に回された。ボールの奪い合いで激しく動く。
汗っかきのオレは早くも体操着が湿っている……なんかこいつらの表情おかしいな?
「はぁはぁ」
激しく動いているのだ。この呼吸はわかるが…まて?
「はぁぁぁ。片桐。お前なんていい匂いなんだ」
「ホントだなぁ。美人だし胸でかいし」
「クラスの女子の中でも群を抜いているぞ」
ま、まただ。またコイツらオレを性的対象に。
そう思ったら急に恥ずかしくなってきた。あ。ほっぺた熱い。たぶん赤くなっている。
その証拠に男どもがはやし立てる。
オレはかっとなって叫ぶ。
「へ、変態。この変態。どへんたーい」
オレはことさら甲高い声を張り上げてボールでなくてそいつを蹴っていた。
「まいったな。片桐。お前スポーツブラ持ってないのか?」
「あるわけないでしょっ」
あまりと言えばあまりな体育教師の言葉に切れて舌が回らなくなっていた。
だから「ないでしょう」と言うところが途中で切れて結果的に女子の言葉遣いに。
声が声だから違和感ゼロ。
「先生。それでしたら心配要りません」
涼しげな声が響く。指定の女子制服なのに体育の授業の場面に現れると妙な感じ。
「片桐。お前なにやってんだ? 2年はこの時間に体育ないぞ」
言うまでもないが体育教師の言うこの場合の「片桐」はオレじゃない。
唐突に現れたオレの姉のほうだ。
もっとも中学生の妹が現れたらなおとんでもないが。
同じ校舎で勉強している姉さんならふらっと現れるのも不思議はない。
「『妹』が困っているのを姉として見過ごすことは出来ません」
オレはやり方はともかく姉さんの思いに感動していた。
「妹」とか言われてなけれればなおさらよかったけど。
「こんなこともあろうかと用意してきました」
さすがにそのものズバリは見せない。紙袋のままだ。
気になるのは何か変な布の塊。
「さぁ。いおりちゃん。これをつけれはどんなプレイにも支障がないわ」
「プレイ…」
競技と言うのとは別の意味に取った男子の一人を無視。
「おいおい。今から更衣室にいってたら授業が終わるぞ」
当然の体育教師の言葉。オレとしてはこんな体で続けるのは無理だからそのまま終わりにしたいけど。
「大丈夫です。そのために用意したものがあります」
姉さんは自信満々に「布の塊」を大きく広げた。
オレは「てるてるぼうず」にになっていた。
首だけ出してすっぽりと覆われている。ポンチョと言う奴だ。
どうやら簡易更衣室ということらしい。
「さぁ。着替えちゃって。サイズはあっているはずよ」
ニコニコと笑う姉さん。物腰は柔らかいが意外に頑固。
オレは諦めてポンチョの中に首を引っ込めた。前で開くタイプの衣類なら必要ないが体操着はすっぽり被るタイプなのでその必要がある。
ポンチョの中で体操着の上を脱ぐ。下には何も着けてないから上半身トップレスだ。
「姉さん。これ暑いよ」
「汗が出ていれば途中で男の子に戻ったりしないわよね」
そこまで計算づくか。
それにしていも熱が篭って本当に暑い。しかも明らかに注目されている。
さっさと着替えよう。
紙袋を乱暴に開けると中身を出す。
ブラジャーというより変形のタンクトップと言う感じ。
タンクトップの腹の部分がないとこんな感じ?
それをすっぽりと被る。
普通のブラジャーと違ってホックじゃないのは助かる。
カップに胸を収めるともう一度体操着を。うえっ。自分のだけど汗でべたべたして気持ち悪い。
すそを下に引っ張り下ろすとポンチョを取り払う。
「どうかしら?」
姉さんはたぶん胸の事を聞いている。
「うん。なんか固定されて動きやすそう」
「よかったわ。それじゃ髪の毛も」
姉さんが髪を根元で結んでくれた。ポニーテールと言う奴だ。
それはいいけど事前に見せられたリボンがピンクと言うのは…
「これでよし…と」
全ての準備が整った。
「それじゃがんばって。負けないでね」
「うん。ありがとう。姉さん」
オレはまたゲームに戻る。
おおっ。確かに今までより断然動きやすい。胸が固定されるとこんなにも違うのか。
けどこのポニーテール。結局は髪が背中に掛かり暑い。
そして動きまくるから汗びっしょり。
しかし気持ち悪いのは汗で張り付く体操着ではなく、それを生暖かい目で見ている男子達の視線だった。
そっかぁ。なんか女の気持ちが少しわかった気がする。
視線は結構わかるものだな。
続いては音楽だ。まだ女だったからブラはしたまま。髪もポニーテールで。そのまま移動する。
音楽の先生は驚いていたようだがどうも話は伝わっているらしく何も言われなかった。
「はい。それでは今日は歌のテストをします」
小学校のころから苦手なあれだ。
声変わりの前は本当に女みたいな声だった。
大きくなれば大人の男の声になると思ったら、今のオレの声はなんだか女の声優が男を演じているような声だ。
具体的に言うと鎧から出ていると言うか…って、わかるか!
話を戻すと元から女子と間違われる見た目の上に声まで高い。
ガキのころだから女子も胸なんて膨らんでないからオレの胸がぺたんこでも「女じゃない」証拠にはならなくて。
実は歌自体はそんなに苦手ではない。
皮肉にも高音がよく出るのだ。
ましてや今は女の体。それもあってか女のパートを課題にされた。
「それじゃ片桐君…あっ。片桐さんかしら?」
「呼び捨てでいいです…」
それなら悩まなくて良いですから。
オレは歌いだした。
今初めて女の体のメリットを感じている。
男の時には出なかった高音が楽に出ている。
おお。このスコーンとつきぬけた感じ。結構気持ちよい。
気温の方も冷房で冷えてで気持ちいい…ま、まずい。この部屋は冷えている。
つまり汗が引いて行く。
そして男に戻る。だけどこのタイミングはまずい。
歌っている最中に盛大にむせ返った。
「どうしたの片桐さん。声がひっくり返る…の反対ね。急に低くなって?」
音楽の教師は絶句していた。そりゃそうだ。
オレは汗が引いて男に戻っていた。
歌っている最中に声帯が変化すりゃそりゃおかしくもなる。
「す、すいません。低音パートでやりなおします」
この申告が聞こえてない感じ。音楽の先生は赤い顔でオレの胸元を見ている。
気のせいか背中にも視線を感じる。特に胸元。
そう言えば……オレ今ブラジャーしてるじゃねーか。しかも男で!
こ、これはかなり恥ずかしい。
思わず女が裸の胸を隠すみたいに両手で胸元を覆ってしまった。
帰宅するなりオレは居間でぶちまけた。
「もぅーやだよ。この体質。全然落ち着かない」
こっちの意志と無関係に男と女を往復している。落ち着けるか。そんなもん。
「んー。大丈夫そうだぞ。明日辺りから落ち着けそうだぞ」
父親がテレビを見ながら言う。天気予報だが明日は冬並に下がると言う予報でも?
「オレも経験したことだ。まぁ明日になればわかる」
その翌朝。六月十九日。木曜日。オレはまた女で目覚めた。
仰向けだったのだが自分の胸の重みで苦しくて目覚めるなんて…
香織の奴。またもぐりこんでオレを女にしたのか?
そう思ってベッドを見るが誰もいない。
エアコンも切れている。夕べ寝苦しくて寝付くまでとタイマーをセットして冷房かけたけどちゃんと切れている。
冷房じゃないけど暖房も入ってない。それじゃこの暑さは?
オレは窓を開けた。外ではもはや凶器と表現しても差し支えない強さの太陽光線が朝っぱらから降り注いでいた。
あー。単純な話だ。今日は暑くなる日だったのか。
なるほど。それじゃ女で固定されるよな。
姉さんがやたらニコニコして女子制服一式を手にしていた。
オレはそれを丁重に断るとシャワーを浴びてきた。
暑さで早くに目が覚めたから時間は有る。鳥肌が立つほど水を浴びてオレは男に戻る。
そして即座にトランクス。ランニング。ワイシャツ。ズボンと着用して行く。
「よし。後は日陰を進めば」
甘い計算だった。服を着た途端に汗をかき始めてオレは女に戻った。
なまじ鳥肌が立つほどにしたので内側に熱が篭ったのか。
そこに服を着たから一気に開放されて汗になり。
「はい。いおりお姉ちゃん」
ニコニコと笑っている香織が女性用下着一式を用意している。オレのために。
隣では姉さんがやはり女子制服を手にしてやはり優しい笑みを浮かべている。オレのために。
これを着て街を…うがああああっ。男として恥ずかしすぎる。
「いらない」
自分でもちょっと邪険にしたかなと後ろめたくなる口調で断る。
「でもいおりお姉ちゃん」
妹が甲高い声で何か言い書けるが「ほっとけ」と言う父親の一言で黙る。
この時は男が女物を着て歩く恥ずかしさを理解してくれた。さすが経験者と感謝したが…
大後悔。予想外に「男装女子」は目立つようだ。
これが私服ならここまではならないと思う。
しかし学校制服である。男子が女子用を着るのはもちろん、女子が男子用を着ると言うのも奇異に見えるらしい。
おまけにノーブラのDカップは揺れまくってエロい視線まで集めてしまう。
それと言うのも昨日の音楽室での一件が顔から火が出るほど恥ずかしかったからだ。
えいくそ。学校につけば冷房が効いている。そうすれば男の体に戻ってこの制服で問題ない。
確かに教室ではなんとかなっていた。
しかし廊下は違う。かなりの気温。窓を開けてもむしろ熱い空気が入ってくる。
教室を出たら途端に女の子に。
そのたびに奇異の目で見られる。
トイレなど男子トイレに入ると驚かれる。
男子用制服でもこのロングヘアや胸と言う「女の子の記号」で女と認識される。
もしかすると匂いもか?
しゃがんで用をたすのは男でもあるので抵抗はないのだが、なんか聞き耳たてられているような気がするのは被害妄想と言う奴か?
つ、疲れた。これならいっそ…
夕方でも大汗かく。男子用制服の少女と言う注目を集める姿で(しかもノーブラDカップ)また視線の集中砲火を浴びつつ帰宅。
途中ケータイで天気予報を見る。
明日は今日より2℃上回ると言う絶望的な予報が出ていた。
次の日。六月二十日。朝の六時。既に気温が高まっていた。七時起床で余裕なのに暑くて目が覚めた。
汗でパジャマが体中にまとわりつく。
そしてずっしり重い胸と長い髪が余計に動きを鈍らせる。
体より気が重かった。朝の時点でこの暑さ。こうなると日のあるうちはもう男に戻れそうもない。
(仕方ない…)
オレはやっと覚悟を決めた。かなり気が乗らなかったけど。
それを打ち明けると反対に姉と妹は大乗り気で協力を申し出てくれた。
まずは寝汗を落とす。
熱いシャワーで汗を落とす。
長い髪をまとめた状態。女姿のまま出てきて水滴をぬぐう。
そのままショーツを穿く。こっちはまだいいが問題は上。
ショーツは男物のパンツも同じ使い方だから(それでも穿き心地は全然違うが)ブラジャーと似た物は男の衣類にはない。
完全な女性専用。
「女装趣味の男がつける」なんて揚げ足取りがあるかもしれないが、その場合は本人が望んでだし。それに精神的にも女性になってんじゃないかな?
その趣味のないオレにしたら変態になった気分。
そう思うのは実際に男でつけたことがあるから。そう。姉さんに女装を強要されたとき。
とはいえど今度はつけないと逆に注目されるしなにより動きづらい。
ただ今度はホックのあるブラジャーなのでこの前みたいに行かない。
「いおりちゃん。ブラのつけ方わかる?」
姉さんが狙っていたかのようにタイミングよく現れる。
女装で慣れている…と言うのもなんか言いたくなかったので素直に教わった。
前かがみになって胸をカップに合わせて収める。
そのまま後ろ手でホックを留めるのだが……よく女はこれできちんと留められるな?
後ろに目がついてんのか?
悪戦苦闘して結局姉さんが誘導して合わせられた。
「姉さん。よく考えたらこんな上級者向けじゃなく、いつもの女装の時みたいに前で留めて後ろに回せばよかったんじゃ?」
「うふふっ。いおりちゃんもこれでまたひとつ女の子としてステップアップしたわね」
なんのこっちゃ…でもないな。
体の柔らかい女の子だからか後ろ手が楽にできる。
そしてカップに胸がフィットする感触は男ではありえない。
(もしかしたら小さい胸用のブラを太った男がつければ味わえるかもだが)
なにより仕草がなんか女性ならではと言うか。
ブラウスを着る。女装させられていたので右前の衣類は問題なくできたりする。
ううっ。こんな事でスキルを発揮してどうしろと。
それから黒いプリーツスカートを穿くが女装の時とは感触が違う。
ウエストの物凄く細い感じが実感としてある。
ブラウスのしわをなくしてからベストをつける。
なんでくそ暑い時期にわざわざつけるかと思っていたが……なるほど。
これがないと透けてブラジャーが丸見えだ。
別の下着を重ねればいいのかもしれないが暑いのは同じ。
それならその下着が見えるのもイヤだし、ベストで隠せと言う心理なのか。
オレの場合もブラジャーつけているところ見られるのはいやだし。
それにベストつけてりゃ暑くて毛穴が開きっぱなし。
間違っても街中で男に戻り女装状態にはならずに済む。
鏡の前に座る。姉さんがブラッシングしてくれる。
『自分でできる』と断ったが姉さんがしたがるのでこの際だからと頼んだ。
そう言えばよく香織のヘアメイクも手伝っていたな。
髪をいじるのが好きらしい。笑っている。
「いおりちゃん。暑いからポニーテールにする?」
「うーん。それも意外に暑いんだよな」
「あらそう?」
長い髪に慣れている元々の女性は上げただけで涼しくなるのかもしれないけど、慣れてないオレとしてはあれでもまだ暑く感じる。
「それならこんなのどうかしら?」
姉さんはオレの髪をブラッシングしてそれを右側に持ってきて高い位置で留めた。
背中でなく横に束ねるサイドポニーと言う奴だ。香織が一時していたがツインテールの方が可愛いとかでやめた髪型。
束ねたところにピンクのリボン。うわ。なんか本当に女にしか見えない。実際に体は女だけど。
「早織お姉ちゃん。それなら」
香織の提案を受けて今度は姉さんが鏡の前に。
こちらはさすがに慣れたもので手早く、それでいて丁寧に腰に達する黒髪を梳いて行く。
それをオレとは反対の左側に留め、赤いリボンで彩った。
「そしてあたしがここに入ってかんせーい」
右のオレ。左の姉さんの間に香織が入り込む。
真ん中の香織がツインテール。オレと姉さんが左右対称のサイドポニーで見事にシンメトリーを作り上げていた。
子供のようにニコニコと笑う香織、にっこりと優しい笑みの姉さんに対し、オレは苦笑いだった。
どう見ても「三姉妹」だよな。これ。
「おう。三人とも可愛いぞ。さすが母さんの血を引くだけのことはある。俺の宝。三つの星。オリオン座」
妙にハイテンションな父親がオレをさらに引きつった表情にする。
学校へと歩く。オレは自然と動きが小さくなる。
男のときの様に大またで歩くとスカートの中身が見えそうだったから。
女物のパンツをはいているところなんて絶対見られたくない。
女の肉体で男子制服だと目立つのはよくわかった。
だから恥ずかしいのを我慢して女子用にした。
これなら女が女の服を着ているだけで当たり前。目立つわけはない。そのはずなのに注目をされている気がする。
それもありなおさらオレは縮こまる。
「ね、姉さん。やっぱ何かおかしいのかな?」
女装は数多くさせられていたが街中に出たケースは数えるほどで(あるんだな。これが)
でもこんな注目はされてはなかった。何か致命的な間違いでも?
「うふふ。それはきっといおりちゃんが可愛いからよ」
言われて見ると男の場合ボーっと赤くなっているか顔がだらしなく緩んでいる。
「それは姉さんを見ているからじゃないのかな?」
姉さんはサイドポニーにしても可愛らしかった。
「それじゃ二人だからと言うことで」
確かに「二人でひとつのツインテール」は目立つか。
学校が近づくとオレはもう顔をあげていられない。
知り合いだらけだ。そんな中をこんな姿で。
じろじろと見られている気がしてどうしても早足に。
やっと教室だ。ここなら冷房も効いている。
「うーっす」
オレは習慣でいつもの挨拶をして中に入る。ただ声がロリータボイスになっていたが。
クラスメイト達はぽかんとしている。
「誰だ?」と言う表情。そして
「もしかして……いおりか?」
「わかってもらえて嬉しい」と言うよりやはり恥ずかしさが立つ。
赤くなる頬を見られたくなくてうつむき加減に。
その結果として上目遣いの形でオレは小声で「あ…ああ…」と返答する。ロリータボイスで。
なんともいえない間が空く。いたたまれなくなったオレはますます赤くなる。肌が白いから余計目立つ。
それが爆発を呼んだ。
「美少女キターッ」「いおり君。可愛いっ」「お前本当に男か?」「マルっきり女の子よね」「本当は男でもかまわんっ」
「オレは構うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
正気に戻れた最後の一言にはちょっと感謝。
だがその怒声がどうやら可愛かったらしく教室の中のみんなに囲まれる羽目に。
ううう。晒し者だ。
一時間目のホームルームが始まる。
担任が「暑いな。エアコンの温度はどうなってる?」と言う。
確かに暑い。おかげで女のままだ。
「設定温度は28度ですよ」
「う。エコもいいが暑くてたまらんな」
既にノータイだったのだがシャツのボタンをあけて胸元に風を送り込む。
「先生。あまり涼しくすると片桐が男に戻ってしまいます」
「なにっ!?」
まるで防衛隊の隊長のような言葉を発して担任はオレをじっと見る。やはりこの姿を見られまくるのはなんか気持ち悪いと言うより恥ずかしさが…
「うむ。それはまずいな」
「なにがまずい!? オレが男でなにがまずい!?」
思わず立ち上がり怒鳴ってしまう。教師相手と言うのに敬語を忘れるほどにエキサイト。
それを冷静に諭す担任。
「お前、その状態で男に戻ったら大変だろう?」
う。確かにそうではあるが…
「みんなも協力しよう。片桐をちゃんと女のままにするためだ。暑いけど我慢してくれ」
ブーイングに期待したのだが「はーい」と見事に揃った返事。
ああそうですか。クラス全員(担任含む)でオレを女にしたいわけね。
「四面楚歌」とはこういうことか。
そんなわけでオレはずっと女のままだった。
しかし固定されたことでスムーズに進んだ。
トイレも女子用にすんなりと。
これは逆に男子用を使いかけたら男子に追い出され女子に引っ張りこまれた。
「いいのか? オレ男だぞ」
「その顔と胸と声で男とか言われても実感ないわよ」
うう。確かに。身長が167でまだ女子としては高めなのが僅かに残った男の名残か。
おっと。浸っている場合じゃない。早く用を。
昼休みのころには完全に女扱いになっていた。
同じ『片桐』と言う苗字がいたので元から下の名前で呼ばれていたが、呼び捨てかちゃん付けと言う時点でもう女子の仲間とみなされていたらしい。
こちらも年の近い姉と妹がいるためか同世代女子との会話に臆したりはしない。
すっかり打ち解けていた。
可愛い服を売っている店だの化粧品の安い店だのまで教えてもらうほどに。だが
本日最後の授業は音楽。オレは音楽室が楽器のために冷房がきついのをすっかり失念していた。
五分もしないうちに体が冷えて見事女装男に。
髪も短くなってリボンが落ちる始末。
むき出しの足が鳥肌なのは寒さだけではない。
「い、伊織」
驚いたようにクラスの男子が言う。他も呆然としている。
「み、見るな。見ないでくれ」
ここまでの覚悟はなかったんだ。つらい。つらすぎる。
「伊織君……可愛い」
「え?」
一人の女子のつぶやきがオレの気を引く。
「確かに。さっきまでの姿は正統派美少女だったが」
「ああ。こちらはこちらで倒錯的。禁断の魅力と言うか」
「足がきれーい。ムダ毛なければ男の子のほうがすらっとしていいかも」
「平らな胸にブラウスも美少年ならありよね」
「ていうかもうお前冬でもスカートでこいよ」
またも言いたい放題。からかい半分。欲望に忠実なのが残り。
「ふざけるなぁぁぁぁ」
男としては甲高い声が音楽室に響き渡る。
こんな体質でこれから先やっていける自信がなくなってきた。
がんばりにも限度がある。負けそう……
おりおん
いおりくんはあせをかいたらおんなのこ
第二話「がんばって負けないで」
おしまい
第三話「陽気なおさかな」につづく
ある意味元ネタの「らんま」の場合一度変身してしまえばお湯を被らない限り女子で固定されてます。
けど伊織の場合は体が冷えると男に戻るので今回のラストのような事がこれからも。
本当は水泳の授業でオチにするつもりでしたが、普通に考えたらその前にどこかで不随意に解除される現象があるはずと思いこうしました。
次回はその水着話で。
なに。体を冷やしさえしなければ女の子ですから(笑)
今作では現時点では「男に戻れない」と言うリスクを設定しない方針でいます。
なんか「セーラ」でさんざんやったし自作で他にもあるから少しワンパターンな気がして。
当初は異様なほどべったりな姉と妹が原因で女に固定されるオチを考えてましたけど、それだと二人の背負うものがとてつもなく重いのでやめたと言うのも。
そしてなによりその手の「リミッター」を外すことでドタバタに制約をなくそうと言うのも大きいです。
今作はドタバタに特化させる方向で。
サイドポニーと言うのもツインテールが多いのでちょっと外したと言うわけで。
伊織は可愛いというより美人タイプなのでツインテールは似合わないかなと言う思いも。
伊織の父が言う「オリオン座」は言うまでもなくこじつけです(笑)
美少女三姉妹で三ツ星だなと思ったらこのネタが出てきて。
ちょっとくらいタイトルに絡めようと思って。
今回のサブタイトルは井上喜久子さん単独で大きめなイベントの時の締めくくりの定番曲。
だからこれが掛かると終わりの気分に(笑)
お読みいただきましてありがとうございました。
城弾