COWBOY BEBOP

 4      砂漠の薔薇(2)  その名の響きに
 
 雪と氷に閉ざされた街で、出会った男。
 あの暖かい部屋で、髪に積もった雪が融けていくように、思いがけず自分の気持ちと向き合ったこと。
 
 ―――フェイは、カリストでの出来事を思い出していた。
 
 結局、フェイはまたビバップへ戻っていた。「帰ってきた」と言ってもいいかもしれない。
 あの時、もしグレンの部屋へ来たのがジェットでなければ、こんなに素直に戻っては来なかった。
 ビバップへの帰途、降りた経緯を深くは追求しないジェットにホッとしつつも、吐き出す場所がないもどかしさもフェイは感じていた。
 
 そのせいだったのだろうか。
 ―――その女性(ひと)の名を、思わずジェットに尋ねてしまったのは。
 聞かなければよかった、とあれから何度も後悔したけれど。
 
 「ジュリア」。
 
 それがスパイクの心を占めている「誰か」の名前。
 
 
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 ビバップから金をくすねて姿を消したフェイをエドに探させていた、そのとき。
 偶然に現れた「ジュリア」の名を聞いた途端、スパイクは後先も考えず飛び出していた。
 直感的にそこへ行けば3年間探し求めていたジュリアの消息を掴めると思った。それがほんの少しのかけらであったとしても。
 フェイのことが気にならなかったと言えば嘘になる。
 しかし、今はジュリアの方が大切に思われたというのが正直なところだった。
 
 だが、そこにいたのはビシャスと、グレンという男。
 ビシャスとジュリア、両方を知るグレンに、スパイクは因縁めいたものを感じたが、感傷めいたことを考えている暇もなかった。
 ビシャスに攻撃されて墜落したモノポッドの中で、虫の息でジュリアのことを語ったその男を、スパイクはその望みどおりモノポッドごと宇宙へ、いやタイタンへと解き放ったのだ。
 
 結局、カリストで得たものは、ジュリアの残り香だけだった。
 確かにジュリアはあの星にいた。それを確認したことが小さな収穫だった。
 ただ、そのことでジュリアの面影が鮮明になってしまったことは否めない。
 それは自分が望んでいたことなのか…?
 
 
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 部屋でタバコを燻らせていたスパイクが顔を上げると、開け放したドアの向こうにフェイが立っていた。
「ちょっと、いい?」
「…ああ」
 それでも少し躊躇してから、フェイは入ってきた。スパイクの座っているベッドに、少し離れて腰掛ける。
「……教えて。グレンは…どうなったの?」
 スパイクを見ずに、フェイは呟いた。
「ジェットに聞いたのか」
 その問いに答えず、フェイは続けた。
「……死んだの?」
「…いや。タイタンへ……タイタンへ行った」
「まさか。『どのみち長くない』って……」
 そう言いかけて、スパイクの言った意味に気付いたのか、フェイは言葉を切る。
「…そう」
 苦い思いを噛みしめながら、フェイは呟いた。
 
 ―――命を捨てに行こうとする男を目の前にして、止めることができなかった。
 腕を捻り上げられ拘束されたから、なんて理由にならない。
 自分がそれだけの存在ではなかったということを思い知らされる…ただそれだけだった。
 
 
 
 
 グレンのことを考えているのか、フェイが辛そうに顔をゆがめた。
 そんなフェイから目を離せない自分に気付き、スパイクは少し不思議な気分になる。
 俺は、嫉妬しているのか?
 誰に?
 何に?
 フェイがグレンに抱かれたかどうか?
 そこまで考えて、自分が気になっているのがそんなところではないことに気付く。
 何故?自分とフェイとの関係を考えれば、嫉妬すべきはそれしかないはずなのに―――。
 
 
 
 
 ―――自分を抱きたいときの目をしていながら、今日に限ってこの男は手を出してこない。
 『あの女性(ひと)を思い出しちゃったら、他の女なんて抱く気にもなれないってわけ』
 フェイは心の中でそう小さく呪ってから、何度も呑み込んだ「その言葉」をスパイクに投げた。
「ね…ジュリアって、誰」
 そう言ってやると、見る間にスパイクの表情が強張る。
「お前には関係ねえよ」
 表してしまった気持ちを慌てて心の中に押し込むように、そう言ってスパイクはフェイから目を逸らした。
「そう」
 
 「関係ない」。その一言が、フェイの心の何かに火を付けた。
 確かに関係ないには違いない。だが、無神経にそう言い放つスパイクへの絶望にも似た怒りが、フェイの背中を押していた。
 
 
 
 
 おもむろに立ち上がったフェイを、スパイクは訝しげに見上げる。
 部屋を出ていくのかと思い、スパイクは引き止めたい気持ちに駆られると同時に、どこかで少し安堵していた。
 これで、フェイを抱いてやり場のない気持ちから逃げようとする自分との葛藤から解放されると思ったのだ。
 
 だが、フェイの行動はスパイクの予想外のものだった。
 
 フェイはスパイクの前に跪いた。そのまま下半身に手をのばしてくる。
 普段なら簡単に身をかわせるはずのその動きを、スパイクが制するのが一瞬遅れたのは、本当に葛藤のせいだけだっただろうか。
 
「おっ、おい…」
 ようやくその手を封じようとしたとき、スパイク自身は既にフェイの唇に含まれていた。
「何やってんだ…っ…」
 驚いて身を引こうとするスパイクにも、そしてその言葉にも怯むことなく、フェイはその愛撫をやめようとはしなかった。唇と舌が、スパイク自身に艶めかしく絡みついてくる。
 もともとフェイを抱きたいと思う自分とのせめぎ合いが続いていたところに、その直接的な刺激を受けては、押しとどめることはかなり苦痛になりつつある。
 フェイに触れられているその部分が少しずつ反応してしまうのを、スパイクの意志ではどうすることもできなかった。
 
 
 
「おい、やめろっ…」
 その言葉とは裏腹に、ぴくり、ぴくりと脈動しながら自分の愛撫に反応するスパイク自身に、フェイの小さな復讐心は満たされていく。 
『あんたの操立ても、こんな程度なわけ?』
 そんな想いで、フェイは顔を上げてスパイクを見た。
 
 
 
 自分を見上げるフェイのその視線に、スパイクは心の中まで見透かされたように感じて、頭の奥がカッと熱くなった。
 その熱は自分が嘲られたと感じた怒りからなのか、それとももうこれ以上自制する必要がないと思ったせいなのか。
 
 
 
 スパイクは立ち上がりざまフェイの腕を掴み、その身体を引き上げてベッドへと突き倒す。
 ボタンを引きちぎらんばかりの勢いで外し、上着を押し広げてその胸のふくらみを掴み上げる。
「っ…!」
 痛みに顔をゆがめるフェイを見ながら、スパイクはその素肌に唇を落とした。
 
「んんっ…」
 胸の頂きに舌を這わせると、フェイの唇から喘ぎが洩れる。
 スパイクの唇は、そのまま何度もフェイに快楽の声を上げさせたが、それは同時にスパイク自身をも昂ぶらせていく。
 
 その欲望のままに、スパイクはフェイにのしかかり、無遠慮にその身体を押し開いた。
「んんっ…!」
 眉根を寄せるフェイに構わず、その奥まで自らを埋め込んでいく。
「くっ…はあっ…」
 苦しげな吐息を聞きながら、スパイクは自分を引き込むように蠢くその滑らかな粘膜を蹂躙していった。
 
 
 
 最初に感じた異物感に少し身体が馴染み始めると、フェイの体内でじわじわと快感が引き出されていく。
「んっ…んんっ!」
 スパイクにもその変化は伝わったのか、フェイを見下ろしたスパイクは冷たく笑って、なおもその奥を責めたてた。
 
 
 
「はっ…ああん…」 
 スパイクに大きく貫かれ、快感に仰け反りながら、その意識の片隅でフェイは呪詛の言葉を呟く。
 
 ジュリアを想いながら、私を抱けばいい。
 そうして、後からたっぷり悔やめばいい。
 
 そんなことを思いながら、フェイは再び快楽の海に埋没していった。
 
 
 
「あんっ…あんっ…あんっ」
 スパイクが刻むリズムに合わせて、フェイの唇からは絶え間ない喘ぎが洩れる。
 
 こんな風に勢いで身体を重ねても、残されるのは後悔だけだと知っていながら―――それでもこんなにスパイクを求めている。
 復讐のためだけなどではなく、自分自身が、スパイクに抱かれたいと思っているのだ。
 その心に他の女性がいたとしても―――。
 
 裸の自分の心に触れた瞬間、フェイの内部を走る快感が鋭さを増した。
 ビクン…と大きく身体が跳ねる。
「ああっ…もう…ダメ…」
 その喘ぎと、自分の下で身悶えるフェイの姿態がいつも以上にスパイクを昂ぶらせていく。
 スパイクはフェイの両腿を持ち上げてその腰を浮かせ、自分は膝立ちになって深奥へその怒張を抉り込んだ。
「やあっ…!んんっ…!ダメぇっ…」
 フェイの意志に構わず、その身体は快感に耐えかねて何度ものけぞる。
 スパイクも抑えが効かず、激しく腰を打ち付けた。
「あっ…!くっ…んんっ…!やっ…イクっ…!!」
 登りつめたフェイの身体が何度も痙攣する。
 引き絞るような動きを見せるその襞の中に、スパイクもしたたかに精を解き放っていた。
 
 
 
 
 
「…悪かったな。手荒な真似して」
 一呼吸おいて、身体を重ねたままのスパイクがぽつりと言った。
 その言葉で現実に引き戻されて、フェイはゆっくりと目を開き、スパイクを見つめる。
 
 ―――こんなにそばにいるのに。
 今、誰よりも近くにいるのに―――。
 
 
 
 身体を離そうとするスパイクを押しとどめ、フェイはその唇に自分の唇を押し当てた。
 唇は温かくて、フェイの胸を訳もなく切なさで一杯にする。
 
 スパイクの心に誰がいても―――それで自分の気持ちが変わる訳じゃない。
 
 そう、改めて実感した瞬間だった。
 
 
 
 今にも泣き出しそうなフェイの表情と、その行動はスパイクを困惑させた。
「お…おい…?」
 唇を離したフェイをスパイクは凝視する。
「何でもないわ。ただの気まぐれ」
 そんなスパイクを振り切るようにすぐに普段どおりの口調に戻り、フェイはスパイクの身体の下から滑り出る。
 そばにあったスパイクのシャツを勝手に羽織って、そのまま部屋を後にした。
 
 
 
 いつも以上の後味の悪さに、起き上がったスパイクはくわえた煙草に火を点けるのも忘れ、しばらくただ座っていた。
 
 
 
−つづく−
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