あの日からまた、何事もなかったように日々はフェイの前を過ぎていく。
現実に目を背け、自分の気持ちに答えを迫りさえしなければ、胸に開いた傷口を思ったより意識せずに済むことに気づき、フェイは努めてそうしていた。
そんなある日、ジェットが捕まえてきたのがあの男だった。
フェイがコールドスリープから目覚めたとき、保険会社に依頼された弁護士だと言って現れ、いつの間にかフェイの心に入り込んだ男。
そうして強烈な印象を残し、目の前から消えた男。
まさかもう一度この目で見ることがあるとは思っていなかったフェイは、思わずその名前を呟いた。
「ウィットニー・ハガス・マツモト…」
死んだと思っていたその男がもう一度目の前に現れたことで、フェイは驚き、腹立ちもあったものの、それ以上に自分の過去を取り戻せるかもしれない希望の方が大きかった。
それは、今ビバップに、スパイクにつなぎ止められている心を解き放つ、呪いをうち破る呪文のようにフェイには思われた。
過去さえ取り戻せば、この鬱屈から逃れられる―――。
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結果から言えば、知りたかったフェイの過去は何一つ明らかにならなかった。
期待が大きかっただけに、その男が何も知らなかったこと、いや、もしも「知っている」と言ったところで到底信じられるような人間ではなかったことに対しての、フェイの落胆は大きかった。
落胆、というより、肩すかしを食って心がバランスを崩し、他に縋るものを無意識に探している、そんな感じだった。
そんなフェイを知ってか知らずか、男を警察に引き渡した後、賞金を受け取って出てきたスパイクが言った。
「過去はどうあれ、未来はあるだろ」
その未来に、自分は立ち入るつもりもないくせに…と思いながら、フェイはスパイクの後ろ姿を目で追う。
しばらくそうした後、フェイはスパイクに声をかけた。
「スパイク」
歌うように軽やかなフェイの呼びかけ。が、響きに反してその言葉からは全く気持ちが読みとれず、スパイクは怪訝そうに振り返った。
「何だよ」
「ちょっと、この後つき合わない?」
「何で俺が」
「この小銭、使っちゃいたいのよ。ぱあっと」
フェイの投げ上げたコインが、光を反射してきらきらと光る。
「一人で行け。第一、ぱあっと使うほどの金でもないだろうが」
「どうせなら景気よく使いたいじゃない。足が出る分はあたしが出すわよ」
―――そのままスパイクがフェイと行動を共にしたのは、金を出すと言われたせいではなく、そう言ったフェイの表情があまりにも透き通っていて、それ以上拒む言葉が見つからなかったからだった。
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一体どのギャンブル場へ連れて行かれるのかと思いきや、フェイがスパイクをつき合わせたのは小さなパブ。寂れた裏路地にある店の割に、一通りの酒と気の利いた皿を出す店だった。
フェイはよく食べ、よく飲んでいる。
それを横目で見ながら、スパイクは5杯目のバーボンをあおった。
今日のフェイは、どこか「開(ひら)いて」いる。無防備に見える、と言ったらいいのか。
この店ではすでに「馴染み」になっているらしいフェイが、こういう場所に自分を連れてきて時間を共有していること自体、決してお互いの行動に踏み込まなかった自分たちにとっては珍しいことだった。
フェイも、スパイクを横目で盗み見た。
黙って隣で付き合っていてくれることに、どこか安らぎを感じている自分がいる。
隣にいてくれる、それだけなのに、フェイのその気持ちに変わりはなかった。
十分満足するまで飲んで食べて、その後ようやくフェイは「出よっか、ここ」と席を立つ。
店を出て駐機場に向かおうとしたスパイクを、フェイがとどめた。
「あら、もう解放してもらえるとでも?」
「…ああ?」
フェイは振り向いたスパイクの腕を取り、「こっち」と短く言うと、出てすぐの角を折れた。
小さなホテルの一室に、フェイはスパイクを押し込むようにして入り、自分はさっさとシャワーを浴びに行く。
スパイクは小さく息を吐くとベッドに腰掛け、一本たばこに火を点けた。
バスタオル一枚を巻き付け、フェイがバスルームから出てくる。
火が点いたばかりの二本目のたばこをスパイクの指から取り上げて吸うと、当たり前のように言った。
「あんたもシャワー浴びてきたら?」
「…はいはい」
大仰に眉を上げ、スパイクは腰を上げた。
シャワーを浴びたスパイクもまた、腰にバスタオルを巻いただけの姿で部屋に戻ってくる。
待ちかねたようにフェイが歩み寄り、スパイクにしなだれかかった。
感情を交えずに事を進めようとしているらしいフェイだったが、どこか無理が透けて見える。
そんなフェイを見て、スパイクは確かめずにはいられなかった。
「いいのか、俺で」
自分を見つめるスパイクから視線をはずし、フェイは唇をゆがめて笑った。
「意地の悪いこと聞くわよね、あんたも」
「なら、誰かの代わりにあたしを抱いてたあんたはどうなのよ」…そうフェイは思ったが、スパイクが問う意味にまでは考えが及ばないでいた。
それ以上は何も言わず、かじりつくようにスパイクの首に両手を回して唇を重ねる。
スパイクは表情を変えず、しばらくフェイのするがままを許していた。
最初、ただ重なっていただけの唇が、スパイクの意志が通いはじめたそのときから複雑な動きを見せ始める。
フェイの手はスパイクの髪と背中をまさぐり、フェイの背中と腰に回されたスパイクの腕が、その身体を引きつけた。
深く、切ないキスに、フェイの頭の奥が甘く痺れる。
―――現実を忘れられればいい。それだけだったのに。
キス一つであっけなく心まで熔けてしまう自分に、フェイは驚きと、絶望に似た諦めを感じていた。
唇が離れ、視線が情熱的に絡み合う。
「今日は…今だけはあたしをあんたで一杯にして欲しいの。それだけでいいから」
フェイは縋るようにスパイクを見つめてそう言った。
それはさっきまでの強がり方が嘘のように、スパイクが支えていなければくずおれてしまうほど頼りなさげに見えた。
スパイクは何も言わずにフェイを抱き、ベッドに横たえた。
首筋から鎖骨へ、なでるように唇を落とす。
快感と、くすぐったさと、安心感が混じり合って、フェイは吐息を漏らした。
フェイの身体を覆っているバスタオルを、そっと開いて引き剥がす。
均整の取れた、見事な曲線を描く艶やかな身体が、アルコールのためか桜色に火照ってスパイクを誘う。
胸の双丘が、重力で少したわむのをスパイクは手で覆った。
そのままゆっくりと指先に力を入れ、いとおしむようにその柔らかさを確かめる。
それからようやく、スパイクはフェイに快楽を送り込むように、なめらかな肌を指先を滑らせるように撫でながら、その先端の突起を刺激する。
「んんっ…」
フェイは最初からその快楽を甘受するように、何のためらいもなく甘い吐息を漏らす。
自分の気持ちは見ない振りをして、ただ快感にだけ身を任せたかった。
今日のフェイは、いつも以上に敏感な反応を見せていることにスパイクも気づく。
にもかかわらず、フェイはずっと目を閉じたまま、一度もスパイクを見ようとしなかった。
「目、開けろよ」
じっとフェイを見下ろしてスパイクが言う。
「何で」
開いた瞳を合わせないままにフェイが答える。
「これじゃ、誰とやってんのかわかんねえ」
スパイクが言うと、ようやくフェイはその視線を受け止めた。
「どうでもいいでしょ、そんなこと。あんたはただあたしを感じさせてくれればいいんだから」
「ほんとに、それだけでいいのか」
心の奥を見透かすように自分を見つめるスパイクに、フェイは一瞬言葉に詰まる。
「……それ以外、何があるって言うのよ」
「やれれば誰でもよかったってわけじゃねえんだろ」
「……」
沈黙が、何よりの答えとなる。
「俺だって、誰でもいいわけじゃない。だから、目開けてろ」
その返事を待たず、スパイクはフェイの肌に唇を落とした。
「あっ…はあっ…」
スパイクが胸の突起を唇に含むと、フェイはこらえきれず喘ぐ。舌先で掃くように刺激するたびに、喘ぎは甘く、高くなっていった。
その声も、スパイクを見つめるその表情も、さっきまでなかった恥じらいを含んでいる。
「ただ身体だけのつながり」という逃げ場所をなくし、フェイは自分の気持ちを持て余しているようだった。
そんなフェイに、スパイクもどうしようもなく昂ぶっていく。
すぐにでもその身体を自らのもので押し開きたい衝動と、フェイの身体中の官能を指で舌で掘り起こし、甘やかな快感に震える彼女をもっと見たいと思う欲望がせめぎ合っていた。
脇腹から腰にかけて指でなぞってやると、フェイはくすぐったそうに身をよじる。だがその感触すらもどこか快感に通じているのか、漏れ出る吐息は甘く、スパイクの劣情をますます刺激した。
フェイの秘められた部分に指を滑り込ませる。熱く潤んだその状態はスパイクの予想を上回っていて、その状態を隅々まで確かめるべく緩やかに指で探る。
「んんっ…は…ああんっ…」
フェイの声が掠れた。掴んだスパイクの肩に爪を立てる。
スパイクの指は、誘い込まれるようにその深い部分へ進み入った。柔らかく暖かいものが、指全体に絡みつく。
「んふ…んっ…」
深い吐息が、押し出されるように漏れる。スパイクが指をゆっくり動かすと、くくっと襞が収縮した。
「やっ…ああっ…」
快楽に呑み込まれて、フェイの喘ぎが無防備になっていく。理性が浸食されているのがスパイクにも分かった。
スパイクは空いている片手と肩先を使って、フェイの両足を押し開き、指に蹂躙されている場所のすぐ上にある敏感な肉の真珠に吸い付いた。
「ひあうっ…!」
フェイの身体が小さく跳ねた。
与えられる快楽に翻弄されているフェイに、もっともっと快感を積み重ねてやりたいとスパイクは思う。
「はっ…ああんっ…やあっ…!」
一番奥を指先で探られて、フェイの膝が持ち上がる。足の指が、ぎゅっとシーツを掴んだ。
とめどなく溢れる蜜をかき混ぜながら、スパイクの指がフェイを頂上へと押し上げていく。同時に敏感な突起を舌で転がすと、フェイの喘ぎは悲鳴に近くなった。
「あっ…! ダメぇっ…イく…イっちゃう…!」
うねるような内部の収縮を感じながら、スパイクはリズミカルに指を引き、また押し込む。堅くしこった突起を強く吸い、押しつぶすように舌で刺激した。
「やあ…っ! も…ダメっ…イく…! あはあっ! イ…くぅ…んんっ!」
びくんびくんと身体を震わせ、フェイが硬直する。スパイクの指を、襞が幾重にも締め付けた。
「はあ…んっ…」
ぐったりと弛緩した身体をベッドに預けて、フェイはただ荒く息を吐く。
半開きの唇の奥に、おそらくフェイの意志とは関係なく動く舌がのぞく。
まだ焦点の合わない、潤んだ瞳と目があったとき、スパイクはフェイの奥深くまで自分のものにしたい衝動を、もう抑えきれなくなっていた。
力無く投げ出されているフェイの両足に手を添えて持ち上げ、昂ぶりきったものをぬかるんだ秘部に押し当ててスパイクはゆっくりと埋め込んでいく。
「んん…っ…」
押し開かれるような、指とは段違いの量感に、フェイはまだぼんやりとした意識の中、思わず吐息を漏らす。
達したばかりのフェイの内部は、熱を持ってスパイク自身にぽってりとまとわりついてきて、動かさずとも緩やかな収縮とともに心地よい刺激を与えてくる。
しばらくその感触を楽しんでから、スパイクはゆっくりと動き始める。くちゅり、としめった音が結合部から聞こえた。
「あ…はあんっ…あっ…」
スパイクの動きに同期してフェイが喘ぐ。ようやく意識を取り戻したように、その手をスパイクの背中に回した。
力強く貫かれながら、フェイは自分を見下ろすスパイクを見る。
今、熱っぽい目で見つめられているのは、他の誰でもなく自分なのだと心の底から思えた。
フェイは何ともいえない気持ちになって、背中に回した手に力を入れる。
快感が、一気に増幅された。
「んんっ…! スパイク…なんか…すご…いっ…」
フェイが白い喉を見せてのけぞった。その背中の下に腕を通して身体を引き起こし、スパイクは思わずフェイに口づける。
舌が動物的に絡まってぴちゃぴちゃと音をたてた。それでもまだ足りなくて、スパイクはフェイの口腔内を犯すように舌を侵入させていた。
向かい合わせに座った体勢でスパイクに下から突き上げられて、フェイはスパイクの首に両手を回して縋り付く。
奥深くまで一杯に埋め込まれ、逃げ場所のない快感に気が遠くなりそうだった。
フェイの表情、反応、その声で、今まで以上に彼女が感じていることがスパイクにも伝わる。
それがますますスパイクを昂ぶらせていく。
相手の反応がこんなにもストレートに自分の快感となって跳ね返ってくることが不思議なくらいだった。
もっと思うままフェイを責め立てたくて、スパイクはもう一度フェイの背中をベッドに横たえた。
フェイの両足を開き、スパイクはその奥深くをえぐる。開かせたその足に手をかけて引きつけ、打ち込むようにフェイの内部に押し入り、引き抜いてはまた押し入った。
スパイクの怒張を引き絞るように襞が吸い付いてきた。それを振り切るようにスパイクは動く。
「あっ…いいっ…! も…ダメ…狂っちゃう…!」
またフェイの身体が跳ねる。汗ばんだ乳房が、スパイクの動きに合わせて揺れて光る。
たまらなくエロティックな眺めだった。
「…狂えよ」
そう言うスパイクの声も掠れている。頭の中が沸騰寸前だった。
引きつけているフェイの腿にスパイクの指が食い込む。
打ち付けるスパイクの腰がフェイに当たってパンパンと音をたてた。
「スパイクっ…すごいっ…すごいの…! あはあっ…! あっ…あっ…イくうぅ…!」
フェイが身体をぴん、とのけぞらせて動きを止める。
熱く熔けた内部がうねって、スパイク自身をからめ取るように何度も収縮した。
スパイクは最後まで堰き止めていた自らの欲望をようやく解き放ち、フェイの一番深い場所へどくどくと吐き出した。
肉体的な満足が引いていくにつれ、代わって精神的な満足がフェイを満たしていく。
こんな経験は初めてだった。
今までは冷めた後には苦い後悔だけが残っていたから。
でも、今日は違った。
隣にいるスパイクを見ながら、フェイはようやく自分の居場所を見つけた気がしていた。
<ずっと変わらない、自分の居場所を。>
少なくとも、その日のフェイは、そう信じていた。
−つづく−
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