COWBOY BEBOP

 6      砂漠の薔薇(終)  ”Rose De Sable”
本編24話から26話(終)まで見てからお読みください。
(本編に出てくるセリフなど、かなり端折って書いているせいで、ご覧になってないと何のことかさっぱり分からないと思うので…すみません)
 
 
 
 
 
 
 
 
いつまでもこんな日が続くと思っていた。
 
 
 
  いつまでも、こんな日が続けばいいと思っていた。
 
 
 
    いつまでも、こんな日が―――
 
 
 
       ――――。
 
 
 
 
 いつか、終わりが来ること。
 
 本当は分かっていた。
 
 
 
 
 
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 もう、随分と長い時間が経った気がする。
 
 
 
 
 あの日、昔のあたしが映ったビデオテープにある場所を知っているというエドに連れられ、地球へ向かった。
 
 寄り道しながらも、ようやくそこに着き、レッドテイルを降りて辺りの風景を見渡す。
 
 それでも、あたしは全く何も思い出せなかった。
 
 ―――テープに映っていたのはきっとこの場所なのに。
 
 また可能性が一つ消え、あたしはため息をついた。
 
 
 
「あなた、フェイ?」
 
 その時突然、背後で声がした。
 
 振り向くと、声を掛けてきたその老婦人は、懐かしそうにあたしを見ていた。
 
 
 
 『ハイスクール…?』
 
 『サリー・ユン…?』
 
 その老婦人、サリーの言葉に、記憶の断片が脳裏をかすめるのに、掴もうとした瞬間、その断片は儚く消え去っていく。
 
「あの時の事故で、コールドスリープしてたのよねえ」
 
 サリーがそう言うのを聞いても、あたしの記憶は形にはならなかった。
 
 
 
 「『幽霊』かと思った」、とサリーは言った。
 
 そうね。「幽霊」とは言い得て妙だわ。
 
 あたしはこの場所にいないはずの存在。
 
 
 
 頭では分かっていたけど、それでもどこかで「ここに来れば昔に戻れる」そんな気がしていた。
 
 でも、長い年月を重ねた、昔の友の姿は、そんな幻想をかき消していた。
 
 
 
 
 重い足取りでビバップに戻る。
 
 ビバップを勝手に地球へ向かわせたことを責めるジェットに、反論する気も起きず、あたしは部屋へ戻った。
 
 
 
 今日見た風景。
 
 サリー。
 
 『事故』。
 
 思い出したくて何度も頭の中でリフレインするけど、それでも思い出せない。
 
 少し頭を休めようと思っても、早く思い出したいと思う焦りが休むことを許さなかった。
 
 
 
 
 気分を変えようと思って。
 
 そしてあたしは、シャワーを浴びた。
 
 
 
 のろのろと服を脱ぎ、シャワーのコックをひねる。
 
 頭上から降り注ぐ飛沫に身を委ねていると、一瞬頭の中が空っぽになる。
 
 その時。
 
 突然、すべての記憶が繋がった。
 
  
 
 
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 もう一度あの場所へ降り立つ。
 
 
 レッドテイルを停め、あたしの感覚では「つい数年間まで」暮らしていた常夏のその島に降り立つ。
 
 廃墟ばかりの風景は、知っているそれとは全く違っていたけど、その暑さや、まとわりつく湿気は昔と変わらず、あたしの記憶を裏打ちする。
 
 
 
 ここなんだ。
 
 
 
 あの坂を上って。
 
 毎日歩いたあの道を突き当たれば。
 
 あるはず。
 
 あたしの、幸せだったころの象徴。
 
 あたしの家。
 
 あたしの居場所。
 
 
 
 坂を上りきる。
 
 もう見えるはず。
 
 もう、見えるはずなのに。
 
 
 
 そこは、あたしの知ってるあたしの家ではなかった。
 
 
 
 ―――本当に長い間探し求めて、ようやく見つけた場所。
 
 ここがあたしの故郷(ふるさと)。
 
 それは間違いないけれど。
 
 何もかも変わってしまった「今の」この場所は、あたしの故郷ではなかった。
 
 
 
 時間を旅する方法がない限り。
 
 
 
 このまま眠って、目が覚めれば昔に戻れればいい。
 
 土の上に線を引いて作ったベッドの上で、目を閉じた。
 
 せめて記憶だけでも閉じこめておけるように。
 
 
 
 
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 『ここしか、帰る場所がなかった…』
 
 
 
 火星の宙港で、ぼんやりと外の風景を眺める。
 
 到着ロビーの中では、年老いた母親が、どこかで見たような息子の迎えを素直に喜べない様子なのを横目に見て、分かる気がするような、羨ましいような、そんな気分でいた。
 
 
 
 駐機場まで行くと、レッドテイルの通信機が鳴っている。
 
 スパイクからだった。
 
 用件を一気にしゃべった後、
 
「ふらふらしてないで、早く帰ってこい」
 
スパイクはそう言った。
 
 その言葉の持つ意味を、スパイクは分かって言っているのだろうか?
 
 ビバップが、あたしの「帰る場所」だと。
 
 
 
 そして。
 
 その後、あたしはジュリアに逢った。
 
 どこか人を惹きつける、不思議な魅力を持つ女性(ひと)だった。
 
 別れ際まで、あの「ジュリア」だとは気づかなかったけど。
 
 
 
 スパイクへの伝言を残して、ジュリアの車は走り去った。
 
 
 
 
 
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 レッドドラゴンの攻撃を受け、スパイクがジュリアの元へ行ってから、半日以上が過ぎた。
 
 スパイクの行方を聞きにブルのところへ行ったジェットとは、戻った後も顔を合わせていない。
 
 部屋に戻ったあたしは、何故ジュリアからの伝言を握りつぶさなかったのだろうと、自分のお人好しぶりを何度も苦々しく思い返していた。
 
 
 あたしは何故、バカ正直にジュリアの伝言をスパイクに伝えたんだろう。
 
 言わずにおこうかとも思った。
 
 それでも、言わずにはいられなかった。
 
 ジュリアがあたしを試したんだとしても。
 
 それを聞いてスパイクが行ってしまうと分かっていても。
 
 二人のこれからを、あたしの手で止めることはどうしても出来なかった。
 
 
 
 
 
 
 ふと、人の気配に顔を上げる。
 
「スパイク…?」
 
 部屋の入り口に、スパイクが静かに立っていた。
 
 その周りだけ時間が凍り付き、生きているとは思えないほど無表情なスパイクを見て、あたしは思わず立ち上がり、身体中でスパイクを抱きしめる。
 
 スパイクが、生きていることを思い出せるように。
 
 
 
 
 そのままスパイクに問いかける。
 
「なんか、あったの?」
 
「…何にもねえよ」
 
 スパイクはそれ以上言わなかったが、聞いたあとで気がついた。
 
 スパイクの髪にしみついた、雨と、硝煙と……血の匂い。
 
 そして、スパイクは「一人で」ここへ戻ってきた―――。
 
 
 まるでこの目で見たようにジュリアの身に起こった出来事がわかる気がして、あたしはもう何も聞かず、スパイクに回した腕に力を込めた。
 
 
 
 
 雨で冷え切った身体を少しでも温めたくて、スパイクをベッドに座らせ、濡れた上着を脱がせてシーツでくるむ。
 
 それだけではまだ足りない気がして、あたしもシーツの中に入ってもう一度スパイクを抱きしめ、自分の体温でスパイクを暖める。
 
 スパイクは何も言わず、ただじっと座っていた。
 
 
 
 
「フェイ」
 
 どれくらいそうしていただろうか、スパイクが小さくあたしの名を呼んだ。
 
「何?」
 
「…あったかいな、お前」
 
 たった一言だったが、言葉以上の意味があたしの胸に突き刺さり、知らぬ間に涙が溢れそうになる。
 
 気づかれたくなくて、あたしはスパイクの頬を両手で覆い、そっと唇を重ねた。
 
 何度も、何度も、短いキスをした。
 
 もっと熱を伝えたくて、自分とスパイクとを隔てている衣服を取り去って、素肌を触れ合わせた。
 
 
 
 スパイクの心臓の鼓動が伝わってくる。あたしのも伝わってるんだろうか。
 
 そのまま、あたしたちはベッドの上でお互いを確かめ合った。
 
 重ねた唇が。
 
 絡めた指先が。
 
 ただこの瞬間、二人が一緒に在ることを実感できる。
 
 
 
「抱いていいか?」
 
 スパイクが尋ねる。
 
 答えの代わりに、あたしはスパイクに身体を預けた。
 
 
 
 この行為にあたしに対する愛情があってもなくても、スパイクが救われるならそれでいい。
 
 生きていることを思い出してくれるのなら。
 
 そう思った。
 
 スパイクになら、何もかも与えてかまわないと思う自分に、自分で一番驚いていた。
 
 何の見返りも求めず、ただ与えることでしか、この気持ちを表現できなかったからかもしれない。
 
 
 
 スパイクの指が、やさしくあたしの身体中を愛撫する。
 
「は…ああっ…」
 
 あたしはいとも簡単にその指先で融けていく。
 
 触れられたところが甘く痺れる。
 
 頬が。
 
 首筋が。
 
 胸の頂が。
 
 その痺れは、あたしの身体の中心に蓄積されて、蜜となって溢れ出る。
 
 スパイクの指が、その蜜をすくい取る。 
 
 指先が源泉にゆっくりと沈んだ。
 
 
 
「んんっ…スパイク…も…うっ…」
 
 快楽のためというより、ただスパイクともっと深いところでつながりたくて、あたしはスパイクを求めた。
 
 
 
 ゆっくりと、覆い被さったスパイクがあたしの中に入ってくる。
 
「は…あんっ…スパイク…っ…」
 
 抱き合うだけより、もっと近く、もっと深く、スパイクを感じる。
 
 自分の中の足りないピースを埋められていくような。
 
 何度も身体を重ねたけど、こんなに満たされたことはない。
 
 それが、とても幸せで。
 
 その幸せが、快感になって跳ね返ってきて。
 
 あたしは息が止まりそうだった。
 
 
 
 
「フェイ」
 
 スパイクの瞳があたしを見て、スパイクがあたしの名を呼ぶ。
 
 スパイクの両腕があたしを抱きしめ、唇を重ね、舌を絡める。
 
 スパイクの吐息が首筋にかかる。
 
 そんな一瞬がとてもいとおしくて、今度はあたしからスパイクに唇を重ねた。
 
 
 
 
 スパイクが動くたびに、唇から嬌声が漏れ出る。
 
 甘く、鋭い快感が身体を走る。
 
 ずっと、繋がっていたい。離れたくない。
 
 スパイクの背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめた。
 
 と、そのままスパイクに身体を引き起こされる。
 
 向かい合って座る形になり、密着感と、奥深くまで貫かれる感覚に思わず声を上げた。
 
 揺すり上げられて受ける快感で、閉じた瞼の裏が白く弾ける。
 
 スパイクにしがみついたまま、あたしは快楽の頂上に達していた。
 
 
 
 
 スパイクの腕に抱かれたまま、あたしはいつもより強い快感の余韻の中にいた。
 
「フェイ…ありがとうな」
 
 そう、らしくない口調で囁かれ、あたしは耳を疑った。
 
 驚いて見つめるあたしに、スパイクは穏やかに微笑んでいる。
 
 その笑顔で安心してしまったあたしは、そのまま眠りに引き込まれていた…。
 
 
 
 
「ん……」
 
 少しうとうとしたらしい。
 
 目が覚めて見回すと、隣にいるはずのスパイクがいない。
 
 嫌な予感がして、あたしは起き上がってスパイクを探した。
 
 
 
 リビングから、ジェットとスパイクの話し声が聞こえる。
 
 よかった。ビバップの中にいるんだ。
 
 ゆっくりとリビングへ近づく。
 
 でも、近づくにつれ、いつもと違う雰囲気を感じる。
 
 ただ二人が静かに語り合っているだけなのに、どこか張りつめていて、あたしは何故か足音を潜めた。
 
 
 
 ジェットが言った。
 
「スパイク。一つだけ聞いていいか」
 
「ん?」
 
「…女のためか」
 
「死んだ女のために、出来ることなんてねえさ」
 
 そう言ってゆっくりスパイクが歩き出す。
 
『うそ…』
 
 あたしは息をのんだ。
 
 ―――行く気なんだ。
 
 ビシャスのところへ。今までの決着を付けに。ジュリアを殺された報復に。
 
 
 
 やっぱり。
 
 スパイクは、ただ過去のためだけに生きていたんだ。
 
 ここのことや、あたしやエドやジェット、アインのことよりも、昔のしがらみに縛られて。
 
 
 
 この手にとどめられたと思ったのに。
 
 自分の居場所を見つけられたと思ったのに。
 
 そんなものは、幻で。
 
 
 
 
 曲がり角の壁際に立つあたしに気づかず、スパイクは近づいてくる。
 
 その足音がすぐそこに来たとき、あたしはゆっくりとスパイクにグロックを突きつけた。
 
「どこ行くの」
 
 スパイクが立ち止まる。
 
「なんで行くの」
 
 あたしはグロックを下ろして続けた。
 
「いつか、あんた言ったわよね。過去なんてどうでもいいって。あんたの方が過去に縛られてる」
 
 あたしを見て、スパイクは顔を近づける。その静かな迫力に、あたしは少し後ずさった。
 
「この目を見ろ。事故で無くして、片方は作り物だ。その時から俺は、片方の目で過去を見て、もう一方で今を見てた。目に見えてるものだけが現実じゃない、そう思ってた」 
 
 いつになく饒舌なスパイクに、その覚悟の強さを感じて、あたしの胸に嫌な予感が広がる。
 
「そんな話しないで。身の上話なんてしたことないくせに、今そんな話しないでよ」
 
 あたしの言葉に構わず、スパイクは続ける。
 
「覚めない夢でも見てるつもりだった。…いつの間にか、覚めちまってた」
 
 だったら…!
 
 だったらこのままここに居てよ…! 
 
「あたし、記憶戻ったの。でも、いいことなんてなんにもなかった。帰る場所なんてどこにもなかった。ここしか帰る場所がなかった」
 
 そうよ。あんたが「帰ってこい」って言ったんじゃないの…!
 
「それなのに、どこ行くの?なんで行くの?わざわざ命を捨てに行くってわけ?」
 
「死にに行くわけじゃない。俺がほんとに生きてるかどうか、確かめに行くんだ」
 
 スパイクはそう言って歩き出す。
 
 
 
 なんでそんなことわざわざ確かめなきゃならないのよ。
 
 あんたの生きる場所はここでしょうよ。
 
 あたしだってここで生きていく、そう決めたのに。
 
 なんであんたはそうできないの…!?
 
 
 
 どうやっても、この男を過去の世界から引き戻せないの?
 
 死んだときに初めて、今まで生きてたことを実感するっていうの?
 
 
 
 ああ、これ、グレンの時とまるで同じだ。
 
 死にに行こうとしている男を、また今度も、あたしは止められないんだ。
 
 今度は拘束されているわけじゃないのに。
 
 自分が止められないことを知って、なおその上で、この男は出て行こうとしている。自分の目の前を通り過ぎて。
 
 
 
 
『行かないで。あたしのそばにいて』
 
 そう言えたら。
 
 でもやっぱりどうしても言えなくて、ただその思いの丈を、天井に向けたグロックの銃声に乗せることしかできなかった。
 
 
 
 
 手に入れたと思っていた安住の地は、砂の城だった。
 
 崩れ落ちるのは一瞬で。
 
 今までそこに存在したことすら信じられないくらい、跡形もなく消えていく。
 
 
 
 手にしたグロックが、床に落ちて乾いた音をたてた。
 
 身体中の力が抜け、壁にもたれて動けないまま、砂の中に埋もれていくようだった。
 
 
 
 
 
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
 
 
 
 
 
 あれから一週間経っても、スパイクは戻ってこない。
 
 ほんとは、いくら待っても戻ってこないことくらいもう分かっている。
 
 戻ってこない理由だって分かっている。
 
 ただ、信じたくないだけ。
 
 
 あんな風に出ていったスパイクがもう帰ってこないなんて。
 
 最後まで、あたしたちと関わることを拒んだままで。
 
 
 
 ビバップの中では、スパイクがいない以外、変わらぬ暮らしが続いている。
 
 普通にしていたら、あいつがふらっと帰ってくる気がして。
 
 ジェットもきっとそんな思いで、今日もあいつの分の食事を用意してるに違いない。
 
 
 
「あの男もバカよね。ずーっと過去にとらわれたままでさ」
 
 ジェットの作った中華料理もどきのような食事を口に運びながら、あたしはジェットに言った。
 
「……」
 
「あんただって、いつも貧乏くじばっかりでさあ。足のけがといい…。いい加減うんざりしてんじゃないの?」  
 
「……」
 
 ジェットは無言のままだ。
 
「あたしだっていい迷惑よ。あいつの過去がらみで何度とばっちり食らったと思ってんの」
 
 感情が溢れそうで、抑えようと目を伏せながら次々と箸を進めた。
 
「…フェイ。お前、分かってねえのか。あの日スパイクが行った理由が」
 
 ようやく口を開いたジェットの声に、あたしはゆっくりと顔を上げる。
 
 ジェットは小学校の先生のように、まるであたしを教え諭している、といった風情だ。
 
「…なんであたしがそんなこと分かんなきゃいけないのよ」
 
 子供のようにふてくされる。逆らうより、扱われるとおりに振る舞う方が、ずっと気が楽だった。
 
「訳も分からず八つ当たりされてちゃ、あんまりにもスパイクが気の毒だからな」
 
「八つ当たり?」
 
「そうだ。お前、スパイクがあの日最後に俺に言ったこと、覚えてるか」
 
「『死んだ女のために出来ることがない』、とか…」
 
「どう思った」
 
「…死なせちゃった女への後悔でしょ、どうせ」
 
 ジェットはふう、と小さく息を吐いた。
 
「生きてる人間のためだったとは思わねえのか」
 
「……?」
 
 思いもしなかった言葉に、ただぽかんとジェットを見つめてしまう。
 
「俺は今でも思うんだ。あれがもし、この船に俺とスパイクしかいない時だったら、俺もあいつに付き合ってたかもしれん。それをしなかったのは、あいつが俺たち、いや、お前らを巻き込みたくないと思ってることを知ってたからだ」
 
 淡々と語るジェットの言葉に、あたしの頭がようやく理解をし始める。
 
 スパイクは、自分のためじゃなく、あたしたちのために一人で行った…?
 
 でも。なんで?
 
 ジェットには気づかせてたくせに、あたしにはそんな素振りも見せず、何も言わずに…。
 
 
 
 そんな気持ちが顔に表れていたのか、ジェットが言った。
 
「聞けば、絶対一緒に行っただろうが、お前は」
 
「……」
 
「一番、それを避けたかったんだろうよ、スパイクは。お前を、守りたかったんだ。…そこまで言わなきゃ分からねえのか。過去のためじゃねえ、現在(いま)のために行ったんだ」
 
 
 
 ―――分からないわよ。
 
 あいつが、あたしのことをそんな風に考えててくれたなんて。
 
 そんな自信、持てなかったもの。
 
 何も言ってくれない男に、そんなこと、思えるわけないじゃない。
 
 
 
『覚めない夢でも見てるつもりだった。…いつの間にか、覚めちまってた』
 
 スパイクの言葉が、耳によみがえる。
 
「スパイク…」
 
 
 
 あたしが与えるしかなかったように、スパイクは去って行くことしかできなかった。
 
 あたしに、あたしたちに、災禍が及ばないように。
 
 そのために、スパイクは、一人で。
 
 
 
 そう、か。
 
 あの日、スパイクのあんな笑顔が見れて。
 
 「ありがとう」って言ってもらえて。
 
 あたしの気持ち、受け止めてもらえて。
 
 十分、報われてたんだ。
 
 
 
 でも、一つだけ言わせて。
 
 あたしだって、ちゃんと気持ちを伝えたかった。
 
 そして、最後に「きっと帰ってきて」って言いたかった。
 
 もしもあの時そう言ってたら、帰ってきてくれた―――?
 
 
 
 スパイクがもう帰ってこないと知ったあの日から後、あたしは今日初めて泣いた。
 
 堰を切ったように溢れる涙が、次から次からこぼれて止まらなかった。
 
 その涙は、胸の中につかえていた固まりを溶かし出し、心の中にはスパイクへの純粋な想いだけが残った。
 
 
 
 
 
 
 残ったものはただ砂だけだと思っていたけど。
 
 スパイクは残していったのだ。何か確かなものを。
 
 砂の中から奇跡のように生まれる貴石(いし)、「砂漠の薔薇」のように。 
 
 
 
 
 
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