COWBOY BEBOP

 7      Rain...
 雨が、降ってる。
 雷の音も繰り返し、遠くに響く。
 
 その風情に、底知れない寂しさを感じて、あたしはベッドの上で膝を抱いた。
 
 今までさんざん一人で過ごしてきたくせに、何故今、一人でいることがこんなに耐えられないのだろう。
 
 きっかけは、あの日だった。
 
 
 
******
 
 
 
 ビデオテープに映った、学生時代の自分。
 あれは確かに自分なのに。
 見ても、何ひとつ思い出せない。
 景色にも、友だちにも、見覚えがなかった。
 
 あたしは、一体誰なのか。
 目覚めるまでのあたしは、今のあたしとは全く別人なんじゃないか。
 もしそうなら。
 今のあたしと、以前のあたし。
 どっちが本当の自分なのか。
 自分の根本が分からない心許なさに耐えられない。
 
 今までずっと、何かきっかけさえあれば思い出せる、と、そう思っていたのに。
 
 その望みも消えた。
 
 
 リビングでウオツカのグラスを空けていると、スパイクがふらりとやってきた。
「飲んでんのか」
「まあ、ね。人間、たまにはいろんなこと忘れちゃいたいときもあるしさあ」
「……お前、何杯飲んだ」
 ソファの傍らに立ったまま、あたしを見下ろしてスパイクが尋ねる。
「なんでそんなこと聞くのよ」
 にらみつけるあたしを、受け流すようにスパイクは穏やかに言った。
「そろそろやめとけ。ろれつが回ってねえぞ」
「うっるさいわね。あんたなんかに指図されるいわれはありません」
 あたしの口調にも動じる様子がないことに一層いらだち、勢いよく立ち上がると、思ったよりアルコールが回っていたらしく、足元がふらつく。バランスを崩した身体を、伸びてきたスパイクの腕が支えた。
「言わんこっちゃねえ」
 この男にしてみれば、別になんてことはなかったろうその行為が、あの日のあたしにはとても優しく思えて。
 そのまましばらくの間、体を預けてしまっていた。
 そんなあたしをスパイクは不思議そうに見つめる。
「どうした?」
 その声にあたしはあわてて身体を離す。
「なんでもない。あ…ありがと」
 身体は離れても、未だ腕はスパイクに支えられたままで、不思議とそこから何か暖かいものが流れ込んでくるような気がした。
 
 お酒のせいなのか。
 こんな日だからなのか。
 相手が…スパイクだったからか。
 
 その何かはスパイクにも伝わったのか、目が合うとスパイクはあたしの耳元に口を寄せ、背中に腕を回した。
「じゃあ少しの間、現実を忘れるか。手伝うぜ」
 冗談めかしてそう言うスパイクをあたしは見つめる。
 この男はどうして、こんなバカなセリフを、包み込むようにあっさりと言ってのけるのだろう。
 
 
 でもその手に、そしてその言葉に、思わず縋ってしまうほど、自分が弱い人間だったと。
 その時まで、あたしは知らなかった。
 
 
 立ったままで、一瞬見つめ合う。
 あたしの頬にかかった髪を、指で静かに梳き上げて、スパイクは唇を重ねてきた。
 親指がやさしく頬を滑る。
 
「…何笑ってんだよ」
 唇が離れてから、あたしの表情を見て、ふてくされたようにスパイクが言った。
 確かにあたしは笑っていた。
 こんな時だけ、妙に優しいこの男の仕草が何だか可笑しかったのだ。
 
 そうして、笑うことができる自分にも驚いていた。
 
 あたしの上着を肌から滑り落として、胸のふくらみを柔らかく包み込んだときも、やっぱりスパイクは優しげで。
 でも、もう一度それを笑おうとしたあたしを、スパイクの指がもたらす快感が遮った。
「は……あん……」
 胸の頂を指で探りながら、スパイクはあたしの表情を確かめて笑った。
「もう笑えねえだろ」
 意地になっているようなその表情をもう一度笑ってやりたかったが、指の代わりに落ちてきた唇が、もうあたしをそうはさせなかった。
 
 何度も何度も、あたしは甘い声を上げる。
 ごく自然に、ソファに身体を横たえられていた。
 
 スパイクの背中に回してしまった手に呼応するように、覆い被さるスパイクの身体が密着してくる。
 もう一度、唇を重ねた。
 心の中で、嬉しいような、切ないような感情があふれ出てくる。
 現実を忘れるためにスパイクに抱かれているのか、最初からただ抱かれたいと思っていたのか。
 それすら、わからなくなりそうだった。
 
 首筋、胸元…。
 スパイクの唇が落ちてくるところから、熱が次々と身体に侵入してきて、そのたびにあたしの身体を震わせる。
 その唇を先回りする指先が、もう一度、胸の頂の蕾をつまんだ。
「んんっ…」
 鋭い快感に、思わず目を閉じる。
 休むことなく蕾への愛撫が繰り返され、漏れる吐息の間隔が狭くなっていく。
 遅れてきた唇がその先端をついばむ。
 唇に場所を譲った指先は、身体を下へと滑り降り、腿に達していた。
 
 各所から伝わる熱が、身体の中心へと集まり始めている。
 その熱が快感となって蓄えられるほどに、その場所にもどかしいような感覚が生まれていた。
 
 下半身を覆っていたパンツとショーツはあっという間に取り去られていて、『こいつってこんな時まで器用なんだ』と思ったけど、もうあたしにそれを笑う余裕はなくなっていた。
 
 当たり前のように伸びた指があたしの中心を探ってくる。
 どんな状態になっているのか、想像するだけでもいたたまれなくて、あたしは太股を重ねて身をよじる。
 そんな抵抗をものともせず、スパイクの指はあたしの秘められた場所へとたどり着いた。
 
 スムーズに動く指に、その場所が十分すぎるほど潤んでいることを思い知らされる。
 そしてその指は、新たな蜜を湧き出させるべく、的確に快感の源を探り当ててくるのだ。
 蜜の源泉に柔らかく沈み込んだかと思うと、敏感な突起を転がす。
「あっ…はあっ…」
 電流のように身体を走る快感が、あたしのあえぎを大きくし、身体をびくびくと震わせる。
 身体の中心に生まれたもどかしさは、耐えきれないほどになっていた。
 
 先を促すようにスパイクを見たあたしの視線に、答えるようにスパイクは黙って眉を上げた。
 そのまま、臨戦態勢になっているスパイク自身をあてがい、沈めてくる。
「ん…んっ…」
 その瞬間、思わず吐息が漏れる。
 快感よりも、満たされたくてもどかしくて待ちかねていた場所に、十分すぎる量感のものを埋め込まれた充足感の方が勝(まさ)っていた。
 それでも、スパイクの動きにつれて、身体の奥から重厚で甘い快感がわき上がってくる。
「はあっ…んっ…いいっ…」
 スパイクのリズムに翻弄されて、少しずつ快楽に狂っていく。
 引き締まった背中に、爪を立てた。
 
「こんな顔するんだ、お前」
 あたしを見下ろし、熱を帯びた瞳でスパイクがささやく。
「やっ…見ないで…よ」
「結構、そそるぜ?」
 スパイクは開かせたあたしの腿を引き寄せ、より深くまで貫いてきた。
「はぁっ…!ああんっ!」
 十分に蓄積された快感が、その刺激で沸騰する。
「その声も」
 そう言うスパイクの声も、少しかすれていた。
 繰り返し力強く突き上げられ、瞼の裏が、白く何度もスパークする。
「あふっ…んんっ…!」
 鮮烈な刺激を受けて昇りつめようとする身体に、あたしは抗う術を持たなかった。
「もうっ…ダメっ…イ…くう…んんっ…!」
 がくがくと身体を震わせた瞬間、スパイクもまたあたしの奥に解き放っていた。
 
 
 ついさっきまで身体を重ねていたソファにスパイクと並んで座り、自然と気怠い身体を相手に預けている。
「わざわざつきあってくれて、どうも」
 口から出るのはそんな言葉だったけれど。
「少しでもお役に立てたなら何より」
 おどけて言ったスパイクが、ふと表情を緩める。
「俺も少しの間…忘れたかもな」
「忘れたって、何を?」
 聞きとがめたあたしの視線を交わし、スパイクは呟いた。
「まあ、いろいろだよ」
 それ以上は、あたしも聞かなかった。
 
 
 
******
 
 
 
 身体を重ねたのは後にも先にもあの日だけだったけれど。
 次の日からは普段どおりの関係に戻っていたけれど。
 少しだけ、心の拠りどころができた、そんな気がした。
 
 
 
******
 
 
 
 
 部屋を見渡して見れば、アイツがいた証がそこここに転がってる。
 灰皿に山積みのタバコの吸い殻も。
少しつぶれたビールの空き缶も。
 
 間違いなくここにアイツはいたのに。
 
 あたしの指先に、頬に、体中に、アイツのぬくもりが残っているのに。
 その胸の中で溺れて、熔けた、あの時間は間違いなく存在したのに。
 
 本当にもう、帰ってこないの?
 
 ―――死んだ、って本当なの?
 
 アイツに限ってそんなはずはない。
 何度もそう思おうとしたけど。
 突きつけられた現実が、その考えを許さない。
 
 
 
「……っ?」
 帰ってきたアイツの姿が見えた気がして目を凝らした。
 でも、夢だったのか、もう何も見えない。
 
 今が夢なのか現実なのかも、分からない。
 
 誰でもいい。嘘でもいいから。
 もうすぐアイツが帰って来るって。そう言って。
 その一瞬だけでも、その言葉を信じるから。
 
 
 涙が枯れるほど泣いたことも、今なら許したげる。
 だから、早く帰ってきなさいよ。
 
 だから、帰って、来て。
 
 
 
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