大阪商船の中国航路就航船舶 - 昭和初期
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大阪天津線 明39.2.25(1906)開設大正期〜昭14.10(1939)東亞海運へ譲渡
大阪商船は昭和2年(1927)3月から本航路用として旅客設備の完備した高速ディーゼル貨客船長城丸型3隻を就航させ、月間6航海とした。本航路は昭和14年(1939)10月に東亞海運が営業を開始したので使用船とともに譲渡した。
長城丸
長城丸 Chojo Maru (1927)
大阪大連線 明38.1(1905)開設大正期〜昭17.5(1942)船舶運営会へ移管
昭和4年(1929)4月、新造船うらる丸、うすりい丸が就航し、使用船6隻月15航海に増加。翌年しあとる丸、たこま丸2隻を加えて8隻で月間20航海の定期とした。昭和9年(1934)3月から扶桑丸を加え、翌10年(1935)新造船、吉林丸、熱河丸、12年(1937))黒龍丸、鴨緑丸が就航、10隻で月間25航海の定期とした。その後軍使用による減船があったが大連汽船の大連丸、青島丸、奉天丸を用船、遠洋航路から撤退したすらばや丸、南海丸、東京丸、西貢丸、ありぞな丸、りおでじやねろ丸などを順次投入して定期の維持に努めた。 昭和15年(1940)には、あらびあ丸、ぶえのすあいれす丸、報國丸、らぷらた丸、さんとす丸、もんてびでお丸、あるぜんちな丸を投入、翌年ぶらじる丸を投入したが軍使用船は増加する一方で、17年(1942)初頭は鴨緑丸、黒龍丸、熱河丸、吉林丸、うすりい丸の5隻で月間11航海を維持するのみとなり同年5月、船舶運営会に移管した。
奉天丸
奉天丸 Hoten Maru (1928)
すらばや丸
すらばや丸 Surabaya Maru (1918)
うらる丸
うらる丸 Ural Maru (1929)
うすりい丸
うすりい丸 Ussri Maru (1932)
熱河丸 Nekka Maru
熱河丸 Nekka Maru (1935)
鴨緑丸
鴨緑丸 Oryoku Maru (1937)

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