辰馬汽船の臺湾航路就航船舶 - 昭和初期 − 作成中
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臺湾航路 昭4.12(1929)開設
辰馬汽船の臺湾定期航路は昭和4年(1929)12月、台湾糖の輸送依頼を受けての盟外配船から始まる。昭和7年(1932)には近海郵船、大阪商船との協定が成立し、以後は往航雑貨、復航砂糖の積取は好調を続けた。昭和9年(1934)には台湾米、往航雑貨、台湾糖の運賃が引上げられ、本航路の収益は向上した。この機会を捉えて、かねてから計画していた新造船建造を実施、昭和11年(1936)10月に2隻、昭和12年(1937)2月にさらに同型船2隻を三菱神戸造船所に発注した。
なお本航路は太平洋戦争後、海運が民営還元されると新日本汽船が定期航路の申請を行ったとの記録(合併より十五年 - 山下新日本汽船)があるが、実際には開設されなかったようである。
辰春丸
辰春丸 Tatsuharu Maru (1939)

昭和25年(1950)9月、中日本重工業(当時)で入渠工事終了後の本船はジェーン台風のため繋留索が切断されて接触、擱坐。修理に3ヶ月を要した。

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