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| 瓜哇航路 | 昭6.3(1931)開設〜昭10.7(1935)南洋海運へ継承 |
| 石原産業海運の前身合資会社南洋鉱業公司は石原廣一郎、田所久吾、東久米次の3名が発見したマレー半島ジョホール王国バトパハ州スリメダン鉄山を開発し製鉄原鉱を輸送する目的で大正9年(1920)、資本金10万円で大阪に設立された。まもなく鉄鉱石の自家輸送を目的として金泉丸、銀泉丸、馬來丸を購入し海運業を開始した。 昭和4年(1929)8月、商号を石原産業海運合資会社と改称。昭和6年(1931)3月には日本主要港と蘭印/瓜哇(ジャバ)間に月1回〜2回の定期航路を開設した。昭和7年(1932)頃の定期航路寄港地は横濱/名古屋/大阪/神戸/門司/若松/マカッサ/スラバヤ/サマラン/チェリボン/バタビヤ/シンガポール/バトパハ。当航路は昭和10年(1935)7月に南洋海運の設立に伴って就航船とともに継承された。 |
![]() 名古屋丸 Nagoya Maru |
![]() 浄寶縷丸 Johore Maru |
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