欧州航路就航船舶 - 昭和初期
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日本郵船
ロンドン線 明29.3.15(1896)開設大正期〜昭15.10(1940)休航〜戦後占領期集約以前海運集約期
大正期に箱根丸型貨客船4隻が就航したが全体的な船質改善のため昭和3年(1928)に照國丸型2隻を新造投入。
照國丸
照國丸 Terukuni Maru (1930)
新田丸 Nitta Maru
新田丸 Nitta Maru (1940)
リバプール線 昭15.6(1940)以降休航〜戦後
昭和初期にT型貨物船他が就航。船質改善のためディーゼル主機の大型高速貨物船5隻(A型)の建造を計画。昭和13年(1938)までに全船が完工したが第2次世界大戦の影響により本線には就航せずに終わった。
粟田丸
粟田丸 Awata Maru (1937)
北欧線 昭11.5(1936)開設〜昭13.9(1938)休航
日本郵船のリバプール線に就航予定のA型貨物船赤城丸、有馬丸と國際汽船の香久丸、香椎丸、衣笠丸の合計5隻により昭和11年(1936)5月3日横濱出航の香椎丸を第1船として開設。
香久丸
香久丸 Kagu Maru (1936)
近東伊太利線 昭4.4(1929)開設〜昭15.6(1940)休航
第1次世界大戦後の新市場として政府が着目したバルカン諸国、黒海沿岸、近東地方、エジプト方面に日本郵船は逓信省の近東諸港寄港補助を受け昭和4年(1929)4月以降、同社のリバプール線の使用船を当地に寄港させて航路を開始した。昭和15年(1940)6月、イタリアの参戦以後、休航。
ハンブルグ線 昭14.8(1939)休航
T型、M型貨物船6隻による月1回の定期航路。昭和14年(1939)8月横濱出航の水戸丸を最終船として休航。

大阪商船
日本欧州線 大7.12(1918)横濱倫敦線開設〜昭8.3(1933)休止→昭28.5(1953)再開
昭31.1(1956)日本欧州急航線海運集約期
大正期からあるぷす丸型貨物船4隻(あるぷす丸、あまぞん丸、あんです丸、あむうる丸)とあらすか丸型貨物船2隻(あらすか丸、あとらす丸)の合計6隻により毎月1航海のサービスを実施してきた日本欧州線は昭和2年(1927)8月に寄港地を倫敦/ロッテルダム/ハンブルグ/ブレーメン/アントワープ/ダンケルク/アントワープ(終点)/ロッテルダム/ハンブルグに変更した。以後、就航船は昭和5年(1930)11月までにはあるたい丸、あむうる丸に代わってろんどん丸、ぱりい丸を再度就航させ、年13航海のサービスとした。昭和6年(1931)の郵商協調により復航は日本郵船の運航となったが、その後収益が上がらないため、昭和8年(1933)3月から配船が保留された。
あらすか丸
あらすか丸 Alaska Maru (1919)
東航欧州線 昭13.7(1938)開設〜昭15.5(1940)休航→昭28.12(1953)再開〜昭32.5(1957)休航
昭和13年(1938)7月、東海丸を第1船として開設。紐育線毎月2回のうち1回は紐育経由倫敦及び、倫敦及び欧州へ延航して往復航ともパナマ経由の日本欧州線を開始した。東海丸、畿内丸、山陽丸、南海丸、北海丸の5隻で毎月1航海のサービスとし、往航は大連/大阪/神戸/名古屋/清水/横濱/ロサンゼルス/パナマ/紐育/倫敦/アントワープ/ロッテルダム/ハンブルク、復航はハンブルク/ブレーメン/アントワープ/紐育/パナマ/ロサンゼルス/横濱/大阪/神戸/大連。別途、北陸丸、關西丸、東山丸、九州丸の4隻で月1回の紐育線と複合配船とし東洋/紐育相互間年24航海とした。
当航路は極東・北米・欧州相互間の荷動きの増加に伴いきわめて順調に推移したが第2次世界大戦の発生とともに欧州海域への配船が極めて危険となったので昭和15年(1940)5月、北海丸の大連発紐育向け航海をもって休航となった。
九州丸
九州丸 Kyushu Maru (1938)

國際汽船
北欧線 昭11.5(1936)開設〜昭13.9(1938)休航
日本郵船が開設した北欧線に國際汽船の新造高速貨物船衣笠丸型3隻が提供された。
衣笠丸
衣笠丸 Kinugasa Maru (1936)

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