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| ニューヨーク航路 | 大阪商船 大9.2.17(1920)紐育線〜昭5.6.29(1930)紐育急航線として開設 |
| 〜昭16.9.9(1941)休航→戦後占領期〜海運集約以前〜海運集約期 | |
| 三井船舶 戦前→昭26.7.3(1951)再開〜海運集約以前〜海運集約期 |
| 合併前の両社は共に月2航海の配船権を持っていたがこれを(1)NYA線(2)NYB線(3)NYC線(4)NYD線の往航月間4航海とした。昭和42年(1967)には11,900重量トン級貨物船さくらめんと丸型(S型)4隻が順次就航した。昭和47年(1972)9月18日にはコンテナ化の第1船にゅーよーく丸が就航した。 |
![]() さばな丸 Savannah Maru (1967) |
![]() さんふらんしすこ丸 San Francisco Maru (1967) 左遠景には大さん橋に停泊中の同社羽黒山丸が見える。 1976.3.20 横浜港・新港ふ頭 |
![]() にゅーよーく丸 New York Maru (1972) |
| 極東/ニューヨーク航路 | 戦前〜昭27.9(1952)再開〜海運集約以前〜海運集約期 |
| 昭和39年(1964)4月海運集約により合併した飯野汽船から年間14航海の航権を継承した。その後紐育航路運営会社の運営上航路の休止などがあり昭和41年(1966)4月以降は年間30航海となった。就航船は飯野汽船との合併時は、ねばだ丸型、康島丸、大島丸などが配船されたが昭和40年(1965)4月には丁抹丸型、昭和42年(1967)以降には仏蘭西丸型を投入し航海日数の短縮と船質の改善が図られた。 |
![]() 康島丸 Yasujima Maru (1954) |
![]() 佛蘭西丸 France Maru (1967) |
| ニューヨーク航路 | 山下汽船 昭12.10(1937)開設〜昭27.7(1952)再開〜海運集約以前〜海運集約期 |
| 新日本汽船 昭26.6(1951)開設〜海運集約以前〜海運集約期 |
| 昭和39年(1964)4月合併時の就航船舶は山昭丸、山隆丸、山君丸、山若丸、伊賀春丸、志賀春丸、賀茂春丸の7隻で年間航海回数は24であった。昭和47年(1972)8月19日にはコンテナ化第1船東米丸が就航した。 |
![]() 東米丸 Tohbei Maru (1972) |
| 加州航路(PSW) | 昭33.1(1958)山下汽船が開設〜海運集約期 |
| 昭和39年(1964)4月合併時の就航船舶は山国丸、山春丸、山里丸、山月丸、木曾春丸、阿蘇春丸、比叡春丸の7隻で年間航海回数は24であった。 |
![]() 比叡春丸 Hiyeharu Maru (1953) |
| 北米航路のコンテナ化 |
![]() 加州丸 Kashu Maru (1968) |
| 北太平洋航路(PNW) | 昭33.2(1958)山下汽船が開設〜海運集約期 |
| 昭和39年(1964)4月合併時の就航船舶は山姫丸、山菊丸、武庫春丸、山照丸の4隻で年間航海回数は30であった。 |
![]() 朝潮丸 Asashio Maru (1953) 中村汽船の所有船であったが船腹交換により山下汽船に移籍、山姫丸と改名された。 |
| 太平洋南西岸(PSW)航路 | 昭43.11(1968)開設〜昭62(1987)グリーンインベストメンツへ譲渡 |
| 昭和43年(1968)11月15日、東京品川埠頭出航のジャパン エースを第1船として開始。 |
| 北米航路のコンテナ化 |
![]() ジャパン エース Japan Ace (1968) |
![]() まんはったん丸 Manhattan Maru (1961) ニューヨーク港 |
| 太平洋南西岸(PSW)航路 | 昭43(1968)開設〜昭63(1988)終航 |
| 昭和海運は昭和43年(1968)8月に日本郵船とスペース・チャーター方式により太平洋南西岸(PSW)航路のコンテナサービスを開始、日本郵船の箱根丸と同型の榛名丸(752TEU)が就航した。当初は2隻による月2航海のサービスであったが昭和47年(1972)に比叡丸(1,006TEU)、翌昭和48年(1973)には白山丸(1,198TEU)を日本郵船との共有により就航させ4隻によるウィークリー・サービスを実現させた。 |
| 北米航路のコンテナ化 |
![]() 榛名丸 Haruna Maru (1968) |
![]() 比叡丸 Hiei Maru (1972) Mitsubishi H.I.,Kobe |
| 太平洋北西岸(PNW)航路 | 昭45(1970)開設〜昭63(1988)終航 |
| 太平洋南西岸(PSW)航路に引き続き、昭和45年(1970)5月には太平洋北西岸(PNW)航路に日本郵船との共有コンテナ船穂高丸(833TEU)によるコンテナサービスを開始した。昭和49年(1974)には日本郵船との共有で氷川丸(1,277TEU)を就航させた。 |
| 北米航路のコンテナ化 |
![]() 穂高丸 Hotaka Maru (1970) O.Sakai |
![]() 氷川丸 Hikawa Maru (1974) |
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