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| 樺太西回線 | 大3.3(1914)大阪商船から継承〜 |
| 樺太航路略図 |
| ・西海岸イ線…小樽を起点として海馬島/武意泊/本斗/廣地/眞岡/蘭泊/野田寒/泊居/久春内。幸成丸が就航。 ・西海岸ロ線(安別線)…小樽を起点として海馬島/本斗/眞岡/蘭泊/野田寒/泊居/名寄/久春内/牛毛/萠菱/圓度/鵜城/恵須取/北名好/安別。天佑丸が就航。 ・西海岸ハ線…小樽を起点として大泊/本斗/眞岡/野田寒/泊居/久春内。冬季は小樽/大泊/眞岡/海馬島。大禮丸が就航。 |
![]() 天佑丸 Tenyu Maru (1904) |
| 樺太東回線 | 大3.3(1914)大阪商船から継承〜 |
| ・東海岸イ線…小樽を起点として大泊/池邊讃/富内/榮濱/東白浦/東間串/敷香/散江。吉辰丸が就航。 ・東海岸ロ線…小樽を起点として大泊/池邊讃/富内/野寒/榮濱/東白浦/元泊/東間串/敷香/散江。二見丸が就航。 ・東海岸ハ線…小樽を起点として大泊/池邊讃/富内/野寒/榮濱/東白浦/元泊/東間串/敷香/散江/海豹島/船泊/遠内。筑後川丸が就航。 |
| 小樽泊居線 | 大3.3(1914)大阪商船から継承〜大15(1926)小樽恵須取線 |
| 大阪商船の大禮丸が就航していた小樽を起点とした樺太向け旅客交通の幹線。大正13年(1924)7月、大禮丸が衝突沈没した後は、京城丸を青蘭線から転配し、砕氷装置を装備させた上で翌14年(1925)1月より配船させた。配船稚泊連絡が開始された大正12年(1922)には近海郵船との競争のため村尾汽船所有の明石丸を用船して増配した。大正15年(1926)小樽恵須取線と改称。 |
![]() 大禮丸 Dairei Maru (1904) 船首に砕氷装置を設置した姿。 |
| 竣工後間もなく日露戦役のため陸軍御用船として徴用。明治38年(1905)10月大阪商船は陸軍省と協議の上、船首に砕氷装置を設置した砕氷船に改造した(船首の外側にさらに砕氷構造の船首を取り付けた)。以後、小樽を起点として樺太沿岸に至る航海に従事し日露国境標識の完成までは国境画定委員輸送任務にも従事した。毎月1の日に小樽を出航する大禮丸は広く世上に記憶せられた、と北日本汽船の社史は伝えている。 |
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