大阪商船の南洋航路就航船舶 - 大正期
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南洋線 大5.4(1916)開設〜大8.3(1919)南洋線甲線〜大15.4(1926)南洋線〜昭3(1928)基隆瓜哇線
昭10.7(1935)南洋海運へ譲渡
大正5年(1916)4月臺湾総督府命令航路として開設。甲乙2線に分け、甲線は当初新高丸1隻で隔月1回基隆発航、寄港地は厦門/汕頭/香港/マニラ/サンダカン/マカッサ/スラバヤ/サマラン/バタビヤ/新嘉坡/サンダカン/香港/打狗。6月からは蘂取丸が就航。乙線は襟裳丸1隻で隔月1回基隆発航、寄港地は厦門/汕頭/香港/マニラ/サンダカン/新嘉坡/バタビヤ/サマラン/スラバヤ/マカッサ/サンダカン/マニラ/香港/打狗。大正6年(1917)4月には単に南洋線と改称し起点を内地に移して3隻により月1回のサービスとした。寄港地は大阪/神戸/門司/基隆/厦門/香港/マニラ/サンダカン/バタビヤ/サマラン/スラバヤ/マカッサ/サンダカン/香港/打狗/基隆/神戸で漸次寄港地の省略延航があった。大正8年(1919)1月頃には桃園丸、淅江丸、江蘇丸が就航した。同年4月命令更改のため再び甲乙線とし甲線は従来の南洋線とほぼ同じ寄港地と航海数とし、当初はばたびや丸、すらばや丸、桃園丸の3隻が就航した。大 正9年(1920)12月からは起点を横濱とし、大正13年(1924)1月以降はマニラを臨時寄港地に変更しがんぢす丸が就航した。大正14年(1925)5月以降、タワオを臨時寄港地としたが南洋線乙線が廃止となり大正15年(1926)4月以降は南洋甲線を単に南洋線と改称、10月以降タワオを定期寄港地とした。
すらばや丸
すらばや丸 Surabaya Maru
(1918)

新高丸
新高丸 Niitaka Maru

北日本汽船時代の姿。
新高丸
桃園丸 Toyen Maru

北日本汽船時代の姿。
スマトラ線 大7.3(1918)開設〜大8.8(1919)廃止
大正7年(1918)3月開設。当初2線とし、1線は3月10日神戸出航の石見丸を第1船として開始し新嘉坡/デリー間に就航。寄港地はポートスウェッテンハム/彼南で週1回のサービとした。もう1線は新嘉坡/パレンバン間を3月12日神戸出航の天地丸が週1回のサービスとした。大正8年(1919)3月1日に新嘉坡/パレンバン間を廃止し天地丸を新嘉坡/デリー線に就航させたが業績不振のため大正8年(1919)8月廃止。
瓜哇盤谷線 大7.3(1918)開設〜大15.3(1926)廃止
大正7年(1918)3月末に開設。就航船は福州丸、sho州丸(*1)で毎月2航海。寄港地は盤谷/新嘉坡/瓜哇(バタビヤ・サマラン・スラバヤ)間を往復し暫時盤谷行きを廃止して西貢に寄港した。大正9年(1920)10月から逓信省命令航路となり汽船2隻で3週1航海のサービスとした。寄港地は往航がスラバヤ/新嘉坡/盤谷、復航が盤谷/新嘉坡/バタビヤ/サマラン/スラバヤ。大正10年(1921)6月からsho州丸(*1)に代わり基隆丸が就航、大正12年(1923)1月以降は使用船を新造船でりい丸、めなど丸とした。しかし賃率低下したため逓信省の同意を得て大正15年(1926)3月に廃止。(*1)さんずいに章
でりい丸
でりい丸 Deli Maru

S.Kizu
南洋線乙線 大8.4(1919)開設〜大15.4(1926)廃止
臺湾総督府の命令航路として大正8年(1919)5月2日基隆出航の四川丸を第1船として開始。寄港地は打狗/香港/西貢/盤谷、復航が西貢/香港/新嘉坡。使用船は他に雲南丸で2隻により毎月1回のサービスとした。大正8年(1919)12月以降は往航の打狗寄港を廃止、大正10年(1921)下半期以降は復航デリーに寄港した。大正10年(1921)には使用船を新造船貴州丸、武昌丸の2隻に換えた。大正14年(1925)5月には盤谷止まりとなり臨時に新嘉坡、デリーに延航したが補助金の下付廃止に伴い大正15年(1926)3月9日基隆発の江蘇丸を最終船として4月24日に廃止となった。
四川丸
四川丸 Sisen Maru (1918)

南洋自由線 大11.10(1922)開設〜昭10.7(1935)南洋海運へ譲渡
大正11年(1922)10月に開設。朝鮮丸、安南丸江蘇丸の3隻により毎月1回の定期サービスとした。寄港地は横濱/名古屋/大阪/神戸/門司/ジャワ各港/基隆。
西貢盤谷線 大15.9(1926)開設〜昭12.9(1937)西貢盤谷線急航線〜昭17.5(1942)休止
大正15年(1926)9月開設。江蘇丸と淅江丸の2隻により毎月1回の定期サービスとした。寄港地は往航が大阪/神戸/門司/香港/西貢、復航が高雄/基隆/那覇/鹿児島/門司/神戸/大阪。往航は横濱に回航することがあり、復航は高雄、那覇、鹿児島の寄港を省略することがあった。

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